知的財産高等裁判所第3部(東海林保裁判長)は、令和4年10月18日、先使用商標が周知性を有することから、商標法4条1項10号、また、同項19号の不登録事由に該当するとした原告の主張を退け、審決取消請求を棄却しました。

ポイント

骨子

  • (需要者の認識について) 業務用生ごみ処理機の処理方式によって需要者そのものが異なるものではないというべきであるから、引用商標の周知性の有無については、業務用生ごみ処理機を必要とする事業者全体を需要者として判断するのが相当である。
  • (周知性の判断要素としての市場占有率について) 原告商品の市場占有率は、概ね10%前後にとどまっていたことからすれば、本件商標の出願時以前において、原告商品が高い市場占有率を有していたものとはいえない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和4年10月18日
事件番号 令和3年(行ケ)第10081号 審決取消請求事件
審決番号 無効2019-890054号
出願商標 登録番号 第5769618号
商標の構成 ゴミサー(標準文字)
裁判官 裁判長裁判官 東海林   保
裁判官    中 平   健
裁判官    都 野 道 紀

解説

事案の概要

被告商標の詳細は以下の通りです。
<被告商標>

登録番号  第5769618号
商標の構成 ゴミサー(標準文字)
指定商品  第7類「生ゴミ処理機、液体肥料製造装置」
登録出願日 平成27年1月19日
設定登録日 平成27年6月5日

原告は、令和元年9月20日、被告商標について、商標登録無効審判を請求しました(無効2019-890054号)。

これに対し、特許庁は、令和3年6月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」と審決(以下「本件審決」といいます)し、同月18日、本件審決謄本が原告に送達されました。
審決理由は、引用商標が周知著名であるとは認められず、また、被告が不正の目的をもって本件商標を使用するものとはいえないから、本件商標は商標法4条1項10号及び同校19号には該当しない、というものでした。

そこで、原告は、令和3年7月9日、本件審決の取消しを求めて、本件訴えを提起しました。

商標の登録要件

商標の登録要件は以下の通りです。

①自己の業務にかかる商品または役務について使用をする商標であること(商標法3条1項柱書)
②自他商品・役務識別能力があること(3条2条)
③不登録事由(4条1項各号)に該当しないこと

周知表示に関する不登録事由(商標法4条1項10号)

商標法4条1項10号は、以下の通り、他人の周知表示については、商標登録が認められないと定めています。

商標法第4条(商標登録を受けることができない商標)

次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

(略)

 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

すなわち、商品役務の出所混同を防止するとともに、周知商標に蓄積された業務上の信用を保護するため、以下の①②の要件をいずれも満たす商標は、商標登録を受けることができません。

①他人の業務にかかる商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であること
②その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用すること

なお、本号の対象となる「他人の商標」とは、登録商標に限られるものではありません。他人の登録商標については、周知性の有無にかかわらず、商標法4条1項11号の不登録事由の対象となるため、本号は、未登録の周知商標を対象とするものと考えられます。

周知性の判断基準

需要者の認識

商標法4条1項10号のいう「需要者の間に広く認識されている商標」には、最終消費者にまで広く認識されている商標だけではなく、取引者の間に広く認識されている商標も含まれます。また、全国的に認識されている商標のみならず、ある一地方で広く認識されている商標も含まれます(特許庁の商標審査基準)。

「広く認識されている」の意義について、東京高裁昭和58年6月16日判決(DCC事件)は、以下の通り、地理的範囲・認識の程度について、判断を示しました。
①地理的範囲  少なくとも一県の単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲の地域にわたること
②認識の程度  少なくともその同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていること

東京高裁昭和58年6月16日判決(DCC事件)
全国的に流通する日常使用の一般的商品について、商標法第四条第一項第一〇号が規定する「需要者の間に広く認識されている商標」といえるためには、(中略)全国にわたる主要商圏の同種商品取扱業者の間に相当程度認識されているか、あるいは、狭くとも一県の単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲の地域にわたつて少なくともその同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要する

需要者層について、東京高裁平成4年2月26日判決(コンピューターワールド事件)は、以下の通り、商品の性質上、需要者が一定分野の関係者に限定されている場合には、その需要者の間に広く認識されていれば足りる、との判断を示しました。

東京高裁平成4年2月26日判決(コンピューターワールド事件)
「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」とは、わが国において、全国民的に認識されていることを必要とするものでなく、その商品の性質上、需要者が一定分野の関係者に限定されている場合には、その需要者の間に広く認識されていれば足りるものである。すなわち、その需要者において商品の出所の混同が生じてはならないからである。

また、知財高裁平成27年12月24日判決(エマックス事件)は、以下の通り、引用商標が使用された商品等に競合品を合わせた市場における需要者を想定して周知性を判断する、との判断を示しました。

知財高裁平成27年12月24日判決(エマックス事件)
商標法4条1項10号にいう「広く認識されている」とは,業務に係る商品等とこれと競合する商品等とを合わせた市場において,その需要者又は取引者として想定される者に対して,当該業務に係る商品等の出所が周知されていることであり,その周知の程度は,全国的に知られているまでの必要性はないものの,通常,一地方,すなわち,一県の全域及び隣接の数県を含む程度の地理的範囲で知られている必要があると解される。

なお、周知性判断の基準時は、「商標登録出願の時」となります。

周知性の判断要素・証拠

特許庁の商標審査基準第3九の1.⑵では、周知性の有無は、以下の事由を総合勘案して判断するとされています。
①引用商標の構成及び態様
②引用商標の使用態様、使用数量(生産数、販売数等)、使用期間及び使用地域
③広告宣伝の方法、期間、地域及び規模
④引用商標の使用者以外の者による引用商標と同一又は類似する標章の使用の有無及び使用状況
⑤引用商標が使用された商品又は役務の性質その他の取引の実情
⑥需要者の商標の認識度を調査したアンケートの結果

また、上記事由については、以下のような証拠から認定するとされています。

(ア)商標の実際の使用状況を写した写真又は動画等
(イ)取引書類(注文伝票(発注書)、出荷伝票、納入伝票(納品書及び受領書)、請求書、 領収書又は商業帳簿等)
(ウ)引用商標の使用者による広告物(新聞、雑誌、カタログ、ちらし、テレビCM等)及びその実績が分かる証拠物
(エ)引用商標に関する第三者による紹介記事(一般紙、業界紙、雑誌又はインターネットの記事等)
(オ)需要者を対象とした引用商標の認識度調査(アンケート)の結果報告書(ただし、実施者、実施方法、対象者等作成における公平性及び中立性について十分に考慮する)

判旨

それでは、本判決の判旨を見ていきましょう。

認定事実

裁判所は、原告商品(生ごみを減容・減量または消滅させる、消滅型と言われる業務用生ごみ処理機)の販売実績等について、以下の通り、事実認定しました。

①原告商品の販売実績等
全国的なホテルチェーンに導入されるなど、平成4年~平成29年に、合計2755台販売。
③原告商品にかかる受賞歴及び報道歴等
日本発明振興協会考案功労賞ほかを受賞
日刊工業新聞ほかに掲載
③被告との販売代理店契約等
被告は平成8年頃から、原告商品の販売代理店として活動していた。
④被告商品(判決文では詳細は触れられていませんが、原告商品と同様に消滅型の業務用生ごみ処理機と思われます)の販売等
原告の旧商標は、存続期間(満了日:平成21年6月18日)の更新申請をしなかったことから、登録抹消され(平成22年3月10日に満了日に遡って登録抹消)、被告は、弁理士に依頼して、旧原告登録商標の登録が抹消されていることを確認したうえで、平成27年1月19日に商標登録出願をし、同年6月5日に設定登録を受けた。
被告は、被告商品のパンフレットやWebなどに、原告商品の写真を使用し、原告を製造元として表示、原告商品の販売実績を記載した。

需要者の範囲について

引用商標の周知性判断の際に考慮すべき「需要者の範囲」について、原告は、業務用生ごみ処理機の処理方式に応じて限定すべきであるから、 原告商品の市場占有率は、減容・消滅型B(生ごみを減容・減量または消滅させる、消滅型と言われる業務用生ごみ処理機のうち、排水処理式のもの)の業務用生ごみ処理機の需要者を基準として算定すべきであり、仮にそれが認められないとしても消滅型又は減量型の業務用生ごみ処理機の需要者を基準として算定すべきである旨主張しました。ごみを分解して堆肥に変えるコンポスト型、加熱し水分を蒸発させる乾燥式の業務用生ごみ処理機の需要者を除くという趣旨と解されます。

これに対し、裁判所は、以下の通り、業務用生ごみ処理機の処理方式によって需要者そのものが異なるものではないことを理由に、引用商標の周知性の有無は、業務用生ごみ処理機を必要とする事業者全体を需要者として判断するのが相当である、との判断を示しました。

業務用生ごみ処理機には、様々な処理方式のものがあるところ、生ごみ処理機を購入しようとする事業者は、必要とする生ごみの処理量や処理機を設置しようとする施設の設備等、それぞれの事情を基に、いずれの処理方式の生ごみ処理機が適当であるかを判断して商品を選択するものといえる。

そうすると、業務用生ごみ処理機の処理方式によって需要者そのものが異なるものではないというべきであるから、引用商標の周知性の有無については、業務用生ごみ処理機を必要とする事業者全体を需要者として判断するのが相当である。

原告商品の市場占有率について

裁判所は、以下の通り、原告商品の市場占有率について、前後であったと認定したうえで、「原告商品が高い市場占有率を有していたものとはいえない」との判断を示しました。

平成12年度ないし平成18年度の業務用生ごみ処理機全体の市場における原告商品の占有率は、概ね10%前後で推移していたといえるところ、弁論の全趣旨によれば、平成19年度ないし平成26年度も同程度の市場占有率であったと認められる。

平成12年度から平成26年度までの間、原告商品の市場占有率は、概ね10%前後にとどまっていたことからすれば、本件商標の出願時以前において、原告商品が高い市場占有率を有していたものとはいえない。

判決文では特に触れられてはいませんが、対象となる商品が一般消費者向けに大量生産されるものではなく、業務用の生ごみ処理機であること、業務用生ごみ処理機全体の販売台数が平成17年以降、年間1000台にも満たないことなどを考慮したうえでの判断と思われます。

原告商品の販売台数について

裁判所は、以下の通り、原告商品の販売台数について、最大数や出願近時の概数をもとに、「販売台数が多かったとはいえない」との判断を示しました。

原告商品の販売台数は、最も多かった年でも284台にとどまる上、本件商標の出願時以前の約10年間は毎年70台前後で推移してきたことからすれば、本件商標の出願時以前において、原告商品の販売台数が多かったとはいえない。

原告商品に関する報道、広告宣伝等について

裁判所は、以下の通り、原告商品に関する報道や広告宣伝等について、受賞歴や報道の範囲が一定地域に限定され、また、多額の広告宣伝費を支出していたなどの事情が存しないとの判断を示しました。

原告は平成6年、平成8年及び平成12年に各種の賞を受賞し、原告商品は平成9年、平成15年及び平成17年に新聞報道において取り上げられたことがあったものの、これらはほとんどが山形県内又は酒田市内における受賞歴又は報道歴である上、その後、本件商標の出願時までの約10年間において、原告又は原告商品に関する報道がされたなどの事情は存しない。

原告商品に係る広告宣伝活動についてみても、原告商品については、販売代理店であった被告において通常の営業活動を超える広告宣伝活動がされていたなどの事情は存せず、また、原告において多額の広告宣伝費を支出していたなどの事情も存しない。

原告商標の周知性

裁判所は、以下の通り、20年以上に亘る原告商品の販売期間や高額な商品であることを踏まえてもなお、原告商品の市場占有率、販売台数、報道や広告宣伝等に関する判断をもとに、「本件商標の出願時及び登録査定時において、原告商品が高い知名度を有する商品であり、原告商品の名称である引用商標が周知であったと認めることはできない」として、「引用商標が、本件商標の出願時及び登録査定時において、原告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。」との判断を示しました。

本件商標の出願時以前において、原告商品が高い市場占有率を有していたものとはいえず、また、原告商品の販売台数が多かったとはいえない。これに加え、(略)原告の受賞歴や原告商品に係る報道歴は、ほとんどが山形県内又は酒田市内におけるものであった上、原告商品に関し、本件商標の出願時以前の約10年間における報道歴はないこと、原告商品について特別な広告宣伝活動がされていたなどの事情は存しないことも考慮すると、原告商品が平成4年から20年以上にわたって販売されてきた商品であることや、一般に業務用生ごみ処理機が相当程度高額な商品であるとうかがわれることなどを考慮しても、本件商標の出願時及び登録査定時において、原告商品が高い知名度を有する商品であり、原告商品の名称である引用商標が周知であったと認めることはできない。

以上によれば、引用商標が、本件商標の出願時及び登録査定時において、原告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。

小括

裁判所は、以下の通り、原告商標の周知性を否定したため、その余の点について判断を示すことなく、被告商標の商標法4条1項10号・19号該当性を否定し、請求棄却の判決を下しました。

引用商標は、本件商標の出願時及び登録査定時において、他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていた商標であるとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本件商標は、商標法4条1項10号及び同項19号のいずれにも該当するとは認められない。

コメント

商標登録出願を拒絶された場合や登録商標の無効審判を求める場合など、商標法4条1項10号等における「周知性」の有無が争点となるケースは少なくありません。

本判決は、従来の裁判例や特許庁の商標審査基準を踏まえて、「需要者の認識」や「周知性の判断要素・証拠」についての判断を示したものであり、実務上参考になるものとして紹介します。

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(文責・平野)