知的財産高等裁判所特別部(大鷹一郎裁判長)は、令和4年10月20日、特許権侵害に基づく損害額の算定に関し、特許法102条2項による損害額の推定が覆滅される部分に対して、同条3項に基づく実施料相当額の損害賠償を請求することができる旨の判決をしました。
また本件判決は、そうした請求が可能かどうかの判断基準を、当該推定覆滅部分について特許権者が実施許諾をすることができたかどうかに置くことを示し、判断の指針を提示しています。
本件判決は特許権侵害に基づく損害賠償につき従前から議論のあった論点に知財高裁の大合議判決としての判断を示したものであり、かつ、特許権者が請求し得る損害賠償額が増額し得る方向の判決として注目されますので、ご紹介いたします。
ポイント
骨子
- 特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。
- そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。
- そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所特別部 |
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判決言渡日 | 令和4年10月20日 |
事件番号 | 令和2年(ネ)第10024号 |
原判決 | 大阪地判令和2年2月20日・平成30年(ワ)第3226号 |
控訴人(一審原告) | 株式会社フジ医療器 |
被控訴人(一審被告) | ファミリーイナダ株式会社 |
特許番号 | 特許第4866978号 |
発明の名称 | 椅子式マッサージ機 |
裁判官 | 裁判長裁判官 大鷹 一郎 裁判官 菅野 雅之 裁判官 本多 知成 裁判官 東海林 保 裁判官 勝又 来未子 |
解説
特許権侵害に基づく損害の認定
特許権者は、特許権侵害行為に対し、不法行為として民法709条に基づいて損害賠償を請求することができます。
一般に不法行為に基づく損害賠償請求については、権利者が被った損害の額や、権利侵害行為と損害との因果関係を権利者が主張し立証しなければなりません。しかし、特許権侵害について因果関係のある損害の額を立証することは極めて困難です。そのため特許法は、その102条に損害額の推定等の規定を設けて、特許権者の立証困難の軽減を図っています。
特許法102条の概要は以下のとおりです。
102条1項
102条1項の1号は、
【侵害者が譲渡した侵害品の数量 × 特許権者の製品の利益の額】
を特許権者の損害額とすることができる、という原則を定めています。
ただし、侵害者が販売した侵害品の数量からは、以下の2点が控除されます。
A.特許権者の実施の能力に応じた数量を超える数量
B.特許権者が販売することができないとする事情がある場合、その事情に相当する数量
そして102条1項の2号は、上記1号においてAとBによって控除された数量に対して、実施料相当額を損害額とすることができると定めています。つまり、1号で認められなかった部分に対して2号が適用され、特許権者は最終的には1号と2号の合計額を請求することができます。
ただし、102条1項2号の括弧書きでは、特許権者が当該特許権についてライセンスの許諾をし得たと認められない場合を除く旨が定められており、そうした場合には2号によって実施料相当額を請求することはできません。
この102条1項2号は、令和元年(2019年)の特許法改正によって設けられた規定です。
102条1項の条文は以下のとおりです。
(損害の額の推定等)
第百二条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
102条2項
102条2項は
【侵害者が得た利益の額】
を特許権者の損害額と推定する、と定めています。侵害者が侵害品を販売したことにより得た利益の額が典型例です。
ここでいう利益の意味は、売上高からその売上に必要とした全費用を控除した純利益ではなく、売上高から当該売上の増加に伴って増加する変動費及び費用を控除したいわゆる限界利益であるとする考え方が定着しています。
また、条文にはないものの、一定の場合には102条2項による損害額の推定を覆すこと、いわゆる推定の覆滅が可能と解釈されています。推定の覆滅は、通常、損害賠償額を減額しようとする侵害者の側から主張されます。
推定を覆滅する事由については、令和元年6月7日の知財高裁大合議判決で以下のように判示され、市場の同一性、競合品の存在、侵害者の営業努力、侵害品の性能、及び特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることが例示されています。
特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば、①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、特許法102条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
この推定の覆滅がされた場合、覆滅部分についてさらに実施料相当額の請求をすること(以下「102条2項3項の重畳適用」といいます。)ができるかどうかについては、102条1項2号と異なり、102条2項には明文規定がありません。
102条2項の条文は以下のとおりです。
2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
102条3項
102条3項は
【侵害行為に対して受けるべき実施料相当額】
を特許権者の損害の額として請求することができると定めています。侵害品の売上額に実施料率を乗じて計算するのが典型例です。
なお、102条5項は、同条3項に規定する実施料総額を超える損害の賠償請求を妨げないと定めています。
102条3項と5項の条文は以下のとおりです。
3 特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
5 第三項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。
102条4項
上記のように、102条1項2号と3項に基づけば実施料相当額を特許権者の損害額とすることができます。102条4項は、これらの場合における実施料相当額の認定についてのルールを定めています。
具体的には、特許権侵害があったつたことを前提として特許権者と侵害者との間で合意をするならば当該特許権者が得ることとなるその対価を考慮することができる、と定めています。
この102条4項も、令和元年(2019年)の特許法改正によって定められた規定です。
102条4項の条文は以下のとおりです。
4 裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、特許権者又は専用実施権者が、自己の特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施の対価について、当該特許権又は専用実施権の侵害があつたことを前提として当該特許権又は専用実施権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該特許権者又は専用実施権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。
102条2項3項の重畳適用についての議論
上記のように、102条1項については、同1号による損害賠償が認められない数量について、同2号による実施料相当額の請求が認められています。これに対して、102条2項3項の重畳適用を認める旨の立法はされていません。
この点について、102条1項2号の立法がされた令和元年特許法改正に関する特許庁の解説書では、102条2項につき立法措置をしない理由について、次のように、102条2項についても1項と同様の扱いがされると解釈した旨が述べられていました[1]。
第2項の推定が覆滅された部分に対する実施料相当額の認定については、特段の規定を措置していないが、第2項の推定が覆滅された部分についても、ライセンス機会の喪失が認められるのであれば、特段の規定の措置がなくても、新第1項と同様の認定がなされるとの解釈に基づくものである。特許制度小委員会の報告書「実効的な権利保護に向けた知財紛争処理システムの在り方」(平成31年2月)においても、「第1項による覆滅部分について相当実施料額が認められる旨を規定する場合には、別途の条文化の措置がなくても、第2項による覆滅部分についても同様の扱いが認められることと解釈されることが考えられる」と記載されている。
102条2項の推定が覆滅された場合、覆滅部分に3項が適用されれば損害賠償額が増額しますので、特許権者としては102条2項3項の重畳適用を主張することが考えられます。本件判決前の裁判例では、102条2項3項の重畳適用を否定するものと肯定するものとがありました。
裁判例(否定例)
102条2項3項の重畳適用については、従来の裁判例では結論としてこれを否定するものが散見されました。
例えば東京地判令和4年5月13日・令和2年(ワ)第4331号においては、以下のように述べて、推定が覆滅された数量について実施の許諾をし得たとは認められないことを理由に、102条2項3項の重畳適用を否定しました。
本件特許権の侵害における推定の覆滅は、上記において説示したとおり、本件各発明以外にも別件特許権が被告製品の売上げに貢献していた事情を考慮したものである。そのため、本件各発明のみによっては売上げを伸ばせないといえる原告製品の数量について、原告が、被告ジョウズに対し本件各発明の実施の許諾をし得たとは認められないというべきである。そうすると、当該数量について同条3項を適用して、実施料相当損害金を請求する理由を認めることはできない。
知財高裁でも、知財高判令和4年6月20日・令和3年(ネ)第10088号において、以下のように述べられ、競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については特許権者が許諾をするという関係に立たないことを理由として102条2項3項の重畳適用を否定しました。
しかし、競合品の存在を理由とする同項の推定の覆滅は、侵害品が販売されなかったとしても、侵害者及び特許権者以外の競合品が販売された蓋然性があることに基づくものであるところ、競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、そもそも特許権者である被控訴人が控訴人に対して許諾をするという関係に立たず、同条3項に基づく実施料相当額を受ける余地はないから、重畳適用の可否を論ずるまでもなく、被控訴人の主張は採用できない。
また、知財高判令和4年8月8日・平成31年(ネ)第10007号においては、以下のように述べて、102条2項3項の重畳適用を認められるとしてもその適用は102条1項2号の趣旨にかなう範囲であることを理由に、当該事案においては102条2項3項の重畳適用を否定していました。
仮に、特許法の解釈上、特許法102条2項と3項の重畳適用が排除されていないとしても、その適用は同条1項2号の趣旨にかなったものとなるのが相当と思料されるべきところ、本件においては、同条2項の覆滅事由は前記ウ(ア)及び(イ)のとおり、そもそも同条1項2号の適用のない場合であるから、同条3項を重畳適用できる事案ではない。
以上のように、これらの裁判例は、解釈上102条2項3項の重畳適用が認められるかどうかについてはこれを明示的には否定せず、あるいはその判断を留保しながら、特許権者が実施許諾し得たとは認められないなど102条1項2号の枠組みに沿った理由に基づいて、事案における結論として102条2項3項の重畳適用を否定したものでした。
裁判例(肯定例)
これに対し、大阪地判令和4年9月15日・平成29年(ワ)第7384号(以下「別件判決」といいます。)は、以下のように述べて、102条2項3項の重畳適用を認めました。なお、別件判決は、本件の被告であるファミリーイナダ株式会社が原告、本件の原告である株式会社フジ医療器が被告となっていた事件です。
特許法102条2項による推定の覆滅が肯定され、これにより侵害者の利益 の額により推定された特許権者等の実施利益の減少による逸失利益の額がそのまま損害として認めることができないとしても、当該部分について侵害者により無許諾で実施されたことに違いはない以上、当該部分に係る損害評価が尽くされたとはいえず、特許権者等は、侵害者から得べかりし実施料の喪失という損害の賠償を求めることができると解するのが相当である。したがって、特許法102条2項による推定が覆滅された部分について同条3項に基づく損害を請求することができると解するのが相当である。
別件判決はこのように判断したうえで、102条2項3項の重畳適用を行い、結論として、被告に対して27億7983万1907円という高額の損害賠償を命じました。
なお、別件判決における102条2項の推定覆滅事由は、
・原告の特許発明の被告製品における貢献の程度が僅か又は限定的であること
・他社製の競合品が多数存在すること
が主でした。
事案の概要
本件は、下記の本件特許権A,B,Cを保有する控訴人が、被控訴人による各マッサージ機(以下「被告各製品」と総称し、それぞれを「被告製品1」などという。)の製造、販売等が本件特許権AないしCの侵害に当たる旨主張して、被控訴人に対し、被告各製品の製造、販売等の差止め及び損害賠償を求めた事案です。
発明の名称 | 特許登録番号 | |
---|---|---|
本件特許権A | 椅子式施療装置 | 第4504690号 |
本件特許権B | 椅子式マッサージ機 | 第5162718号 |
本件特許権C | 椅子式マッサージ機 | 第4866978号 |
一審判決は、被告各製品は本件特許AないしCに係る発明の技術的範囲に属さないとして控訴人の請求を棄却したため、本件特許権A及びCに係る請求を棄却した部分について控訴人が控訴しました。
本件判決は侵害論の判断において結論として特許権Cの侵害を認めました。本件の争点は、技術的範囲の属否、無効の抗弁、損害論等、多岐に渡っていますが、本稿では特許権Cに係る損害論を取り上げます。
控訴人は、特許法102条2項に基づいて損害額の推定を主張するとともに、推定が覆滅される部分について特許法102条3項に基づく損害賠償を請求しました。
判旨
推定の覆滅事由について
本件判決は、特許法102条2項に基づく請求について、まず被控訴人の限界利益の額を認定したうえ、推定の覆滅に係る判断をしました。
本件判決は以下のように述べ、本件では、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることと、市場の非同一性が、推定の覆滅事由に該当すると判断しました。
◆本件各発明Cが被告製品1の部分のみに実施されていること
以上を総合すると、本件各発明Cの技術的意義は高いとはいえず、被告製品1の購買動機の形成に対する本件各発明Cの寄与は限定的であるというべきであるから、被控訴人が被告製品1の輸出により得た限界利益額(前記イ)には、本件各発明Cが寄与していない部分を含むものと認められる。
したがって、本件各発明Cが被告製品1の部分のみに実施されていることは、本件推定の覆滅事由に該当するものと認められる。
◆市場の非同一性
しかるところ、控訴人製品1が輸出されていない上記仕向国のそれぞれの市場においては、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるということはできず、被告製品1が輸出されることによって控訴人製品1の売上げが減少するという関係になかったというべきであるから、被告製品1と控訴人製品1は、仕向国が異なる限度で、市場が同一でなかったものと認められる。
以上によれば、平成26年5月から令和3年3月までの間に輸出された被告製品1のうち、控訴人製品1が輸出されていない仕向国への輸出分(合計●●●●台)があることは、本件推定の覆滅事由に該当するものと認められる。
他方、本件判決は、以下の事由については被控訴人の主張を採用せず、本件においては推定の覆滅事由に該当しないと判断しました。
◆他社の競合品の存在
そこで検討するに、乙C79ないしC81から、控訴人のほか、パナソニック及び大東電機が、肘掛部に前腕部施療機構を有する椅子式マッサージ機を海外に輸出し、パナソニックの製品は、米国、カナダ、香港において販売され、大東電機の製品は中国の現地法人が販売していることが認められる。また、株式会社矢野経済研究所の「セルフケア健康機器の市場実態と将来展望 2017年版」(乙C51)には、海外展開では、パナソニックや控訴人、被控訴人などは、中国などアジアへの展開に力を入れていること、大東電機は欧米や中国でOEM展開を行っていることなどの記載がある。さらに、甲C43には、2014年(平成26年)から2018年(平成30年)までの期間の米国における高級マッサージチェア市場において、控訴人、被控訴人、大崎マッサージチェア及びパナソニックが主要なベンダーであることが記載されている。
しかしながら、本件においては、平成26年から令和3年までの間の被告製品1が輸出された米国その他の各仕向国の市場における椅子式マッサージ機のシェア、控訴人以外の他社(国内外のメーカー)の「肘掛部に前腕部をマッサージする前腕施療機構を備えている椅子式マッサージ」製品の販売状況等を認めるに足りる的確な証拠はない。
そうすると、被控訴人主張の他社の競合品の存在は、被告製品1の限界利益額と控訴人の受けた損害額との間の相当因果関係を否定すべき事情に当たるとはいえないから、本件推定の覆滅事由に該当するものと認めることはできない。
◆被控訴人の営業努力(ブランド力、宣伝広告)
証拠(乙C51、C62、C67、C69)によれば、①被控訴人が、平成16年には価格ベースで15%のシェアを占めるなど日本のマッサージチェア業界における大手企業であること(乙C51)、②平成16年ないし18年に被告製品1以外の被控訴人の製品が日本国内でグッドデザイン賞を受賞し(乙C62)、米国でもエキサイト賞の受賞歴(乙C67)があること、③平成26年9月にニューヨークのタイムズスクエアに設置された電光掲示板において、被控訴人の米国現地代理店が米国において急成長している企業5000社に選ばれた旨の広告をしたこと(乙C69)が認められる。
他方で、控訴人と被控訴人は、米国におけるマッサージ機市場においてマーケットリーダーであると位置づけられていること(甲C43)、控訴人も、平成15年にグッドデザイン賞を受賞していること(甲C59)が認められる。
そうすると、上記①ないし③の事情から、被控訴人のブランド力や被告製品1の宣伝広告が、被告製品1の購買動機の形成に寄与したとまで認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、被控訴人主張の営業努力(ブランド力、宣伝広告)は、本件推定の覆滅事情に該当するものと認めることはできない。
◆被告製品1の性能(機能、デザイン等本件各発明C以外の特徴)
そこで検討するに、被告製品1のカタログ(乙C40)には、「デザイン」に関し、「受賞歴のあるデザイン 世界的に有名なデザイナーAがBの指圧マッサージの専門家と協力して、DreamWaveを開発しました。その結果、革新とデザインで数々の賞を受賞した美しい椅子が生まれました。」との記載(準備書面(被控訴人第17回)の別紙2-1、2)がある。また、被告製品1と同様の構成の被告製品2のカタログ(乙C54)には、被告製品2の写真に「多機能性インテリアとして自然な存在感で置かれるようデザインをされています」などの記載がある。
しかしながら、上記各カタログの記載及び前記d認定の被控訴人の受賞歴、被控訴人主張の意匠登録の事実を勘案しても、被告製品1のデザインが被告製品1の購買動機の形成に寄与したとまで認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また、被控訴人主張の被告製品1に係る機能等が被告製品1の購買動機の形成に寄与したことを認めるに足りる証拠はない。
102条2項3項の重畳適用について
続いて本件判決は、102条2項3項の重畳適用について、以下のように判断しました。
まず本判決は、以下のように102条3項、5項及び2項の趣旨を述べました。この部分は従来の裁判例と大きな違いはありません。
特許法102条3項は、特許権者は、故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができると規定し、同条5項本文(令和元年改正特許法による改正前の同条4項本文)は、同条3項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げないと規定している。そして、特許権は、特許権者の実施許諾を得ずに、第三者が業として特許発明を実施することを禁止し、その実施を排除し得る効力を有すること(特許法68条参照)に鑑みると、特許法102条3項は、特許権者が、侵害者に対し、自ら特許発明を実施しているか否か又はその実施の能力にかかわりなく、特許発明の実施料相当額を自己が受けた損害の額の最低限度としてその賠償を請求できることを規定したものであり、同項の損害額は、実施許諾の機会(ライセンスの機会。以下同じ。)の喪失による最低限度の保障としての得べかりし利益に相当するものと解される。
一方で、特許法102条2項の侵害者の侵害行為による「利益」の額(限界利益額)は、侵害品の価格に販売等の数量を乗じた売上高から経費を控除して算定されることに照らすと、同項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものと解される。
次に本件判決は、以下のように述べ、侵害行為により特許権者が受けた損害として、売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による逸失利益とを観念し得ることを根拠に、102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると判示しました。
特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。
そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。
続いて本件判決は、以下のように述べ、102条2項の推定覆滅事由を同条1項と同様に
① 特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由
② それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由
の二種類に分けたうえ、「特許権者が実施許諾をすることができたと認められる」かどうかについて、①では特段の事情がない限りこれを認められるのに対し、②では当該事情の事実関係の下において個別的に判断すべきと判示しました。
そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。
当てはめ
これを受けて、本件判決の当てはめは以下のとおりです。
本件判決の認定によれば、本件における102条2項の推定の覆滅事由は
・特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること
・市場の非同一性
であるところ、いずれも特許権者の実施の能力を超えることによる覆滅事由ではないとして(つまり、上記②に該当する覆滅事由であるとして)、当該事情の事実関係の下において個別的な判断を行いました。
そして、以下のように述べ、結論として、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることによる覆滅事由について102条3項の適用を認めなかったの対し、市場の非同一性を理由とする覆滅事由について102条3項の適用を認めるものと判断しました。
しかるところ、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、被控訴人による被告製品1の各仕向国への輸出があった時期において、控訴人製品1は当該仕向国への輸出があったものと認められないことから、当該仕向国のそれぞれの市場において、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるとは認められないことによるものであり(前記ウc)、控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる。
一方で、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、その推定覆滅部分に係る輸出台数全体にわたって個々の被告製品1に対し本件各発明Cが寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。
そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。
コメント
本件判決の意義は、まず102条2項3項の重畳適用が認められた点、次にその具体的な解釈として102条2項の覆滅事由を二種類に分け判断手法を示した点にあります。知財高裁の大合議判決であることと相まって、今後の実務における先例的意義は高いものと思われます。
他方、「特許権者が実施許諾をすることができたと認められる」かどうかを判断基準とする点は、102条1項2号の判断枠組みに沿うものです。令和元年特許法改正時の特許庁立案担当者による説明や、令和4年に先行して言い渡されていた他の知財高裁判決とも軌を一にするものといえます。
別件判決を本件判決と比較すると、別件判決では覆滅事由を二種類に分けて102条2項3項の重畳適用の可否を判断する旨は示されていません。別件判決における主たる102条2項の推定覆滅事由が、原告の特許発明の被告製品における貢献の程度と、他社製の競合品の存在であったことからすると、本件判決と同じ考え方が取られれば、102条3項の適用が認められない部分が存在すると判断され損害額の結論は異なっていた可能性があると思われます[2]。
いずれにしても、立法措置がされていた102条1項2号についても、侵害者に命じられる損害賠償額を増額させる効果が既に実務の中で認められてきているところであり、今後、102条2項3項の重畳適用についても同様の効果が認められ得ることでしょう。
脚注
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[1] 特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年 特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会、2020年)25頁
[2] もっとも、報道によれば別件判決は既に確定しているようですので、当該事案につき上級審の判断が下されることはありません。
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(文責・神田雄)