経済産業省は「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(以下「本準則」といいます。)に改訂を行い、2020年8月28日、これを公表しました。この改訂は、2020年4月1日に施行された平成29年民法改正に対応するものです。本準則は、電子商取引(eコマース)や情報財取引に関する法的論点について経済産業省の考え方を提示する準則であり、実務上利用されています。
本稿では、本準則について、概要の説明をした後、平成29年民法改正に対応して改訂された部分のうち実務上注目される点として、契約の成立時期に関する部分をご紹介します。
ポイント
骨子
- 平成29年民法改正によって、電子商取引(eコマース)における契約は、申込みに対する承諾の意思表示が到達した時に成立することとなりました。
- 本準則は、承諾の意思表示の到達により電子商取引(eコマース)における契約が成立する時期の具体例を示しました。
解説
本準則の概要
本準則は、経済産業省が、電子商取引や情報財取引等を巡る法解釈の指針として機能することを期待して、学識経験者、関係省庁、消費者、経済界などの協力を得て策定しているものです。
その目的は、電子商取引や情報財取引に関する様々な法的問題点について、民法をはじめ関係する法律がどのように適用されるのかを明らかにすることにより、取引当事者の予見可能性を高め、取引の円滑化に資することであるとされています。
本準則は平成14(2002)年に最初に策定され、その後、法改正や実務の動向等に応じて度々改訂されてきています。
本準則は約380頁の大部なもので、その章立ては以下のとおりです。
Ⅰ章 | 電子商取引に関する論点 |
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Ⅱ章 | インターネット上の情報の掲示・利用等に関する論点 |
Ⅲ章 | 情報財の取引等に関する論点 |
Ⅳ章 | 国境を越えた取引等に関する論点 (国際裁判管轄及び適用される法規に関して) |
電子商取引と情報財取引とは
電子商取引とは、電子的に行われる商取引のことであり、実務ではeコマースやECとも呼ばれます。オンラインショップがその典型例の一つです。
情報財とは、あまり聞きなれない言葉ですが、本準則225頁では以下のように定義されています。
本準則でいう情報財とは、音、映像(画像)その他の情報であって、コンピュータを機能させることによって利用可能となる形式(いわゆるデジタル形式)によって記録可能な情報を指すものとする。
具体例としては、ソフトウェア、音楽、映像、ゲーム、データなど、デジタルコンテンツと呼ばれるものをイメージすると分かりやすいでしょう。
情報財取引とは、このようなデジタルコンテンツの取引を指します。
民法改正に伴い本準則の改訂がなされた論点
経済産業省の発表によれば、民法改正に伴う見直しが行われた本準則の論点には、大きく「意思表示の効力発生関係」「錯誤関係」「定型約款関係」「売主の担保責任関係」「原状回復関係」があります。
詳細は経済産業省のウェブサイトをご覧ください。
以下本稿で紹介する契約の成立時期についての本準則の記述は、「意思表示の効力発生関係」に含まれる項目です。
電子商取引における契約の成立時期について
一般に契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる申込みの意思表示に対し、相手方が承諾をしたときに成立します(民法522条)。
平成29年改正前の民法では、隔地者間の契約は、申込みに対する承諾の意思表示を発した時に成立するものと定められていました(旧民法526条1項)。
これに対し、平成29年民法改正によって当該規定が削除されたことから、隔地者間の契約も、承諾の意思表示が到達した時に成立することとなりました(民法97条1項)。
これを受けて本準則は、電子商取引における契約の成立時期について、以下のような具体的な解釈指針を示しています。
同意された利用規約等に定めがある場合
まず、通知・表示の意義や契約の成立時期等の定めが、会員登録等において同意された利用規約に存在するときは、その定めに従って解釈されます(本準則6頁)。
その定めとは例えば以下のようなものです(本準則8頁)。
商品を御注文いただいた場合、お客様からの御注文は、当サイトに対する商品購入についての契約の申込みとなります。御注文の受領確認と御注文内容を記載した『御注文の確認』メールが当サイトから送信されますが、お客様からの契約申込みに対する当サイトの承諾は、当サイトから商品が発送されたことをお知らせする『御注文の発送』メールがお客様に送信されたときに成立します。
同意された利用規約等がない場合
事前に同意された利用規約がないときは、
①その通知・表示の意義や契約の成立時期が何らかの手段で相手方に明示されているかどうか
②利用規約等の規定に従うことについて黙示の合意が認定されうるか
などが問われます(本準則6頁)。
具体的には、①については、当該ウェブサイト上の表示において、その表示が申込みであるか否かが明示されている、あるいは契約の成立時期について明示されている等の場合には、それに従って性質決定がされることがありえます(本準則9頁)。
②については、利用者に対して、個別の取引を行う前の段階で、契約の成立時期等についてのサイト利用規約の条項が開示されている場合には、会員登録等が明示的になされていなくとも、その部分についての黙示の合意が認定される場合も考えられるとされています(本準則9頁)。
これらの事情も認められないときは、何が承諾の意思表示か、その承諾の意思表示が到達したとはどのような状態であるのかが、当該表示の内容や態様など具体的な事実関係に基づいて解釈されることになります。
この点、次項以下で述べるように、メールによる通知の場合と、ウェブブラウザやアプリ上の表示の場合とが、本準則で説明されています。
メールにより承諾を通知する場合
メールにより承諾を通知する場合、どの時点で契約が成立するのでしょうか。
一般に意思表示の到達とは、判例上、相手方が意思表示を了知しうべき客観的状態を生じたこと、言い換えれば、相手方の支配権内に置かれたことをいうとされています。
電子的な申込や承諾の意思表示については、相手方が通知に係る情報を記録した電磁的記録にアクセス可能となった時点をもって到達したものと解されます(本準則9頁)。
メールによる場合、それは、受信者が指定した又は通常使用するメールサーバー中のメールボックスに読み取り可能な状態で記録された時点です(本準則9~10頁)。
具体的には、本準則6~7頁において以下の例が提示されています。
(通知が到達したと解される例)
- 通知が一旦メールボックスに記録された後にシステム障害等により消失した場合
(通知が到達しなかったと解される例)
- 相手方のメールサーバーが故障していたために通知が記録されなかった場合
(通知が到達しなかったと解される例)
- 送信された通知が文字化けにより解読できなかった場合
- 添付ファイルによって通知がなされた場合に相手方が復号して見読できない場合(相手方が有していないアプリケーションソフトによって作成されたため、復号して見読できない場合など)
ウェブブラウザやアプリ上に承諾が表示される場合
ウェブブラウザやアプリ上に承諾が表示される場合はどうでしょうか。
この場合、承諾の意思表示が到達して契約が成立する時点とは、相手方が意思表示を了知しうべき客観的状態を生じた時点、すなわち読み取り可能な状態で申込者(受信者)の端末画面上に表示された時点とされています(本準則11頁)。
このとき、承諾通知が端末等の画面上に表示されていれば足り、申込者がそれを現認したか否かは承諾通知の到達の有無には影響しません(本準則11頁)。
他方、通信障害等何らかのトラブルにより申込者の端末等の画面に承諾通知が表示されなかった場合は、原則として承諾通知は不到達と解されるとされています(本準則11頁)。
コメント
上記「メールにより承諾を通知する場合」において本準則が「通知が到達しなかったと解される例」として示している事例には、サービス事業者ではなく、メールを受信するサービス利用者の側の事情に起因するものを含んでいるとみられます。
上記「ウェブブラウザやアプリ上に承諾が表示される場合」にて本準則が示す具体例における、通信障害等のトラブルにより画面に通知が表示されなかった事例も、サービス事業者ではなくサービス利用者の側のトラブルという場合もありえます。
このようにサービス事業者がコントロールできない利用者側の事情によって契約の成否が左右されることをできるだけ避けるためには、メールとウェブブラウザ・アプリの双方で通知をするなど、複数の方法を併用するなどの工夫が考えられます。
また、利用規約において適切な定めをしておくことにより、そうした不確実性リスクを低減することも可能と思われます。利用規約がサービス利用者との間で効力を持つものとするための解釈指針も本準則の内容に含まれていますので、別稿にてご紹介いたします。
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(文責・神田)