知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、令和2年6月18日、拒絶査定不服審判における不成立審決に対する審決取消訴訟において、特許法29条1項柱書の「発明」の該当性に関し、たとえ「特許を受けようとする発明」に何らかの技術的手段が提示されているとしても、全体として考察した結果、その発明の本質が、単なる精神活動、純然たる学問上の法則、人為的な取決めなど自体に向けられている場合には、同規定にいう「発明」に該当するとはいえないとの判断を示しました。
発明該当性については、知財高判平成30年10月17日平成29年(行ケ)第10232号特許取消決定取消請求事件(「いきなり!ステーキ」事件)が限界的な判断を示しているところであり、対比が興味深いと思われるため、紹介しました。
ポイント
骨子
- 特許法で「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」(2条1項)ことから,自然法則を利用していないもの,例えば,単なる精神活動,純然たる学問上の法則,人為的な取決めなどは,「発明」に該当しない。
- そして,かかる「発明」は,一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用,その技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されることからすると,特許請求の範囲(請求項)に記載された「特許を受けようとする発明」が上記「発明」に該当するか否かは,それが,特許請求の範囲の記載や願書に添付した明細書の記載及び図面に開示された,「特許を受けようとする発明」が前提とする技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成,その構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。
- したがって,「特許を受けようとする発明」に何らかの技術的手段が提示されているとしても,全体として考察した結果,その発明の本質が,単なる精神活動,純然たる学問上の法則,人為的な取決めなど自体に向けられている場合には,上記「発明」に該当するとはいえない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
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判決言渡日 | 令和2年6月18日 |
事件番号・事件名 | 令和元年(行ケ)第10110号 審決取消請求事件 |
原審決 | 特許庁令和元年6月24日 不服2019-1157号 |
出願番号・発明の名称 | 特願2018-193836号 「電子記録債権の決済方法、および債権管理サーバ」 |
裁判官 | 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦 裁判官 上 田 卓 哉 裁判官 山 門 優 |
解説
特許要件とは
ある発明が特許を受けられるものであるための要件を「特許要件」といい、以下のとおり、特許法29条にその具体的内容が規定されています。
(特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
個別にみると、ある発明が特許を受けられるものであるためには、産業上の利用可能性があること(29条1項柱書)、新規性があること(同項各号に該当しないこと)及び進歩性があること(同条2項)が必要です。
また、そもそも、特許出願の目的とされた発明が、特許法にいう「発明」に該当することも必要です。
発明とは
発明の定義
特許法は、以下のとおり、「発明」の語を、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義しています。
(定義)
第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。
(略)
この定義のうち、「高度のもの」との文言は、実用新案法における「考案」と区別するための要件で、実務においては考慮されていません。そのため、実質的な「発明」の要件は、自然法則を利用していることと、技術的思想であることといえます。
審査基準にみる発明該当性
特許庁の「特許・実用新案審査基準」第Ⅲ部第1章2.1では、「以下の・・・ものは、『自然法則を利用した技術的思想の創作』ではないから、『発明』に該当しない。」と定めています。
(i) 自然法則自体(2.1.1 参照)
(ii) 単なる発見であって創作でないもの(2.1.2 参照)
(iii) 自然法則に反するもの(2.1.3 参照)
(iv) 自然法則を利用していないもの(2.1.4 参照)
(v) 技術的思想でないもの(2.1.5 参照)
(vi) 発明の課題を解決するための手段は示されているものの、その手段によっては、課題を解決することが明らかに不可能なもの(2.1.6 参照)
これらのうち、「(iv) 自然法則を利用していないもの」については、同審査基準第Ⅲ部第1章2.1.4において、以下の具体例が挙げられています。
(i) 自然法則以外の法則(例:経済法則)
(ii) 人為的な取決め(例:ゲームのルールそれ自体)
(iii) 数学上の公式
(iv) 人間の精神活動
(v) 上記(i)から(iv)までのみを利用しているもの(例:ビジネスを行う方法それ自体)
なお、自然法則に反するものや、発明として完成していないものについては、発明を実施することができないため、審査においては、特許要件の1つである発明該当性ではなく、記載要件の1つである実施可能要件(特許法36条4項1号)の問題として取り扱われるのが一般です。
発明該当性に関する最近の裁判例
近年の裁判例で発明該当性が争われた著名な事件としては、「いきなり!ステーキ」におけるステーキの提供方法にかかる発明の特許要件充足が争われた知財高判平成30年10月17日平成29年(行ケ)第10232号特許取消決定取消請求事件があります(解説はこちら)。
同判決は、札と計量器とシールを利用した「いきなり!ステーキ」におけるステーキの提供方法について、「本件特許発明1は,札,計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を,他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり,全体として『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する」と述べ、発明該当性を認めました。
なお、自然法則に反する内容の出願について、発明該当性ではなく、実施可能要件の非充足を理由に「UFOの飛行原理に基づくUFO飛行装置」の出願を拒絶した特許庁の処分を正当とした判決として、知財高判令和元年12月25日令和元年(行ケ)第10122号審決取消請求事件があります。
事案の概要
本件の原告は、発明の名称を「電子記録債権の決済方法、および債権管理サーバ」とする発明について特許出願をした出願人です。同出願は、拒絶理由通知と手続補正を経たものの、拒絶査定を受け、また、拒絶査定不服審判(不服2019-1157号事件)も経由しましたが、不成立審決を受けました。この審決に対して取消訴訟を提起したのが本訴訟です。
上記出願にかかる特許請求の範囲(補正後のもの)は、以下のような記載となっており、特許庁は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」といえないことと、進歩性を欠くことを理由に不成立審決をしていました。
【請求項1】電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること,
前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること,
前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信することを含む,電子記録債権の決済方法。
【請求項2】前記割引料相当料に応じた補填料を前記電子記録債権の債権者の口座に振り込むための第2の振込信号を送信することをさらに含む請求項1に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項3】前記電子記録債権の額に応じた金額は,前記電子記録債権の額から前記割引料を引いた金額である請求項2に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項4】前記電子記録債権の額に応じた金額は,前記電子記録債権の額である請求項1に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項5】前記電子記録債権の額に応じた金額は,前記電子記録債権の額から手数料の額を引いた金額である請求項1に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項6】前記電子記録債権の債務者または債権者の口座から手数料を引き落とすための第3の引落信号を送信することをさらに含む請求項1から5のいずれか一項に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項7】前記第1の振込信号の前記送信の前に,前記債権者から前記電子記録債権の割引の申請を受けるための割引申請信号を受信することをさらに含む,請求項1から6のいずれか一項に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項8】前記割引料相当料が確定したことを前記債務者に通知するための照会信号を送信することをさらに含む請求項1から7のいずれか一項に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項9】前記電子記録債権の移転記録を電子債権記録機関に請求するための記録申請信号を送信することを含む,ことをさらに含む請求項1から8のいずれか一項に記載の電子記録債権の決済方法。
【請求項10】電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための振込信号,前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号,および前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信するように構成される債権管理サーバ。
【請求項11】電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための振込信号を送信すること,
前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること,および
前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信することをコンピュータに実行させるように構成されるプログラム。
審決は、本発明に現れる「第2の引落信号を送信する」との構成は「コンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を超えた何かしらの技術的特徴を特定しているものでもない。」とし、特許請求の範囲に記載されているのは、「金融取引上の業務手順という人為的な取り決めに基づくビジネスルール自体に向けられたものであり、当該構成要件全体としては、自然法則が用いられているとは認められない。」旨判断していました。
判旨
判決は、まず、発明の定義を引用し、単なる精神活動、純然たる学問上の法則、人為的な取決めなどは、「自然法則」を利用していないものとして、発明に該当しない旨述べました。
特許法で「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」(2条1項)ことから,自然法則を利用していないもの,例えば,単なる精神活動,純然たる学問上の法則,人為的な取決めなどは,「発明」に該当しない。
続いて、判決は、以下のとおり述べ、自然法則を利用しているといえるか否かを判断するにあたっては、「術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成、その構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体として『自然法則を利用した』技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである」との考え方を示しました。
そして,かかる「発明」は,一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用,その技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されることからすると,特許請求の範囲(請求項)に記載された「特許を受けようとする発明」が上記「発明」に該当するか否かは,それが,特許請求の範囲の記載や願書に添付した明細書の記載及び図面に開示された,「特許を受けようとする発明」が前提とする技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成,その構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。
上記の考え方を踏まえ、判決は以下のとおり述べ、たとえ「特許を受けようとする発明」に何らかの技術的手段が記載されていても、それが、全体として、単なる精神活動や純然たる学問上の法則、人為的な取決めなど自体に向けられている場合には、発明該当性を欠くとの考え方を示しました。
したがって,「特許を受けようとする発明」に何らかの技術的手段が提示されているとしても,全体として考察した結果,その発明の本質が,単なる精神活動,純然たる学問上の法則,人為的な取決めなど自体に向けられている場合には,上記「発明」に該当するとはいえない。
以上の考え方のもと、本件では、「特許を受けようとする発明」としてコンピュータを用いた処理が記載されてはいるものの、その処理については何ら技術的工夫はなく、あくまで、人為的な取り決めの部分に意義があるため、自然法則を利用したものとはいえないとの判断を示しました。
本願発明の意義は,電子記録債権の割引の際の手数料を債務者の負担としたところにあるのであって,原告のいう「信号」と「送信」は,それ自体については何ら技術的工夫が加えられることなく,通常の用法に基づいて,上記の意義を実現するための単なる手段として用いられているのに過ぎないのである。そして,このような場合には,「信号」や「送信」という一見技術的手段に見えるものが構成に含まれているとしても,本願発明は,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作には該当しないものというべきである。
以上の点に関し、原告は、以下3点を主張していました。
①請求項に係る発明が自然法則を利用しているかどうかは,本願発明の構成要件全体を単位として判断すべきものであるから,本件審決のように,本願発明の一部の構成要件を単位とした判断には意味がなく,本件審決の判断には誤りがある。
②仮に,本願発明の一部の構成要件を単位とした判断をする場合であっても,本願発明の各処理の実行は,全て信号の送受信によって達成されるところ,信号の送受信は,金融取引上の業務手順そのものを特定するだけで達成できるものではなく,自然法則を利用することで初めて達成できるものである。
③本願発明を全体としてみれば,「第1の引落信号」の送信と「第2の引落信号」の送信とを別々に行うことができる構成を有していることから,「債務者の口座から割引料相当額を引き落とす時期」と「債務者の口座から電子記録債権の額を引き落とす時期」とを分けることができ,その結果,債務者が「割引料」と「電子記録債権の額」とを区別して管理することが容易になり,例えば,「債務者は,事務的な負担の増大を伴うことなく,一定期間に支払わなければならない割引料相当料を容易に,かつ正確に把握することができる。」(本願明細書【0017】)という効果を奏することができ,また,「第1の引落信号を送信する」という構成は,債務者が割引料を負担するに当たって,実際の現金を用いなくても電子的な情報のやり取りによって,手続的負担を抑制するという効果を奏するから,全体として特許法2条1項の「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当する,④本願発明を「コンピュータソフトウエア関連発明」であるとみても,「第1の引落信号」及び「第2の引落信号」を区別して送信する構成は,コンピュータ同士の間で行われる必然的な技術的事項を越えた技術的特徴であるから,自然法則を利用した技術的思想の創作である。
これに対し、判決は、まず上記①については、上記の判示事項が原告の主張に対する批判となる旨述べ、②については、以下のとおり述べて原告の主張を排斥しました。
本願明細書の記載(【0017】)によれば,原告が主張する「債務者は,事務的な負担の増大を伴うことなく,一定期間に支払わなければならない割引料相当料を容易に,かつ正確に把握することができる。」との効果は,「金融機関」が,「電子的通信手段を用い,割引料に相当する金額…を定期的…に算出し,各債務者に対して割引料相当料が確定したことを定期的に通知する」ことにより奏するものであることを理解できるところ,上記の構成は,本願発明の構成に含まれないものである。
また,「債務者の口座から割引料相当額を引き落とす時期」と「債務者の口座から電子記録債権の額を引き落とす時期」とを分けることにより,債務者が「割引料」と「電子記録債権の額」を区別して管理することが容易になるとの効果については,本願明細書に記載されていないし,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「第1の引落信号を送信すること」と「第2の引落信号を送信すること」が記載されているに過ぎず,その構成に上記信号を送信する時期や,上記信号に基づきいつどのように引落しが行われるかを含むものではない。
そして,実際の現金を用いなくても電子的な情報のやり取りによって,手続的負担を抑制するという効果は,前記ア(イ)で説示したように,電子記録債権による取引決済における割引を対象とする発明であることによって,当然に奏する効果である。
また、判決は、③については以下のとおり述べ、やはり原告の主張を排斥しました。
請求項1には,3つの信号を送信することが記載されるにとどまり,ソフトウエアによる情報処理が記載されているものではない。したがって,本願発明は,コンピュータソフトウエアを利用するものという観点からも,自然法則を利用した技術的思想の創作であるとはいえない。
結論として、判決は、原告の請求を棄却しています。
コメント
本判決は、発明の要件のうち、「自然法則を利用した」との点の該当性の判断基準を示し、「いきなり!ステーキ」事件判決とは対照的に、結論において発明該当性を否定しました。「いきなり!ステーキ」事件の事案では、札、計量機及びシールといった技術的手段が課題解決手段として以下に作用するかが一応記載されていたのに対し、本件ではそのような記載がないことが相違といえるでしょう。発明該当性の具体的判断手法を示した判決として、「いきなり!ステーキ」事件判決も併せ読むと、参考になるものと思われます。
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(文責・飯島)
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