平成30年10月17日、知財高裁第2部(森義之裁判長)は、「ステーキの提供システム」が特許法上の「発明」に該当するか否かを争点とした特許取消決定取消請求事件において、特許庁による発明該当性なしとの判断に誤りがあったとして、特許庁の決定を取り消しました。
本件は、立食形式で安価かつスピーディにステーキを提供することで評判の「いきなり!ステーキ(登録商標)」のビジネスモデルに関するものです。異議申立てにおいては特許法上の発明に該当しないとして取消決定が出された後、知財高裁において一転して発明該当性が認められました。
本判決は、いわゆる「ビジネス関連発明」の発明該当性の判断事例として興味深い争点を含みますので、ここに紹介します。
ポイント
骨子
- 本件特許発明1は,ステーキ店において注文を受けて配膳をするまでの人の手順(本件ステーキ提供方法)を要素として含むものの,これにとどまるものではなく,札,計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(装置)からなる本件計量機等に係る構成を採用し,他のお客様の肉との混同が生じることを防止することにより,本件ステーキ提供方法を実施する際に不可避的に生じる要請を満たして,「お客様に好みの量のステーキを安価に提供する」という本件特許発明1の課題を解決するものであると理解することができる。
- 本件特許発明1の技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと,本件特許発明1は,札,計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を,他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり,全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができる。したがって,本件特許発明1は,特許法2条1項所定の「発明」に該当するということができる。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
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判決言渡日 | 平成30年10月17日 |
事件番号 | 平成29年(行ケ)第10232号 特許取消決定取消請求事件 |
特許番号 | 特許第5946491号 |
発明の名称 | 「ステーキの提供システム」 |
当事者 | 原告 株式会社ペッパーフードサービス 被告 特許庁長官 |
裁判官 | 裁判長裁判官 森 義之 裁判官 森岡 礼子 裁判官 古庄 研 |
解説
特許法上の「発明」とは
特許法は、第2条第1項に「発明」の定義を置いています。すなわち、特許の保護対象としての「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」でなければなりません。
特許法2条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なものをいう
第2条第1項に規定された「発明」に該当しないものに対しては、特許は付与されません。すなわち、この「発明」の定義に該当しないものを請求項に記載した出願は、審査段階において拒絶されます。あるいは、看過されて特許が付与されてしまった場合、その特許は、特許異議申立てにより取り消されたり、特許無効審判によって無効にされたりします。
本件の争点は、特許第5946491号の特許請求の範囲に記載された「ステーキの提供システム」にかかる発明が、特許法第2条第1項規定の「発明」に該当するか否かという点にあります。
特許法上の「発明」に該当しない例(特許庁審査基準)
特許庁の審査基準では、特許法上の「発明」に該当しないものの類型として、以下のものが挙げられています(下線は筆者)。
2.1 「発明」に該当しないものの類型
「発明」といえるためには、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である必要がある。以下の(i)から(vi)までの類型に該当するものは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないから、「発明」に該当しない。
(i) 自然法則自体(2.1.1 参照)
(ii) 単なる発見であって創作でないもの(2.1.2 参照)
(iii) 自然法則に反するもの(2.1.3 参照)
(iv) 自然法則を利用していないもの(2.1.4 参照)
(v) 技術的思想でないもの(2.1.5 参照)
(vi) 発明の課題を解決するための手段は示されているものの、その手段によっては、課題を解決することが明らかに不可能なもの(2.1.6 参照)
同審査基準においては、上記(iv)の「自然法則を利用していないもの」についてのさらに細かい類型として、以下のものが挙げられています。
(i) 自然法則以外の法則(例:経済法則)
(ii) 人為的な取決め(例:ゲームのルールそれ自体)
(iii) 数学上の公式
(iv) 人間の精神活動
(v) 上記(i)から(iv)までのみを利用しているもの(例:ビジネスを行う方法それ自体)
上記の(i)~(iv)に挙げられているとおり、自然法則以外の法則、人為的な取決め、数学上の公式、あるいは、人間の精神活動は、それら自体は自然法則を利用していないので、特許の保護対象とはなり得ません。また、(v)に挙げられているように、(i)から(iv)に列挙されたもののみを利用しているもの(例えば、ビジネスを行う方法それ自体)も、自然法則を利用しているとは言えないので、特許法上の「発明」には該当せず、特許の保護対象とはなりません。
異議決定においては、この審査基準に対する明示的な言及はありませんが、本件特許発明1は、その本質が「経済活動それ自体」に向けられたものであると判断されており、上記の(v)の類型(ビジネスを行う方法それ自体)に合致すると判断されたものと考えられます。
本件の経緯
特許登録
本件特許は、平成26年6月4日の特許出願に基づき、平成28年6月10日に設定登録を受けました。設定登録時の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと,お客様からステーキの量を伺うステップと,伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと,カットした肉を焼くステップと,焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって,上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と,
上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と,
上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備えることを特徴とする,ステーキの提供システム。
特許異議申立て
本件特許に対して、平成28年11月24日に、特許異議申立て(異議2016-701090号)がなされました。特許異議申立てとは、特許掲載公報発行の日から6ヶ月以内に、何人(なんぴと)でも、特許庁に対して特許の取消を求めることができるというものです。本件特許に対する異議申立ての理由は、本件特許の請求項1-6に記載されたものは特許法上の「発明」に該当しない、というものでした。
本件特許権者は、この異議申立てを受けて、平成29年9月22日付けで特許請求の範囲を訂正しました。下線部が訂正箇所です。
【請求項1】
お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと,お客様からステーキの量を伺うステップと,伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと,カットした肉を焼くステップと,焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって,上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と,
上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と,
上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備え、
上記計量機が計量した肉の量と上記札に記載されたテーブル番号を記載したシールを出力することと、上記印しが上記計量機が出力した肉の量とテーブル番号が記載されたシールであることを特徴とする,ステーキの提供システム。
異議申立てを審理する特許庁の審判官は、上記のとおりに請求項を訂正することは認めましたが、訂正後の請求項1に記載された発明(本件特許発明1)に対し、請求項1は経済活動それ自体に向けられたものであり、「自然法則を利用した技術的思想の創作」には該当しないので、特許法上の「発明」に該当しない、と判断しました。
異議申立ての決定においては、審判官はまず、本件特許発明1は「経済活動それ自体」に向けられたものである、と判断しました(下線は筆者)。
本件特許発明1は、(中略)「お客様に、好みの量のステーキを、安価に提供する」ことを「課題」とし、「お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法」を「課題を解決するための技術的手段の構成」として採用することにより、お客様が要望する量のステーキを、ブロックからカットして提供するものであるため、お客様は、自分の好みの量のステーキを、任意に思う存分食べられるものとなり、また、お客様は、立食形式で提供されたステーキを食するものであるため、少ない面積で客席を増やすことができ、またお客様の回転、即ち客席回転率も高いものとなって、「お客様に、好みの量のステーキを、安価に提供することができる」という「技術手段の構成から導かれる効果」を奏するものである。
そうすると、当該課題、及び当該効果を踏まえ、本件特許発明1の全体を考察すると、本件特許発明1の技術的意義は、お客様を立食形式のテーブルに案内し、お客様が要望する量のステーキを提供するというステーキの提供方法を採用することにより、お客様に、好みの量のステーキを、安価に提供するという飲食店における店舗運営方法、つまり経済活動それ自体に向けられたものということができる。
また、本件特許発明1は、「札」、「計量機」、「印し」、及び「シール」という物を利用していますが、それらの物は単に道具として用いられているだけであって、技術的意義を生じさせるものではない、と判断されました(下線は筆者)。
また、本件特許発明1は、(中略)「札」、「計量機」、「印し」、及び「シール」という物を、その構成とするものである。
(中略)本件特許発明1において、これらの物は、それぞれの物が持っている本来の機能の一つの利用態様が示されているのみであって、これらの物を単に道具として用いることが特定されるに過ぎないから、本件特許発明1の技術的意義は、「札」、「計量機」、「印し」、及び「シール」という物自体に向けられたものということは相当でない。
さらに、本件特許発明1は「システム」という名称で定義されているものの、技術的なシステムではなく、「社会的な仕組み(社会システム)」に過ぎない、と判断されました(下線は筆者)。
また、本件特許発明1は、「ステーキの提供システム」という「システム」を、その構成とするものである。
しかしながら、本件特許発明1における「ステーキの提供システム」は、本件特許発明1の技術的意義が、前記のとおり、経済活動それ自体に向けられたものであることに鑑みれば、社会的な「仕組み」(社会システム)を特定しているものに過ぎない。
そして、本件特許発明1の本質は「経済活動それ自体」であり、特許法上の「発明」に該当しない、との結論が導かれ、本件特許は取り消されるべき、との決定がなされました(下線は筆者)。
してみると、本件特許発明1の技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成、及びその構成から導かれる効果等に基づいて検討した本件特許発明1の技術的意義に照らすと、本件特許発明1は、その本質が、経済活動それ自体に向けられたものであり、全体として「自然法則を利用した技術思想の創作」に該当しない。
したがって、本件特許発明1は、特許法第2条第1項に規定する「発明」に該当しない。
知財高裁の判断
知財高裁は、異議申立てにおける特許庁の判断とは逆に、本件特許発明1は「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当すると判断し、特許庁による特許取消決定を取り消す(すなわち特許維持)、との判決を下しました。
判旨
課題を解決するための技術的手段の構成
裁判所は、本件特許の明細書の記載に基づき、本件特許発明1が解決しようとする課題を、「お客様に,好みの量のステーキを,安価に提供すること」であると把握した上で、この課題を解決するために、本件特許発明1は、「技術的手段」として「札」、「計量機」、「シール(印し)」を備えている、と認定しました。
本件特許発明1は,前記(ア)の課題を解決するための技術的手段として,その特許請求の範囲(請求項1)記載の構成を採用した(【0004】,【0013】)。
すなわち,①「お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと,お客様からステーキの量を伺うステップと,伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと,カットした肉を焼くステップと,焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施する」ものであって(構成要件A),②「上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札」(構成要件B)と,③「上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量」し,「計量した肉の量と上記札に記載されたテーブル番号を記載したシールを出力する」「計量機」(構成要件C,E)と,④「上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印し」である,「上記計量機が出力した肉の量とテーブル番号が記載されたシール」(構成要件D,F)とを備える,⑤「ステーキの提供システム」(構成要件A,G)という構成を採用した。
このように,本件特許発明1のステーキの提供システムは,構成要件Aで規定されるステーキの提供方法(以下,「本件ステーキ提供方法」という。)を実施する構成(上記①)及び構成要件B~Fに規定された「札」,「計量機」及び「シール(印し)」(以下,「本件計量機等」という。)を備える構成(上記②~④)を,その課題を解決するための技術的手段とするものである。
さらに、裁判所は、上記の①(構成要件A)については、「ステーキ店において注文を受けて配膳をするまでに人が実施する手順を特定したもの」であり、「実質的な技術的手段を提供するものであるということはできない」と認定しました。
一方、裁判所は、上記の②~④(構成要件B~F)については、「他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義が認められる」と認定しました。
(前略)「札」にテーブル番号を記載して,テーブル番号の情報を結合することには,他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義が認められる。また,肉の量はお客様ごとに異なるのであるから,「計量機」がテーブル番号と肉の量とを組み合わせて出力することには,他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義が認められる。さらに,「シール」は,本件明細書に「オーダー票に貼着」(【0012】),「カットした肉Aに付す」(【0013】)と記載されているとおり,お客様の肉やオーダー票に固定することにより,他のお客様のための印しと混じることを防止することができるから,シールを他のお客様の肉との混同防止のための印しとすることには,他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義が認められる。このように,「札」,「計量機」及び「シール(印し)」は,本件明細書の記載及び当業者の技術常識を考慮すると,いずれも,他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義を有すると認められる。
本件特許発明1の発明該当性
裁判所は、本件特許発明の課題、課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと、本件特許発明1は、特定の物品又は機器を、課題を解決するための技術的手段とするものであり、特許法上の「発明」に該当する、との結論を示しました(下線は筆者)。
前記(1)のとおり,本件特許発明1の技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと,本件特許発明1は,札,計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を,他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり,全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができる。
したがって,本件特許発明1は,特許法2条1項所定の「発明」に該当するということができる。
コメント
異議決定では、「札」、「計量機」、「印し」、及び「シール」という構成要件は、「それぞれの物が持っている本来の機能の一つの利用態様が示されているのみ」であって、「単に道具として用いる」ことが特定されるに過ぎず、「本件特許発明1の技術的意義は、「札」、「計量機」、「印し」、及び「シール」という物自体に向けられたものということは相当でない。」と判断されました。
一方、知財高裁は、「札」、「計量機」、「印し」、及び「シール」という構成要件を、「他のお客様の肉との混同を防止する」という効果との関係で技術的意義を有する技術的手段である、と認めました。
すなわち、異議決定と知財高裁判決との差は、請求項1に記載された実体のある要素(物品又は機器)を単に道具として用いているのか、特定の課題を解決するという点で「技術的意義」を有するのか、という判断の差にあると言えます。なお、知財高裁は、技術的意義を認める上で、課題の技術的性格の有無を問題とはしていません。したがって、本件知財高裁判決によれば、例えば、ビジネス上の課題を解決するために、なんらかの技術的手段(物)を利用することが請求項の記載から明らかである場合、発明該当性は否定されない可能性がある、と言うこともできます。
ただし、請求項に含まれる技術手段が技術的意義を有すると言えるためには(そのような手段が「単なる道具」と判断されないためには)、請求項ないしは明細書において、それぞれの技術手段が、他の情報や他の技術的手段とどのように結合して課題解決に貢献するのかがわかるような説明がなされていることが必要とも考えられます。例えば、本件では、「札」と「テーブル番号の情報」との結合や、「計量機」が肉の量だけではなくテーブル番号と肉の量とを組み合わせて出力すること等に、肉の取り違えを防止するという効果との関係で技術的意義が認められました。
したがって、ビジネス関連発明の出願時の明細書には、課題を解決するための仕組みを詳細に記載しておくことが重要であると言えます。また、発明該当性なしとの拒絶理由に対しては、請求項内に記載されている技術的手段(物)が、特定の課題を解決するために他の情報や他の技術的手段とどのように相互作用するのかを、必要に応じて請求項を補正しつつ主張することで、拒絶理由を解消できる余地があると考えられます。
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(文責・川上)
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