最高裁判所第三小法廷(戸倉三郎裁判長)は、本年(令和2年)7月21日、ツイッターにおいて他人の画像を無断でアップロードしたツイートをリツイートした際に、画像が自動的にトリミングされ、画像に含まれていた著作者の氏名が表示されなくなった場合に、リツイートした者が氏名表示権の侵害主体となるとの判断を示しました。

判決には、戸倉裁判長による補足意見と、林景一裁判官による反対意見も付されており、ツイッターという表現のプラットフォームに対する考え方や、利用者に対する負担をどう捉えるかといった点について、双方の立場から考え方が示されています。

判決の直接的な射程は、違法にアップロードされた画像から、トリミングによって氏名が表示されなくなるような場合に限定され、ごく狭いものとなると考えられますが、判旨の捉え方如何によっては、リンクと著作者人格権の考え方について、より広汎な影響を生じる可能性もあると思われます。ここでは、判決が判断を示した3つの争点のうち、氏名表示権に関する2つの問題を取り上げます。

ポイント

骨子

  • 著作権法19条1項・・・の「著作物の公衆への提供若しくは提示」は,上記権利に係る著作物の利用によることを要しないと解するのが相当である。
  • 本件各リツイート記事中の本件各表示画像をクリックすれば,本件氏名表示部分がある本件元画像を見ることができるということをもって,本件各リツイート者が著作者名を表示したことになるものではないというべきである。

判決概要

裁判所 最高裁判所第三小法廷
判決言渡日 令和2年7月21日
事件番号 平成30年(受)第1412号
事件名 発信者情報開示請求事件
原審 知的財産高等裁判所平成平成28年(ネ)第10101号(平成30年4月25日判決)
裁判官 裁判長裁判官 戸倉三郎
裁判官    林 景一
裁判官    宮崎裕子
裁判官    宇賀克也
裁判官    林 道晴

解説

著作者人格権とは

著作権法は、著作者が著作物に対して有する人格的利益を保護するため、著作物の公表についての決定権である公表権(著作権法18条)、著作物への氏名表示についての決定権である氏名表示権(同法19条)、著作物及びその題号の同一性を維持することに関する同一性保持権(同法20条)、著作物の利用態様によって著作物の名誉や声望を害されないようにする名誉声望保持権(同法113条6項)の各権利を著作者に認めています。これらの権利は、総称して著作者人格権と呼ばれます。

氏名表示権とは

氏名表示権は、著作者人格権のひとつで、著作者が、著作物の公衆への提供若しくは提示に際して、氏名を表示するかどうかを決定する権利です。著作者の意思に反して、氏名を表示せずに著作物を公衆に提供・提示した場合には、この権利に抵触する可能性があります。

氏名表示権につき、著作権法19条1項は、以下の通り規定しています。

(氏名表示権)
第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。

また、同条2項は、以下のとおり、著作物の利用者は、原則として、著作者が表示した氏名表示に従って著作者名を表示することができる旨定めています。

(氏名表示権)
第十九条 (略)
著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。

プロバイダ責任制限法と発信者情報開示請求

プロバイダ責任制限法は、正式名称を「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」といい、インターネット上での権利侵害行為に対し、プロバイダの責任の範囲や、被害者が求めることのできる措置について定めています。

その措置のひとつとして、同法4条1項は、以下のとおり、ネット上の情報の流通によって権利を害された者は、インターネット・サービス・プロバイダやウェブサイト運営者に対し、発信者情報の開示を求めることができる旨定めています。

(発信者情報の開示請求等)
第四条 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

事案の概要

本件は、他人の写真がツイッター上に無断でアップロードされてツイートされ、さらにそれがリツイートされたという事案において、その写真の著作者がツイッターを運営する米ツイッター社と、日本国内の子会社であるツイッタージャパン社に対し、ツイートをしたユーザーとそのリツイートをしたユーザーの発信者情報の開示を求めた事案です。

無断アップロードされた画像は、リツイートされた際に、ツイッターの仕様によって上下がトリミングされた状態で表示され、そこに記載されていた著作者の氏名が表示されなくなっていました。もっとも、リツイートに表示される画像は、元のツイートの画像に対するインラインリンクによって表示されるため、もとの画像から著作者名が削除されたわけではなく、リツイートの画像をクリックすれば、断り書きや氏名のある元の画像が表示される状態になっていました。

本件の争点は多岐にわたりますが、著作権法に関連する部分について経過を追うと、第1審の東京地判平成28年9月15日平成27年(ワ)第17928号は、リツイートにおける画像の表示はインラインリンクによって実現されており、リツイートする者が元の画像ファイルを複製ないし送信したり、また、切除等したりするものではないから、著作権も著作者人格権も侵害しないなどとして、原告の請求を棄却しました。

他方、本判決の原判決である知財高判平成30年4月25日平成28年(ネ)第10101号は、著作権侵害は否定したものの、氏名表示権及び同一性保持権が侵害されたものとして、原告の請求を認容しました。その根拠は、ツイッターの仕様により、リツイートの結果として送信されたHTMLプログラムやCSSプログラム等により画像の位置や大きさなどが指定されて改変され、また、氏名が削除されたところ、その送信主体はリツイートをした者だ、ということでした。

この知財高裁の判決に対し、ツイッター社側が上告受理申立てをし、受理されたのが本件です。本判決においては、ツイッター社からの主張のうち、3点について最高裁判所の見解が示されましたが、ここでは、氏名表示権に関する以下の2つの問題を取り上げます。

  • 「著作物の公衆への提供若しくは提示」について

リツイートにおいては著作権侵害となる著作物の利用をしていないから、著作権法19条1項の「著作物の公衆への提供若しくは提示」をしていない。

  • 画像のクリックと著作権法上の氏名表示について

リツイートの閲覧者は、記事中の表示画像をクリックすれば、氏名表示のある元画像を見ることができることから、リツイートした者は、本件写真につき「すでに著作者が表示しているところに従って著作者名を表示」(同条2項)しているといえる。

判旨

「著作物の公衆への提供若しくは提示」について

氏名表示権が問題となるのは、「著作物の公衆への提供若しくは提示」が行われる場合です。この「著作物の公衆への提供若しくは提示」の意味について、ツイッター社は、複製や公衆送信といった、著作権法が定める著作物の利用行為(著作権を侵害する行為)が行われることを要すると主張しました。仮に、ツイッター社の解釈が成り立つならば、著作権侵害が否定されている本件では、「著作物の公衆への提供若しくは提示」がなかったこととなり、氏名表示権侵害の前提を欠くことになります。

しかし、最高裁判所は、以下のように述べ、「著作物の公衆への提供若しくは提示」は著作権法が定める著作物の利用行為に該当する場合に限らないとして、ツイッター社の主張を排斥しました。

著作権法19条1項は,文言上その適用を,同法21条から27条までに規定する権利に係る著作物の利用により著作物の公衆への提供又は提示をする場合に限定していない。また,同法19条1項は,著作者と著作物との結び付きに係る人格的利益を保護するものであると解されるが,その趣旨は,上記権利の侵害となる著作物の利用を伴うか否かにかかわらず妥当する。そうすると,同項の「著作物の公衆への提供若しくは提示」は,上記権利に係る著作物の利用によることを要しないと解するのが相当である。

画像のクリックと著作権法上の氏名表示について

本件において、リツイートにおける画像はトリミングされた状態で表示されますが、その画像をクリックすると元の画像が表示され、トリミングされた部分にある著作者の氏名も表示されます。そこで、ツイッター社は、この表示をもって、「その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つ」た表示がなされているから、著作権法19条2項により、氏名表示権を侵害していないと主張しました。

しかし、最高裁判所は、以下のとおり、リツイートの画像をクリックするのが通常だという事情でもなければ、クリックして氏名が表示される状態であったとしても、氏名を表示したことにはならないとして、ツイッター社の主張を排斥しました。

本件各リツイート記事中の本件各表示画像をクリックすれば,本件氏名表示部分がある本件元画像を見ることができるとしても,本件各表示画像が表示されているウェブページとは別個のウェブページに本件氏名表示部分があるというにとどまり,本件各ウェブページを閲覧するユーザーは,本件各表示画像をクリックしない限り,著作者名の表示を目にすることはない。また,同ユーザーが本件各表示画像を通常クリックするといえるような事情もうかがわれない。そうすると,本件各リツイート記事中の本件各表示画像をクリックすれば,本件氏名表示部分がある本件元画像を見ることができるということをもって,本件各リツイート者が著作者名を表示したことになるものではないというべきである。

結論

以上の検討の結果、最高裁判所は、本件において、氏名表示権の侵害が認められると結論づけました。

戸倉三郎裁判官の補足意見

本判決には、戸倉三郎裁判官の補足意見が付されています。補足意見とは、多数意見に賛成することを前提に、意見を補足するものです。

戸倉補足意見は、多数意見の考え方が正しい旨論じた後、以下のとおり、それによってツイッターの利用者に負担が生じるとしつつ、①ツイッターであっても、氏名表示権を侵害しないよう留意しなければならないのは、出版や他のインターネットへの投稿と同じである、②問題が生じるのは、元ツイートの写真が誰が撮影したものか分からない場合に限られる、といったことを根拠に、負担が過度に重くなることはない、と述べています。

このような氏名表示権侵害を認めた場合,ツイッター利用者にとっては,画像が掲載されたツイート(以下「元ツイート」という。)のリツイートを行うに際して,当該画像の出所や著作者名の表示,著作者の同意等に関する確認を経る負担や,権利侵害のリスクに対する心理的負担が一定程度生ずることは否定できないところである。しかしながら,それは,インターネット上で他人の著作物の掲載を含む投稿を行う際に,現行著作権法下で著作者の権利を侵害しないために必要とされる配慮に当然に伴う負担であって,仮にそれが,これまで気軽にツイッターを利用してリツイートをしてきた者にとって重いものと感じられたとしても,氏名表示権侵害の成否について,出版等による場合や他のインターネット上の投稿をする場合と別異の解釈をすべき理由にはならないであろう。そもそも,元ツイートに掲載された画像が,元ツイートをした者自身が撮影した写真であることが明らかである場合には,著作者自身がリツイートされることを承諾してツイートしたものとみられることなどからすると,問題が生ずるのは,出所がはっきりせず無断掲載のおそれがある画像を含む元ツイートをリツイートする場合に限られる。また,元の画像に著作者名の表示がないケースでは,著作者が当該著作物について著作者名の表示をしないことを選択していると認められる場合があるであろうし,元の画像に著作者名の表示があってリツイートによりこれがトリミングされるケースでは,リツイート者のタイムラインを閲覧するユーザーがリツイート記事中の表示画像を通常クリック等するといえるような事情がある場合には,これをクリック等して元の画像を見ることができることをもって著作者名の表示があったとみる余地がある(そのような事情があるか否かは,当該タイムラインを閲覧する一般のユーザーの普通の注意と閲覧の仕方とを基準として,当該表示画像の内容や表示態様,閲覧者にクリック等を促すような記載の有無などを総合的に考慮して判断することとなろう。)。さらに,著作権法19条3項により,著作者名の表示を省略することができると解される場合もあり得るであろう。そうすると,リツイートをする者の負担が過度に重くなるともいえないと思われる。

さらに、戸倉裁判官は、以下のように述べ、ツイッター社には、社会的に重要なインフラの提供社の社会的責務という観点から、ツイッター利用者に対する周知等の適切な対応をすることが期待される、とも述べています。

ツイッターは,社会各層で広く利用され,今日の社会において重要な情報流通ツールの一つとなっており,国内だけでも約4500万人が利用しているとされているところ,自らが上記のような状況にあることを認識していないツイッター利用者も少なからず存在すると思われること,リツイートにより侵害される可能性のある権利が著作者人格権という専門的な法律知識に関わるものであることなどを考慮すると,これを個々のツイッター利用者の意識の向上や個別の対応のみに委ねることは相当とはいえないと考えられる。著作者人格権の保護やツイッター利用者の負担回避という観点はもとより,社会的に重要なインフラとなった情報流通サービスの提供者の社会的責務という観点からも,上告人において,ツイッター利用者に対する周知等の適切な対応をすることが期待される。

林景一裁判官の反対意見

林景一裁判官は、本件のようなリツイートは氏名表示権を侵害するものではないとの解釈を選択し、多数意見に対して反対意見を述べています。その理由は、以下のとおりで、要するに、トリミングの仕様は、リツイートをする者ではなく、ツイッター社が決定したものであって、リツイートをする者には表示を変更する方法はなかったこと、そして、そもそも無断アップロードをしたのは元のツイートをしたものであって、リツイートをした者が侵害行為の主体とはいえないということです。

原審は,本件各表示画像につき,本件写真画像(本件元画像)がトリミングされた形で表示され(以下,このトリミングを「本件改変」という。),本件氏名表示部分が表示されなくなったことから,本件各リツイート者による著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害を認めた。しかし,本件改変及びこれによる本件氏名表示部分の不表示は,ツイッターのシステムの仕様(仕組み)によるものであって,こうした事態が生ずるような画像表示の仕方を決定したのは,上告人である。これに対し,本件各リツイート者は,本件元ツイートのリツイートをするに当たって,本件元ツイートに掲載された画像を削除したり,その表示の仕方を変更したりする余地はなかったものである。また,上記のような著作者人格権侵害が問題となるのは著作者に無断で画像が掲載される場合であるが,本件で当該画像の無断アップロードをしたのは,本件各リツイート者ではなく本件元ツイートを投稿した者である。以上の事情を総合的に考慮すると,本件各リツイート者は,著作者人格権侵害をした主体であるとは評価することができないと考える。

さらに、この反対意見は、本件におけるような画像は、猥褻画像や誹謗中傷とは異なり、一般人には、それを拡散することが適切かどうか判断できず、一般のユーザにそのような判断をさせることは、過度の負担を強いるもので、リツイート事態を差し控えさせることにもなりかねない、ということを反対理由として述べています。

ツイッターを含むSNSは,その情報の発信力や拡散力から,社会的に重要なインフラとなっているが,同時に,SNSによる発信や拡散には社会的責任が伴うことは当然である。その意味で,画像そのものが法的,社会的に不適切であって,本来,最初の投稿(元ツイート)の段階において発信されるべきではなく,削除されてしかるべきであることが明らかなもの(例えば,わいせつ画像や誹謗中傷画像など)については,その元ツイートはもとより,リツイートも許容されず,何ら保護に値しないことは当然である。しかしながら,本件においては,元ツイート画像自体は,通常人には,これを拡散することが不適切であるとはみえないものであるから,一般のツイッター利用者の観点からは,わいせつ画像等とは趣を異にする問題であるといえる。多数意見や原審の判断に従えば,そのようなものであっても,ツイートの主題とは無縁の付随的な画像を含め,あらゆるツイート画像について,これをリツイートしようとする者は,その出所や著作者の同意等について逐一調査,確認しなければならないことになる。私見では,これは,ツイッター利用者に大きな負担を強いるものであるといわざるを得ず,権利侵害の判断を直ちにすることが困難な場合にはリツイート自体を差し控えるほかないことになるなどの事態をもたらしかねない。

コメント

著作者人格権という観点から東京地裁と知財高裁の判決を対比すると、インラインリンクから構成されるリツイートの特性から、インターネット上の見え方が変更された場合、元のファイルに変更を加えていない場合にも著作者人格権の侵害があったといえるか、ということが主要な争点となり、東京地裁は侵害を否定し、知財高裁はこれを肯定しました。本判決は知財高裁の考え方を採用しています。

著作者人格権が、著作者の人格的利益を守るもの、つまり、著作者の著作物に対する心情を守るものであると考えるなら、元ファイルが変更されたかどうかではなく、どのように表示されるかを基準として著作者人格権の侵害の成否を判断する、知財高裁・最高裁の考え方に合理性はあるものと思われます。

他方において、この問題について法的に責任を負うべきなのは誰か、つまり、誰を悪者にするのか、というのは難しい問題です。具体的に見ていくと、まず、無断で他人の著作物をアップロードしているのは、元のツイートをした人です。次に、それをトリミングされた状態で表示される直接のきっかけを作っているのはリツイートをした人です。さらに、どのようにトリミングするかという仕様を決定しているのはツイッター社です。本件で問題とされた事象は、これら三者の行為が組み合わさって、初めて成り立つものといえます。その中で、誰が著作者の氏名が表示されなくなったことによる責任を負うのか、というのが本件における本質的問題といっても良いでしょう。

この問題につき、多数意見は、リツイートによってトリミングされた画像を生み出したのはあくまでリツイートをした人だから、リツイートをした人が責任を負うべきである、との結論を採用しました。

補足意見は、これに加えて、ツイッター社も、社会的責務として、利用者に対する周知をすべきだ、と述べています。補足意見とはいえ最高裁判所の判決に書かれた「社会的責務」は非常に重いものではありますが、あくまで「社会的責務」であって、法的責任に位置づけられているわけではありません。また、「社会的責務」の内容も、「周知等」にとどまり、トリミングの仕様を変更することなどには触れられていません。つまり、補足意見の考え方では、ツイッター社は法的責任を負わず、また、社会的責務も利用者への周知といった範囲に限られ、トリミングの仕様を変更することまでは求められていない、ということになるでしょう。もちろん、多数意見はこの点について沈黙していますので、今後、ツイッター社の法的責任が問題とされる可能性が払拭されているわけではありません。

他方の反対意見は、リツイートした人を悪者にするのは誤っている、という見解に立ったものといえます。その理由は、そもそも悪いのは無断アップロードをした人であって、リツイートをした人は表示態様を選択することもできず、また、猥褻画像や誹謗中傷とは違って、本件の画像のような写真作品は、リツイートが不適切かを利用者が判断することも難しく、リツイートした人に責任を負わせると、ツイッター利用者に過度の負担を生じる、というものです。

利用者の負担の問題については、補足意見にも言及があります。そちらでは、利用者に負担は生じるものの、それは出版や他のインターネット投稿の場合と同じであること、そして、そもそも問題となる局面は限られていることから、過度の負担ではない、と述べられています。要するに、もともと負担が軽いことに加えて、ツイッター社が利用者への周知という社会的責務を果たせば、出版や投稿の場合と同様に、リツイートをした者を悪者にすることが正当化できる、という論理と思われます。

以上の議論について、若干個人的意見を述べますと、まず利用者の責任について考えたとき、リツイートを、出版や他のインターネット投稿と同視することにはいささか無理があると思われます。出版時に人格権侵害に留意することは、一般人にも当然期待されることですし、通常のインターネットの投稿についても、自身が新規に画像その他のデータを投稿する際には、その出所を検証することが期待されます。しかし、画像のリツイートは、本質的には、すでに他人によって投稿された画像へのリンクに過ぎません。また、ツイッターの利用者には、出版や通常のウェブサイトの投稿を行う人々と比較しても、はるかに多様な人々が含まれます。そのため、ツイッターの利用者に対し、リツイートに際して、自分が新たに出版や投稿と同等のことをし、同等の社会的責任を負担しているという意識を一般的に期待することはできないでしょう。

もちろん、リツイートであっても、その内容が猥褻画像や誹謗中傷のように、それ自体からリツイートに問題が生じ得ることを容易に理解できるものである場合には、常識に従ってそれを差し控え、またはその態様に配慮するといったことに思い至ることができるでしょう。そのため、明らかに問題のあるツイートについて不適切なリツイートをした場合に社会的・法的責任の追求を受けたとしても、不当なこととは思われません。最近であれば、橋下徹氏に対する誹謗中傷のツイートの1回のリツイートについて責任が認められましたが、個人的には、これも必ずしも不当な判決とは思いません。しかし、本件における画像は写真作品ですので、拡散することが適切かどうか、利用者が容易に判断できるものではありません。

まして、リツイートによってトリミングが生じ、その結果氏名表示権の侵害が生じる可能性があるといった問題を認識するのは、法律家にとっても容易ではありません。そのような判断を、リツイートに際し、一般の利用者に求めるのは、酷な要求であると思われます。それによって実際に法的責任が追求されるならば、リツイートという表現手段に萎縮的な効果を生じることもあり得ます。

リツイートするときに氏名を書けばいいじゃないか、という議論もあり得るところで、判決中でも氏名の記載がないことの指摘がありますが、ツイッターの現実の利用態様に照らして、そうきった表記を求めることが現実的とは思われず、もしそれを強いられると、多くの利用者は「それならリツイートしなくていいや」という選択をするでしょう。これは表現活動の萎縮にほかなりません。

この点について、補足意見は、実際に問題が生ずるのは、出所がはっきりせず無断掲載のおそれがある画像を含む元ツイートをリツイートする場合に限られること、つまり、レアケースであることも過度の負担を生じない理由に上げています。しかし、もともと悪いことをしているという認識を持ちにくい問題だけに、レアケースであるなら、なおさら、一般の利用者に問題意識を持たせることは難しくなります。

また、補足意見は、ツイッター社の社会的責務としての周知活動を求めてもいますが、ツイッター社が氏名表示権について利用者に周知活動を行ったからといって、それが一般の利用者に広く理解されるには、トリミングによって生じる氏名表示権の問題は、あまりに専門的すぎ、かつ、事象としての発生頻度が低すぎます。

もちろん、著作者の心の問題は軽視されるべきことではありません。しかし、リツイートの本質はリンクであり、無断アップロードをした元のツイートが削除されれば解消される問題でもあります。つまり、元のツイートをした人に責任を課すことによって、問題状況の一応の解消は可能なのです。そのような場合に、あえてリツイートをした人まで悪者にすることに意味はあるのか、表現行為の萎縮という潜在的効果を考えたときにそこまでのことをすべきなのか、という疑念を禁じ得ません。

結論として、補足意見の考え方は、現在のネット社会の実情からの乖離が甚だしく、説得力に欠けるように感じられます。

次に、ツイッター社の責任について見ると、補足意見は、「社会的責務」としての周知を求めているにとどまります。多数意見の考え方を突き詰めれば、プラットフォーム運営者としてのツイッター社の法的責任に行き着くところ、現代におけるツイッターの重要性を意識し、あえて社会的責務に言及したものかも知れません。穿った見方かも知れませんが、今すぐは法的責任まで問題にしない、ということを仄めかそうとしたのではないかとすら感じられます。

実際、この訴訟の原審では、トリミングによる同一性保持権の侵害の成否が大きな論点となっていましたが、本判決は、その点について沈黙しています。氏名表示権に限っていえば、トリミングによって画像から氏名が表示されなくなる事例はさほど多くはないと思われるのに対し、同一性保持権は、元の画像の一部が切除されれば常に問題となるため、ツイッターの仕様では、問題が生じる頻度が圧倒的に大きくなります。元ツイートの画像が無断アップロードの場合には、常に生じる問題といっても良いでしょう。そのように、権利侵害を頻繁に誘発する仕様となれば、ツイッター社の社会的責務にとどまらず、法的責任が現実的な論点となってきます。しかし、本判決は、同一性保持権についての判断を避け、いわば、レアケースである氏名表示権についてのみ判断を示しています。つまり、ツイッター社の法的責任の問題を回避ないし留保するため、あえて判決の射程を非常に狭いものにしたのかも知れません。

ツイッター社の責任をどのように考えるかは様々な議論のあり得るところとは思われますが、ツイッターが非常に多くの国民に表現の機会を与えるインフラとして機能していることに異論はないところでしょう。そうであれば、無断アップロードなどの例外的場合に問題が生じるにとどまっていて、通常の使用において権利侵害などの問題を生じない場合には、なるべく利用者の利便を優先し、円滑な表現活動の場としての価値を毀損させないことが重要ではないかと思われます。

もちろん、ここでも著作者の心情の問題には配慮があるべきですが、上述のとおり、リツイートはリンクであり、元のツイートが削除されれば問題状況は一応解消されます。それを前提とするなら、トリミングによって氏名が消えるという例外的な状況への対応のために、利用者の利便性を害するような仕様変更をツイッター社に強いることが妥当であるとは思われず、また、氏名表示権という問題の性質に照らし、ツイッター社にこの問題について周知の義務を課すことに特段の意味があるとも思われません。比喩的にいえば、これは、NTT社に対し、電話の利用者が、一般には犯罪と認識しにくい犯罪のために電話を利用できない仕様にせよ、あるいは、そのような利用をしないよう周知せよ、というのに等しいことのように思われます。

この判決の直接的な射程はごく狭い範囲に限られると思われます。しかし、判旨は同一性保持権にも適用可能なものであるほか、そのアナロジーが生じる潜在的範囲は決して狭くはありません。これからもインターネットを利用したサービスは進化を続けることが予想され、利用者に大きな利便をもたらし、また、表現の機会が拡張されるとともに、権利侵害の契機も増加せざるを得ないと思われます。そのときに重要なのは、正常な表現行為を萎縮させず、問題を生じる行為をピンポイントで捕捉し、妥当な解決を図る法律構成ではないかと思われます。このような観点で考えたとき、ネットワーク時代の現実に即しているのは、反対意見に述べられた考え方ではないかと思われます。

(文責・飯島)