東京地方裁判所第40部(佐藤達文裁判長)は、本年(令和3年)7月16日、訴訟の被告が、受領した訴状を、第一回口頭弁論期日における原告による陳述の前にブログ等を通じて公表する行為は、訴状を作成した弁護士の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するものであるとして、被告に対し、著作者人格権侵害に基づく慰謝料2万円の支払いを命じる判決をしました。著作権については、侵害を認めたものの、慰謝料請求権の成立を否定しています。

訴状を公表されたことを理由に弁護士が当事者となって訴訟を提起することは珍しく、また、損害額も微々たる額ではありますが、企業法務においても参考になる部分があると思われるため、紹介します。

ポイント

骨子

  • 別件訴状を複製して作成したデータをアップロードし,本件ブログ記事に同データへのリンクを張った被告の行為は,別件訴状について,公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信をするものであり(著作権法2条1項7号の2),未公表の別件訴状を公衆に提示(同法4条)するものであるから,別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成する。
  • 被告は,裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条)があることを理由として,訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと主張するが,裁判の公開の原則や閲覧等制限手続が存在することは,被告の行為が著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するとの上記結論を左右しない。
  • 著作権法40条1項は,「裁判手続(…)における公開の陳述は,同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる。」と規定しており,自由に利用することができるのは裁判手続における「公開の陳述」であるから,未陳述の訴状について同項は適用されない。
  • 裁判手続における公開の陳述については,裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり,かかる趣旨に照らすと,公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。
  • 別件訴状が公開の法廷で陳述されることにより,それ以降の自由利用が可能となるとしても,それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され,原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない。
  • 本件ブログ記事には,・・・「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」,「仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」,「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては,業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などと記載されており,その趣旨は,紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて,遺憾の意を表明し,あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって,公衆に対し,当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決言渡日 令和3年7月16日
事件番号・事件名 令和3年(ワ)第4491号 損害賠償請求事件
裁判官 裁判長裁判官 佐 藤 達 文
裁判官    小 田 誉太郎
裁判官    齊 藤   敦

解説

保護を受ける著作物とその権利者

訴状と著作物

著作権法は、「著作物」の意味について、以下のとおり定義しています。

第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
(略)

また、著作物の具体例として、著作権法は、以下の規定を置いています。

(著作物の例示)
第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
 音楽の著作物
 舞踊又は無言劇の著作物
 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
 建築の著作物
 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
 映画の著作物
 写真の著作物
 プログラムの著作物
 事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。
(略)

訴え提起に際して作成される訴状は、著作権法10条1項各号において直接的には例示されていないものの、単なる事実の伝達を超えて、原告の訴えを支える論旨が種々の工夫のもとで記載されるものであるため、思想を創作的に表現したものとして、同法2条1項1号の「著作物」に該当し、その類型としては、同法10条1項1号の「言語の著作物」に該当するものといえます。

保護を受ける著作物

著作権法は、すべての著作物を保護するわけではなく、下記の同法13条3号において、裁判所の判決等が著作権法上の権利の対象とならない旨定めています。

(権利の目的とならない著作物)
第十三条 次の各号のいずれかに該当する著作物は、この章の規定による権利の目的となることができない。
(略)
 裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行われるもの
(略)

しかし、上記の規定に、訴状を保護の対象から除外する旨の定めはないため、訴状は、著作権法によって保護を受ける著作物であることとなります。

訴状について著作権法上の保護を受ける権利者

著作権法は、同法による保護を受ける者を「著作者」と規定しており、「著作者」の意味については、同法2条1項2号に以下の定義を置いています。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
 著作者 著作物を創作する者をいう。
(略)

また、会社等の法人の業務に従業する者が職務上作成する著作物については、以下の著作権法15条1項により、一定の要件のもと、法人が著作者となるものと定められています。

(職務上作成する著作物の著作者)
第十五条 法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。
(略)

これを訴状について見ると、訴状を「創作する者」は、原告自身が作成する場合は原告自身、代理人となる弁護士が作成したときはその弁護士ということになり、また、原告ないし代理人弁護士が法人に属する場合においては、状況により、その法人が著作者となるものといえます。

なお、映画の著作物の場合や、著作権が承継された場合など、著作者と著作権者とは必ずしも一致するとは限らないのですが、本件ではその点は問題とならないため、別の機会に解説したいと思います。

小活

以上より、訴状は、著作権法によって保護を受ける著作物であり、その権利は、訴状を作成した者、すなわち、原告自身が作成した場合は原告自身が、代理人となる弁護士が作成したときはその弁護士が、また、状況によりその属する法人が、それぞれ有することとなります。

著作者の権利と公表権及び公衆送信権

著作者が有する権利

著作権法は、著作者の権利として、著作者人格権と著作権(著作財産権)を規定しています。もっとも、著作者人格権も、著作権も、著作者人格権ないし著作権に分類される権利の総称で、著作者人格権ないし著作権という単一の権利があるわけではありません。両者の関係について、しばしば、著作者人格権は、著作者の心を守る権利で、著作権は、財布を守る権利である、といった表現が用いられます。

具体的には、著作者人格権は、著作者の人格的利益を保護する権利の総称で、①未公表の著作物を公表するかどうかの決定権である公表権(著作権法18条)、②著作者名の表示に関する決定権である氏名表示権(同法19条)、③著作物を意に反して改変等されない権利である同一性保持権(同法20条)、④著作物を名誉声望を害する方法で利用されない権利である名誉声望権(同法113条11項)からなっています。著作者人格権は、著作者自身の人格的利益を守るものであるため、一身専属の権利で、譲渡することはできません。

他方、著作権は、著作物の利用にかかる経済的利益を守る権利で、複製、上演、上映、公衆送信、口述、展示、頒布、譲渡、貸与、翻案等、著作権者の許諾が必要となる利用行為が著作権法21条から同法28条に列挙されています。これらの利用行為は、一般に、「法定利用行為」と呼ばれます。

公表権

公表権は、上述の著作者人格権の1つであり、著作権法18条1項に以下のとおり規定されるように、未公表の著作物の公表に関する著作者の決定権であるといえます。

(公表権)
第十八条 著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。
(略)

出版社等の第三者が著作物を公表する場合であっても、著作者の同意がある場合には、公表権の侵害にはなりません。

公衆送信権

著作権法23条1項は、法定利用行為の1つとして、以下のとおり、著作者が、公衆送信を行う権利を専有することを定めています。

(公衆送信権等)
第二十三条 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
(略)

「公衆送信」の意味については、著作権法2条1項7号の2が以下のとおり定義しており、要するに、有線、無線を問わず、著作物を同一構内の外にいる公衆に向けて送信することをいいます。伝統的なものとしては、テレビやラジオ、有線放送などがこれに当たります。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
七の二 公衆送信 公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。
(略)

著作権法2条1項9号の4は、「公衆送信」の1つとして、以下のとおり、「自動公衆送信」を定めています。

九の四 自動公衆送信 公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう。
(略)

この規定の「公衆からの求めに応じ自動的に行う」という状態は、ネット上であるウェブサイトにアクセスした際に、そのサーバから情報が自動的に送信され、ブラウザ上に表示される、といった状況を指しています。文言上はインターネットに限定されるわけではありませんが、実際上は、ファイルのダウンロードなども含め、利用者のアクセスに応答する形で自動的に著作物が送信されるインターネットの構造を前提にした規定と理解して差し支えないでしょう。

さらに、著作権法23条1項に現れる「送信可能化」については、著作権法2条1項9号の5が以下のとおり定義しています。非常に読みにくい条文ですが、要するに、ネットワーク上にファイルを置いたり、ファイルを置いたメディアをネットワークに接続するなどして、自動公衆送信が可能な状況を作出することを指しています。

九の五 送信可能化 次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。
 公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。
 その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続(配線、自動公衆送信装置の始動、送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、当該一連の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。
(略)

著作権の制限と訴状の取扱い

著作権の制限

著作権法は、著作権が権限を専有する法定利用行為に該当する場合であっても、一定の場合には、第三者が許諾なく利用できることを定めています。こういった著作権の制限は、著作権法30条から同法49条の間に列挙されており、著作物の種類や、法定利用行為の種類によって、適用されるものとされないものがあります。

裁判手続等における複製

裁判手続に関連する制限規定としては、著作権法42条1項に定める裁判手続等における複製があります。この規定は、以下のとおり、裁判手続に必要な場合には、他人の著作物を複製することができる旨規定しています。この規定は、本来的には、当事者が作成した訴状等の訴訟書類よりも、第三者が著作物を証拠などに用いることを意識したものと思われますが、論理的には訴状にも適用されます。もっとも、対象となる利用行為は複製ですので、ネット上で公開する場合には適用されません。

(裁判手続等における複製)
第四十二条 著作物は、裁判手続のために必要と認められる場合及び立法又は行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において、複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

政治上の演説等の利用にかかる例外

著作権の制限の1つとして、著作権法40条1項は、以下のとおり、政治上の演説等の利用を適法とする旨規定しており、裁判手続における公開の陳述についても、本規定が適用されます。

(政治上の演説等の利用)
第四十条 公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条第一項において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
(略)

訴状は、通常の場合、第1回口頭弁論期日において、公開法廷において陳述されるため、そのような手続を経た後の訴状の内容は、「いずれの方法によるかを問わず」利用できる、つまり、ブログなどで公表することも可能になるものといえます。

時事の事件の報道のための利用にかかる例外

著作権法41条は、著作権の制限の1つとして、以下のとおり、時事の事件の報道のための利用を規定しています。この規定によれば、訴状についても、時事の事件の報道を目的とする場合には、報道の目的上正当な範囲内において、複製したり、当該事件の報道に伴って利用したりすることが可能になります。

(時事の事件の報道のための利用)
第四十一条 写真、映画、放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、複製し、及び当該事件の報道に伴つて利用することができる。

裁判の公開と訴状の取り扱い

憲法82条1項は、以下のとおり、裁判が公開法廷で行われることを規定しています。

第八十二条 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
(略)

憲法がその文言上保障するのは法廷の公開だけですが、民主政の過程を保護する観点からは、より実質的な公開が求められるため、民事訴訟法91条は、原則として、誰でも訴訟記録を閲覧することができ、さらに、利害関係がある場合には、謄写ができることを定めています。

(訴訟記録の閲覧等)
第九十一条 何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。
(略)
 当事者及び利害関係を疎明した第三者は、裁判所書記官に対し、訴訟記録の謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は訴訟に関する事項の証明書の交付を請求することができる。
(略)

他方、訴訟記録の中に、私生活上の重大な秘密や、営業秘密が含まれる場合には、以下の民事訴訟法92条1項に基づき、閲覧や謄写ができる者を当事者に限定することができます。実務上は、当事者の申立てに基づき、第三者が記録を閲覧した際に、これらの秘密が記載された部分が黒塗りされた状態にすることができます。

(秘密保護のための閲覧等の制限)
第九十二条 次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
 訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。
 訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第二条第六項に規定する営業秘密をいう。第百三十二条の二第一項第三号及び第二項において同じ。)が記載され、又は記録されていること。
(略)

なお、刑事訴訟法においては、第三者が記録を閲覧できるのは、被告事件の終結後とされているほか(刑事訴訟法53条本文)、一定の場合に閲覧制限が認められていますが(同条2項)、政治犯罪や出版に関する犯罪、基本的人権にかかわる事件については、閲覧制限の対象となりません(同条3項)。

権利侵害に対する救済

著作者人格権や著作権を侵害された場合、各権利者は、侵害者に対し、侵害の停止や予防を求めることができ(著作権法112条1項)、また、侵害品やその生産設備などの除却も求めることができます(同条2項)。これらの請求を総称して、差止請求と呼びます。

差止請求は、基本的に将来の侵害行為に対する措置ですが、すでに生じた過去の侵害行為に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます(民法709条)。具体的内容として、著作者人格権の侵害があったときは、精神的苦痛に対する慰謝料が認められ、著作権の侵害があったときは、財産的損害に対する賠償金の支払いが命じられます。

また、著作者人格権の侵害行為に対しては、それによって傷つけられた名誉を回復するため、謝罪広告などの措置を求めることもできます(著作権法115条)。

事案の概要

本件の原告は、別件の名誉毀損訴訟(「別件訴訟」)の原告代理人を務める弁護士で、被告は、別件訴訟の被告のひとりです。被告は、別件訴訟が提起され、訴状の送達を受けた後、最初の公開の手続である第1回口頭弁論期日に先立って、受領した訴状をインターネット上にアップロードし、そのリンクをブログに貼り付けるなどして公表しました。訴状のデータファイルにおいては、被告の氏名や、被告に関する事実はマスキングされていました。

被告のブログには、訴訟の経緯のほか、「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」、「仮にBさん(注:公開された判決文ママ)の感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」、「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては,業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などの記載がありました。被告は、その後、この記事をツイッターでも紹介しています。

その結果、ネット上では、「訴状理由が酷すぎてわろた」など、その訴状に対し、多数の批判が寄せられました。

これに対し、訴状を起案した弁護士が、著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)の侵害を理由に、被告に対し、損害賠償を求めたのが本訴訟です。損害の発生原因となる事実については、公表権だけでなく、公衆送信権の侵害との関係でも精神的苦痛を根拠としており、それに対する慰謝料の支払いを求めています。

これに対し、被告は、裁判の公開原則がある以上、訴状を非公開とする原告の期待を保護する必要性は低く、公表されたくない場合には閲覧制限の手続きもある以上、そういった措置がなされない状況でのブログ等での公表は権利侵害にあたらない、仮に侵害にあたるとしても、著作権法40条1項または同法41条によって著作権を行使することはできない、訴状は公開の法廷で陳述されるものであるから公表について原告の黙示的同意があった、といった主張をし、原告の請求を争いました。

判旨

権利侵害の成立について

まず、判決は、以下のとおり、ごく形式的に著作権法の条文をあてはめ、被告の行為は、公衆送信権及び公表権の侵害を構成すると認定しました。

前提事実及び証拠(略)によれば,別件訴状を複製して作成したデータをアップロードし,本件ブログ記事に同データへのリンクを張った被告の行為は,別件訴状について,公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信をするものであり(著作権法2条1項7号の2),未公表の別件訴状を公衆に提示(同法4条)するものであるから,別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成する。

裁判の公開の原則との関係について

また、判決は、以下のとおり、裁判の公開の原則や閲覧制限の制度について、権利侵害を構成するかどうかという観点では、結論に影響する事情ではないと判示しました。

被告は,裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条)があることを理由として,訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと主張するが,裁判の公開の原則や閲覧等制限手続が存在することは,被告の行為が著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するとの上記結論を左右しない。

政治上の演説等の利用にかかる例外の適用について

次に、判決は、裁判手続における公開の陳述についての利用を許容する著作権法40条1項の適用について、これも文言に忠実な解釈をして、まだ陳述されていない訴状には適用がないとして、被告の主張を排斥しました。

著作権法40条1項は,「裁判手続(…)における公開の陳述は,同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる。」と規定しており,自由に利用することができるのは裁判手続における「公開の陳述」であるから,未陳述の訴状について同項は適用されない。

この点に関し、被告は、訴状は陳述を前提としているものである以上、未陳述であっても、著作権法の例外規定が類推適用ないし準用されるべきであると主張していましたが、判決は、条文の趣旨に照らして、未陳述の訴状の自由利用を認めるべき理由はないとして、被告の主張を排斥しました。

裁判手続における公開の陳述については,裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり,かかる趣旨に照らすと,公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。

さらに、被告は、未陳述の段階での訴状の公表が権利侵害にあたるとしても、後日陳述されれば、それによって、被告の行為の瑕疵が遡って治癒されるとも主張しましたが、判決は、以下のとおり、後日の行為によってすでに生じた損害が消えることはないとして、この主張も排斥しました。

別件訴状が公開の法廷で陳述されることにより,それ以降の自由利用が可能となるとしても,それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され,原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない。

時事の事件の報道のための利用にかかる例外の適用について

被告は、訴状の公表が時事の事件の報道のための利用に該当するとして、これに対して著作権を行使できないとも主張していましたが、判決は、以下のとおり、ブログの内容に照らして報道に該当しないとして、この主張も排斥しました。

本件ブログ記事には,・・・「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」,「仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」,「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては,業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などと記載されており,その趣旨は,紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて,遺憾の意を表明し,あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって,公衆に対し,当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。

訴状の公表に対する同意について

被告は、訴状は公開の陳述を前提とするものであることを理由に、原告は、その公表を黙示的に同意していた、とも主張していましたが、判決は、これについても、以下のとおり、同意の存在を認めることはできないとしました。

訴状が公開の陳述を予定しているとしても,そのことから,公開の陳述前の公表についての同意が推認されるものではなく,他に,公開の陳述前に別件訴状を公表することについて原告が同意していたと認めるに足りる証拠はない。

著作権侵害にかかる損害額について

判決は、以上のとおり述べて、著作権侵害を認めましたが、その損害については、以下のとおり、公衆送信権侵害は財産権の侵害である以上、原則として公衆送信権侵害の事実をもとに慰謝料の請求をすることはできない、として、原告の請求権を否定しました。

公衆送信権の侵害は,財産権の侵害であるから,特段の事情がない限り,その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ,本件において,同権利の侵害について慰謝料を認めるべき特段の事情があるとは認められない。

著作者人格権侵害にかかる損害額について

他方、著作者人格権については、慰謝料請求権の存在を認めつつも、別件訴訟は原告が提起したもので、また、訴状は公開が予定されているものであること、閲覧制限などの措置が採られていなかったこと等から、慰謝料の額を2万円と認定しました。

公表権侵害による慰謝料請求に関し,前提事実及び証拠(甲17~40)によれば,原告は,別件訴状の公表により,別件訴状の陳述以前の段階から,別件訴状を閲覧した者から「訴状理由が酷すぎてわろた」(甲27)などの批判等を受けるなどして,精神的苦痛を受けたものと認められる。他方,別件訴訟は原告が訴訟代理人として自ら提起したものであり,訴状はその性質上公開の法廷における陳述を前提とする書面であること,別件訴状の公表から別件訴状の陳述までの期間は3か月程度にとどまること,原告は別件訴状について閲覧等制限などの手続を行っていないことを含め,本件に現れた一切の事情を考慮すると,別件訴状の公表権侵害に対する慰謝料は2万円と認めるのが相当である。

コメント

訴状は、法廷における陳述を待てば、著作権法上適法に公表することが可能になります(プライバシー権など、他の法律問題は残ります。)。そのため、その公表の是非が著作権法の文脈で問題になることはあまりなく、本件は、珍しい事案といえます。

判決は、著作権については、侵害の成立を認めつつも損害を否定し、著作者人格権については、侵害及び損害まで認めつつも、その額をごく低額に留めました。本件の場合、著作者人格権との関係でも、損害を観念できるほどの違法性があったのかについて疑義を感じないわけではありませんが、金銭的評価に馴染みやすい財産権の侵害とは異なり、人格権の侵害については、侵害を認定する以上、ある程度抽象的に損害が認定されるのもやむを得ない面があるものと思われます。実際上は、訴訟を見せ物にすることに対する制裁という側面もあるのかも知れません。

この事件を、企業におけるコンプライアンス上の参考事例という観点から見ると、著作権法の適用関係において、受領した訴状の対外的な公表が、その時期により、違法とされる可能性があることは、認識しておいても良いでしょう。一般に、被告となった企業が積極的に訴状の内容をリリースすることはあまりないと思われますが、訴訟追行に必要な範囲を超えて、外部にコピーを配布するような場合には、留意が必要であるといえます(なお、社内の関係者や、弁護士など守秘義務を負う者とコピーを共有することは著作権法18条1項の「公表」にはあたらず、また、訴訟追行に必要な範囲に止まる限り著作権法42条1項が適用されるため、著作者人格権との関係でも、著作権との関係でも、適法となるものと考えられます。)。

原告となる側の対応としては、特に相手方が個人であるなど、訴訟にかかる情報をネット上で公表する傾向があるようなときには、秘密情報を含む訴訟書類を提出する場合、書類提出と同時に閲覧制限の申立てをすることを徹底することが重要であるといえそうです。

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(文責・飯島)