知的財産高等裁判所第4部(大鷹一郎裁判長)は、平成31年2月19日、特許権に基づく損害賠償請求権不存在確認等請求控訴事件において、確認の訴え却下判決に対する控訴審における訴えの追加的変更の申立てについて、特段事情のない限り、相手方の審級の利益を害し、訴訟手続を著しく遅延させるおそれがあることから、許されない、と判断しました。

ポイント

骨子

  • 第一審が訴えの変更後の新請求に係る本案について十分な審理を遂げており、相手方が訴えの変更の申立てに対して異議を述べていないなど特段の事情のない限り、控訴審における訴えの変更の申立ては、相手方の審級の利益を害し、許されないと解するのが相当である。
  • ①控訴人新製品は、いずれも本件控訴提起後(控訴提起日控訴人アップルジャパンにつき平成30年5月10日、控訴人アップルにつき同年6月11日)の同年9月21日以降に日本国内で販売が開始された製品であり、原審では、控訴人新製品について、訴えの利益に関する審理はもとより、本案に関する審理が全く行われていないこと、②被控訴人らは、前記⑴のとおり、本件訴えの変更の申立てに対して明示的に異議を述べていることに照らすと、控訴人新製品に関する新請求を当審において追加する本件訴えの変更の申立てについては、特段の事情は認められず、かえって、本件訴えの変更を許すことは、被控訴人らの新請求に関する審級の利益を害し、本件訴訟の訴訟手続を著しく遅延させるおそれがあるものと認められる。
  • したがって、控訴人らによる本件訴えの変更の申立ては、民事訴訟法297条、143条4項により、許さないのが相当である。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 平成31年2月19日
事件番号 平成30年(ネ)第10048号
特許権に基づく損害賠償請求権不存在確認請求控訴事件
特許番号 第4685302号
発明の名称 「無線通信システムにおける逆方向リンク送信レートを決定するための方法および装置」
原判決 東京地方裁判所平成29年(ヮ)第5274号
当事者 控訴人 :アップル インコーポレイテッド 外
被控訴人:クアルコム インコーポレイテッド 外
裁判官 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官    古 河 謙 一
裁判官    関 根 澄 子

解説

訴えの変更

民事訴訟法においては、以下の通り、請求又は請求の原因を変更することが認められています(民事訴訟法143条1項)。

民事訴訟法第143条(訴えの変更)
1 原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。
2 請求の変更は、書面でしなければならない。
3 前項の書面は、相手方に送達しなければならない。
4 裁判所は、請求又は請求の原因の変更を不当であると認めるときは、申立てにより又は職権で、その変更を許さない旨の決定をしなければならない。

訴えの変更が認められる要件は、以下の通りです。

➢ 請求の基礎に変更がないこと
➢ 口頭弁論終結前であること
➢ 著しく訴訟手続を遅延させないこと

控訴審手続においても、同規定は準用されることから(民事訴訟法297条1項)、控訴審においても、訴えの変更は不可能ではありません。

もっとも、裁判所は、訴えの変更申立てが不当であると認めるときは、他方当事者の申立て又は職権により、その変更を許さない旨の決定をしなければならないものとされています(民事訴訟法143条4項)。

訴えの却下

裁判所は、以下の通り、訴えが不適法であり、その不備を補正することができないときは、判決により、訴えを却下することができます(民事訴訟法140条)。

民事訴訟法第140条(口頭弁論を経ない訴えの却下)
訴えが不適法でその不備を補正することができないときは、裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、訴えを却下することができる。

不適法な訴えとは、裁判所が本案判決の言い渡しを行うための要件(訴訟要件)を欠く訴えをいいます。

訴訟要件には、裁判所に関するもの(管轄権など)、当事者に関するもの(当事者能力、当事者適格など)、訴訟物に関するもの(訴えの利益など)等が含まれます。

訴えの却下は、訴えが不適法であることを理由とするものであり、具体的な請求についての理由の有無を判断するものではなく、具体的な請求に理由がないものとし、請求を容れない請求棄却とは異なります。

訴えを却下した第一審判決に対する控訴審において、第一審判決を取り消す場合には、原則として、事件を第一審裁判所に差し戻さなければならない(民事訴訟法307条)とされています。

民事訴訟法第307条(事件の差戻し)
控訴裁判所は、訴えを不適法として却下した第一審判決を取り消す場合には、事件を第一審裁判所に差し戻さなければならない。ただし、事件につき更に弁論をする必要がないときは、この限りでない。

事案の概要

本件は、控訴人アップル インコーポレイテッドらが、被控訴人クアルコム インコーポレイテッドらに対し、控訴人製品の生産、譲渡等の行為は、被控訴人クアルコムが有する発明の名称を「無線通信システムにおける逆方向リンク送信レートを決定するための方法および装置」とする特許第4685302号の特許権の侵害に当たらないなどと主張し、被控訴人らが控訴人らの上記行為に係る本件特許権侵害を理由とする損害賠償請求権及び実施料請求権を有しないことの確認を求めた事案です(確認の訴え)。

原判決は、原告(控訴人)らの被告(被控訴人)らに対する訴えは確認の利益を欠き、不適法であるとして、原告(控訴人)らの訴えをいずれも却下したため、控訴人らは、これを不服として本件控訴を提起しました。
控訴審において、控訴人らは、原審において対象とされた控訴人製品のほかに、本件控訴提起後に日本国内で販売が開始された製品(控訴人新製品)を対象として追加し、被控訴人らが控訴人らによる控訴人新製品の生産、譲渡等の行為について本件特許権侵害を理由とする損害賠償請求権及び実施料請求権を有しないことの確認を追加的に求めました。

これに対し、被控訴人らは、訴えの変更申立てに対する意見書に基づいて、控訴人新製品については原審における争点整理の対象とされていなかったため、被控訴人らにおいて、確認の利益の存否に関する前提となる基本的事実関係の調査・確認が必要不可欠であり、控訴人製品と基本的事実関係が異なる場合には新たな主張立証が必要となるおそれが高いことからすれば、本件訴えの変更を認めた場合には、被控訴人らの審級の利益を害することになるとともに、本件訴訟の訴訟手続を著しく遅延させることになるとして、本件訴えの変更の申立てに対して異議を述べました。

判旨

本判決は、以下の通り述べ、特段の事情のない限り、訴え却下判決に対する控訴審における訴えの追加的変更の申立ては許されないという規範を示しました。

第一審が訴え却下判決の場合における控訴審の審判の対象は、原則として訴え却下の当否に限られ、控訴審が第一審判決を相当と認めるときは控訴を棄却し、その判断を不当として第一審判決を取り消す場合は、事件につき更に弁論をする必要がないときを除き、原則として自ら請求の当否の審理に入ることなく事件を第一審に差し戻さなければならないこと(民事訴訟法307条)に鑑みると、第一審が訴えの変更後の新請求に係る本案について十分な審理を遂げており、相手方が訴えの変更の申立てに対して異議を述べていないなど特段の事情のない限り、控訴審における訴えの変更の申立ては、相手方の審級の利益を害し、許されないと解するのが相当である。

例外的に訴えの追加的変更の申立てが許される場合として、本判決が例示した特段の事情は、以下の通りです。

➢ 第一審が訴えの変更後の新請求に係る本案について十分な審理を遂げていること
➢ 相手方が訴えの変更の申立てに対して異議を述べていないこと

そのうえで、以下の通り、本件においては特段の事情は認められないことから、控訴人からの訴えの追加的変更の申立ては、被控訴人らの新請求に関する審級の利益を害し、本件訴訟の訴訟手続を著しく遅延させるおそれがあるため許されない、と判断しました。

①控訴人新製品は、いずれも本件控訴提起後(控訴提起日控訴人アップルジャパンにつき平成30年5月10日、控訴人アップルにつき同年6月11日)の同年9月21日以降に日本国内で販売が開始された製品であり、原審では、控訴人新製品について、訴えの利益に関する審理はもとより、本案に関する審理が全く行われていないこと、②被控訴人らは、前記(1)のとおり、本件訴えの変更の申立てに対して明示的に異議を述べていることに照らすと、控訴人新製品に関する新請求を当審において追加する本件訴えの変更の申立てについては、特段の事情は認められず、かえって、本件訴えの変更を許すことは、被控訴人らの新請求に関する審級の利益を害し、本件訴訟の訴訟手続を著しく遅延させるおそれがあるものと認められる。

したがって、控訴人らによる本件訴えの変更の申立ては、民事訴訟法297条、143条4項により、許さないのが相当である。

本判決は、控訴提起後に販売が開始された控訴人新製品については、第一審では本案の審理がなされておらず、かつ、被控訴人が訴えの変更申立てに異議を述べていることから、特段の事情が認められないため、訴えの変更申立ては許されない、と判断しています

そのうえで、本判決は、控訴人らの訴えについて、いずれも確認の利益を欠き、不適法であるとして、控訴人(原告)らの訴えを却下した原判決を維持し、本件控訴をいずれも棄却しました。

関連事件

なお、本判決の当事者間においては、以下の通り、複数の関連事件が存在していますので、ご参照ください。

⑴ 平成30年12月12日知財高裁第4部判決(平成30年(ネ)第10027号)
⑵ 平成30年3月4日知財高裁第1部判決(平成30年(ネ第10065号)

いずれの事件も、本件控訴人らから被控訴人らに対して、特許権に基づく損害賠償請求権不存在確認を求めたものであり、対象特許ごとに訴訟提起がなされました。

裁判所は、いずれの事件においても、本件控訴人らには確認の利益が認められないとして、控訴を棄却しました。

また、⑵判決においては、本判決と同様に、控訴人らによる対象製品を追加する旨の訴えの変更申立てについて、被控訴人らの審級の利益が侵害されるとともに、訴訟手続を著しく遅延させることを理由に、訴えの変更申立ては許されない、との判断が示されました。

コメント

本判決は、訴え却下判決に対する控訴審における訴えの追加的変更の申立てについて、原則として許されない、としつつも、例外的に許される場合があること、並びに、その要件を示したものであり、実務上参考になるものといえます。

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(文責・平野)