平成31年3月6日、知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、登録品種であるしいたけが無断譲渡等をされたという育成者権侵害の成否が争われた事案について、収穫物(しいたけ)の生産等の差止め及び6678万円余の損害賠償を命じた東京地裁判決を変更し、損害賠償額を891万円余に減額するとともに、差止請求を棄却する判決を言い渡しました。原判決と同様に育成者権侵害を認めながらも、「権利の段階的行使の原則」に関する判断を変更し、差止請求及び損害賠償請求について異なる判断を示した点で実務上参考になりますので、ご紹介します。

なお、原判決については、「育成者権侵害を理由に差止め及び6678万円余の損害賠償を命じた「しいたけ」事件東京地裁判決について」をご参照ください。

ポイント

骨子

  • 種苗法2条5項2号・3号の「権利を行使する適当な機会」とは、種苗法の規定の基となった植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)14条の規定をも参酌すれば、育成者権者等が、第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており、かつ、当該第三者に対し、許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいうものと解される。
  • 被控訴人は、交渉段階における通知書を発出した時点で既に対峙培養試験を行って被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高いとの客観的な証拠を得ており、なおかつ、控訴人からの回答書によって、種苗である菌床を国内の輸入業者が輸入して販売しているとの事実及びその輸入業者を具体的に特定するに足る情報を得たのであるから、これにより、本件品種の種苗が第三者によって利用(無断増殖等)されている事実を知ったといえ、また、少なくとも上記回答書の到達以降に国内で販売(譲渡)される輸入菌床については、かかる第三者との間で許諾契約を締結することなどによって本件育成者権を行使することが法的に可能となったとみるのが相当である。
  • 平成25年2月以降に行われる被告各しいたけの販売については、被控訴人は控訴人に対し権利行使できないと認めるのが相当であること(種苗の段階で利用を行っている前記輸入業者に対し権利行使すべきものであること)等の事情からすれば、本件において差止請求及び廃棄請求を認めるのは相当でない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 平成31年3月6日
事件番号 平成30年(ネ)第10053号、同年(ネ)第10072号 育成者権侵害差止等請求控訴、同附帯控訴事件(原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第27733号)
品種登録の番号 第7219号
農林水産植物の種類 しいたけ
品種の名称 JMS 5K-16
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    寺 田 利 彦
裁判官    間 明 宏 充

解説

種苗法とは

種苗法とは、植物の新品種の登録制度等について定める法律です。その趣旨は、新品種の開発には一定の投資を伴うため、無断増殖等を防止し、新品種開発のインセンティブを確保することにあります。日本の品種登録制度の内容は、1991年UPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)に準拠しています。

育成者は、区別性・均一性・安定性、品種名称の適切性及び未譲渡性の要件を満たす品種について、農林水産大臣に対する出願及びその審査を経て、品種登録を受けることができます(同法3~5条)。品種登録により、育成者権という独占的・排他的な権利が発生します(同法19条1項)。育成者権の存続期間は、品種登録日から25年(一定の永年性植物は30年)です(同条2項)。

育成者権者は、他の知的財産権と同様に、差止請求権(同法33条)及び損害賠償請求権(民法709条)を行使することができます。育成者権者の立証負担を軽減するため、他の知的財産法と同様に、種苗法にも損害賠償額の推定等(同法34条)、過失の推定(同法35条)、相手方が否認する際の具体的態様明示義務(同法36条)、書類提出命令(同法37条)、相当な損害額の認定(同法39条)等に関する規定が存在します。

育成者権侵害の成立要件

育成者権侵害の成立要件は、以下のとおりです(種苗法20条1項参照)。

  • 原告が登録品種の育成者権者であること
  • 被告が登録品種と重要な形質に係る特性により明確に区別されない品種の種苗について「利用」を行ったこと

「登録品種と重要な形質に係る特性により明確に区別されない品種」(登録品種それ自体を含みます。)の範囲画定については、現物主義(品種登録簿の特性表の記載ではなく、登録品種の現物が共通して備える主要な特徴によって定めるという考え方)と特性表主義(原則として品種登録簿の特性表の記載に基づいて定めるという考え方)という2つの立場があります。知財高裁平成27年6月24日判決[なめこ事件]や本件の原判決は、現物主義的な考え方を採用しました。詳しくは、「育成者権侵害を理由に差止め及び6678万円余の損害賠償を命じた「しいたけ」事件東京地裁判決について」をご参照ください。なお、従属品種や交雑品種については、登録品種と区別される品種であっても、例外的に育成者権の効力が及ぶ場合があります(同条2項)。

また、「利用」とは、以下の行為をいいます(種苗法2条5項)。なお、「加工品」の範囲は、政令で指定されています(種苗法施行令2条)。

  • その品種の種苗を生産し、調整し、譲渡の申出をし、譲渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為(同項1号)
  • その品種の種苗を用いることにより得られる収穫物を生産し、譲渡若しくは貸渡しの申出をし、譲渡し、貸し渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為(育成者権者又は専用利用権者が前号に掲げる行為について権利を行使する適当な機会がなかった場合に限る。)(同項2号)
  • その品種の加工品を生産し、譲渡若しくは貸渡しの申出をし、譲渡し、貸し渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為(育成者権者又は専用利用権者が前2号に掲げる行為について権利を行使する適当な機会がなかった場合に限る。)(同項3号)

収穫物段階及び加工品段階の保護は、それぞれ前段階で権利行使の適当な機会がなかった場合に限られており、種苗段階における保護を補完するものと位置付けられています(詳しくは後述)。

もっとも、一定の場合には育成者権の効力が制限されているほか(種苗法21条)、被告としては、先育成による通常利用権(種苗法27条)や取消事由の存在による権利濫用を主張することもできます。

育成者権侵害による損害額

種苗法34条は、育成者権侵害による損害額の立証の困難性を解消するため、特許法102条と同様に、損害額の推定等に関する3種類の規定を用意しています。

種苗法34条1項は、以下のとおり、侵害者の譲渡数量に、育成者権者等の単位数量当たりの利益の額を乗じた額に基づく額を育成者権者等の損害額とする旨の規定であり、本件において適用されたものです。

育成者権者又は専用利用権者が故意又は過失により自己の育成者権又は専用利用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した種苗、収穫物又は加工品を譲渡したときは、その譲渡した種苗、収穫物又は加工品の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、育成者権者又は専用利用権者がその侵害の行為がなければ販売することができた種苗、収穫物又は加工品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、育成者権者又は専用利用権者の利用の能力に応じた額を超えない限度において、育成者権者又は専用利用権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を育成者権者又は専用利用権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

(計算式)
「侵害者の譲渡数量」-「販売することができないとする事情に相当する数量」×「育成者権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた種苗、収穫物又は加工品の単位数量当たりの利益額」
※ただし、「育成者権者等の利用の能力に応じた額を超えない限度」に制限されます。

同条2項は、侵害者の受けた利益の額を育成者権者等の受けた損害の額と推定する旨の規定です。同条3項は、侵害された登録品種等の利用に対し受けるべき金銭(ロイヤルティ)の額に相当する額の金銭を損害の額とする旨の規定です。

権利の段階的行使の原則(カスケイドの原則)

育成者権は、種苗、収穫物及び一定の加工品の生産等に対して行使することができます(種苗法2条5項)。しかし、前記のとおり、収穫物の生産等に対する権利行使は、種苗に対する権利行使の適当な機会がなかった場合に限られ(同項2号かっこ書)、加工品の生産等に対する権利行使は、種苗及び収穫物の生産等に対する権利行使の適当な機会がなかった場合に限られます(同項3号かっこ書)。これを権利の段階的行使の原則(カスケイドの原則)といいます。

この趣旨は、可能な限り種苗について権利行使させ、収穫物や加工品の流通を過度に阻害しないようにすることにあります。すなわち、収穫物段階及び加工品段階の保護は、種苗段階における保護を補完するものと位置付けられています。育成者権者等が実際に権利行使したか否かを問わない点で、適法に譲渡された種苗、収穫物又は加工品には育成者権の効力が及ばないという消尽の原則(種苗法21条4項)よりも広く権利を制限するものといえます。

事案の概要

被控訴人(一審被告)は、きのこ種菌・菌床・加工食品・飲料の製造販売、きのこ栽培施設の設計・施工・資機材販売等を業とする株式会社です。控訴人(一審原告)は、漬物の製造・企画・販売等を業とする株式会社です。訴外Aは、控訴人の関連企業であり、きのこ類の栽培及び販売等を業とする株式会社です(ただし、本訴訟提起後に破産手続開始決定を受けました。)。なお、原審では、控訴人の別の関連企業であるBの破産管財人も被告となっています。

本件は、種苗法に基づき品種登録されたしいたけの育成者権(本育成者権)を有する被控訴人が、控訴人、A及びBは、遅くとも平成23年8月頃以降、しいたけの種苗及びその収穫物を生産、譲渡等しているところ、これらの行為は本件育成者権を侵害するものであると主張して、控訴人に対し、以下の事項を請求したものです(Bの破産管財人に対する請求は割愛します。)。

  • 種苗法33条1項に基づく上記種苗及びその収穫物の生産、譲渡等の差止め
  • 同条2項に基づく上記種苗等の廃棄
  • 同法44条に基づく謝罪広告の新聞掲載
  • 共同不法行為に基づく損害合計2億5063万6734円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成26年11月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

原審は、控訴人の侵害行為を認めて控訴人に対する請求を一部認容し、原判決別紙被告種苗目録1ないし3の種苗の輸入、これを用いて得られる収穫物の生産等の差止め及び6678万円余の損害賠償を命じました。これに対し、控訴人が自己の敗訴部分を不服として控訴し、被控訴人は控訴人が賠償すべき損害額の増額と棄却された謝罪広告の掲載命令を求めて附帯控訴しました。

争点

本件の争点は、以下のとおりです。

  • 控訴人、A及びBの行為
  • 本件品種と被告各しいたけの対比
  • 育成者権の及ぶ範囲
  • 品質の安定性欠如による権利濫用の有無
  • 過失の有無
  • 損害発生の有無及び損害額
  • 差止め及び廃棄の要否
  • 謝罪広告の要否

以下において取り上げる争点以外の争点については、基本的に原判決と同様に判断されています。

判旨

育成者権行使の可否

前記のとおり、育成者権は、①種苗→②収穫物→③加工品の順に権利行使をする必要があり、②又は③に対する権利行使はそれぞれの前段階での権利行使の適当な機会がなかった場合に限られます(種苗法2条5項)。

知財高裁は、被控訴人が本件品種の「収穫物」(しいたけ)に対して育成者権を行使して損害賠償を請求していることから、改めてこの「権利の段階的行使の原則」との関係について検討しました。

まず、知財高裁は、権利行使の適当な機会の意義について、以下のとおり述べました。

そして,この場合における「権利を行使する適当な機会」とは,種苗法の規定の基となった植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)14条の規定をも参酌すれば,育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており,かつ,当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいうものと解される。

この点につき、原判決において、東京地裁は、以下のとおり述べていました。

「権利を行使する適当な機会がなかった場合」とは,例えば,①育成者が第三者による種苗の無断増殖,販売を知らず,収穫物が流通した段階で初めて当該種苗が無断で増殖され,その収穫物が販売されていることを認識した場合,②登録品種の種苗が海外で無断増殖されたことから,育成者権<ママ>がその事実を認識し,権利行使をすることが法的又は事実上困難である場合などを含むと解すべきである。
(中略)
被告らは,育成者権侵害の疑われる販売元等の会社名及び住所を原告に回答したことにより,遅くとも平成24年7月31日には原告の「権利を行使する適当な機会」が到来したと主張する。

しかし,本件回答書……には,中国の菌床生産業者及び種菌の購入先の名称及び住所が記載されているにすぎず,当該菌床生産者が侵害行為をしたことを裏付ける客観的な資料や説明はなく,かえって,商社Pは,Aに販売した菌床が本件品種であると認めたことはなく,当該菌床は「L-808」であると説明していたのであるから,上記回答後も原告が客観的資料に基づいて侵害者を覚知することは困難であったというほかない。

原判決は、第三者に対する権利行使が事実上困難であるような場合にも権利行使の適当な機会の存在を否定するものですが、知財高裁は、育成者権者等が第三者による無断増殖等を知っていれば、当該第三者に対する権利行使が「法的」に可能である限り、権利行使の適当な機会の存在を認めると明確に述べた点に特徴があります。

その上で、知財高裁は、被告各しいたけに係る取引の経過について、大要以下のとおりであったと認定しました。

知財高裁の認定事実 筆者注
中国の業者が中国国内で本件育成者権の権利範囲に属する種苗(菌床)を生産した。 ①種苗の「生産」
アの種苗(菌床)を日本の仲介業者である商社Pが日本国内に輸入してAに販売(譲渡)した。 ①種苗の「輸入」及び「譲渡」
Aがその種苗(菌床)を用いて収穫物である被告各しいたけを生産(栽培)した。 ②収穫物の「生産」
ウの被告各しいたけを控訴人が買い受けて(他の仕入品と共にパック詰めして)各小売店に販売(譲渡)した。 ②収穫物の「譲渡」

そして、知財高裁は、以下のとおり、被控訴人が本訴訟前の交渉段階で上記イの行為主体(商社P)に関する情報を得ていたことを指摘し、本件回答書到達(平成24年6月4日)以降に国内で販売(譲渡)される輸入菌床については、商社Pに対して権利行使の適当な機会がなかったとはいえず、同日以降に国内で販売(譲渡)されたしいたけの菌床によって得られた収穫物であるしいたけの販売については、権利行使できないと判断しました。

これを本件についてみるに,被控訴人が平成24年5月14日付け内容証明郵便……によって,本件品種と対峙培養試験を行った結果,被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高い旨を通知したのに対し,控訴人は,同年6月4日到達の書面……によって,①被告各しいたけは,いずれもAから仕入れているものであること,②Aが控訴人に納入するしいたけには,国内の生産者から仕入れているものと,A自身が入手した菌床を基に生産しているものとがあること,③後者の生産に関しては,Aは商社であるPを通じて中国の菌床生産者から購入した菌床により,しいたけの生産を行っていること等を回答しており,これによれば,本件回答書には,中国の菌床の購入先や種菌の購入先の名称及び住所のみならず,Pの名称や住所(本店所在地)についても明記されていたことが認められる。

そうとすれば,被控訴人は,本件通知書を発出した時点で既に対峙培養試験を行って被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高いとの客観的な証拠を得ており,なおかつ,本件回答書によって,種苗である菌床を国内の輸入業者(P)が輸入して販売しているとの事実及びその輸入業者を具体的に特定するに足る情報を得たのであるから,これにより,本件品種の種苗が第三者(P)によって利用(無断増殖等)されている事実を知ったといえ,また,少なくとも本件回答書の到達以降に国内で販売(譲渡)される輸入菌床については,かかる第三者(P)との間で許諾契約を締結することなどによって本件育成者権を行使することが法的に可能となったとみるのが相当である。

これに対し、被控訴人は、本件回答書には、中国及び日本の菌床生産業者及び種菌の購入先の名称及び住所が記載されているにすぎず、当該菌床生産者が侵害行為をしたことを裏付ける客観的な資料や説明はなく、かえって、唯一の日本の菌床輸入業者である商社Pは同社がAに販売した菌床が本件品種であることを否定し、当該菌床は別の品種であると説明していたのであるから、本件回答書を受領した後も、被控訴人が控訴人及びA以外の侵害者を特定して権利行使することは法的にも事実上も困難であった、などと主張していました。しかし、知財高裁は、以下のとおり、商社Pに対する権利行使について少なくとも「法的」な妨げはなかったと述べて、この主張を斥けました。

しかしながら,本件回答書に菌床の輸入販売を行った者としてPの名称や本店所在地が明記されていたことは前記のとおりであるし,被控訴人が,本件回答書を得た時点で既に対峙培養試験を行って被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高いとの客観的な証拠を得ていたことも前記のとおりであるから,被控訴人がPに対して(Pを種苗に関する侵害者と特定して)権利行使することについて少なくとも法的な妨げはなかったというべきである。

そして、上記のとおり、平成24年6月4日以降に国内で販売(譲渡)されたしいたけの菌床によって得られた収穫物であるしいたけの販売について権利行使できない結果について、知財高裁は、以下のとおり、具体的に検討しました。すなわち、知財高裁は、本件品種の生産者栽培期間が230日(培養80日、発生150日)であることに基づき、平成24年6月4日から230日余経過後の平成25年2月以降に販売される被告各しいたけについては、全てが商社Pに対する権利行使の可能な種苗による収穫物であり、また、平成24年6月4日から80日(菌床の培養期間)経過後の平成24年9月以降に販売された被告各しいたけのうち、2分の1が商社Pに対する権利行使の可能な種苗による収穫物であると判断しました。

そして,本件品種につき,生産者にしいたけの菌床が届いてから培養・発生を終了して菌床を廃棄するまでの日数(生産者栽培期間)が230日(培養80日,発生150日)とされているところ(甲16),本件品種と特性により明確に区別されない品種である被告各しいたけについても同様に考えることができるといえるから,遅くとも,平成24年6月4日から230日余を経過した平成25年2月以降に販売される被告各しいたけ(収穫物)については,全て平成24年6月4日以降に国内で販売(譲渡)された菌床(権利行使可能な種苗)によって得られたものと合理的に推認することができる。また,平成24年6月4日から,菌床の培養期間(80日)が経過した後である,遅くとも平成24年9月以降は,平成24年6月4日以降に購入された菌床からのしいたけも収穫されることになる。したがって,平成24年9月以降に販売された被告各しいたけには,平成24年6月3日以前に購入された菌床からのしいたけと,同月4日以降に購入された菌床からのしいたけが含まれるものであり,両者の割合は各2分の1と推認するのが相当である。

逸失利益の額の算定方法

知財高裁は、原判決と同様に、種苗法34条1項(特許法102条1項に相当する規定)により、控訴人のしいたけ(収穫物)の販売量に、被控訴人でしいたけ(収穫物)を販売する場合の単位数量(1kg)当たりの利益額を乗じて、逸失利益の額を算定しました。

損害額算定の基礎となる譲渡数量

知財高裁は、原判決と同様に、本件通知前(平成24年6月3日以前)においては控訴人に過失がないことを前提に、本件通知後(同月4日以降)から、平成25年1月(同年2月以降は収穫物に対する権利行使が許されない)までの8か月間を逸失利益算定の対象となる侵害期間としました(前記のとおり、平成24年9月から平成25年1月までの販売分については、その半量のみが権利行使の対象となります。)。この点で、平成24年6月から平成26年12月までの31か月を侵害期間と捉えた原判決とは大きく異なります。

そして、知財高裁は、平成24年6月から平成25年1月までにおける控訴人のしいたけの譲渡数量を合計30万8830.70kgと認定したうえ、損害額算定の対象となるのは、平成24年6月分から同年8月分までの全量(7万2027kg)と、同年9月分から平成25年1月分までの半量(11万8401.85kg)の合計19万0428.85kgであると認定しました。

その上で、知財高裁は、ここから、控訴人が国内のしいたけ栽培業者から購入したしいたけの譲渡数量として698kgを引くこととし、また、原判決と同様に、控訴人が複数の種類の菌床を購入していたことを踏まえ、前記譲渡数量における侵害品の占める割合を約82%と認めました。

その結果、以下のとおり、8か月の侵害期間に係る譲渡数量が15万5579.297kgであると認定しました。

(計算式)
(19万0428.85kg-698kg)×0.82=15万5579.297kg

単位数量当たりの利益額及び育成者権者等の利用能力

知財高裁は、原判決と同様に、被控訴人のしいたけ1kg当たりの利益額が152円であると認定しました。

また、知財高裁は、本件の侵害行為の当時、被控訴人には、前記の譲渡数量(15万5579.297kg)につき、侵害行為がなければ生じたであろう収穫物の追加需要に対応して供給し得る「利用の能力」があった(被控訴人に生産能力がないことを理由に減額しない)と判断しました

「販売することができないとする事情」(種苗法34条1項ただし書)の有無

知財高裁は、原判決と同様に、前記侵害品の譲渡数量の70%に相当する数量については、被控訴人が販売することができないとする事情があったと認めました。理由については、原判決の説示(控訴人の販売先は小売店が中心であるが、被控訴人のしいたけの多くは工場や卸売事業者向けの業務用であること、被控訴人のしいたけは、小売店向けのしいたけとしては値段が高いが、その品質が特に高いとは認められないこと及び被控訴人の販売シェアが約0.1%を超える程度であること)が引用されています。

本件における逸失利益の額

知財高裁は、以下のとおり、本件で認められるべき被控訴人の逸失利益の額を709万4415円と算定しました。

(計算式)
15万5579.297kg×152円=2364万8053円(小数点以下切り捨て)
2364万8053円×(1-0.7)=709万4415円(小数点以下切り捨て)

原判決においては、5869万1912円と算定されていましたので、大幅に減額されたことになります。

本件における損害額

知財高裁は、原判決と同様に、調査費用(①侵害状況記録書等作成費用11万6260円、②品種調査資料作成費用143万9778円、③DNA解析費用46万7882円)の支出を認定しました。しかし、知財高裁は、原判決と異なり、収穫物に対する権利行使が一部制限されること等の事情に鑑み、前記金額のうち、その2分の1に相当する101万1960円に限り、控訴人の侵害行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であると判断しました。

また、知財高裁は、弁護士費用相当額の損害として81万円を認定しました。

以上により、知財高裁は、控訴人が被控訴人に支払うべき損害額の合計が、891万6375円になると判断しました(原判決においては、6678万5832円とされていました。)。

差止請求等及び謝罪広告請求

原判決においては、差止請求が一部認容されていましたが、知財高裁は、平成25年2月以降に行われる被告各しいたけの販売については被控訴人が権利行使できないこと(種苗の段階で本件品種の利用を行っている商社Pに対して権利行使すべきものであること)等の事情から、差止請求及び廃棄請求を認めませんでした。

また、知財高裁は、謝罪広告請求についても、控訴人による本件育成者権侵害の程度その他本件で認められる諸般の事情に照らして、原判決と同様に、その必要性を認めませんでした。

コメント

種苗法においては、育成者権は、①種苗→②収穫物→③加工品の順に権利行使をする必要があり、②又は③に対する権利行使はそれぞれの前段階での権利行使の適当な機会がなかった場合に限られるという「権利の段階的行使の原則」が規定されています。そして、知財高裁は、この権利行使の適当な機会の解釈として、育成者権者等が第三者による権利侵害の事実を知っており、かつ、当該第三者に対する権利行使が「法的」に可能であれば足りるものと判断しました。これは、第三者に対する権利行使が事実上困難であるような場合にも権利行使の適当な機会の存在を否定する原判決よりも、育成者権者等に不利な解釈であるといえます。

本件については、交渉段階における被控訴人の回答書において菌床の国内輸入業者の情報が記載されており、原判決の解釈を前提としても、権利行使が事実上困難ではなかったとして結論が覆った可能性はあります。しかし、例えば交渉段階において生産業者の情報が明かされた場合に、連絡が取れない等の事情により、当該生産業者に対する速やかな権利行使が事実上困難であることもあり得ると思われます。今回の知財高裁判決によれば、そのような事案であっても、当該生産業者の情報が明かされた時点以降に生産された種苗やその収穫物については、国内の輸入業者や販売業者に対する権利行使が一切認められなくなるおそれがあります。

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(文責・溝上)