平成30年11月29日、東京地方裁判所民事第46部(柴田義明裁判長)は、ソフトウェアのソースコードの一部を同業他社の製品に流用する行為が営業秘密侵害行為に当たるか争われた事案について、ソースコードの使用及びソフトウェアの生産・販売等の禁止、それらのプログラムを収納した記録媒体の廃棄、並びに198万円余の損害賠償を命じる判決を言い渡しました。
本判決よりも以前に、原告は著作権侵害を理由にソフトウェアの販売差止めを求めましたが、一審、控訴審ともに請求を棄却されており、著作権侵害が認められない場合においても不正競争防止法違反となり得る点で実務上参考になりますので、ご紹介します。
ポイント
骨子
- 原告が開発,制作して販売している原告ソフトウェアに係る本件ソースコードの全体は原告の営業秘密であると認められるところ,ソースコードはそれぞれの構成部分が相互に関連したり作用したりしながら一定の動作を実現するものであることに照らせば,特段の事情がない限り,本件ソースコードの構成部分である類似箇所1ないし3も原告の営業秘密であると認めることが相当である。
- 原告ソフトウェアが開発されるに至った経緯や原告ソフトウェアの開発の際のBの勤務の形態等に照らしても,原告ソフトウェアの開発,制作は原告の指示に基づきされたといえるものであり,本件ソースコードは原告が保有すると認められる。そして,原告ソフトウェアの開発,制作に携わった者の一人であるBは,類似箇所1ないし3が本件ソースコードの一部であることや,販売用ソフトウェアのソースコードという本件ソースコードの性質やその開発等の経緯等から,それが原告が保有する営業秘密であることを認識できたといえる。これらを考慮すると,Bが原告ソフトウェアと販売上も競合する被告ソフトウェアを開発,制作するに当たって類似箇所1ないし3を使用したことは,原告から示された営業秘密を,図利加害目的をもって被告フェイスに開示したものと認めることが相当である(不競法2条1項7号)。
- 被告フェイスは,被告ソフトウェアが原告ソフトウェアと同種の製品であり,字幕データファイル等について互換性を有するという特徴を有するものであることや,上記のような機能を有する被告ソフトウェアの開発を具体的に行うBが原告ソフトウェアの開発に携わった者の一人であったことは認識していたと認められる。これらのことから,被告フェイスは,被告ソフトウェアの具体的な開発を委託したBによる被告ソフトウェアの開発過程等において違法行為が行われないよう特に注意を払うべき立場にあった。不競法2条1項8号にいう重過失とは,取引上要求される注意義務を尽くせば容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらずその義務に違反した場合をいうところ,被告フェイスにおいて,前記の事情に照らせば,前記の注意義務を尽くせば被告ソフトウェアの開発過程等においてBの不正開示行為が介在したことが容易に判明したといえ,被告フェイスは,少なくとも重過失により,原告の営業秘密である類似箇所1ないし3をBから取得し,それらを被告ソフトウェアに用いて販売したと認めるのが相当である(不競法2条1項8号)。
判決概要
裁判所 | 東京地方裁判所民事第46部 |
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判決言渡日 | 平成30年11月29日 |
事件番号 | 平成27年(ワ)第16423号 |
事件名 | 不正競争行為差止等請求事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 柴 田 義 明 裁判官 佐 藤 雅 浩 裁判官 大 下 良 仁 |
解説
営業秘密侵害行為とは
不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)2条1項は4号から10号において、営業秘密を侵害する行為を規制しています。
このうち、不競法2条1項7号及び8号は、以下のとおり規定しています。
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一~六 (略)
七 営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
八 その営業秘密について不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
7号は営業秘密の保有者から秘密を開示された者が、その保有者に損害を加えるか不正の利益を得る目的で営業秘密を使用・開示する行為を規制しています。営業秘密の使用又は開示に契約上の制限がなくとも、不当な目的をもって営業秘密を利用する点に信義則違反が認められるため、不競法で規制されています。
また、不競法2条1項8号は、同項7号に当たるか又は法律上の守秘義務に違反して開示された営業秘密を、そうだと知って(又は多少の注意で容易に知り得る状態で)、取得・使用・開示する行為を規制しています。不当な目的をもって営業秘密を利用する行為を防止する点に趣旨があることは、不競法2条1項7号と同様です。
営業秘密とは
不競法における「営業秘密」の内容については、同法2条6項に規定があります。
第二条 (略)
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法及びその他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この条文の文言から、ある情報が不競法上の「営業秘密」に該当するためには、❶秘密管理性、❷有用性、❸非公知性を備えていることが必要になります。
❶秘密管理性
「秘密として管理されている」というためには、(Ⅰ)当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていることや、(Ⅱ)当該情報にアクセスできる者が制限されていることが必要であると述べた裁判例があります(東京地判平成12年9月28日)。
しかし、(Ⅰ)(Ⅱ)は硬直的には考えられていません。これまでの裁判例でも、当該情報の性質や情報に接する者の範囲及び認識、情報を保有する事業者の規模など様々な事情を考慮して、合理性のある秘密管理措置が実施されていたかという観点から秘密管理性の有無が判断されています(大阪地判平成8年4月16日、東京地判平成29年2月9日)。
❷有用性
「有用な」とは、財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用なことを意味し、有用であるかは保有者の主観にかかわらず客観的に判断されます。
❸非公知性
「公然と知られていない」とは、保有者の管理下以外では一般的に当該情報を入手できない状態にあることを指します。
特許法においては、守秘義務を負わない者が特許出願前に発明の内容を知ることで、発明が「公然知られた」(特許法29条1項1号)ことになり特許を受けることができなくなります。これとは対照的に、不競法においてはたとえ当該情報が守秘義務を負わない者に知られたとしても、その者が事実上秘密を維持していれば、なお非公知と考えられる場合があります。
ソースコードの「営業秘密」該当性
ソフトウェアのソースコードの「営業秘密」該当性については、本件のほか、大阪地判平成28年11月22日でも肯定されています。
この大阪地裁の判決では、ソースコードが「営業秘密」に該当する理由として、ソースコードが一般的に非公開とされていることや、ソフトウェアのソースコードを第三者が知る手段がなかったことが指摘されています。
更に同判決においては、被告の作成したソフトウェアが原告会社のパソコンに残っており、結果的に原告に対してソフトウェアのソースコードが開示されたと原告が主張しましたが、裁判所は、被告が積極的に開示しようとしたものではない以上、秘密管理性に影響を及ぼさないとして原告の主張を排斥しました。
プログラムの著作権法上の保護
ソースコードから構成されるプログラムは、それが営業秘密に該当すれば不競法によって保護されますが、それとは別に、著作権法上も保護の対象となり得ます。
著作権法10条1項は、同法によって保護される著作物を例示していますが、同項9号に「プログラムの著作物」とあり、プログラムが著作権法によっても保護されるということが明確に規定されています。
そして著作権法2条1項10号の2は、同法におけるプログラムを以下のように定義しています。
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一~十 (略
十の二 プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。
この定義に当てはまる限り、オペレーティングシステム(OS)やアプリケーションソフトなどプログラムの用途や種類は問われず、プログラム言語で記述されたソースプログラムも、機械語で作成されたオブジェクトプログラムも、著作権法上の「プログラム」として保護され得ることになります。
著作権侵害の成立要件
プログラムの著作物に限らず全ての著作物について、著作権侵害が成立するためには⓪それが著作物(著作権法2条1項1号)に当たること(著作物性)、①既存の著作物に依拠していること(依拠性)、②著作物という創作的表現が同一又は類似であること(類似性)、③著作物の利用行為が行われたこと(利用行為)の4つが要求されます。
⓪著作物性
⓪著作物性が認められるためには、創作的な表現が行われていることが必要になります。著作権は特許権や商標権と異なり、申請など何らの手続を要せず創作の瞬間から権利が発生しますから、著作物性を認めるということは、ある表現を著作者に独占させることに繋がります。
そのため、創作的表現といえるか否かは、芸術性や技術の高低ではなく、数ある表現の中から著作者があえてその表現を選択したといえるか、換言すれば、表現に選択の幅があるか(表現の独占を認めても問題ないか)という観点から判断されます。
プログラムの著作物性については、同じ動作をするプログラムであっても、そのような動作をするコードの書き方=表現は無数にあり得るのが通常ですから、コードの表現には選択の幅があり、著作物性が認められる場合が多いと考えられます。
①依拠性
①依拠性は、他人の著作物を基にしたかどうかという内心面を問題にします。これは著作物の創作的表現が偶然似通ってしまったという場合に権利侵害を成立させない点に意義があります。
内心面の問題ですから、著作物のうち創作的表現の共通性(②類似性の検討事項でもあります)や、ありがちな表現部分の共通性といった様々な事情を考慮して、内心を推認することになります。
②類似性
②類似性は、ある表現と著作物の表現を比較し、著作物の本質的な特徴が感得できるほど、創作的な表現部分に共通性があるかということを問題にします。ありがちな表現のみ共通しているとか、共通しているのは抽象的なアイデアのみで具体的な表現ではないという場合、類似性が無いということになります。
プログラムの著作物でいえば、仮にプログラムの機能やバグが共通していたとしても、コードの書き方が異なっていれば、創作的な表現たるコードの表し方に共通性が無いので、類似性は認められません。
③利用行為
③利用行為は、著作権法21条から27条までに規定された行為が行われたかを判断します。複製や譲渡、翻案、公衆送信などといった行為が規定されており、それらの行為の内容はさらに別途規定されています(同法2条1項)。
このうち、複製とは、②類似性が認められる程度に、著作物を有形的に再製すること全般を指します。単なるデッドコピーのみではなく、多少の劣化や変更があっても、類似性さえあればすべて複製(ただし、場合によっては後述する翻案)に当たります。
翻案とは、②の類似性を維持しつつ、更に具体的な表現に変更等を加え、新たな創作的表現を有する別の著作物を創作することを意味します(最判平成13年6月28日[江差追分事件])。複製との違いは、侵害者による新たな創作性付与の有無に帰着することになります。
事案の概要
原告のシステムエンジニアであった被告Aは、字幕制作ソフトウェア「SSTG1」(以下「原告ソフトウェア」又は「原告プログラム」といいます。)の開発、制作に携わっており、原告を退職した後は被告フェイスにおいて、監督的立場から字幕制作ソフトウェア「Babel」(以下「被告ソフトウェア」又は「被告プログラム」といいます。)の開発、制作に携わっていました。
また、被告Bも原告外部の技術者として原告ソフトウェアの開発、制作に携わっており、その後は被告から委託を受け、被告ソフトウェアの実際の開発、制作を担当しました。
原告は平成18年1月頃までに原告ソフトウェアを開発、制作し、日本国内において販売を開始しました。
一方、被告フェイスも、平成25年2月1日から、原告ソフトウェアが備えている機能の一部を有する被告ソフトウェアの販売を開始しました。
原告は、被告プログラムが原告プログラムを複製又は翻案したものであるとして、平成25年、東京地裁に被告プログラムの販売等の差止及び損害賠償を求める訴えを提起しました(以下「前訴」といいます。)。
前訴において原告は、原告プログラム及び被告プログラムのソースコードの具体的な表現を明らかにしないまま、両者のバグが共通している事実等から、被告が原告プログラムを複製又は翻案したことが推認されるとして、著作権侵害を主張しました。これに対して被告は、原告プログラムがC++言語だけで組まれているのに対し被告プログラムはC++とC#という二つのプログラム言語で組まれている等の相違点を指摘し、プログラム全体の設計が異なると主張しました。
これらの主張を受けた裁判所は、以下のように判示して原告の請求を棄却しました。
本件は,原告プログラムと被告プログラムそれぞれの具体的表現が不明である事案であるところ,当裁判所は,本件全証拠に照らしても,被告プログラムが原告プログラムを複製又は翻案したものであることを認めるに足りず,かえって,両者の重要な相違点からすれば,被告プログラムが原告プログラムの表現上の本質的な特徴を直接感得することができる著作物ではない可能性が十分にあると判断する。
原告はこの判決を不服として知財高裁に控訴しましたが、高裁も原審と同様に原告の主張を認めず、原告の著作権に基づく請求が認められないことが確定しました。
そこで原告は、不競法に基づき、被告ソフトウェアの生産・販売等の差止及び損害賠償を求めて、東京地裁に訴えを提起しました(以下「後訴」といいます。)。
後訴では原告ソフトウェアのソースコードが被告ソフトウェアに盗用されたかを判断するために、専門知識を有する鑑定人による鑑定が行われました。
なお、前訴で原告ソフトウェアと被告ソフトウェアのソースコードの鑑定が行われなかった理由は明らかではありません。
鑑定の結果、300組のソースコードのペアのうち、共通性や類似性が疑われる個所が5箇所発見されました。鑑定人は、これらのうち類似箇所5については原告と被告のソースコードが類似する理由が不自然とまではいえないものの、類似箇所1から4については不自然に類似・共通するとの意見を述べました。
このような鑑定人の意見を受け、裁判所は、原告ソフトウェアのソースコードのうち類似箇所1から4について、被告による使用を認めました。
判旨
類似箇所1から3の営業秘密該当性
裁判所が被告による使用を認めた類似箇所1から4のうち、類似箇所4については原告が自己の営業秘密であるとの主張をしていなかったため、裁判所は類似箇所1から3について以下のとおり判示し、原告の営業秘密性を肯定しました。
…類似箇所1ないし3はいずれも本件ソースコードの一部を構成するものである。そして,原告が開発,制作して販売している原告ソフトウェアに係る本件ソースコードの全体は原告の営業秘密であると認められるところ,ソースコードはそれぞれの構成部分が相互に関連したり作用したりしながら一定の動作を実現するものであることに照らせば,特段の事情がない限り,本件ソースコードの構成部分である類似箇所1ないし3も原告の営業秘密であると認めることが相当である。
そして,類似箇所1ないし3は本件ソースコードにおける変数名,型名,注釈等を宣言するものであるところ,それらが本件ソースコードの他の部分と異なって管理されていたと認めるに足りない。また,それらは本件ソースコードにおいて様々な形で利用され,多岐にわたる機能に影響を及ぼす有用なものであるといえるし,被告らも将来的な機能の拡張に対応するという観点に照らして型名が選択される場合もあると主張しており(被告準備書面(13),19頁),型名の選択も有用性を肯定し得る。さらに,類似箇所1とそれに対応する被告ソフトウェアのソースコードはそれらの字幕データの標準値(変数名)をパブリック・メンバ変数(公開変数)に格納している点も一致しており(鑑定の結果〔4頁〕),ソースコードにおいて変数を公開とするか非公開とするかという情報もその開発に際して技術的に有用なものであることは当業者が知り得る技術常識であるといい得る。これらの内容について,後記イのとおり外部に全て明らかであったとはいえず,その他公然と知られていたことを肯定するような事情は見当たらない。
これらによれば,本件で特段の事情は無く,類似箇所1ないし3は,いずれも原告の営業秘密であると認められる。
上記判示内容では、原告ソフトウェアのソースコード全体が営業秘密に該当することから、そのソースコードを構成する類似箇所1から3も特段の事情がない限り、原告の営業秘密になるとして、特段の事情の有無を検討しています。
その中でも、類似箇所1から3について、「それらが本件ソースコードの他の部分と異なって管理されていたと認めるに足りない。」として❶秘密管理性を、「多岐にわたる機能に影響を及ぼす有用なものであるといえるし,…型名の選択も有用性を肯定し得る。…という情報もその開発に際して技術的に有用なものであることは当業者が知り得る技術常識であるといい得る。」として❷有用性を、「これらの内容について,…その他公然と知られていたことを肯定するような事情は見当たらない。」として❸非公知性を、それぞれ覆す事情がないか検討している点が特徴的です。
ソースコード全体が❶から❸の全てを満たす営業秘密に該当することから、ソースコードを構成する類似箇所1から3について、❶から❸の充足性を否定するような「特段の事情」の存否を検討しているものと考えられます。
被告B及び被告フェイスの不正競争該当性
類似箇所1から3が被告によって使用されたこと、及びそれらが原告の営業秘密に該当することを認定した後、裁判所は以下のように判示し、被告B及び被告フェイスによる不正競争行為を肯定しました。なお、被告Aについては原告ソフトウェアのソースコードを被告フェイスに開示した事実が認められず、不正競争行為が認められないとしました。
原告ソフトウェアが開発されるに至った経緯や原告ソフトウェアの開発の際のBの勤務の形態等に照らしても,原告ソフトウェアの開発,制作は原告の指示に基づきされたといえるものであり,本件ソースコードは原告が保有すると認められる。そして,原告ソフトウェアの開発,制作に携わった者の一人であるBは,類似箇所1ないし3が本件ソースコードの一部であることや,販売用ソフトウェアのソースコードという本件ソースコードの性質やその開発等の経緯等から,それが原告が保有する営業秘密であることを認識できたといえる。
これらを考慮すると,Bが原告ソフトウェアと販売上も競合する被告ソフトウェアを開発,制作するに当たって類似箇所1ないし3を使用したことは,原告から示された営業秘密を,図利加害目的をもって被告フェイスに開示したものと認めることが相当である(不競法2条1項7号)。
被告フェイスは,被告ソフトウェアが原告ソフトウェアと同種の製品であり,字幕データファイル等について互換性を有するという特徴を有するものであることや,上記のような機能を有する被告ソフトウェアの開発を具体的に行うBが原告ソフトウェアの開発に携わった者の一人であったことは認識していたと認められる。これらのことから,被告フェイスは,被告ソフトウェアの具体的な開発を委託したBによる被告ソフトウェアの開発過程等において違法行為が行われないよう特に注意を払うべき立場にあった。不競法2条1項8号にいう重過失とは,取引上要求される注意義務を尽くせば容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらずその義務に違反した場合をいうところ,被告フェイスにおいて,前記の事情に照らせば,前記の注意義務を尽くせば被告ソフトウェアの開発過程等においてBの不正開示行為が介在したことが容易に判明したといえ,被告フェイスは,少なくとも重過失により,原告の営業秘密である類似箇所1ないし3をBから取得し,それらを被告ソフトウェアに用いて販売したと認めるのが相当である(不競法2条1項8号)
類似箇所1から3を被告ソフトウェアに使用したのは被告Bですが、裁判所は、そのような被告Bの使用行為が同時に、被告フェイスに対する営業秘密の開示にも当たると判断したものと思われます。
また、被告フェイスについても、取引上要求される注意義務を尽くせば容易に被告Bによる不正開示行為が判明するにもかかわらず、そのような注意義務を尽くさなかったとして、重過失により営業秘密を取得し使用したものと判断されています。
被告フェイスは原告ソフトウェアのソースコードを事前に知っていたわけではないと思われますから、厳密に考えれば被告Bが類似箇所1から3を被告ソフトウェアに使用していたとしても、被告フェイスがそれに気づくことは難しかったともいえそうです。
しかし、原告ソフトウェアと被告ソフトウェアが市場において競合する製品であること、被告ソフトウェアを開発・制作するBは原告ソフトウェアの開発・制作にも携わっていたことは被告フェイスも認識していたでしょうから、少なくとも被告Bに対して、原告ソフトウェアのソースコードを一部でも流用させないような措置を講じておく必要があったと考えられます。実務的には、営業秘密のコンタミネーションが生じるような人員の利用には慎重であるべきでしょう。
コメント
前訴において原告は著作権侵害に基づき被告ソフトウェアの販売等の差止めを求めましたが、裁判所はこれを認めませんでした。
しかし、不競法上の営業秘密侵害を主張した後訴においては、前訴では認められなかった差止請求が認められています。
これは、前訴においては原告が、原告被告いずれのソフトウェアについても、そのソースコードの具体的な表現を主張・立証できなかったのに対し、後訴においては鑑定の結果、類似箇所1から3の存在を明らかにできたという違いが影響していると考えられます。
著作権法の保護の対象となるのは、具体的な表現そのものです。プログラムについていえば、抽象的な字幕制作の機能などではなく、具体的なコードの書き方、構成の仕方ということになります。
著作権侵害の成立には、上に述べたように、既存の著作物における創作的な表現との②類似性が必要になりますから、プログラムについていえば、コードの具体的な表現の類似性を主張・立証しなければならず、機能やバグの共通性は、それを推認させる間接証拠となるにとどまります。
しかし原告は前訴において、原告被告いずれのソフトウェアについてもソースコードの具体的な表現を明らかにできず、また、開発言語の違いもあったため、機能やバグの共通性のみから表現の類似性を推認させるには至らず、著作権侵害に基づく請求が認められなかったものと考えられます。
これに対して後訴では、鑑定によって、原告の営業秘密であるソースコードのうち、一部が被告ソフトウェアに流用された蓋然性を示す類似箇所1から3の存在が明らかとなりました。
類似箇所1から3はいずれも、全体として営業秘密に当たる原告ソフトウェアのソースコードの一部分です。これらについては、営業秘密該当性を覆す特段の事情がない限り、類似箇所1から3もまた原告の営業秘密に該当し、これを取得・使用することは営業秘密の侵害に当たると判断されています。
特定の営業上又は技術上の情報の一部を取得・使用した場合、当該情報の営業秘密該当性については特に❷有用性が問題となり得ますが、❶秘密管理性や❸非公知性については、一部だけ秘密に管理されていなかったり既に知れ渡っているという状況は想定し難いと思われますから、❷を充足する限り、不競法違反とされる可能性が高いと考えられます。
本判決においても、類似箇所1から3の❷有用性については、❶秘密管理性や❸非公知性と比較して丁寧に認定されています。
営業秘密の保護については近年、海外への技術流出の危惧などから法整備が進んでいます。本判決はこのような状況の中で、営業秘密の侵害を積極的に認めた例といえます。
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(文責・上田)