平成30年6月8日、東京地方裁判所民事第40部(佐藤達文裁判長)は、登録品種であるしいたけが無断譲渡等をされたという育成者権侵害の成否が争われた事案について、収穫物(しいたけ)の生産等の差止め及び6678万円余の損害賠償を命じる判決を言い渡しました。種苗法関係の裁判例は数が少ないうえ、請求が認容された点で実務上参考になりますので、ご紹介します。

ポイント

骨子

  • 品種登録の際に品種登録簿に記載される品種の特性(種苗法18条2項4号)は、品種登録簿上、登録品種を同定識別するためのものであり、上記特性の記載によって権利の範囲を定めるものではない。
  • 同法20条1項2号・3号にいう「権利を行使する適当な機会がなかった場合」とは、例えば、①育成者が第三者による種苗の無断増殖、販売を知らず、収穫物が流通した段階で初めて当該種苗が無断で増殖され、その収穫物が販売されていることを認識した場合、②登録品種の種苗が海外で無断増殖されたことから、育成者権がその事実を認識し、権利行使をすることが法的又は事実上困難である場合などを含む。
  • 育成者権者等が「侵害の行為がなければ販売することができた種苗、収穫物又は加工品」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける育成者権者等の種苗、収穫物又は加工品、すなわち、侵害品と市場において競合関係に立つ育成者権者の種苗、収穫物又は加工品であれば足りる。
  • 同法34条1項本文にいう育成者権者等の「利用の能力」とは、侵害行為の行われた期間に現実に存在していなくても、侵害行為の行われた期間又はこれに近接する時期において、侵害行為がなければ生じたであろう種苗、収穫物又は加工品の追加需要に対応して供給し得る潜在的能力が認められれば足りる。
  • 同項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を育成者権者等が「販売することができないとする事情」については、侵害者が立証責任を負う。
  • 「販売することができないとする事情」は、侵害行為と育成者権者等の種苗、収穫物又は加工品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とし、例えば、市場における競合品の存在、侵害者の営業努力、侵害品の品質、市場の非同一性などの事情がこれに該当する。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決言渡日 平成30年6月8日
事件番号 平成26年(ワ)第27733号 育成者権侵害差止等請求事件
品種登録の番号 第7219号
農林水産植物の種類 しいたけ
品種の名称 JMS 5K-16
裁判官 裁判長裁判官 佐 藤 達 文
裁判官    廣 瀬  孝
裁判官    勝 又 来未子

解説

種苗法とは

種苗法とは、植物の新品種の登録制度等について定める法律です。その趣旨は、新品種の開発には一定の投資を伴うため、無断増殖等を防止し、新品種開発のインセンティブを確保することにあります。日本の品種登録制度の内容は、1991年UPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)に準拠しています。

育成者は、区別性・均一性・安定性、品種名称の適切性及び未譲渡性の要件を満たす品種について、農林水産大臣に対する出願及びその審査を経て、品種登録を受けることができます(同法3~5条)。品種登録により、育成者権という独占的・排他的な権利が発生します(同法19条1項)。育成者権の存続期間は、品種登録日から25年(一定の永年性植物は30年)です(同条2項)。

育成者権者は、他の知的財産権と同様に、差止請求権(同法33条)及び損害賠償請求権(民法709条)を行使することができます。育成者権者の立証負担を軽減するため、他の知的財産法と同様に、種苗法にも損害賠償額の推定等(同法34条)、過失の推定(同法35条)、相手方が否認する際の具体的態様明示義務(同法36条)、書類提出命令(同法37条)、相当な損害額の認定(同法39条)等に関する規定が存在します。

育成者権の権利範囲――現物主義と特性表主義

種苗法上、特許法70条のように権利範囲画定の指針となる規定は存在しません。育成者権の権利範囲については、大きく分けて現物主義と特性表主義という2つの考え方があります。

現物主義とは、品種登録簿の特性表の記載ではなく、登録品種の現物が共通して備える主要な特徴によって定めるという考え方です。この立場によれば、侵害訴訟においては、登録品種と被疑侵害品種の現物を実際に比較栽培することになります。他方、特性表主義(クレーム主義)とは、原則として品種登録簿の特性表の記載に基づいて定めるという考え方です。

この点について、知財高裁平成27年6月24日判決[なめこ事件]は、「品種登録制度の保護対象が『品種』という植物体の集団であること,この植物の特性を数値化して評価することの方法的限界等を考慮するならば,品種登録簿の特性表に記載された品種の特性は,審査において確認された登録品種の主要な特徴を相当程度表すものということができるものの,育成者権の範囲を直接的に定めるものということはできず,育成者権の効力が及ぶ品種であるか否かを判定するためには,最終的には,植物体自体を比較して,侵害が疑われる品種が,登録品種とその特性により明確に区別されないものであるかどうかを検討する(現物主義)必要があるというべきである」と述べ、現物主義を重視する立場を明らかにしました。

権利の段階的行使の原則(カスケイドの原則)

育成者権は、種苗、収穫物及び一定の加工品の生産等に対して行使することができます(種苗法2条5項)。しかし、収穫物の生産等に対する権利行使は、種苗に対する権利行使の適当な機会がなかった場合に限られ(同項2号かっこ書)、加工品の生産等に対する権利行使は、種苗及び収穫物の生産等に対する権利行使の適当な機会がなかった場合に限られます(同項3号かっこ書)。これを権利の段階的行使の原則(カスケイドの原則)といいます。

事案の概要

原告は、きのこ種菌・菌床・加工食品・飲料の製造販売、きのこ栽培施設の設計・施工・資機材販売等を業とする株式会社です。被告Yは、漬物の製造・企画・販売等を業とする株式会社です。訴外Aは、Yの関連企業であり、きのこ類の栽培及び販売等を業とする株式会社です(ただし、本訴訟提起後に破産手続開始決定を受けました。)。なお、Yの別の関連企業であるBの破産管財人も被告となっています。

本件は、種苗法に基づき品種登録されたしいたけの育成者権を有する原告が、Y、A及びBは、遅くとも平成23年8月頃以降、しいたけの種苗及びその収穫物を生産、譲渡等しているところ、これらの行為は原告の育成者権を侵害するものであると主張して、Yに対し、以下の事項を請求したものです(Bの破産管財人に対する請求は割愛します。)。

  • 種苗法33条に基づく上記種苗及びその収穫物の生産、譲渡等の差止め
  • 同条2項に基づく上記種苗等の廃棄
  • 同法44条に基づく謝罪広告の新聞掲載
  • 共同不法行為に基づく損害合計2億5063万6734円及びこれに対する不法行為の後の日(本訴状送達の日の翌日)である平成26年11月26日から支払済みまで民法t所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

 本判決によると、しいたけの栽培方法には、「原木栽培」と「菌床栽培」とがあります。このうち「原木栽培」とは、クヌギ、コナラ等の原木に種菌を植え付ける栽培方法をいい、「菌床栽培」とは、おが屑にふすま、ぬか類、水等を混合してブロック状、円筒状等に固めた培地に種菌を植え付ける栽培方法をいいます。

争点

本件の争点は、以下のとおりです(争点6の紹介は割愛します。)。

1. Y、A及びBの行為
2. 本件品種と被告各しいたけの対比
3. 育成者権の及ぶ範囲
4. 品質の安定性欠如による権利濫用の有無
5. 過失の有無
6. Bの共同不法行為の成否
7. 損害発生の有無及び損害額
8. 差止め及び廃棄の要否
9. 謝罪広告の要否

判旨

Y、A及びBの行為

争点1について、裁判所は、本件における被告らの行為として、以下の事実を認めました。

  • Aがしいたけの菌床を輸入し、平成23年8月頃からはしいたけの菌床栽培を開始し、もって、その種苗を用いることにより得られる収穫物(しいたけ)を生産するとともに、これをYに譲渡していた事実(種苗法2条5項2号)
  • Yが上記①の収穫物(しいたけ)をスーパーマーケット等の小売業者に譲渡していた事実(同号)

この点について、原告は、Yによる種苗の生産、収穫物(しいたけ)の輸出入等も主張していましたが、認められませんでした。

本件品種と被告各しいたけの対比

争点2について、裁判所は、以下のとおり述べ、被告各しいたけは本件品種と特性により明確に区別されない品種であると判断しました。裁判所において、被告各しいたけの各菌株と本件品種の菌株とを用いた鑑定が実施されており、その結果が根拠になっています。

証拠……によれば,被告各しいたけは種苗管理センターが寄託物として預かったことが認められる。そして,当審において,種苗管理センターに寄託されている被告各しいたけの各菌株と,同じく同センターに寄託されている本件品種の菌株とを用いて鑑定を実施したところ,①菌株から菌床栽培して発生したしいたけの現物(培養期間:平成28年10月~平成29年3月,発生期間:平成29年3月~同年7月)を比較すると,形態的特性(菌傘,子実層たく,菌柄等)及び栽培的特性(子実体発生,培地適応性,乾物率,収量性等)の全ての項目において被告各しいたけと本件品種の数値は類似していた,②対峙培養の結果,帯線はみられず,同一菌株と考えられる,③生育試験の結果,菌株の生育特性が類似しており,同一菌株と考えられる,との結果が得られた。

以上によれば,被告各しいたけは本件品種と特性により明確に区別されない品種であるものというべきである。

育成者権の及ぶ範囲

争点3について、裁判所は、被告各しいたけが本件品種と特性により明確に区別されない品種であることを前提に、被告各しいたけが本件品種の育成者権の範囲に属することを確認しました。

他方、Yは、しいたけは原木栽培と菌床栽培とで特性上の差異が大きいところ、本件品種の品種登録簿には原木栽培の特性表しか添付されておらず、菌床栽培の特性表は添付されていないと指摘して、本件品種に係る育成者権は菌床栽培された被告各しいたけに及ばない旨主張していました。これに対し、裁判所は、以下のとおり述べ、この主張を排斥しました。

しかし,種苗法の品種登録制度はその保護の対象を「栽培方法」ではなく「品種」としているところ,その「品種」とは,特性の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ,かつ,その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の集合をいい(法2条2項),現実に存在する植物体の集合そのものを種苗法による保護の対象としている。それゆえ,品種登録の際に品種登録簿に記載される品種の特性(法18条2項4号)は,品種登録簿上,登録品種を同定識別するためのものであり,上記特性の記載によって権利の範囲を定めるものではないものと解される(知財高判平成18年12月25日・判時1993号117頁参照)。

したがって,本件品種の品種登録簿には複数の栽培方法のうち一つ(原木栽培)の特性表しか添付されていなかったとしても,被告各しいたけが本件品種と特性により明確に区別されない品種と認められる以上,本件品種に係る育成者権は,その栽培方法にかかわらず被告各しいたけに及ぶというべきであって,Yの上記主張は採用することができない。

すなわち、裁判所は、育成者権の権利範囲について、品種登録簿記載の品種の特性ではなく、現実に存在する植物体の集合そのものに基づいて判断する旨を述べており、いわゆる現物主義的な考え方が採用されたものと考えられます。

品質の安定性欠如による権利濫用の有無

原告は、被告らの鑑定申立てに対する意見の中で、概要、種苗管理センターで保存中の株菌は活動を続けており、細胞分裂を繰り返すことによって増殖しているのであって、DNAの変異により、出願時に寄託した本件品種の菌株とは異なる特性を有している可能性が高いと述べました。Yは、この点を捉え、原告の主張は、本件品種が種苗法3条1項3号に定める品種登録の要件(品質の安定性)を欠くことを自認するものであるから、本件品種には同法49条1項2号に定める後発的取消事由が存在し、原告による育成者権の行使は権利の濫用に当たるなどと主張していました。

しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、この主張を排斥しました。

……原告の上記主張は,植物一般に見られる不可避的なDNAの変異の可能性を指摘するものにすぎず,本件品種が法3条1項3号所定の安定性を欠くことを自認したものとまではいえない。

過失推定規定適用の有無

争点5について、Yは、①現在の品種登録の取扱い上、菌床栽培のしいたけの特性が公示されていないこと、②しいたけの品種の異同について調査・確認を行うのは著しく困難であること等を理由として、本件における自らの行為について種苗法35条(過失の推定)は適用の前提を欠くので、過失は推定されないと主張していました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、同条が適用され、Yの過失が推定されると判断しました。

しかし,法35条は,「他人の育成者権又は専用利用権を侵害した者は,その侵害の行為について過失があったものと推定する。」と規定するのみであって,公示の範囲や侵害の調査・確認の難易度によりその適用範囲を制限又は限定する旨の例外規定は,特段設けられていない。

……したがって,本件において法35条自体が適用されないとする上記主張は,採用することができず,Yの主張する事情は,過失の覆滅事情として考慮すべきである。

過失の推定覆滅事由の有無

Yは、以下の事情等を過失の推定覆滅事由として指摘し、自らの行為について過失の推定が覆滅される(過失がない)と主張していました。

  • 本件品種の品種登録簿には菌床栽培の特性表が添付されておらず、しいたけは菌床栽培と原木栽培でその特性が大きく異なることから、公示された原木栽培の特性から本件品種との同一性を確認することができないこと
  • しいたけの菌床栽培による比較栽培試験を実施できる機関は極めて限られており、品種の異同の調査・確認を行うのは非常に困難であったこと
  • Aは、国内商社Pから当該菌床は「L-808」等であるとの説明を受けており、請求書等の表示からも品種名は知り得なかったこと
  • 本件通知後にDNA分析を行うなどして可能な調査・確認は尽くしたこと

これに対し、裁判所は、原告が平成24年5月14日付け内容証明郵便により、被告各しいたけが原告の育成者権を侵害している可能性が高い旨の通知(本件通知)を行っていることから、その前後で場合分けをして検討しました。そして、本件通知前については、裁判所は、以下のとおり述べ、過失の推定覆滅を認め、Yに過失がないと判断しました。

以上のとおり,本件通知前の段階においては,①AはPから購入する菌床が「L-808」との説明を受け,その説明に疑念を差し挟むべき事情はうかがわれないこと,②P等からの請求書にも品種の表示はなかったこと,③品種登録制度の運用上,Y及びAは品種登録簿に添付された特性表から品種の異同を判断することはできなかったことなどの事情が認められ,これらは過失の覆滅事由に当たるというべきである。

すなわち、本件品種の品種登録簿に菌床栽培の特性表が添付されていないことは、育成者権の権利範囲には影響しないものの、過失の有無には影響するということです。

他方、本件通知後については、裁判所は、以下のとおり述べ、Yが行ったとするDNA解析が不十分であったこと等を指摘して過失の推定覆滅を認めず、Yに過失があると判断しました。

……本件通知書には,被告各しいたけは本件品種に係る育成者権を侵害する可能性が高いと記載され,本件品種,被告各しいたけの商品表示及び品種の異同に関して実施した試験方法まで明記されているのであるから,本件通知後,Yは,被告各しいたけが本件品種に係る育成者権の侵害に当たるかどうかについて,DNA解析も含め適切な調査・確認をする義務を負うというべきである。

この点,Yは自主的にDNA解析を行ったと主張するが,Yが行ったとするDNA解析は,解析に用いた資料が本件品種かどうかについても疑問である上,リボソームRNA配列の遺伝子領域にあるITS1のDNA塩基配列を検査するものであり,しいたけという種のレベルまでしか同定できないものであるから……,調査・確認として不十分であったといわざるを得ない。

また,Yは,しいたけの菌床栽培による比較栽培試験を実施できる機関は極めて限られており,品種の異同の調査・確認を行うのは非常に困難であったと主張するが,本件品種のDNA配列は国立遺伝学研究所において公開されている上……,品種の異同の調査・確認手段としては,対峙培養試験,DNA解析など複数の方法があるのであるから,Y又はAが本件品種との異同を調査・確認することは十分可能であったと考えられる。

したがって,本件通知後のYの行為については,過失の推定を覆滅すべき事由はなく,同被告には過失があると認めるのが相当である。

育成者権行使の可否

争点7について、裁判所は、原告が本件品種の「収穫物」(しいたけ)に対して育成者権を行使して損害賠償を請求しようとしていることから、まずカスケイドの原則との関係(種苗の生産等に対する権利行使の適当な機会の有無)を検討しました。そして、以下のとおり述べ、収穫物について育成者権行使が可能であると判断しました。

同各号にいう「権利を行使する適当な機会がなかった場合」とは,例えば,①育成者が第三者による種苗の無断増殖,販売を知らず,収穫物が流通した段階で初めて当該種苗が無断で増殖され,その収穫物が販売されていることを認識した場合,②登録品種の種苗が海外で無断増殖されたことから,育成者権がその事実を認識し,権利行使をすることが法的又は事実上困難である場合などを含むと解すべきである。

これを本件についてみるに,本件品種に係るしいたけは,海外で無断増殖されて日本に輸入され,原告がYらによる種苗の無断増殖,販売を知らずに収穫物が流通した段階で被告各しいたけの無断販売を発見したのであるから,上記の「権利を行使する適当な機会がなかった場合」に該当する。

この点について、被告らは、平成24年6月4日到達の書面により、育成者権侵害の疑われる販売元等の会社名及び住所を原告に回答したので、遅くとも同年7月31日には原告の「権利を行使する適当な機会」が到来したと主張していました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、当該回答後も原告が侵害者を覚知することができないこと等を理由にこの主張を排斥しました。

しかし,本件回答書……には,中国の菌床生産業者及び種菌の購入先の名称及び住所が記載されているにすぎず,当該菌床生産者が侵害行為をしたことを裏付ける客観的な資料や説明はなく,かえって,Pは,Aに販売した菌床が本件品種であると認めたことはなく,当該菌床は「L-808」であると説明していたのであるから,上記回答後も原告が客観的資料に基づいて侵害者を覚知することは困難であったというほかない。

加えて,中国は当時「植物の新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約)に加盟していたものの,しいたけについては平成28年5月15日まで保護対象植物とはされていなかったため,原告が本件の侵害対象期間当時,中国国内で本件品種の育成者権を主張することはできなかった(当事者間に争いがない。)。

そうすると,上記回答後も原告が侵害者を覚知することができない以上,当該侵害者に対して許諾契約の締結,日本の税関に対する侵害疑義物品の輸入差止めの申立てなどにより権利行使を行う適切な機会を得ることができたということはできない。

逸失利益の額の算定方法

裁判所は、種苗法34条1項により、Yのしいたけ(収穫物)の販売量に、原告でしいたけ(収穫物)を販売する場合の単位数量(1kg)当たりの利益額を乗じて、逸失利益の額を算出することにしました。

なお、同項の内容は次のとおりであり、これは特許法102条1項に相当するものです。

育成者権者又は専用利用権者が故意又は過失により自己の育成者権又は専用利用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した種苗、収穫物又は加工品を譲渡したときは、その譲渡した種苗、収穫物又は加工品の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、育成者権者又は専用利用権者がその侵害の行為がなければ販売することができた種苗、収穫物又は加工品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、育成者権者又は専用利用権者の利用の能力に応じた額を超えない限度において、育成者権者又は専用利用権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を育成者権者又は専用利用権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

Yのしいたけの譲渡数量

Yが平成24年から平成26年までの3年間に販売したしいたけ(収穫物)の数量が182万2805.7kgである点について当事者に争いはありませんでした。しかし、Aは、複数の種類の菌床を輸入しており、販売数量の全てが原告の育成者権が及ぶしいたけ(侵害品)の数量であるとはいえません。そのため、裁判所は、輸入許可通知書及び請求書を根拠に、侵害品の数量は、上記販売数量の82%である149万4700.674kgであったと算出するのが相当であると判断しました。

原告の単位数量当たりの利益額

次に、裁判所は、原告における平成25年10月から平成26年9月までの1年間のしいたけの販売数量は8万1979.64kgであり、同期間の利益額は1250万8596円であるから、しいたけ1kg当たりの利益額は152円となると判断しました。

この点について、Yは、上記販売数量には本件品種以外の品種も多く含まれているから、上記利益額の計算は不適切であると主張していました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、侵害品の競合品であれば足りると判断しました。

しかし,法34条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とするものであって,その文言及び目的に照らせば,育成者権者等が「侵害の行為がなければ販売することができた種苗,収穫物又は加工品」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける育成者権者等の種苗,収穫物又は加工品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ育成者権者の種苗,収穫物又は加工品であれば足りると解すべきである。

本件においてこれをみるに,しいたけの収穫物は,一般に,販売に際して「JMS 5K-16」といった登録品種名が大きく明記されることはなく,単に「生椎茸」などと表記されているにすぎないことからすれば……,原告の販売するしいたけの収穫物は,しいたけである以上,Yの侵害品であるしいたけの収穫物と市場において競合関係に立つものというべきである。

また、Yは、原告は個別包装をせずにしいたけを販売していたのに対し、Yは個別包装をしてしいたけを販売していたのであるから、1kg当たり152円の利益額から更に個別包装に係る設備費・人件費を控除すべき旨主張していました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、この主張も排斥しました。

しかし,法34条1項は,譲渡数量に「育成者権者等」の種苗,収穫物又は加工品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を損害額と推定する規定であり,「侵害者」の単位数量当たりの利益額を乗じた額を損害額と推定する規定ではない。Yの上記主張は,法34条1項の規定に沿うものではなく,採用することができない。

育成者権者等の利用能力

種苗法34条1項により算定した損害額は「育成者権者又は専用利用権者の利用の能力に応じた額を超えない」ことを要します。そのため、裁判所は、まず以下のとおり述べ、「利用の能力」とは、侵害行為がなければ生じたであろう追加需要に対応して供給し得る潜在的能力をいうものと解釈しました。

法34条1項は,譲渡数量に育成者権者等の種苗,収穫物又は加工品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,育成者権者等の利用能力の限度で損害額と推定するものであり,同項本文にいう育成者権者等の「利用の能力」とは,侵害行為の行われた期間に現実に存在していなくても,侵害行為の行われた期間又はこれに近接する時期において,侵害行為がなければ生じたであろう種苗,収穫物又は加工品の追加需要に対応して供給し得る潜在的能力が認められれば足りると解すべきである。

その上で、裁判所は、以下のとおり述べ、原告には侵害行為がなければ生じたであろう追加需要に対応して供給し得る潜在的能力があったと判断しました。

本件においてこれをみるに,原告は収穫物としてのしいたけの生産,販売のほか,その種菌,菌床の製造販売も業とする会社であること……に加え,そもそも本件の侵害品は単なるしいたけ(収穫物)であって,原告自らが生産する場合に限られず,他社への下請や委託生産等により供給することも十分可能であり,現に,原告は他のしいたけ生産者……から収穫物であるしいたけを仕入れて販売していたことからすれば,本件の侵害行為の当時,原告には,上記……で認定した譲渡数量につき,侵害行為がなければ生じたであろう収穫物の追加需要に対応して供給し得る潜在的能力があったものと認められる。

この点について、Yは、原告の1年間(平成25年10月~平成26年9月)のしいたけの売上額は6636万円余りであり、Yの平成25年度の売上額(3億5223万7680円)の5分の1以下であるから、種苗法34条1項の算定における収穫物の譲渡数量もYの譲渡数量の5分の1にとどめるべきであると主張していました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、この主張を排斥しました。

……育成者権者等の利用能力は,侵害行為の行われた期間に現実に存在していなくても,追加需要に対応して供給し得る潜在的能力が認められれば足りると解すべきところであるから,Yの上記主張は採用することができない。

「販売することができないとする事情」(種苗法34条1項ただし書)の有無

裁判所は、まず以下のとおり述べ、「販売することができないとする事情」について、その立証責任が侵害者にあること及びその具体例を示しました。

法34条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を育成者権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が立証責任を負い,かかる事情の存在が立証されたときに,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものであるが,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と育成者権者等の種苗,収穫物又は加工品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とし,例えば,市場における競合品の存在,侵害者の営業努力,侵害品の品質,市場の非同一性などの事情がこれに該当するというべきである。

そして、Yは、種苗法34条1項の推定を覆滅する事情として、以下の事情を主張していました。

  • 原告の販売しているしいたけはほとんど全てが業務用であるのに対し、Yの販売したしいたけは一般消費者向けであって、原告とYのしいたけは、品質、販売先、用途、価格において全く異なるため、市場において競合関係に立たないこと
  • 原告のしいたけ販売の全国シェアは0.1%にすぎないから、Yのしいたけが販売されなければ生じたであろう原告のしいたけの需要はYの販売数量の0.1%にすぎないこと
  • 原告は種菌業界では首位であるが、小売量販店に対する営業力や市場開拓力は有していないこと

これに対し、裁判所は、以下のとおり述べ、侵害品の譲渡数量の70%に相当する数量については原告が販売することができない事情があったと判断しました。

そこで,検討するに,販売先については,Yの販売先はスーパーマーケット等の小売店が中心であるのに対し,原告のしいたけの販売先には……などのスーパーマーケット等も複数含まれているものの,その多くは工場や卸売事業者向けの業務用であることがうかがわれる……。

そして,販売価格については,原告のしいたけの1kg当たりの単価は,Yのしいたけよりも高額であり……,小売店向けのしいたけとしては値段が高い上,本件品種のしいたけがその品質において他の品質のしいたけに比べて特に高いとの評価を受け,需要者,取引者にその旨認知されていたと認めるに足りる証拠はない。

さらに,林野庁の「特定林産物生産統計調査/平成24年特用林産基礎資料」……によると,原告の販売量(約82t。……)は,全国の生しいたけ集荷販売実績(約6万5600t。ただし,平成24年度)の約0.1%を超える程度であると認められる。

以上の事情を考慮すると,原告が,きのこ種菌業界のトップ企業であり,菌床事業から食品事業に至るまで幅広く事業展開をし,前記のとおり,追加需要に対する潜在的な供給能力を備えていたと認められることを考慮しても,侵害品の全てを販売することができたということは困難である。そして,上記事情に加え本件に顕れた全ての事情を総合すると,侵害品の譲渡数量の70%に相当する数量については,原告が販売することができない事情があったというべきである。

本件における逸失利益の額

以上に基づき、裁判所は、以下のとおり計算し、平成24年から平成26年までの原告の逸失利益の額を6815万8530円と算定したうえ、このうちYに過失が認められるのは本件通知後の31か月間に限られることから、Yが支払義務を負う額は5869万1912円となると判断しました。

149万4700.674kg×152円×(1-0.7)≒6815万8350円(小数点以下切捨て)
6815万8350円×31か月/36か月≒5869万1912円 (小数点以下切捨て)

本件における損害額

裁判所は、これに調査費用(①侵害状況記録書等作成費用11万6260円、②品種調査資料作成費用143万9778円、③DNA解析費用46万7882円)及び弁護士費用(607万円)の相当額を加え、Yが支払うべき損害額の合計が6678万5832円となると判断しました。

差止め及び廃棄の要否

裁判所は、争点1に関する判断結果を踏まえ、被告各しいたけの種苗を用いて得られる収穫物の譲渡の申出、譲渡、貸渡しの申出、貸渡し又はこれらの行為をする目的による保管について、差止めの必要性を認めました。また、しいたけの菌床を輸入していたのはAですが、同社がYの関連会社であること等から、Yによる上記種苗の輸入又はこれを用いて得られる収穫物の生産についても、差止めの必要性を認めました。

さらに、裁判所は、Yに対しては、上記種苗に係る収穫物及び加工品の廃棄を命ずる必要性があると判断しました。

なお、謝罪広告の掲載については、必要性がないものと判断されました。

コメント

冒頭に述べたとおり、種苗法関係の裁判例は数が少ないため、1件1件が実務上参考になります。しかも、本判決は、育成者権者による権利行使を認めたという点で貴重であり、侵害立証や損害算定の実例として実務上重要な判決であるといえます。

もっとも、本件では侵害立証が成功しましたが、一般的には、品種登録時の現物との比較栽培には困難を伴うことが多く、新品種保護の実効性がないともいわれます。農林水産省もこの問題を認識しているようであり(農林水産省食料産業局「国内外における品種保護をめぐる現状」参照)、法改正を含め、種苗法に関する今後の動向を注視していく必要があります。

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(文責・溝上)