知的財産高等裁判所第4部(大鷹一郎裁判長)は、2019年1月31日、特許権侵害差止等請求控訴事件において、控訴人主張の特許無効の抗弁を採用し、被控訴人の主張を一部認容した原判決を取り消しました。

原審は、侵害論の審理終了後になされた、控訴人(被告)からの新たな無効抗弁について、被控訴人(原告)からの申立てを容れ、時機に後れた攻撃防御方法として却下しました。

これに対し、控訴審は、原審口頭弁論終結前になされた特許無効の審決と同一の理由による特許無効の抗弁について、被控訴人からの時機に後れた攻撃防御方法の申立てを却下しました。

ポイント

骨子

    • 原審口頭弁論終結前の審決理由と時機に後れた攻撃防御方法について

控訴人は、原審口頭弁論終結前に本件無効の抗弁に係る無効理由の存在等を認めて本件特許を無効とする旨の別件審決がされたのを受けて、当審において再度提出したものであること、控訴人は、控訴理由書に本件無効の抗弁を記載し、当審の審理の当初から本件無効の抗弁を主張していたことが認められるから、当審における控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出が時機に後れたものということはできない。また、当審の審理の経過に照らすと、控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出により、訴訟の完結を遅延させることとなるとは認められない。

判決概要(審決概要など)

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 平成31年1月31日
事件番号 平成30年(ネ)第10033号特許権侵害差止等請求控訴事件
特許番号 特許第5396136号
発明の名称 「スプレー缶用吸収体およびスプレー缶製品」
原判決 大阪地方裁判所平成26年(ヮ)第6361号
裁判官 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官    山 門   優
裁判官    筈 井 卓 夫

解説

適宜提出主義

民事訴訟法において、攻撃防御方法は、訴訟の進行状況に応じて、適切な時期に提出しなければならないものとされています(適時提出主義)。

民事訴訟法第156条(攻撃防御方法の提出時期)
攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならない。

攻撃又は防御方法(併せて「攻撃防御方法」といいます。)とは、判決の基礎となるべき訴訟資料・証拠資料を示すものであり、請求原因の主張や認否・反論、抗弁や再抗弁、証拠の申し出などが含まれます。

時機に後れた攻撃防御方法

攻撃防御方法が適切な時期に提出されなかった場合、裁判所は、一定の要件のもと、他方当事者の申立て又は職権により、当該攻撃防御方法を却下することができます。

民事訴訟法第157条(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)
1 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
2 攻撃又は防御の方法でその趣旨が明瞭でないものについて当事者が必要な釈明をせず、又は釈明をすべき期日に出頭しないときも、前項と同様とする。

攻撃防御方法が却下される要件は、以下の通りです。

➢ 故意または重過失によること
➢ 時機に後れて提出されたこと
➢ 訴訟の完結を遅延させること

特許権侵害訴訟における運用

特許権侵害訴訟においては、計画審理のもと、通常訴訟と比較して、適時提出主義が厳格に適用されており、攻撃防御方法は早期かつ適時に提出することが求められます。

第一審においても、侵害論について審理が終了した後は、無効主張を含めて、侵害論に関する攻撃防御方法の提出は、原則として、認められません。

そのため、侵害論についての審理終了後になされた新たな無効主張等については、他方当事者の申立て又は職権により、時機に後れた攻撃防御方法として、却下されるのが通常です。

特許権侵害訴訟と無効審判等の関係

特許権侵害行為の有無等を争う民事訴訟である特許権侵害訴訟と、特許の有効性を争う無効審判及びその審決に対する不服審査を行う行政訴訟とは、審理の対象が異なります。

かつては、特許権侵害訴訟において、特許無効の主張がなされた場合には、裁判所は特許権の有効・無効について判断することなく、無効審判請求を促すとともに、無効審判の係属中は訴訟を中止するという運用を行っていました。

ところが、最高裁は、平成12年4月11日、以下の通り、従来の判例を変更し、特許無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができる旨判断しました。

平成12年4月11日最高裁第三小法廷判決(キルビー判決)
特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべき

同最高裁判決を受けて、特許権侵害訴訟において、侵害者とされる側より、対象特許に無効理由が存在することが明らかであるとして、権利濫用の抗弁(無効抗弁)が行われるようになりました。

また、以下の通り、平成16年改正特許法によって特許無効の抗弁(特許法104条の3)が導入され、明文で特許無効の主張をすることが認められました。

特許法第104条の3(特許権者等の権利行使の制限)
1 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
2 前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
3 第百二十三条第二項の規定は、当該特許に係る発明について特許無効審判を請求することができる者以外の者が第一項の規定による攻撃又は防御の方法を提出することを妨げない。

その結果、実務的には、しばしば、特許権侵害訴訟における特許無効の抗弁(権利濫用の抗弁)と並行して、又は、前後して特許無効審判の請求がなされるようになりました。

本判決の位置付け

本判決は、特許権侵害訴訟において、侵害論についての審理終了後になされた無効抗弁に関して、原審口頭弁論終結前に同一の無効理由が存在するとして特許無効の審決がなされた場合の、時機に後れた攻撃防御方法該当性を判断したものです。

なお、原審は、侵害論の審理終了後になされた、控訴人(被告)からの新たな無効抗弁の主張及び証拠について、被控訴人(原告)の申立てを容れ、時機に後れた攻撃防御方法に該当するものとして、却下しました。

さらに、原審は、無効抗弁と同一の無効理由が存在するとして特許無効の審決がなされた後に、改めて控訴人(被告)からなされた無効抗弁の主張及び証拠についても、被控訴人(原告)の申立てを容れ、時機に後れた攻撃防御方法に該当するものとして、再び却下しました。

事案の概要

本判決に至る時系列は、以下の通りです。

平成27年4月17日
原審第4回弁論準備手続期日
控訴人(被告)より、特許無効の抗弁(無効理由①)が主張される。
平成27年9月14日
原審第7回弁論準備手続期日
控訴人(被告)より、特許無効の抗弁(無効理由②)が主張される。
平成27年10月27日
原審第8回弁論準備手続期日
原審受命裁判官より、侵害論の審理を終了し、損害論の審理を進める旨の訴訟指揮がなされる。
平成28年5月19日
特許無効審判請求
控訴人(被告)より、特許庁に対し、当該発明の一部について、特許無効審判(無効理由③、④)の請求がなされる。
平成28年12月13日
原審第12回弁論準備手続期日
控訴人(被告)より、特許無効の抗弁(無効理由③、④)が追加主張される。
同上 被控訴人(原告)より、控訴人(被告)の追加主張(無効理由③、④)に対し、時機に後れた攻撃防御方法として却下申立がなされる。
同上 原審受命裁判官より、控訴人(被告)の追加主張(無効理由③、④)が却下される。
平成29年12月19日
特許無効審決
特許庁より、当該発明の一部について、無効理由③、④が存在するとして、当該特許を無効とする審決がなされる。
平成29年12月20日
原審第18回弁論準備手続期日
控訴人(被告)より、再度、特許無効の抗弁(無効理由③、④)が追加主張される。
同上 被控訴人(原告)より、控訴人(被告)の追加主張(無効理由③、④)に対し、時機に後れた攻撃防御方法として却下申立がなされる。
同上 原審受命裁判官より、控訴人(被告)の追加主張(無効理由③、④)が却下される。
平成29年12月20日
原審第2回口頭弁論期日
原審裁判所より、原審口頭弁論が終結される。
平成30年1月20日
審決取消訴訟提起
被控訴人(原告)より、特許庁による特許無効審決の取消しを求めて、審決取消訴訟が提起される。
平成30年3月22日
原審判決言渡し期日
原審裁判所より、被控訴人(原告)の請求を一部認容する原判決が言渡される。
平成30年4月9日
控訴提起
控訴人より、原判決を不服として、控訴が提起される。
平成30年6月15日
控訴理由書提出
控訴人より、特許無効の抗弁(無効理由③、④)を記載した控訴理由書が提出される。
平成30年7月24日
控訴審第1回弁論準備手続期日
控訴人より、控訴理由書に基づき、特許無効の抗弁(無効理由④)が主張される。
同上 被控訴人より、控訴人の抗弁主張(無効理由④)に対し、時機に後れた攻撃防御方法として却下申立がなされる。
平成30年8月31日
控訴人準備書面提出
控訴人より、特許無効の抗弁(無効理由④)の補足がなされる。
平成30年9月14日
控訴人準備書面提出
控訴人より、特許無効の抗弁(無効理由④)の補足がなされる。
平成30年10月1日
被控訴人準備書面提出
被控訴人より、控訴人の抗弁主張(無効理由④)に対し、反論・訂正の再抗弁が主張される。
平成30年10月15日
控訴審第2回弁論準備手続期日
控訴人より、準備書面に基づき、特許無効の抗弁(無効理由④)が主張される。
同上 被控訴人より、準備書面に基づき、控訴人の抗弁主張(無効理由④)に対する反論・訂正の再抗弁が主張される。
平成30年12月10日
控訴審第1回口頭弁論期日
控訴裁判所より、控訴審口頭弁論が終結される。
平成31年1月31日
控訴審判決言渡し期日
控訴裁判所より、本判決が言渡される。

判旨

本判決は、原審における侵害論についての審理終了後になされたものでありながら、原審口頭弁論終結前になされた特許無効の審決と同一理由による特許無効の抗弁について、以下の通り述べ、被控訴人からの時機に後れた攻撃防御方法の申立てを却下しました。

控訴人の当審における本件無効の抗弁の主張は、原審において侵害論の審理を終了し、損害論の審理に入った段階で提出されたため、時機に後れた攻撃防御方法として却下された主張と同旨のものであるが、控訴人は、原審口頭弁論終結前に本件無効の抗弁に係る無効理由の存在等を認めて本件特許を無効とする旨の別件審決がされたのを受けて、当審において再度提出したものであること、控訴人は、控訴理由書に本件無効の抗弁を記載し、当審の審理の当初から本件無効の抗弁を主張していたことが認められるから、当審における控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出が時機に後れたものということはできない。また、当審の審理の経過に照らすと、控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出により、訴訟の完結を遅延させることとなるとは認められない。

先に述べたように、侵害論についての審理終了後は、無効主張を含めて、侵害論に関する攻撃防御方法の提出は、原則として、時機に後れた攻撃防御方法に該当するものとして、認められません。

そのため、本判決は、原審における侵害論についての審理終了後の控訴審における無効抗弁の主張のうち、例外的に、時機に後れた攻撃防御方法に該当しない要件を示したものといえます。

本判決が示した要件は、以下の通りです。

➢ 原審口頭弁論終結前に当該無効理由の存在を認めて特許無効の審決がされたこと
➢ 控訴理由書に記載し、控訴審当初から当該無効の抗弁を主張していたこと

また、本判決は、控訴審における当該無効の抗弁の主張について、訴訟の完結を遅延させることになるとは認められない、と判断しています。
なお、本判決は、控訴人の無効抗弁の主張を認め、被控訴人の請求を一部認容した原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却しました。

コメント

本判決は、原審における侵害論についての審理終了後になされた、新たな無効抗弁の主張について、例外的に、時機に後れた攻撃防御方法に該当しない要件を示したものとして、実務上参考になるものといえます。

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(文責・平野)