知的財産高等裁判所第1部(高部眞規子裁判長)は、本年(平成30年)6月19日、均等第1要件にいう「本質的部分」の認定手法を示す判決をしました。「本質的部分」の意味については、いわゆる技術的特徴説(本質的部分説)と技術的思想同一説とが対立していましたが、本判決の考え方は、技術的思想同一説に立ったもので、平成28年のマキサカルシトール事件大合議判決の判示に従ったものといえます。

マキサカルシトール事件最高裁判決では、「本質的部分」の解釈が示されておらず、また、技術的思想同一説は、ボールスプライン軸受事件判決(最三判平成10年2月24日平成6年(オ)第1083号)に示された均等第1要件からやや乖離するところもあるため、この考え方が判例として確立したとはまだ言いきれませんが、技術的思想同一説は学説からの支持も多く、少なくとも下級審レベルでは定着したものと考えられます。

本判決は、特に新規の規範に言及したものではありませんが、マキサカルシトール知財高裁判決の認定手法に従い、明細書に記載のない先行技術を参酌して本質的部分を限定的に認定している点で実務上参考になると思われますので、紹介することとしました。

ポイント

骨子

  • 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
  • そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその作用効果を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきである。そして,従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
  • ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。

判決概要(審決概要など)

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 平成30年6月19日
事件番号 平成29年(ネ)第10096号
事件名 損害賠償請求控訴事件
原判決 東京地判平成29年10月30日
平成28年(ワ)第35182号損害賠償請求事件
対象特許 特許第4547077号「携帯端末サービスシステム」
裁判官 裁判長裁判官 高 部 眞規子
裁判官    杉 浦 正 樹
裁判官    片 瀬   亮

解説

特許権侵害とは

特許権の内容と特許権侵害

特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有します(特許法68条本文)。そのため、第三者が、業として特許発明の実施をすると、特許権者の専有権を害することとなります。これを特許権侵害といいます。

「特許発明の実施」をしているといえるためには、被疑侵害者の行為が「実施」にあたり、かつ、その行為の客体となる物や方法が「特許発明」に該当することが必要です。また、実施行為は「業として」行われていることが必要です。

実施とは

「実施」の意味については、特許法2条3項に定義があり、本判決でも問題とされた物の発明では、「物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為」と定義されています(同項1号)。

少々複雑ですが、一般的な用語に置き換えると、生産、使用、販売、販売活動、輸出入がこれに該当します。

特許発明の技術的範囲

次に問題となるのは、実施の対象となっている物や方法が「特許発明」といえるか、ということです。実施の対象となっている物や方法が特許発明といえるかは、一般に、被疑侵害者の製品や方法が特許発明の技術的範囲に属するか否か、つまり、特許に記載された発明のスコープ(範囲)に、被疑侵害者の製品や方法が入っているか、という観点で判断がなされます。

特許発明の技術的範囲については、特許法70条に規定があり、特許請求の範囲(クレーム)に基づいて決定されます。つまり、明細書に記載された発明であっても、特許請求の範囲に書かれていなければ、特許発明とはいえないということになります。

「業として」

特許権侵害が認められるためには、さらに、実施行為が「業として」行われる必要があります。典型的には、営利を目的とした事業活動として行われる場合がこれに該当しますが、「業として」は、営利性や対価性などを含む概念ではなく、家庭内における私的な実施を排斥する要件といわれています。

そのため、例えば、ボランティア団体が被災地支援のために特許侵害品を製造し、無償で配布したとしても「業として」に該当します。他方、例えば、美味しいパンを焼く方法を思いついた人がその方法について特許を取得した場合、全国の家庭内でその方法が実施され、美味しいパンが日本中の朝の食卓に並んだとしても、その行為が家庭内にとどまる限り、権利行使をすることはできません。

抗弁の不存在

なお、業として特許発明が実施された場合でも、被疑侵害者が何らかの抗弁の主張立証に成功したときは、特許権侵害は否定されます。抗弁の例としては、特許が無効にされるべきものであること(特許無効の抗弁)、特許出願前から特許発明を事業化し、または、その準備をしていたこと(先使用権)、特許権者から許諾を受けていること(約定実施権)などが挙げられます。

文言侵害とは

文言侵害と周辺限定主義

上述のとおり、特許発明の技術的範囲は「特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と規定されています(特許法70条本文)。その解釈として、ある物や方法が、特許発明の技術的範囲に属するか否かは、原則として、特許請求の範囲(クレーム)に記載された具体的文言にその物や方法があてはまるかどうかという、言葉の対比によって判断され、この手法で認定された侵害を「文言侵害」といいます。

特許権侵害が認められると、差止請求や損害賠償請求を受けるほか、刑事罰が課されることもあります。そのため、特許権侵害は、原則として、特許請求の範囲に書かれ、特許公報によって公示された範囲に限定されるのです。

このように、クレームの記載によって特許権の権利範囲の外縁が決定されるべきだという考え方を周辺限定主義といいます。

文言侵害の認定手法と権利一体の原則(All Element Rule)

文言侵害の具体的な認定においては、発明を構成する要件によってクレームの文言を分説した上で、それぞれの構成要件と被疑侵害品・方法とを対比し、全ての構成要件が充足されると侵害が成立する、という手法が用いられます。

このように、全ての構成要件が充足されて初めて侵害を認めるという考え方を、「権利一体の原則」ないし英語で「All Element Rule」と呼びます。

均等侵害とは

均等論

上述のとおり、被疑侵害品・方法が特許発明の技術的範囲に属するか否かは、原則として、クレームの文言と被疑侵害品・方法とを対比し、全ての構成要件が充足されるか否かによって決定されます。したがって、将来の特許権侵害に備えて十分な権利範囲を有する特許を取得するには、クレームの記載が非常に重要になります。

しかし、ほとんどの国の特許制度は、同じ発明について、最初に出願した人だけが権利を得られる先願主義を採用しているため、のんびりとクレームの文言を作り込んでいると、他者に先を越されてしまう可能性があります。そのため、発明を細大漏らさずカバーした完璧なクレームを作成するのは実際上不可能です。

また、20年に及ぶ特許の存続期間中には、特許請求の範囲に記載されてはいるものの重要ではない部材について同効材が開発されることもあり得ますが、その重要でない部分を同効材に置き換えることで特許権侵害を逃れつつ、実質的には発明を実施するということもあり得ます。

そのため、あまり杓子定規にクレームの文言通りの解釈をしていると、不公平が生じる場合が出てきます。このような不公平を除去するために、形式的にはクレームの文言から外れていても、実質的に特許発明と均等であるときは特許権侵害を認める、という均等論の考え方が生まれました。均等論に基づいて侵害が認められる場合を、「均等侵害」と呼びます。

米国における均等論の誕生と発展

均等論が最初に採用されたのは、19世紀半ばの米国で、Winans事件判決(Winans v. Denmead, 56 U.S. (15 How) 330 (1853))において米連邦最高裁判所が適用を認めました。もっとも、当時の米国は周辺限定主義が採用されておらず、さらに均等論まで認めると、権利範囲が不明確になり、第三者の事業活動を阻害しかねないとの批判が生じました。

その後、1870年の特許法改正によって周辺限定主義が明文で採用され、また、裁判所も均等論を用いなくなったため、長らく均等論は姿を潜めることになります。その背景には、19世紀終盤の反競争法制の整備や、その背景となったアンチパテントの思想、そして、1930年代の世界恐慌の原因の一つが特許制度にある、との特許権に対する反感もあったものと考えられます。

周辺限定主義移行後の米国において均等論が再認識されたのは、1950年のGraver Tank事件判決でした(Graver Tank v. Lindle Products Co., 339 U.S. 605 (1950))。1853年のWinans事件判決からだと、約100年を要したこととなります。

その後、下級審レベルでは、Hughes判決(1983年)、Kinzenbaw判決(1984年)、Penwalt判決(1987年)など、均等の判断手法をめぐる様々な判決が現れました。主たる争点としては、均等の判断においても構成要件ごとの判断手法を維持するのか(Element by Element アプローチ)、または発明全体の思想を見るのか(Invention As a Whole アプローチ)、そして、出願経過で発明の範囲を減縮する補正がされた場合に、補正によって除外された構成は常に均等の範囲から除外されるのか(Complete Bar)、または補正内容に応じた判断をするのか(Flexible Bar)ということでした。

これらは、日米に共通する均等論の重要論点ですが、これまでのところ、1997年のWarner-Jenkinson判決(Warner-Jenkinson v Hilton Davis Chemical, 520 U.S. 41 (1997))と、2002年のFesto判決(Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co., 535 U.S. 722 (2002))が、米国の均等論の到達点を示しているものといえます。すなわち、Warner-Jenkinson判決は、均等侵害においても構成要件ごとの判断を行うという、Element by Element アプローチを採用し、Festo判決は、減縮補正がなされた場合には、均等の範囲から除外されたものと推定されるが、補正時に均等物を包含するクレームをドラフトすることが合理的に期待できないことを証明すれば推定が覆されるという、Complete Bar に近い Flexible Bar の考え方を示しました。

もっとも、米国のこれまでの判例は、均等論の成否をめぐる個別の争点について判断を示してきたにとどまり、均等論の一般的な成立要件を示してはいません。Warner-Jenkinson判決は、均等の判断基準は裁判例の積み重ねによって形成されるべきとし、むしろ、特定の判断基準を採用することを拒絶しています。このような状況が米国における均等論の判断を難しくしているものといえます。

日本における均等論の採用と均等侵害の成立要件

我が国では、1996年の「プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)」事件判決(大阪高判平成8年3月29日知的裁集28巻1号77頁)で、初めて正面から均等論が適用されましたが、この事件は上訴されず、最高裁判所で審理されることはありませんでした。

最高裁判所が均等論の適用を初めて認めたのは、1998年の「ボールスプライン軸受」事件判決(最三判平成10年2月24日平成6年(オ)第1083号)です。この判決は、クレームの文言と相違する部分があっても、「均等」と評価できる場合には特許権侵害が成立するとした上で、「均等」といえるための判断基準として、以下の5つの要件を示しました。

  1. 被告の製品や方法(被告製品等)と特許のクレームとで相違する部分が特許発明の本質的部分ではないこと(非本質的部分)
  2. 相違部分を被告製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること(置換可能性)
  3. 置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであること(置換容易性)
  4. 被告製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではないこと(非容易推考性)
  5. 被告製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと(特段の事情の不存在)

これらの5つの要件のうち、第1要件から第3要件までは原告(特許権者)が主張立証すべき請求原因事実であり、第4、第5要件は、被告(被疑侵害者)が主張立証すべき抗弁と解されています。

本質的部分の考え方を巡る対立

技術的特徴説と技術的思想同一説

均等第1要件である非本質的部分に関しては、「本質的部分」をどのように判断するかを巡り、技術的特徴説と技術的思想同一説の2つの考え方があります。

技術的特徴説は、本質的部分説とも呼ばれ、構成要件ごとに検討して特定された相違点について、その部分が発明の本質的な部分といえるか否かを考える、という説で、最高裁判所が示した要件の文言に素直な考え方といえます。米国の判例の流れに沿っていえば、Element by Element アプローチを採用するものといえるでしょう。

しかし、この考え方に対しては、構成要件ごとに本質的か非本質的かを決めてしまうと、本質的な部分とされた構成要件に些細な変更を加えても非侵害となる一方、非本質的部分に大幅な変更を加えても侵害となる、といった硬直的な判断につながるとの批判があります。

他方、技術的思想同一説では、特許発明として開示された技術的思想全体と、被疑侵害品とを対比し、被疑侵害品が特許発明の技術的思想の範囲内にあるならば、その結果として、文言上の相違は本質的な要素とはいえないこととなるから、相違点は非本質的部分となる、という考え方が取られます。

この考え方は、特定の相違点が本質的部分か否かという問題を直接的な判断対象とするものではないため、最高裁判所が示した第1要件の文言に忠実な理解とは必ずしもいえません。発明全体の技術的思想に基づく判断をする点で、Invention As a Whole アプローチを採用したもので、文言侵害における一般的なクレーム解釈手法からも離れたものとなります。他方で、構成要件ごとの判断は第2、第3要件で行われるため、これらの要件と第1要件との関係はより明確になり、また、技術的思想に基づく判断は、発明の実質に即した柔軟な結論を導くことを可能にするものといえます。

なお、技術的思想同一説の考え方を理解するに際し、ボールスプライン軸受判決がいう「本質的部分」に囚われると頭が混乱します。技術的思想同一説は、端的に、最高裁判所が示した第1要件(被告製品等と特許のクレームとで相違する部分が特許発明の本質的部分ではないこと)を、「被告製品等が、特許発明の技術的思想の範囲内にあること」という要件に置き換えるものと考えた方が理解しやすいでしょう。「被告製品と特許発明の間に相違点があるにも関わらず、技術的思想の範囲内にあると言えるなら、その相違点は些細なもので、非本質的部分だ」という考え方だといってもよいでしょう。

各説の支持状況と従来の裁判例

技術的特徴説を採用した裁判例として、大阪地判平成11年5月27日判時1685号103頁「注射方法および注射装置」事件や、その控訴審判決が引用されることがありますが、学説や裁判例は技術的思想同一説を採用するものが多数を占めています。ボールスプライン軸受判決の判例解説でも、三村量一判事(当時)は、技術的思想同一説に立っていました。技術的思想同一説に立ったといわれる裁判例としては、「生海苔の異物分離除去装置」事件判決(東京高判平成12年10月26日)、「中空ゴルフクラブヘッド」事件中間判決(知財高判平成21年6月29日)、「徐放性ジクロジェナクナトリウム製剤」(東京)事件判決(東京地判平成11年1月28日)、「地下構造物用丸型蓋」事件判決(知財高判平成23年3月28日)などがあります。

マキサカルシトール事件知財高裁判決

そのような中、知財高裁特別部は、マキサカルシトール事件(知財高判平成28年3月25日)において、技術的思想同一説を採用することを明確にしました。

同判決は、まず、本質的部分の意味について以下のように述べます。

特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。

上記の記載のみでは、技術的特徴説を排して技術的思想同一説を採用したといえるのか明確ではありませんが、知財高裁は、続いて、具体的な認定手法について、以下のとおり判示しています。

特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。

この判示事項は、「本質的部分」の文脈で把握しようとすると非常に難解ですが、要するに、従来技術に対し、特許発明がどの程度貢献しているかを考え、貢献が大きいときは、「上位概念化」する、つまり、細かな限定は捨象して考える、ということを示したものといえます。逆にいうと、限定が捨象されることによって消えてしまうような相違点であれば、それは本質的部分ではない、という結論になるわけです。

知財高裁は、続いて、発明の特徴的部分の認定に際しては、明細書以外の資料も参酌できるとしつつ、そのような場合には、均等の範囲は狭くなる、との考えを示しています。これは、明細書には、必ずしも先行技術が適切に開示されているとは限らないとの前提のもと、発明の貢献の程度の認定においては、明細書に記載されていない先行技術も考慮して、客観的な判断を行うことを示したものと考えられます。

明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。

以上に続けて、知財高裁は、技術的思想同一説に立つことを明示します。

第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。

その後の下級審裁判例

マキサカルシトール知財高裁判決の後、同判決による均等第1要件の認定手法に従った判決としては、知財高判平成28年6月29日平成28年(ネ)10007号「振動機能付き椅子」事件などがあります。

最高裁判所における判断

マキサカルシトール事件は、上告が受理され、最高裁判所が審理を行ないましたが、判決(最二判平成29年3月24日)において、本質的部分の考え方について特段の判断は示されませんでした(同最判による均等第5要件についての判示については、こちらをご覧ください 。)。そのため、本質的部分の解釈において現時点で最も影響力のある判決は、いわゆる大合議判決である上記知財高裁判決であるといえます。

事案の背景

本件は、「携帯端末サービスシステム」との名称の特許(特許第4547077号)を有している原告・控訴人が、サイバーエージェント社が運営するWebサイト上のサービスである「アメーバピグ」が同特許権を侵害するとして、同社に対し、損害賠償請求訴訟を提起したという事案です。

原審東京地裁は、平成29年10月30日、文言侵害も均等侵害も否定し、請求を棄却しました。この棄却判決に対する控訴審の判決が本判決です。

特許発明と被告システムの構成

特許発明の構成

原告・控訴人の特許発明の構成は、以下のようなものでした。

A 表示部と,電話回線網への通信手段とを備える携帯端末から,前記電話回線網に接続されたデータベースにアクセスすることによって,

B 前記データベースに用意された複数のキャラクターから,表示部に表示すべき気に入ったキャラクターを決定し,その決定したキャラクターを前記表示部にて表示自在となるように構成してある携帯端末サービスシステムであって,

C その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え,

D 前記キャラクターが,複数のパーツを組み合わせて形成するように構成してあり,

E 気に入ったキャラクターを決定するにあたって,前記データベースにアクセスすることによって,複数のパーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを選択することにより,少なくとも一つ以上のパーツを気に入ったパーツに決定し,複数のパーツを組み合わせて,気に入ったキャラクターを創作決定する創作決定手段を備え,

F 前記創作決定手段に,前記表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ,

G 前記基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入することにより,前記パーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを決定し,前記基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部を備える

H 携帯端末サービスシステム。

被告システムの構成

他方被告システムの構成は以下のようなものでした。

a 液晶表示部と,インターネット等の電話回線網への通信手段とを備える携帯電話やスマートフォン等の携帯端末から,インターネットに接続された被告システム中のデータベースにアクセスすることによって,

b データベースに用意された複数のキャラクター(ピグ)から,液晶表示部に表示すべき気に入ったキャラクターを決定し,その決定したキャラクターを液晶表示部にて表示自在となるように構成してある携帯端末サービスシステムであって

c 所定金額の日本円により予め購入した所定量のコインを,決定したキャラクターに応じた情報提供料として支払い,当該所定金額の日本円を携帯端末の通信料に加算する課金手段を備え,

d キャラクターが,複数のパーツ(ピグ自体,顔を構成する目や鼻等,装飾品としての服,めがね,かばん等を含む。)を組み合わせて形成するように構成してあり,

e 気に入ったキャラクター(ピグ,顔を構成する目,鼻,装飾品等としての服,めがね,かばん等を含む。)を決定するに当たって,データベースにアクセスすることによって,複数のパーツ(目,鼻,服,めがね,かばん等を含む。)毎に準備された複数のパターン(形状,大きさ,柄,色等を含む。)から一つのパターンを選択することにより,少なくとも一つ以上のパーツを気に入ったパーツ(例えば,オレンジ色の服)に決定し,複数のパーツを組み合わせて,気に入ったキャラクター(例えば,オレンジ色の服を着た特定の顔のピグ)を創作決定する創作決定手段(システム中に備えられる創作決定手段として機能する部分)を備え,

f 創作決定手段に,液晶表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクター(例えば,創作決定手段により決定されたオレンジ色の服を着た特定の顔のピグ)とを表示させ,

g 基本キャラクター(例えば,創作決定手段により決定された特定の顔を備え,オレンジ色の服,特定の靴及びめがね等を装着したピグ)が,仮想モール中に設けられた店(例えば,サンリオショップ)にてパーツ(例えば,かばん)を購入することにより,パーツ毎(例えば,かばん毎)に準備された複数のパターン(ハローキティのポシェットやバッグ等)から一つのパターン(例えば,ハローキティのポシェット)を決定し,基本キャラクターを気に入ったキャラクター(ハローキティのポシェットを持った特定の顔及び髪型のピグ)に着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部(システム中に備えられる着せ替え部として機能する部分)を備える

h 携帯端末サービスシステム

判旨の概要

文言侵害について

上記の特許発明の構成と、被告システムの構成とを対比した結果、被告システムは、構成要件C、F、Gの3点において相違すると認定され、文言侵害は否定されました。

均等第1要件の判断手法について

判決は、均等侵害の判断にあたり、第1要件の認定手法として、以下のとおり述べました。これは、マキサカルシトール知財高裁判決をそのまま引用したものといえます。

特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその作用効果を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきである。そして,従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。

発明の貢献の程度について

判決は、明細書の課題や解決手段、作用効果の記載に基づき、以下の4点の課題について検討し、いずれも先行技術によって解決されていたとの認定をしました。

  1. 「携帯端末自体のメモリーに保存してあるキャラクター画像情報のなかから気に入ったものを選択するので、キャラクター選択にあまり選択の幅がなく、ユーザーに十分な満足感を与え得るものではなかった」との課題
  2. 「携帯端末自体にキャラクター画像情報を保存するので、サービス提供者にとっても、キャラクター画像情報を更新するには、携帯端末自体を改めて販売するしかない」との課題
  3. 「種々のパーツを組み合わせてキャラクターを創作するというゲーム感覚の遊びをすることができるという意味での十分な満足感及びさながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚で、その仮想モール内に出店された店に入り、パーツという商品を購入することで、基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替えて,楽しむことができるという意味での十分な満足感を得るとの課題
  4. サービス提供者にとっても、キャラクター画像情報を更新するには、携帯端末自体を改めて販売するしかないため、キャラクター画像情報により効率良く利益を得るのは困難であったとの課題

さらに、判決は、これらの先行技術はいずれも明細書に記載されていないため、本件発明の本質的部分は、本件明細書の記載に加えて、これらの先行技術も参酌して認定するという手法を選択しました。これは、マキサカルシトール知財高裁判決にも示された、明細書外の資料の参酌を行ったものといえます。

そして、判決は、これらの先行技術を考慮すると、本件発明は「未解決の技術的困難性を具体的に指摘し、かつ、その困難性を克服するための具体的手段を開示するものではない」と述べ、結論として、発明の貢献の程度は低いと判断しました。

その結果、以下のとおり、上位概念化はなされず、発明の本質的部分は、クレームの記載通りのものとなるとの判断に至っています。

そうすると,本件発明の本質的部分については,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定するのが相当である。

本質的部分の意味について

技術的思想同一説に立つ場合、上述のように、発明の貢献の程度が低く、発明の本質的部分が特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定された場合には、均等論が認められる余地がほぼなくなります。本判決でも、以下のとおり、被告システムへのあてはめは非常にあっさりとしたものとなっています。

他方,被告システムは,前記のとおり構成要件C,F及びGを備えていない。したがって,被告システムが本件発明の本質的部分を備えているということはできず,本件発明と被告システムとは本質的部分において相違すると認められる。
以上より,被告システムは,均等の第1要件を充足しない。

なお、このような理由付けは、「相違点が非本質的部分であること」というボールスプライン軸受判決の第1要件から離れたもので、技術的思想同一説特有の判示のしかただといえるでしょう。

コメント

本判決は、従来の裁判例の中で採用され、マキサカルシトール知財高裁判決によって整理された均等第1要件の認定手法に従ったもので、示された規範に目新しい要素はありません。しかし、明細書以外の先行技術文献を参酌して本質的部分を限定的に認定する過程は、訴訟実務においても参考になると思われます。

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(文責・飯島)