消滅時効は、今回の債権法改正によって比較的大きく変わる項目の1つといえます。

知的財産実務に関係のありそうな事項として、具体的には、細かな例外が多かった時効期間の考え方がある程度統一される一方、時効の起算点が客観的起算点と主観的起算点に分類され、それぞれについての時効期間が定められました。

また、紛争解決を目的とする契約交渉において利用価値のある、協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の制度が設けられました。

従来の制度と改正のポイント

時効とは

民法や商法を含む私法分野における時効とは、ある事実状態が長期間継続する場合に権利関係を事実状態に適合させる制度で、取得時効と消滅時効とがあります。

具体的にいうと、例えば、ある不動産を自分のものとして10年ないし20年間占有していると、その事実状態が権利関係に反映され、その不動産は最初からその占有者のものだったこととなります。

また、貸したお金の返還を10年間求めなかった場合、返還を求めない、という事実状態が権利関係に適合させられ、最初から貸金の返還を求める権利はなかったこととなります。

このように、権利の取得や喪失が最初に遡って生じるという時効の効果を遡及効といいます(民法144条)。

時効の援用とは

時効は、時効によって直接に利益を受ける者が援用しなければ、裁判所は権利が消滅したものとして裁判することはできません。

例えば、貸したお金の返還を求める訴訟において、10年以上返還を求めていなかった場合であっても、借主である被告が訴訟において一言「時効を援用する」といわなければ、裁判所は、消滅時効によって貸金返還請求権が消滅したものとして裁判をすることはできません。

消滅時効とは

消滅時効とは、上記の貸金返還請求権の例のように、行使可能な権利を一定期間行使しないことにより、権利を消滅させる制度のことをいいます。

消滅時効によって権利が消滅することを時効消滅といい、裁判で時効消滅を判断の基礎とするためには、上述のとおり、消滅時効を援用することが必要になります。

消滅時効の時効期間

権利が時効消滅するまでの期間(時効期間)は、原則として、債権は10年、所有権を除く債権以外の財産権は20年とされていますが、現行法では、1年ないし5年のより短期の時効期間を定めた例外が種々存在します。例えば、弁護士の報酬請求権は事件終了時から2年で消滅し(172条)、弁護士が職務上受領した書類に関する責任は、事件終了から3年で消滅します(171条)。

また、企業間取引のような商行為によって生じた債権(商事債権)については、5年で消滅するものと定められているほか(商法522条)。約束手形や小切手などの訴求権は6か月で消滅します(手形法70条3項、小切手法51条)。

このように、現行法の消滅時効の時効期間は、かなり複雑なものとなっています。

時効の中断と停止

時効期間経過前に、裁判上請求するなど一定の行為をすると、時効は中断します。この場合、時効期間は振出しに戻り、中断事由が終了した時から、改めて時効が進行します。「中断」というと、時効期間が振出しに戻るのではなく、中断時点から時効の進行が再開するような印象を与えますので、この語は少しミスリーディングであるといえます。

他方、一定の事由が時効完成間際に生じたことを理由に、一定期間時効の完成を猶予する制度もあり、時効の停止と呼ばれています。「停止」というのもややミスリーディングな表現で、実際は、時効停止事由があっても、時効期間は停止しません。本来の時効完成時点を経過した後に、時効停止事由のあった期間だけ、時効の完成が猶予されるにすぎません。

時効の停止の規定の多くは、未成年者や夫婦間の権利などを対象とするもので、知的財産実務において問題となり得るのは、時効期間の満了時に天災その他避けることのできない事変のために時効を中断することができない場合に、そういった事変の消滅時から2週間時効完成を猶予するという制度ですが(民法161条)、適用されるのは比較的稀有でしょう。

消滅時効の起算点とは

上述のとおり、消滅時効が成立すると、遡及効により、時効期間の最初から権利はなかったこととなります。その時効期間の「最初」の時点を、時効の起算点といいます。

消滅時効の場合、起算点は、権利を行使することができる時、と定められています(民法166条)。例えば、3か月後に返金することを合意してお金を貸した場合、その貸金について返還請求権はお金を貸したときに成立しますが、権利を行使することができるのは、3か月が経過したときです。つまり、この場合だと、時効の起算点は、お金を貸した時ではなく、お金を貸してから3か月が経過した時となります。

消滅時効と類似の制度

消滅時効と類似した制度として、除斥期間があります。除斥期間もまた、一定期間権利を行使しないことによって権利が消滅する制度ですが、いくつかの点で消滅時効と異なっています。

まず、除斥期間は、中断がなく、また、援用がなくとも裁判の基礎とすることができます。また、除斥期間は、権利を行使することができる時ではなく、権利が発生した時から進行します。他方、除斥期間には遡及効はありません。

もっとも、民法の条文に除斥期間という言葉は出てこず、文言から消滅時効との区別はつきません。除斥期間は解釈上認められている考え方で、知的財産法に密接に関連するものとしては、例えば、不法行為に基づく損害賠償請求権が、民法724条により、損害および加害者を知った時から3年で消滅するのは消滅時効、不法行為の時から20年で消滅するのは除斥期間と解されています。

時効期間に関する改正のポイント

今次の改正法は、消滅時効の時効期間を以下のとおり整理し、また、変更しました。

時効期間の一本化

上記のように、現行法の消滅時効期間にはかなり細かな例外がありますが、そのうち、職業別の短期消滅時効に関する規定(民法170条ないし174条)と商事債権に関する商法522条は削除され、民法の原則規定が適用されることとなりました。

客観的起算点と主観的起算点

現行民法は、債権と、所有権を除く債権以外の権利とで消滅時効期間を分けていますが、改正法は、さらに、債権について、債権者が権利を行使できる時(客観的起算点)を起算点とする場合と、債権者が権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)の2つの場合に分け、それぞれの時効消滅期間を、前者は従来通り10年、後者は5年とし、いずれか早い方が適用されることとなりました。

権利の種別 起算点 時効期間 備考
債権 権利行使可能時(客観的起算点) 10年 いずれか早い方が適用される
権利行使可能であることを知った時
(主観的起算点)
5年
債権以外の財産権
(所有権を除く)
権利行使可能時 20年

時効の中断及び完成猶予

上述のとおり、「中断」や「停止」といった用語はややミスリーディングですので、それぞれ「更新」と「完成猶予」に改められました。

また、これに伴い、従来時効中断事由とされていた仮差押や仮処分は、時効の完成猶予事由に整理されました。さらに、民法153条に基づき、訴えの提起前などに催告を行うことによって時効完成が6か月猶予されるものとされてきましたが、改正法は、催告を時効の完成猶予事由と位置付けました。

なお、裁判上の請求や、差押え(強制執行)などは、改正法によっても引き続き時効の更新事由とされますが、取下げなどにより、途中で手続きが終了した場合には、完成猶予事由とされます(民法147条、148条)。これらの考え方は、従来の解釈の延長上にあるといえます。

協議を行う旨の合意による時効の完成猶予

さらに、改正法では、「協議を行う旨の合意による時効の完成猶予」の制度が設けられました(改正民法148条)。

従来は、訴訟外で損害賠償請求などの和解協議が進行していても、時効の完成時期が近付くと、時効完成を回避するため、訴えを提起せざるを得ないことがありました。改正法は、このような無駄な訴訟提起を回避しようとするもので、権利について協議を行う旨を書面で合意した時は、合意から最大1年間(合意を繰り返せば最大5年間)時効の完成が猶予されます。

時効援用権者に関する改正のポイント

消滅時効の援用権者として、「保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者」が含まれることが明文で規定されました(民法145条)。これは、従来の解釈を明文化したものといえます。

不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間の消滅時効への変更

上述のとおり、現行民法では、不法行為に基づく損害賠償請求権について、3年の消滅時効のほか、20年の除斥期間が定められていますが、改正法では、いずれも消滅時効と位置付けられることとなりました。

知的財産関連契約で20年の除斥期間が問題となることはあまりないと思われますが、例えば、20年近く前の特許権侵害行為が発見された場合の損害賠償請求権についても、今後は、時効の更新や完成猶予の規定が適用されることとなります。

知的財産関連契約実務への影響

時効期間の改正と知財関連契約実務

企業間契約において生じる多くの債権は、商事時効が適用されてきており、これは、知的財産関連の契約でも同様です。例えば、ライセンス契約に基づくロイヤルティ請求権などは、その典型といえます。

商事時効の制度が廃止されたことにより、企業間の債権債務についても、客観的起算点が適用され、消滅時効期間が10年となる可能性が生じることとなりました。これは、債権管理のあり方に影響する可能性があります。

もっとも、企業間取引における債権は、ほとんどの場合契約書の明文の規定によって生じるため、契約書の内容が十分に検討されている限り、債権を行使できることを知らなかった、ということはあまり生じないと思われます。

この観点からは、例えば、単にロイヤルティの額を定めるだけでなく、その支払い時期を明確に特定することにより、客観的起算点のみならず、主観的起算点も明確に特定できることとなります。実際の契約実務では、支払い時期が一義的に特定できなかったり、明文の記載がないことも見受けられますので、この機会に契約書の記載を改めて確認することは有意義と思われます。

時効期間の改正と相当の利益の請求権

知財実務において消滅時効に頼らざるを得ない局面として、退職ないし死亡した発明者に対する相当の利益の支払いがあります。相当の利益の請求権は、退職や死亡によって消滅させることはできませんが、退職した発明者を追跡して支払いを継続したり、死亡した発明者の相続人を特定することには困難が伴います。このことによって生じる未払い金の処理は、基本的に消滅時効に頼るしかありません。

ところが、多くの職務発明規程では、相当の利益の支払い時期についてはある程度の記載があっても、発明者が相当の利益を請求することができる時期が必ずしも明確にされていません。

この点、支払い時期の記載があれば、請求することが可能なわけですから、時効の起算点と考えることはできます。しかし、支払い時期という観点から規定を置いている場合、その時期を経過すると、遅延損害金が生じる恐れがあります。

このようなリスクを回避するためには、請求可能な時期と、支払時期を明確に区別して規定し、請求の手続きがあってから初めて支払時期が到来する制度にすることが望ましいといえます。

協議を行う旨の合意による時効の完成猶予と知財関連契約

知財関連の契約には、紛争解決を目的とするものもあります。典型的には、特許権侵害の解決手段として、ライセンス契約を締結するような場合です。

このような交渉を行う場合、まず秘密保持契約書を締結し、その上である程度の情報開示をしながら議論を進めるということがよく行われます。今後は、その際に、時効期間を確認し、時効完成が近いときは、改正民法に沿った条項を含めることが考えられます。

なお、いうまでもありませんが、改正民法が適用されるのは日本における時効の問題であり、このような合意をすることによって時効の完成猶予が得られるかどうかは、各国の制度によります。複数国での特許権侵害の問題を話し合うような場合には、各国の制度に応じた対応が必要になります。

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(文責・飯島)