知的財産高等裁判所第1部(清水節裁判長)は、昨年12月25日、不使用取消審判における商標法2条3項の「使用」該当性が問題となった事案について判決をしました。

判決は、株式会社ベガスベガスが有する登録第5334030号商標「ベガス」について不使用取消審判が請求された事案において、役務に係る出所を示す文字はチラシに多用されている「ベガスベガス」「VEGAS VEGAS」であって、一箇所だけで用いられている「ベガス」の文字部分は、店舗名称の略称を表示したものにすぎず、役務の出所自体を示すものではなく、当該文字の使用行為は、本件商標について商標法2条3項にいう「使用」をするものであると認めることはできないとの判断を示しています。

ポイント

判旨概要

    • 本件折込チラシにおいて、パチンコ、スロットマシンなどの娯楽施設の提供という役務に係る出所を表示する文字は、同チラシにおいて多用されている「ベガスベガス」又は「VEGAS VEGAS」であって、一箇所だけで用いられた本件文字部分「ベガス」は、店舗の名称を一部省略した略称を表示したものにすぎず、本件折込チラシに係る上記役務の出所自体を示すものではないと理解するのが自然である。
    • 本件折込チラシに本件文字部分「ベガス」を付する行為は、本件商標「ベガス」について商標法2条3項にいう「使用」をするものであると認めることはできない。
    • 「ベガス」という略称表示の使用をもって、本件商標についての使用であると認めることは、実質的には商標としては異なる略称表示に係る信用までを保護することを意味するから、商標法50条1項の不使用取消制度の趣旨に照らしても、相当でない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決日 平成29年12月25日
事 件 平成29年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件
原審決 取消2016-300169号
裁判官 裁判長裁判官  清水節
裁判官  中島基至
裁判官  岡田慎吾

解説

不使用取消審判とは

継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが、その指定商品又は指定役務について登録商標と社会通念上同一といえる商標を使用していない場合、何人もその商標登録を取消すことについて審判を請求することができます(商標法50条)。

この審判は不使用取消審判と呼ばれるもので、登録を希望する商標と同一又は類似の先行商標が存在する場合に、その先行商標に類似することを理由とする拒絶(同法4条1項11号、15条1項)を回避するための手段として用いられることの多いものです。

不使用取消審判の請求に理由があると認めるときは、請求に係る商標登録を取消す旨の審決がなされ、確定後、商標権は消滅することとなります(同法54条)。

他方、請求不成立の審決がなされたときは、審決の送達から30日以内に、その取消しを求めて、裁判所に審決取消訴訟を提起することができます。

社会通念上同一の商標とは

登録商標と完全同一でない場合であっても、登録商標と社会通念上同一といえる商標をその指定商品又は指定役務に使用している場合には、不使用取消審判により登録を取消されることはありません。

この登録商標と社会通念上同一といえる商標には以下の4つがあります(商標法50条1項括弧書き)。

1.書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標

2.平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標

3.外観において同視される図形からなる商標

4.その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標

商標の「使用」とは

不使用取消審判による登録取消しを回避するためには、その指定商品又は指定役務について登録商標と社会通念上同一といえる商標を「使用」していなければなりません。この商標の「使用」については、商標法2条3項に規定されております。

一 商品又は商品の包装に標章を付する行為

二 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為

三 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。以下同じ。)に標章を付する行為

四 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物に標章を付したものを用いて役務を提供する行為

五 役務の提供の用に供する物(役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物を含む。以下同じ。)に標章を付したものを役務の提供のために展示する行為

六 役務の提供に当たりその提供を受ける者の当該役務の提供に係る物に標章を付する行為

七 電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法をいう。次号において同じ。)により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為

八 商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為

九 音の標章にあつては、前各号に掲げるもののほか、商品の譲渡若しくは引渡し又は役務の提供のために音の標章を発する行為

十 前各号に掲げるもののほか、政令で定める行為

事案の概要

本件は不使用取消審判請求を不成立と判断した審決の取消しを求める訴訟であり、当該審判請求に係る登録商標の内容は以下のとおりです。

商標:ベガス

登録番号:第5334030号

登録日:平成22年7月2日

区分及び指定役務:第41類「セミナーの企画・運営又は開催,運動施設の提供,娯楽施設の提供,映画・演芸・演劇・音楽又は教育研修のための施設の提供,遊戯用器具の貸与」

上記登録商標に対し、原告は、商標法50条1項に基づき、当該登録商標の指定役務中「娯楽施設の提供」に係る商標登録の取消しを求めて、審判を請求しましたが、特許庁は当該審判の請求は成り立たない旨の審決をしております。

本判決による要約に従えば、原審決の要点は、以下のとおりです。

(1) 甲58の折込チラシについて

ア 甲58は,被告の2015年(平成27年)7月22日の発寒店の折込チラシ(以下「本件折込チラシ1」という。)である。本件折込チラシ1の上部には,「ベガス発寒店ファンのお客様へ」という見出しの下,「本日22日(水)/店休させていただきます。」という記載があり,そ の下には,「ベガスベガス発寒店 店長・スタッフ一同」という記載がある。また,本件折込チラシ1の下部には,「ベガスベガス」の文字のほか,「VEGAS/VEGAS」,「発寒店」,その住所及び連絡先の記載がある。

イ 本件折込チラシ1には,その表題として「ベガス発寒店ファンのお客様へ」という記載がされているところ,この表題中の「ベガス発寒店」の文字については,店名を表示する商標として理解されるものというのが相当である。そして,その構成中の「発寒店」の文字が,「発寒にある店舗」程の意味合いを表す部分であることから,単に役務の提供地を表すものと認識されるものであって,自他役務識別標識としての機能を果たし得ないものである。 他方,これを除く「ベガス」の文字部分は,その店名の表示中において,自他役務の識別標識としての機能を果たし得るものというのが相当である。そうすると,「ベガス」の文字部分は,取引者,需要者において商標「ベガス発寒店」の要部として理解されるものである。

また,本件折込チラシ1の表紙には,上記のとおり,「ベガス」が表示され,「本日22日(水)」と記載されている。そして,甲68の「折込チラシ 受注証明書」によれば,株式会社東急エージェンシーが,本件折込チラシ1を制作・印刷し,「2015年(平成27年)7月22日(水)」に,「215,170部」を折込した内容が記載されている。

また,同社は,被告に対し,本件折込チラシ1の「請求書」及び「請求明細書」を発行している(甲69,甲70)。さらに,甲75ないし甲77の「チラシ折込確認書」,「折込配布証明」及び「折込証明書」によれば,上記日付に,北海道新聞,読売新聞及び朝日新聞に本件折込チラシ1が折り込まれて配布されたことが認められる。 これらの日付は,本件要証期間内であるから,被告は,「ベガス」を本件要証期間内に使用したものと認めることができる。

(2) 甲60の折込チラシについて

ア 甲60は,被告の2015年(平成27年)1月5日の苫小牧店の折込チラシ(以下「本件折込チラシ2」という。)である。本件折込チラシ2の上部には,「新台入替」,「パチンコ・スロット6機種/計39台導入!!」という見出しの下,4台のパチンコ台と2台のスロットマシンの写真とともに,「5日(月)あさ10時オープン」という記載がある。また,本件折込チラシ2の下部には,「ベガスベガス」の文字のほか,「VEGAS/VEGAS」,「苫小牧店」,その住所及び連絡先の記載がある。

イ 甲80の「折込チラシ 受注証明書」によれば,株式会社東急エージェンシーが,本件折込チラシ2を制作・印刷し,「2015年(平成27年)1月5日(月)」に,「229,835部」を折込したことが記載されている。また,同社は,被告に対し,本件折込チラシ2の「請求書」及び「請求明細書」を発行している(甲81,甲82)。さらに,甲87ないし甲89の「チラシ折込確認書」, 「折込配布証明」及び「折込証明書」によれば,上記日付に,北海道新聞,読売新聞及び朝日新聞に本件折込チラシ2が折り込まれて配布されたことが認められる。これらの日付は,本件要証期間内であるから,被告は, 「ベガス」を本件要証期間内に使用したものと認めることができる。

(3) 以上によれば,被告は,本件要証期間内である平成27年1月5日(ただし,審決は当該日付を平成27年1月15日であると認定するものの,明らかに同月5日の誤記であると認められる。)及び同年7月22日に「娯楽施設の提供」の範ちゅうに含まれる「パチンコ・スロットマシンの提供」に係るチラシに,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を付して頒布したと推認することができる。そして,上記の使用行為は,商標法2条3項8号にいう「役務に関する広告に標章を付して頒布する行為」に該当するものと認められる。 そうすると,被告は,本件要証期間内に日本国内で本件指定役務について本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用していたことを証明したものと認められる。

出願人は、この審決の取消しを求めて審決取消訴訟を提起しました。

判旨

本判決では、原審決と同様の事実認定を行った上で、折込チラシに記載されている「ベガス」の文字部分について、以下のとおり判示しています。

上記認定事実によれば,本件折込チラシ1には,「ベガス発寒店ファンのお客様へ」と記載されている部分が認められ,この部分には本件文字部分(ベガス)が使用されており,本件文字部分は本件商標と同一のものと認められる。他方,本件折込チラシ1の下部には,登録商標であることを示すⓇの文字を付した「ベガスベガス®」という文字が大きく付されているほか,「VEGAS VEGAS」,「ベガスベガス発寒店」という文字も併せて記載されている。

これらの事実関係によれば,本件折込チラシ1に接した需要者は,同チラシにおいて,パチンコ,スロットマシンなどの娯楽施設の提供という役務に係る出所を示す文字は,同チラシにおいて多用されている「ベガスベガス」又は「VEGAS VEGAS」であって,一箇所だけで用いられた本件文字部分は,店内改装のため一時休業する店舗の名称を一部省略した略称を表示したものにすぎず,本件折込チラシ1に係る上記役務の出所自体を示すものではないと理解するのが自然である。

そして、折込チラシに「ベガス」の文字を付する行為は、登録商標について商標法2条3項にいう「使用」をするものであるとは認められないと判断しております。

また、判決は、以下のように述べて、「ベガス」の文字が「ベガスベガス発寒店」の略称表示又は愛称表示として解釈できるから、折込チラシには登録商標と社会通念上同一と認められる商標が付されていたといえるとの被告の主張を排斥しました。

しかしながら,被告が本件文字部分を「ベガスベガス」又は「VEGAS VEGAS」の略称表示であると認めるとおり,本件折込チラシ1に係る役務の出所を示す表示は,多用された「ベガスベガス」又は「VEGAS VEGAS」の標章であると認めるのが相当であるから,これらと異なる標章である本件文字部分が出所識別機能を果たし得るとは認められない。かえって,「ベガス」という略称表示の使用をもって,本件商標についての使用であると認めることは,実質的には商標としては異なる略称表示に係る信用までを保護することを意味するから,商標法50条1項の不使用取消制度の趣旨に照らしても,相当ではない。のみならず,実質的にみても,前記認定事実によれば,被告が「ベガス発寒店」という文字を使用したチラシは,同文字を一箇所でのみ使用した本件折込チラシ1のほかは一切提出されていないのであるから,そもそも「ベガス発寒店」という文字に係る標章の信用を保護すべき特段の事情もうかがわれず,被告の上記主張は,前記認定を左右するものではない。

判決は、以上の判断に基づき、被告が要証期間内に本件指定役務について本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用したとして、商標法50条に基づき本件商標に係る商標登録を取り消すことができないとした審決の判断には誤りがあると結論付けております。

コメント

不使用取消審判における略称表示の使用について判断した判決は珍しいため、紹介させていただきました。

本判決では、特許庁の審判において、形式的に「ベガス」の文字が使用されている事実をもって、本件商標が使用されていると判断したのに対し、その審決取消訴訟では、実質的に使用されているといえるのは、多用されている「ベガスベガス」又は「VEGAS VEGAS」の文字であり、一箇所だけの略称表示の使用をもって、本件商標が使用されているとは認められないと判断しております。

最近の不使用取消審判の審理は、口頭審理を行って登録商標の使用を確認する等、やや厳格化の傾向にありますが、本判決を踏まえると、今後ますます不使用取消審判の対応には注意が必要になってくるものと思われます。

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(文責・前田)