本稿では、商標権の譲渡その他の処分をする際に適用されるロシア民法の一般的な規定、ロシア知的財産当局における国家登録、商標の処分に関する契約種類を紹介するとともに、商標権譲渡契約及び商標に対する担保契約の留意点を解説します。

ポイント

  • ロシア民法上、商標権の処分の類型として、商標排他権に関する譲渡契約、商標の使用権の付与に関するライセンス契約、商業権利(フランチャイズ)契約、商標に対する担保契約という、4つの契約類型が規定されています。
  • 商標権の処分を検討する際には、どのような契約類型を選択するかという点と、権利者は誰であるかという点の2点が重要になります。前者の契約類型については、日本の典型契約にはないフランチャイズ契約がロシア民法上認められています。
  • ロシアでは、商標権の譲渡契約を行う際には、必ず対価を支払う必要があります。ロシア民法上、営利を目的とした企業間の取引において商標の排他的権利を無償で譲渡することは認められていません。
  • 商標に対する担保契約では、実質的な要件とその他の守るべき要件があり、これらを満たさなければ、契約は無効とみなされます。

関連法

・ロシア連邦民法典(Гражданский кодекс Российской Федерации)

商標移転の契約に関する概要

一般的に、ロシアにおいて商標権の処分に関する契約をする際には、重要な2点を念頭に置かなければなりません。第1に、取引内容によって、どのような契約種類を選択するか、そして、第2に、商標を移転する権利は誰にあるか(権利者)という2つです。

第1の点に関しては、ロシア法上、商標権の処分を目的とする契約にどのような種類が存在しているか把握しておくことが必要です。適切な契約書類を選択することによって、取引目的を達成したり、契約の実質的な要件を設定したり、契約の形式および法的効果を把握できるようになります。ロシア法は、下記のように、商標権の排他的権利の処分を分類しています。

商標権処分に係る契約の種類 商標排他権に関する譲渡契約(договор об отчуждении исключительного права на товарный знак)(ロシア民法第1488条)
商標の使用権の付与に関するライセンス契約(лицензионный договор о предоставлении права использования товарного знака)(ロシア民法第1489条)
商業権利(フランチャイズ)契約(договор коммерческой концессии)(ロシア民法第1027条)
商標に対する担保契約(договор залога на товарный знак)(ロシア民法第1490条)

次に、誰がその契約を締結する権限を有しているかを確認することが重要です。ここで注意すべきなのは、排他的権利の処分は、処分権者の許諾があった場合にのみ法的効力が生じることです。契約類型によって、処分権者が異なる場合もあります。例えば、商標に対する排他的権利の譲渡の合意や商標に対する担保契約は、国家登録簿に記載されている権利者のみが有効に締結できます。次のロシア知的財産局のウェブサイトから権利者に関する情報や現在までのすべての移転経緯等が確認できるようになっています(ロシア語のみ)。

商標の処分を受ける側は、法人または個人事業主でなければなりません(ロシア民法1478条)。しかし、商標に対する担保契約の場合は、個人も担保権者になることが可能です。

商標の排他的権利に関する譲渡契約(Договор об отчуждении исключительного права на товарный знак)

商標権の譲渡契約は、ロシア民法上正式には商標の排他的権利の譲渡契約と呼ばれます(ここでは「商標権譲渡契約」といいます)。商標権譲渡契約とは、「商標に係る排他的権利の譲渡契約に基づいて、一方当事者(権利者)が商標登録により識別する対象である商品の全部若しくは一部に対応する商標についての排他的権利の全部を他方当事者すなわち排他権の譲受人に移転し又は移転する義務を負う契約」をいいます(ロシア民法1488条)。ここで注意すべきなのは、このような取引を行う際に、対価を支払う必要があることです。すなわち、営利を目的とした企業間の取引において排他的権利を無償で譲渡することは法律上認められておらず、万が一、権利者または第三者が提起し、訴訟になった場合は、裁判所によって無効と認定されるリスクがあります(ロシア民法1234条3.1項)。また、税務上のリスクを防止するために、対価を定めるのが望ましいです。

さらに、商標権譲渡契約が効力を生じるためには、当該契約に「実質的な要件」(существенные условия)に関する合意がなされていなければなりません。実質的な要件としては、契約の対象(目的)、法律その他の法令において定められた当該契約の重要条件または必要条件として指定されている条件、及び、契約当事者自身が実質的とする条件が定められています。商標譲渡契約における具体的に実質的な要件やその他の条件は下記のとおりとなります。

(1)契約の対象(предмет договора)

商標の国家登録番号などが詳細に書かれていることです。また、権利を「譲渡」する場合は、権利の一部を譲渡することができず、権利を完全に譲渡することになります。そのため、ロシアでは、契約書の対象部分(日本では契約書の前文に該当します)に当該商標権が「完全」に譲渡されるという条件の記載が必要です。

(2)契約価格(цена договора)

権利者に対して支払う対価に関する事項です。商標権譲渡契約には、対価の支払いを規定することが必要です。その額や支払形式(一括払い・分割払いなど)は当事者の合意に委ねられます。契約対価の金額またはその金額の決定方法について規定がなければ、当該契約が不成立とみなされます(ロシア民法1234条3項)。

(3)契約の形式(форма договора)

書面によって行う必要があります。その他の形式での契約は無効です。

(4)譲渡する商品・サービス区分を明記すること

実務上は、登録された商品・サービス区分の一部のみを譲渡することもあります。

商標に対する担保契約(договор залога на товарный знак)

商標に対する担保契約は、正確には「商標の排他的権利に対する担保契約」といいます。以前のロシア法では、物理的な物のみに担保を設定することができましたが、法律改正により、商標権や他の知的財産にも担保を設定できるようになりました。

商標権に対する担保契約とは、債権者(担保権者)が債務者(担保設定者)の債務不履行に際し、他の債権者に優先して担保商標の売却価額から弁済を受けることのできる権利を設定する契約をいいます。商標権の担保設定者には、債務者だけでなく、第三者もなることができます。

第1490条 商標に係る排他権の処分に係る契約の方式並びに,商標に係る排他権の移転,商標に係る排他権の質権及び商標を使用する権利の付与の国家登録

  1. 商標に係る排他権を譲渡する契約,ライセンス許諾契約及び商標に係る排他権の処分に係るその他の契約は,書面により行われるものとする。書面契約要件を遵守しない契約は無効とする。
  2. 商標に係る排他権の譲渡及び質権,契約の規定に基づくその使用に係る権利の付与並びに商標に係る排他権の契約によらない移転は,何れも,本法第1232条に従った国家登録を受けるものとする。

商標権に対する担保契約では、実質的な要件やその他の要件があり、これを満たさなければ、契約は無効とみなされます。

(1)契約の対象

商標登録証明に書かれる詳細情報を契約書に記載することです。

(2)担保付債務の記載

契約書に債務について具体的に記載することです。

(3)担保設定額

担保の設定額を記載することです。なお、機密性の関係で商標価格について別途の合意書に書くことも可能ですが、その場合、本契約では、担保設定額を別契約に合意する旨を記載するのが望ましいです。

商標権の処分契約の国家登録について(государственная регистрация)

契約内容や種類を問わず、商標権の処分に関するあらゆる契約の法的効力を発生させるには、必ず国家登録をする必要があります。国家登録を怠った場合は、当該契約が不成立するとみなされます(ロシア民法1232条6項)。なお、2014年10月1日までは、国家による契約書の精査を受ける必要がありました。しかし、民法の大幅な改正により、上記の日をもって、契約書自体の精査を受ける必要がなく、商標権が処分される事実(商標権譲渡、ライセンスまたは商標担保)について申請するだけになりました。

現行法のもとでは、契約書全体の登録を行わなくても、契約種類、権利帰属や商標の登録証明番号などが記載された登録申請書を提出するだけで足ります。登録申請に関する書式やその記入例などについては、以下の知的財産当局のウェブサイトが参考になります(ロシア語のみ)。

終わりに

今回は、商標権の処分に関する契約類型の中で、商標の排他的権利の譲渡契約と商標権に対する担保契約について、特に重要な注意点について触れました。次回は、ロシアにおける商標のライセンス契約について説明していきたいと思います。

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(文責・アザマト・シャキロフ)