大阪高等裁判所第8民事部(山田洋三裁判長)は、令和4年5月13日、メーカーが製品に付した商品名と別の商品名を卸売業者が付して当該製品を販売した事案において、当該メーカーが付した商品名が商標登録前である場合の不法行為の成立と、商標登録後である場合の商標権侵害の成立を、共に否定する判決を言い渡しました。

本判決は結論において第一審判決(「原判決」)を維持したものであり、判示された内容によれば、製造業者が自ら付した商品名を流通過程で変更されることを防ぐためには予め商品名の変更を禁止する旨の合意等が必要である点も、原判決と変わりません。

また本判決は、商標権者が付した登録商標を卸業業者等が流通過程で剥離抹消する行為はそれ自体で商標権侵害を構成しないと述べており、この点でも注目されます。

商標権の法理と取引基本契約等の契約実務、商標の取扱いに関する取引実務が交錯する論点として実務の参考になりますので、ご紹介します。

ポイント

骨子

  • 卸売業者あるいは小売業者としては、当初の商品名により販売すべき旨の合意や製造者が譲渡する際に付した条件、あるいは商品の性質上当然そのようにすべき特段の事情や公的規制のない限り、当初の商品名のまま販売することでその顧客吸引力等を生かすこともできれば、より需要者に訴えることのできる商品名に変更したり、あるいはより商品の内容を適切に説明し得る商品名に変更して販売することも許される。
  • 製造者が販売を終えた商品について、以後の者が別の商品名により販売したとしても、直ちに製造者の利益が損なわれることにはならないし、ブランドとしての統一を図る等の必要があれば、販売に際しその旨の合意を得れば足りることであるから、そのような合意等のない場合に、卸売業者や小売業者が、常に当初の商品名によらなければならないと解すべき理由はない。
  • 控訴人が本件商品を被控訴人らに譲渡した際に、合意や指示等、以後も控訴人標章を商品名として販売すべき特段の事情が存したにも関わらず、被控訴人らが被控訴人ら標章による販売を行って、これにより控訴人に損害を生じさせたと認められる場合には、不法行為が成立すると解する余地がある。
  • 商標権者が指定商品に付した登録商標を、商標権者から譲渡を受けた卸売業者等が流通過程で剥離抹消し、さらには異なる自己の標章を付して流通させる行為は、登録商標の付された商品に接した取引者や需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれを生ぜしめるものではなく、上記行為を抑止することは商標法の予定する保護の態様とは異なるといわざるを得ない。したがって、上記のような登録商標の剥離抹消行為等が、それ自体で商標権侵害を構成するとは認められないというべきである。

判決概要

裁判所 大阪高等裁判所第8民事部
判決言渡日 令和4年5月13日
事件番号 令和3年(ネ)第2608号
原判決 大阪地判令和3年11月9日・令和2年(ワ)第3646号
控訴人
(一審原告)
P1
被控訴人
(一審被告)
フジホーム株式会社(以下「被控訴人1」)
サンリビング株式会社(以下「被控訴人2」)
裁判官 裁判長裁判官 山田洋三
裁判官 池町知佐子
裁判官 渡部佳寿子

解説

商標の抹消と商標権侵害

商標権者は、商標登録にかかる指定商品や指定役務について商標を使用する権利を専有します。

(商標権の効力)
第二十五条 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。(略)

ここにいう「使用」の代表例は、商品又は商品の包装に商標を「付する行為」です(商標法2条3項1号)。

他方、商標を抹消する行為については、商標権の効力や侵害とみなす行為に関する商標法25条、37条の規定を見ても、商品等に付された登録商標を剥奪・剥離・抹消したり変更したりする行為は、商標権の侵害とは定められていません。

商標の使用についての商標法2条3項には、「付する行為」以外にも定義がありますが、この規定を見ても、やはり商品等に付された登録商標を剥奪・剥離・抹消したり変更したりする行為を商標の使用ないし商標権の侵害とする定めは見当たりません。

商品等に付された登録商標を剥奪したり抹消したりする行為の違法性については、平成6年のいわゆる「マグアンプK」事件大阪地裁判決がありますが、同事件は小分け品に登録商標類似の商標を付したものであり、本件とは事案に相違があります。

以上については原判決を取り上げた別稿において、「商標権の侵害とは」「商標の使用とは」「商標の剥奪・抹消行為の違法性」にとして解説していますので、ご参照ください。

事案の概要

本件は、控訴人(個人)が車輪付き杖(以下「本件商品」といいます。)の製造元として、本件商品を「ローラーステッカー」の商品名により販売していたところ、本件商品を控訴人から仕入れた被控訴人らが、「ハンドレールステッキ」の商品名を付して本件商品の卸売り又は小売りを行ったという事案です。

被控訴人1は、控訴人と取引基本契約を締結した平成27年2月以降、控訴人から納入された本件商品を以下の態様で販売しました。

  • 梱包箱の控訴人の屋号が記載された箇所の上に、「ハンドレールステッキ」の文字と「発売元」として被控訴人1の名称が印字されたシールを貼り付けた。
  • 控訴人が商品本体と同梱した「ローラーステッカー使用説明書」を、「ハンドレールステッキ取扱説明書」に差し替えた。
  • 商品の本体には、控訴人が付した「Roller Sticker」の文字がそのまま残っていた。

被控訴人2は、遅くとも平成29年以降、上記被控訴人1がシール貼付等を行った本件商品を仕入れ、訴外会社Aに販売しました。

控訴人は、平成31年2月21日、指定商品を第18類「つえ」として、控訴人標章「ローラーステッカー(標準文字)」 について商標登録の出願を行い、令和元年12月6日に商標の登録(以下「本件商標」といいます。)がなされ、令和2年1月7日にこれに係る公報が発行されました。

また控訴人は、令和元年8月以降、被控訴人1に対する本件商品の出荷を停止しました。これを受けて被控訴人1は、本件商品の在庫を被控訴人2に卸売し、また、在庫の残余を自社のオンラインショップにおいてアウトレット品として廉価で販売しました。

被控訴人2は、被控訴人1からの仕入れが困難になったため、控訴人から直接本件商品の納入を受けるようになり、本件商品の梱包箱の外側に「ハンドレールステッキ」を商品名として印字したシールを貼り付けてこれを訴外会社Aに納品しました。

控訴人は大阪地裁に提訴し後記「控訴人の請求」記載のような請求をしましたが、請求棄却の判決がなされたため、大阪高裁に控訴しました。

控訴人の請求

控訴人は、被控訴人1に取引の停止を通告し被控訴人2に対し直接の販売を開始した令和元年8月以降以降の被控訴人らの販売行為を問題とし、本件商標の登録に係る公報が発行された令和2年1月7日を境として、前半期間と後半期間に区分して立論しました。

1.前半期間について

前半期間については、被控訴人らの共同不法行為に基づく損害賠償を請求しました。

その主張は、控訴人が本件商品に「ハンドレールステッキ」の標章を付して販売等することを許容しない旨を明確に伝えた後も被控訴人らがこれを継続した行為は、同一の商品に別の標章を付して取引者・需要者に販売等をする行為であって、実質的に控訴人の標章を剥離する行為と同視することができ、未登録である控訴人標章に化体する信用の出所表示機能を毀損する不法行為であるというものでした。

2.後半期間について

後半期間については、被控訴人らの行為は本件商標に係る商標権を侵害するとして、「ハンドレールステッキ」の標章の使用の差止め及び損害賠償を請求しました。

その主張は、被控訴人らの行為は控訴人が本件商品に付した本件商標を剥離するのと同等の行為であり、登録商標の出所表示機能を毀損することで、本件商標に係る商標権を共同で侵害したというものでした。

さらに控訴人は、控訴審において以下のような主張を補充しました。

  • 商品が卸売業者等に第一譲渡された後も、商標の出所表示機能及び品質保証機能は、当該商品が市場を流通する過程においてなお発揮されるべきものである。
  • そのような商標の性質に鑑みれば、ある商品に適正に商標が付された場合、業務上その商品の同一性が維持されて流通されている限りにおいて、当該商標がそのままその商品に使用され(付され)続けることは、商標法が当然に予定している法的に保護される権利・利益である。
  • 流通過程において、卸売業者等が、商標権者が付した商標を剥離抹消して自身の標章を新たに付す行為については、商標の出所表示機能や品質保証機能を害するものとして、商標権侵害が成立する。
  • 商標法37条は、商標権者以外の者による登録商標と同一又は類似の商標使用という典型的に商標権侵害が成立する場合を説明したにすぎず、商標権侵害をこのような場合に限定すべきではない。
原判決の判断

原判決は、前半期間における不法行為の成立を否定し、後半期間における商標権侵害の成立も否定しました。

前半期間における不法行為の成否については、当初の商品名により販売すべき旨の合意や条件、特段の事情や公的規制のない限り、商品名の変更をすることは許されるとの判断を示しました。
そのうえで、本件の事実関係の下で、当事者間においてそうした合意や条件が成立したとは認められない、との判断をしました。

後半期間における商標権侵害の成否については、控訴人標章を付した本件商品を控訴人が被控訴人らに譲渡した際に控訴人標章と同一又は類似の商標を使用する競業者が存在しなかったことをもってその商標権は役割を終えたと見ることができる等の理由により、被控訴人らが本件商品を「ローラーステッカー」以外の商品名で販売することができるかは、商標権の問題ではないと判断しました。

判旨

商標登録前の期間における共同不法行為の成立について

本判決は以下のように述べ、当初の商品名により販売すべき旨の合意や条件、特段の事情や公的規制のない限り、商品名の変更をすることは許されるとの判断を示しました。この判断はその理由付けを一部原判決から変更していますが、それ以外の部分は原判決を引用しており、結論においても原判決と同じです。

商品に商品名を付して販売する場合,一般には出所の識別や顧客の吸引を期待してなされるのであり,複数の製造者が類似する商品を製造販売する場合に,類似する商品名が使用されれば商品の出所の混同を招くおそれがあることから,不正競争防止法や商標法は,同一又は類似の標章の使用を規制することで商品の本来の主体の利益を守ろうとしたものと解される。しかしながら、前半期間においては、控訴人標章は商標登録がされていないから、およそ商標法の問題とはなり得ず、また、控訴人から、前半期間における被控訴人らの行為が不正競争防止法の規律に抵触するとの主張もされていない。そうすると、卸売業者又は小売業者が製造者から商品名を付した商品の譲渡を受けた場合卸売業者あるいは小売業者としては,当初の商品名により販売すべき旨の合意や製造者が譲渡する際に付した条件,あるいは商品の性質上当然そのようにすべき特段の事情や公的規制のない限り,当初の商品名のまま販売することでその顧客吸引力等を生かすこともできれば,より需要者に訴えることのできる商品名に変更したり,あるいはより商品の内容を適切に説明し得る商品名に変更して販売することも許されると解される。

続いて本判決は、原判決が以下のように述べて控訴人の主張を排斥した点や、合意や指示等があった場合のみ不法行為が成立しうると述べた点につき、原判決を引用しこれと同じ判断をしました。

控訴人は,製造者が一定の商品名を付して流通に置いた商品について,その後の段階の者が商品名を変えることができないのは当然である旨を主張するが,製造者が販売を終えた商品について,以後の者が別の商品名により販売したとしても,直ちに製造者の利益が損なわれることにはならないし,ブランドとしての統一を図る等の必要があれば,販売に際しその旨の合意を得れば足りることであるから,そのような合意等のない場合に,卸売業者や小売業者が,常に当初の商品名によらなければならないと解すべき理由はない。
また,本件事案において,被控訴人らが本件商品を被控訴人ら標章により販売することにより,控訴人標章により販売されている本件商品よりも優れたものであることを表示したとすれば,需要者をして品質を誤認させる表示をしたということができるかもしれないが,本件はそのような事案ではなく,控訴人は,商品名を控訴人標章から被控訴人ら標章に変更したことをもって,控訴人標章を剥離する不法行為にあたるというものであるから,控訴人の主張は採用できないといわざるを得ない。

控訴人が本件商品を被控訴人らに譲渡した際に,合意や指示等,以後も控訴人標章を商品名として販売すべき特段の事情が存したにも関わらず,被控訴人らが被控訴人ら標章による販売を行って,これにより控訴人に損害を生じさせたと認められる場合には,不法行為が成立すると解する余地がある

以上の判断を踏まえ、本判決は原判決と同様、本件の事実関係の下で、不法行為の成立を否定しました。

商標登録後の期間における商標権侵害の成立について

後半期間の商標権侵害については、本判決は原判決と異なる判示をしています。

本判決は以下のように述べ、商標権者から譲渡を受けた卸売業者等が流通過程で剥離抹消する行為は、登録商標の付された商品に接した取引者や需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれを生ぜしめるものではなく、それ自体で商標権侵害を構成しないと判断しました。

商標法の目的は、信用化体の対象となる商標が登録された場合に、その登録商標を使用できる権利を商標権者に排他的に与え、商品又は役務の出所の誤認ないし混同を抑止することにあり、商標権侵害は、指定商品又は指定役務の同一類似の範囲内で、商標権者以外の者が、登録商標と同一又は類似の商標を使用する場合に成立することが基本である(商標法25条、37条)。すなわち、商標法は、登録商標の付された商品又は役務の出所が当該商標権者であると特定できる関係を確立することによって当該商標の保護を図っているということができる。
商標権者が指定商品に付した登録商標を、商標権者から譲渡を受けた卸売業者等が流通過程で剥離抹消し、さらには異なる自己の標章を付して流通させる行為は、登録商標の付された商品に接した取引者や需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれを生ぜしめるものではなく、上記行為を抑止することは商標法の予定する保護の態様とは異なるといわざるを得ない。したがって、上記のような登録商標の剥離抹消行為等が、それ自体で商標権侵害を構成するとは認められないというべきである。

そのうえで本判決は、被控訴人らの行為は、控訴人標章の剥離抹消行為と評価し得る行為には当たらないとも判断しました。

その理由は、

  • 控訴人標章の剥離抹消行為として問題となり得る行為は、被控訴人1が本件商品を仕入れた際に梱包箱に同梱されていた控訴人説明書を被控訴人説明書に差し替えた行為のみである
  • 控訴人説明書は、本件商品の梱包箱の中に、本件商品に貼付等されずに単に同梱されていたものにすぎないから、本件商品に標章を付した(商標法2条3項1号)とはいえず、控訴人説明書が取引書類(同項8号)に当たると認めるに足りる事情も窺われない

というものでした。

さらに本判決は、控訴人が商品本体に付した「Roller Sticker」の標章と被控訴人らが梱包箱に付した「ハンドレールステッキ」の標章とが併存している点についても、適法に本件商品を仕入れた被控訴人らが再販売業者としての出所を明らかにするため本件商品に併存して自らの標章を付すことが一般的に禁止される理由もない、と述べました。

コメント

本判決は、流通過程における登録商標の剥離抹消が商標権侵害を構成しないとの判断を正面から示しました。その論拠は、かかる剥離抹消行為、さらには異なる自己の標章を付して流通させる行為は、登録商標の付された商品に接した取引者や需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれを生ぜしめるものではないというものであり、明快です。

これに対し原判決は、商品名や商標による出所の識別、自他識別、顧客吸引等は製造業者から卸売業者又は小売業者への譲渡がなされた段階でその目的を終え役割を果たすということを論拠として述べていたようですが、これらの部分は本判決では引用されておらず、本判決は採用しなかったとみられます。

他方、原判決が示した、メーカーは商品名を変更しない旨の合意をしておかなければ卸売業者や小売業者が商品名を変更して販売することに対して異議を述べられないという点は、本判決でも維持されています。

そのため、本件のように商品には何ら変更を加えず、品質誤認も生じさせない場合、本判決によれば不法行為も商標権侵害も成立せず、あらかじめ商品名の変更を禁じる合意をしておかない限り打つ手がないことになります。

原判決の解説でも述べたように、本判決を踏まえた実務的な対処法としては、取引基本契約で予め商品名を変更しない旨の規定を設けるか、取引基本契約が締結済みである場合は覚書等の別書面又は個別契約の締結によって商品名変更不可の合意を行う、という手段が考えられます。

少なくとも重要な商品の商品名や、本件のように自社製品としての販売を希望していた事業者への販売については、このような取引基本契約等による対処をしておくのが安全であるといえるでしょう。

 

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・神田)