知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、本年9月21日、明確性要件の充足が争われた特許無効審判の審決取消訴訟において、請求不成立とした原審決を取り消しました。

問題となった請求項の記載は、その多くが、製造装置によって製造される物(無洗米)の特性と生産方法からなっており、判決は、明細書の記載や技術常識を考慮しても、発明たる物を特定することができないとして、明確性を欠くものと判断しました。

ポイント

骨子

  • 明確性要件の趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため、そのような不都合な結果を防止することにある。
  • 特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 平成29年9月21日
事件番号 平成28年(行ケ)第10236号 審決取消請求事件
原審決 特許庁平成27年11月10日無効2014-800039号
特許番号 特許第5306571号
発明の名称 旨み成分と栄養成分を保持した精白米または無洗米の製造装置
裁判官 裁判長裁判官 森   義 之
裁判官    永 田 早 苗
裁判官    森 岡 礼 子

解説

明確性要件とは

明確性要件とは、発明が明確であることを求める特許請求の範囲の記載要件のひとつで、特許法36条6項2号に以下のように規定されています。

第三十六条 (略)
6 (略)特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 (略)
二 特許を受けようとする発明が明確であること

特許法は、かつて、特許請求の範囲について、「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあること」という要件を置いていましたが、クレームの記載の自由化のため、平成6年改正法によりこの規定が廃止され、明確性要件が新たな記載要件として導入されました。

審査基準は、明確性要件違反となる記載類型として、以下の5つを挙げています。

  1. 請求項の記載自体が不明確である結果、発明が不明確となる場合
  2. 発明特定事項に技術的な不備がある結果、発明が不明確となる場合
  3. 請求項に係る発明の属するカテゴリーが不明確であるため、又はいずれのカテゴリーともいえないため、発明が不明確となる場合
  4. 発明特定事項が選択肢で表現されており、その選択肢同士が類似の性質又は機能を有しないため、発明が不明確となる場合
  5. 範囲を曖昧にし得る表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

明確性要件が求められる理由

特許権は、第三者が特許発明を実施することを禁止する権利であり、侵害に対しては、民事上及び刑事上の責任が課されます。そのため、現在の特許法は、特許請求の範囲の記載は、特許権が及ぶ外縁を画するためのものである、という周辺限定説(peripheral claiming system)という考え方を採用し、以下の特許法70条1項がその考え方を示しています。

第七十条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

特許請求の範囲の記載が権利の外縁を示すものであるためには、第三者において、請求項の記載から発明が明確に把握できなければなりません。

明確性要件は、こうした特許請求の範囲の記載の機能を担保するために設けられています。

明確性要件と開示要件

記載要件については、各要件の関係が議論になりますが、明確性要件と、実施可能要件やサポート要件といったいわゆる開示要件との関係について判断を示した判決として、知財高判平成22年8月31日(伸縮性トップシートを有する吸収性物品事件)があります。

同判決は、まず、明確性要件の趣旨について以下のように述べ、第三者に不測の不利益を及ぼさないことが制度目的であることを示しました。

法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。

次いで、同判決は、以下のとおり述べ、特許請求の範囲の記載が明確であるといえるために、「発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されない」との判断を示しました。

(略)法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関して,「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが,同号の趣旨は,それに尽きるのであって,その他,発明に係る機能,特性,解決課題又は作用効果等の記載等を要件としているわけではない。
(略)
このような特許法の趣旨等を総合すると,法36条6項2号を解釈するに当たって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないというべきである。
仮に,法36条6項2号を解釈するに当たり,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要件とするように解釈するとするならば,法36条4項への適合性の要件を法36条6項2号への適合性の要件として,重複的に要求することになり,同一の事項が複数の特許要件の不適合理由とされることになり,公平を欠いた不当な結果を招来することになる。

この判決は、飯村敏明裁判長(当時の知財高裁第3部)による判決で、同裁判長が形式説に基づいて実施可能要件とサポート要件を明確に切り分けた知財高判平成22年1月28日(フリバンセリン事件)と同じく、各要件間の論理的関係を明確にすることを重視したものと考えられます。

フリバンセリン事件と伸縮性トップシートを有する吸収性物品事件の両判決を併せ読むと、当時の知財高裁第3部の考え方は、発明の技術的意味の開示は実施可能要件の役割で、サポート要件は、開示された以上の技術のクレームを禁じるため、明細書と特許請求の範囲の記載との対応関係を形式的に維持するものであり、また、明確性要件は、第三者に不測の不利益を及ぼすことのないよう、権利範囲を文言上明確にすることを求めるもので、後2者には実質的な技術開示の機能は求められない、というものであったと推察されます。

このような理解は論理的に明快ですが、実施可能要件とサポート要件との関係について、特許庁の審査基準やその後の知財高裁の判決は、サポート要件の判断に際しても一定程度実質的な記載を求める傾向にあると考えられ、フリバンセリン事件判決の考え方と比較して、要件間の重なりが大きくなっているものと思われます(こちら もご参照ください。)。

本件の背景

本訴訟は、特許第5306571号(「旨み成分と栄養成分を保持した精白米または無洗米の製造装置」)について請求された特許無効審判(無効2015-800174号)について特許庁が不成立審決をしたのに対し、審判請求人が提起した審決取消訴訟です。

少し長いですが、この特許の請求項1を引用すると、以下のようなものでした(なお、「記載事項A」ないし「記載事項J」は、判決の認定に沿って書き加えたもので、もとのクレームにはありません。)。

外から順に,表皮(1),果皮(2),種皮(3),糊粉細胞層(4)と,澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され,該表層部の内側は,前記糊粉細胞層(4)に接して,一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と,該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の,純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において(記載事項A),

前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で,搗精により糊粉細胞層(4)までを除去し,該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して,該一層の,マルトオリゴ糖に生化学変化させる酵素や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ,前記精白米には,全米粒の内,『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り,残された基底部である胚盤(9)』,または『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』が残った米粒の合計数が,全体の50%以上を占めるように搗精され,前記搗精により亜糊粉細胞層(5)を表面に露出させた白米を,該亜糊粉細胞層(5)が表面に現れた時の白度37前後に仕上げ(記載事項B),

更に糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で白米の表面に付着する『肌ヌカ』を,無洗米機により分離除去する無洗米処理を行うことを特徴とする(記載事項C)

旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置であって(記載事項D),

全精白行程の終末寄りから少なくとも3分の2以上の行程に摩擦式精米機を用い(記載事項E),

前記摩擦式精米機の精白除糠網筒の内面をほぼ滑面状となし(記載事項F),

且つ精白ロールの回転数を毎分900回以上の高速回転とすること(記載事項G),

及び,無洗米機を備えたことを特徴とする(記載事項H)

旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置(記載事項I)。

また、請求項2は以下のようなものでした(「記載事項」を記入している点は請求項1と同様です。)。

外から順に,表皮(1),果皮(2),種皮(3),糊粉細胞層(4)と,澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され,該表層部の内側は,前記糊粉細胞層(4)に接して,一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と,該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の,純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において(記載事項A),

前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で,搗精により糊粉細胞層(4)までを除去し,該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して,該一層の,マルトオリゴ糖に生化学変化させる酵素や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ,前記精白米には,全米粒の内,『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り,残された基底部である胚盤(9)』,または『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』が残った米粒の合計数が,全体の50%以上を占めるように搗精され,前記搗精により亜糊粉細胞層(5)を表面に露出させた白米を,該亜糊粉細胞層(5)が表面に現れた時の白度37前後に仕上げ(記載事項B),

更に糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で白米の表面に付着する『肌ヌカ』を,無洗米機により分離除去する無洗米処理を行うことを特徴とする(記載事項C)

旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置であって(記載事項D),

全精白行程を,一本の精白ロールで済ます1回通過式の単機型の1回通過式精米機を用い,前記精白ロールには,円筒状の胴体(31)の外面に縦走する2本の突条(32,32’)が,始点(34)と終点(35)の中ほどの,アールを有する曲点(33)にて,167度前後の角度で回転方向に対して逆への字状に曲がり,かつ突条(32,32’)の始点(34)と終点(35)を結ぶ線が,該精白ロールの軸線方向と平行になっている均圧型の精白ロールとすること(記載事項J),

及び,無洗米機を備えたことを特徴とする(記載事項H)

旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置(記載事項I)。

いずれの発明も、「無洗米の製造装置」であるところ、請求項の記載の大半は、精米後の無洗米の特性や、製造方法の記載となっており、装置自体の構成の記載は限られているため、明確性を欠くのではないかが争われました。

判決の要旨

判決は、まず、明確性要件の趣旨について、以下のとおり述べました。

(明確性要件)の趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な結果を防止することにある。

また、明確性要件を充足するか否かの判断の手法については、以下のとおり判示しています。

特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

これらの考え方は、上述の伸縮性トップシートを有する吸収性物品事件判決にと軌を一にするものといえます。

このような考え方を示したうえで、判決は、クレームの記載事項について、明細書の記載や図面も考慮しながらひとつひとつ検討し、無洗米製造装置の構造が明確になっているかを検討しました。

記載事項ごとの認定は、概要以下のとおりで、太字部分が、装置の構成を特定したと認定された部分です。

記載事項A 玄米粒の説明で、無洗米の製造装置の構造又は特性に直接関連するものではない
記載事項B 精米の方法と得られる無洗米の性状を示したもので、無洗米の製造装置の構造又は特性を直接特定する記載ではない
記載事項C 本件発明の無洗米の製造装置が無洗米機をその構成の一部としていることを表しているが、それ以上に、上記無洗米の製造装置の構造又は特定を直接特定する記載ではない
記載事項D 「無洗米の製造装置」との部分は発明のカテゴリーを示すものであるが、その余の記載は無洗米の特性を示したもので、前記無洗米の製造装置の構造又は特性を直接特定する記載ではない
記載事項E 無洗米の製造装置の構成につき、摩擦式精米機が全精白工程の少なくとも3分の2以上の工程を占めるように構成されたとの特定をしている
記載事項F 「精白除糠網筒の内面」が「ほぼ滑面状」である「精白除糠網筒」をその構成に含むことを、精白除糠網筒の内面の状態を示すことにより特定したものと解される
記載事項G 毎分900回転以上で運転する装置と特定していると解することができる
記載事項H 無洗米の製造装置の構成に公知の無洗米機が含まれることを特定している
記載事項I 記載事項Dに同じ
記載事項J 装置の一部である「単機型の1回通過式精米機」に含まれる「精白ロール」の構造が記載されている

判決は、上記検討の結果に加え、明細書の記載によれば従来技術によって記載事項Bに記載された性状の無洗米を製造することは容易でないことも考慮し、明細書の記載や技術常識から上記各特許発明の対象となる物を特定することはできず、明確性要件を欠くと判断しました。

コメント

クレームに生産方法の記載がある場合における明確性要件が問題になった例としては、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)に関するプラバスタチンナトリウム事件最判(最判平成27年6月5日)が想起されます。

同判決は、PBPクレームの権利範囲についていわゆる物同一性説を採用するとともに、以下のように述べてPBPクレームが明確性要件を充足する場合を極めて限定的に解し、実務に少なからぬ影響を与えました。

物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。

本件は、物の生産に供する装置の発明について明確性要件が問題となったものであり、PBPクレームの議論がそのまま当てはまるわけではありません(なお、原告は、審判段階においては、PBPクレームであるとの主張をしていたようです。)。

また、プラバスタチンナトリウム最判の射程は、その後の下級審判決においても、特許庁の審査の運用においても、制限的に解されており、上記判旨が文字通り適用されているわけではありません(この点については、こちら もご参照ください。)。

しかしながら、一般に、生産方法によって物の発明を特定するに際しては、その記載によって対象たる物が十分に特定されるかという観点から留意が必要です。本判決は、明確性要件の考え方を整理し、また、そのあてはめを具体的に示したものとして、実務の参考になるものと思われます。

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(文責・飯島)