知的財産高等裁判所第4部は、本年2月2日、サポート要件の判断手法や、実施可能要件とサポート要件の関係に触れた判決をしました。判決から少し時間が経ちましたが、平成22年のフリバンセリン事件判決にみられるサポート要件と実施可能要件の関係とは異なる判断を示したものとして興味深いため紹介します。

ポイント

骨子

  • 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
  • 本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するか否かは,当業者が,同記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があるか否かの問題である。
  • 他方,サポート要件は,特許請求の範囲の記載要件であり,本件特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足するか否かは,本件特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された説明であり,同記載及び出願時の技術常識により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得るか否かの問題であり,実施可能要件とは異なる。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 平成29年2月2日
事件番号 平成27年(行ケ)第10249号 審決取消請求事件
平成28年(行ケ)第10017号 審決取消請求事件
平成28年(行ケ)第10070号 審決取消請求事件
裁判官 裁判長裁判官 髙 部 眞規子
裁判官    古 河 謙 一
裁判官    鈴 木 わかな
原審決 特許庁平成27年11月10日無効2014-800039号
特許番号 特許第5102928号
発明の名称 新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法

解説

特許要件と記載要件

特許法29条は、産業上利用可能な発明をすると、その発明に新規性と進歩性が認められる限り特許を受けることができることを定めています。ここに規定された特許を受けるための要件を、特許要件といいます。

もっとも、実際に特許を受けるためには、特許要件を満たした発明をしただけでは足りず、特許庁に対し、必要事項を適式に記載した願書と、その添付書類である明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を提出しなければなりません。

これらの書類に記載すべきことは特許法36条及び特許法施行規則によって詳細に定められており、この記載ルールを、記載要件といいます。

本判決で問題となった実施可能要件とサポート要件は、いずれも記載要件の一部で、これらが充足されていない特許は無効となります。

実施可能要件とは

実施可能要件とは、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が発明を実施できる程度にその内容を記載することを求める要件で、特許法36条4項1号に以下のように規定されています。

(略)発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一  経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。

この条文の主語が「発明の詳細な説明の記載は」とあるように、実施可能要件は、発明の詳細な説明の書き方について定めたものですが、発明の詳細な説明は、以下の特許法36条3項により、明細書の記載事項とされています(3号)。

(略)明細書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一  発明の名称
二  図面の簡単な説明
三  発明の詳細な説明

したがって、実施可能要件は、明細書の記載要件の1つといえます。

実施可能要件が求められる理由

実施可能要件は、単なる書き方の問題ではなく、特許制度の根幹と結びついています。

特許制度は、有用な発明を新たに世の中に公開し、当業者なら誰もが利用できるようにすることの代償として、一定期間技術に対する独占権を付与する制度です。

逆にいえば、当業者が利用できる程度に技術を十分に公開しないのであれば、独占権を享受させることはできません。

そこで、当業者が実施できる程度に技術内容を開示することを定めたのが、実施可能要件なのです。

サポート要件とは

サポート要件とは、請求項に記載された発明が、明細書の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならないという要件で、特許法36条6項1号に以下のように規定されています。

(略)特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一  特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。

この条文の主語は「特許請求の範囲の記載は」となっていますので、サポート要件は、特許請求の範囲、つまり、クレームの書き方について定めたものといえます。

サポート要件は、伝統的には、請求項に記載されている事項が、形式的にでも発明の詳細な説明の中に記載ないし示唆されていれば充足されると考えられていました。極論すれば、クレームの文言がそのまま発明の詳細な説明の中に引き映されていれば足りると考えられていたのです。

平成6年特許法改正と記載要件

昭和62年特許法改正による改善多項制の導入後、特許請求の範囲の記載要件として、現在の36条6項1号(サポート要件)のほか、「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあること」が要求されていましたが、平成6年改正法によってこの規定が削除されるとともに以下の同条5項などが規定され、記載の自由度が格段に上がりました。

特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。この場合において、一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。

他方、クレームの記載の自由が認められたことによって、明細書に開示された発明よりも広い発明がクレームされるようになったため、特許庁は、審査基準を改定し、クレームと発明の詳細な説明の表現の形式に対応していることに加え、出願時の技術常識に基づいて詳細な説明からクレームの内容を拡張ないし一般化できない場合にもサポート要件を欠くものとしました。つまり、サポート要件においても、技術内容を審査することとしたのです。

現行の審査基準第II部第2章第2節2.1は、クレームと明細書の対比の方法について、以下のように述べています。

(特許請求の範囲に記載された発明と発明の詳細な説明に記載された発明の)対応関係についての検討は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであるか否かを調べることによりなされる。

また、同2.2では、サポート要件を欠く場合として、以下の類型が挙げられています。

(1) 請求項に記載されている事項が、発明の詳細な説明中に記載も示唆もされていない場合
(2) 請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明瞭となる場合
(3) 出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合
(4) 請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合

偏光フィルムの製造法事件知財高裁大合議判決

サポート要件の考え方を示した著名な判決として、知財高判平成17年11月11日「偏光フィルムの製造法」事件があります。知財高裁各部の部長からなる知財高裁特別部による大合議判決のひとつです。

この判決は、サポート要件が問題となりやすい、パラメータと数式で特定された発明(いわゆるパラメータ発明)に関するもので、裁判所は、「本件明細書の発明の詳細な説明におけるこのような記載だけでは,本件出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載しているとはいえ」ないことを理由に、サポート要件違反があったものと判断しています。

上記判旨は、単にクレームの記載と発明の詳細な説明の記載が形式的に対応しているだけでは足りず、「当該数式が示す範囲内であれば所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示」することを求めている点で、改定後の審査基準と共通の考え方に立つものと考えられます。

実施可能要件とサポート要件の関係

上述のとおり、実施可能要件は、明細書において当業者が発明を実施できる程度の説明を記載することを求めるものであるのに対し、サポート要件は、特許請求の範囲に記載された発明が明細書で説明されていることを求めるものである点で異なっています。

しかし、サポート要件を充足するために、明細書において、「所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示」することが必要となると、その内実は明細書の記載要件に近くなり、また、記載すべき内容面での要求も、実施可能要件にかなり近づいてきます。

そのため、両者の関係、特にサポート要件の性質については、(a)サポート要件は、特許請求の範囲の記載要件として、明細書の記載との形式的対応関係があれば足りるとする形式説と、(b)サポート要件と実施可能要件とは、いずれも特許権という独占権の付与にふさわしい開示の要件を特許請求の範囲と明細書のそれぞれの観点から定めたもので、両者は表裏一体の関係に立つ、とする表裏一体説とが唱えられるようになりました。

フリバンセリン事件知財高裁判決

そのような中、知財高判平成22年1月28日(フリバンセリン事件)は、実施可能要件とサポート要件の関係について両者の機能を明確に区別する考えを示していました。

判決はまず以下のように述べて、両者が「峻別」されていることを明示します。

法36条は,特許出願をする際に提出する願書に記載すべき事項について要件を定めているが,このうち,願書に添付する明細書の「発明の詳細な説明」に係る記載に関しては法36条4項1号が,願書に添付する「特許請求の範囲」に係る記載に関しては同条6項1号等が,それぞれ記載すべき要件を峻別して規定している。

その上で、判決は、まず、実施可能要件の趣旨について、以下のとおり、発明の公開と独占権の代償関係に根付いた要件として、発明の技術的意義や、発明を実施するための事項の開示を求めるものと位置付けました。

法36条4項1号は,「発明の詳細な説明」の記載については,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」(特許法施行規則24条の2)により「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである」ことを,その要件として定めている。同規定の趣旨は,特許制度は,発明を公開した者に対して,技術を公開した代償として一定の期間の独占権を付与する制度であるが,仮に,特許を受けようとする者が,第三者に対して,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を開示することなく,また,発明を実施するための明確でかつ十分な事項を開示することなく,独占権の付与を受けることになるのであれば,有用な技術的思想の創作である発明を公開した代償として独占権が与えられるという特許制度の目的を失わせることになりかねず,そのような趣旨から,特許明細書の「発明の詳細な説明」に,上記事項を記載するよう求めたものである。

また、判決は、サポート要件について、以下のとおり、同じく代償関係に根ざした開示要件と位置付けつつ、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した『特許請求の範囲の記載』に基づいて定めなければならないと規定されていること(法68条,70条1項)を実効ならしめるために設けられた規定と位置付けました。つまり、特許権という権利が、明細書によって裏付けられていることを求めるものと考えたものといえます。

これに対して,法36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載について,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要件としている。同号は,特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した「特許請求の範囲の記載」に基づいて定めなければならないと規定されていること(法68条,70条1項)を実効ならしめるために設けられた規定である。仮に,「特許請求の範囲」の記載が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲を超えるような場合に,そのような広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになれば,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱するため,そのような特許請求の範囲の記載を許容しないものとした。

判決は、上記のような実施可能要件とサポート要件の共通性や相違点を踏まえつつ、以下のとおり、両者の区別の必要性について述べます。

「発明の詳細な説明」の記載に関しては,法36条4項1号が,独立して「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の・・・技術上の意義を理解するために必要な事項」及び「(発明の)実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載した」との要件を定めているので,同項所定の要件への適合性を欠く場合は,そのこと自体で,その出願は拒絶理由を有し,又は,独立の無効理由(特許法123条1項4号)となる筋合いである。そうであるところ,法36条6項1号の規定の解釈に当たり,「発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除する」という同号の趣旨から離れて,法36条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは,同一事項を二重に判断することになりかねない。仮に,発明の詳細な説明の記載が法36条4項1号所定の要件を欠く場合に,常に同条6項1号の要件を欠くという関係に立つような解釈を許容するとしたならば,同条4項1号の規定を,同条6項1号のほかに別個独立の特許要件として設けた存在意義が失われることになる。

したがって,法36条6項1号の規定の解釈に当たっては,特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明の記載の範囲と対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足り,例えば,特許請求の範囲が特異な形式で記載されているため,法36条6項1号の判断の前提として,「発明の詳細な説明」を上記のような手法により解釈しない限り,特許制度の趣旨に著しく反するなど特段の事情のある場合はさておき,そのような事情がない限りは,同条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは許されないというべきである。

その上で、判決は、サポート要件については、いわゆる形式説に近い考え方を採用しました。

法36条6項1号は,前記のとおり,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比して,「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。そうすると,「発明の詳細な説明」の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである。

以上のように、実施可能要件とサポート要件の関係、特に、サポート要件の理解については、見解が分かれていたといえます。

本件の背景事情

本件は、ジェネリック医薬品メーカーが、新薬メーカーの有する「新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法」の特許(特許第5102928号)について特許無効審判を請求したものの、特許庁において不成立審決を受けたため、これを不服として知的財産高等裁判所に出訴した事件です。

具体的な争点としては、進歩性判断の当否のほか、サポート要件違反及び実施可能要件違反についての特許庁の判断の正当性が争われました。

その中で、原告のうち1社は、サポート要件違反について実質的な論拠を示した上で、実施可能要件については、サポート要件と「同様の理由により」違反が認められるとの主張をしました。

判決の要旨

判決は、サポート要件違反の判断について、以下のとおり判示しました。

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

この考え方は、サポート要件の判断において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を基準とする審査基準の考え方に沿ったものといえます。

他方、判決は、以下のように述べて、サポート要件違反と同一の理由で実施可能要件違反となるとの原告の主張を排斥しました。

本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するか否かは,当業者が,同記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があるか否かの問題である。他方,サポート要件は,特許請求の範囲の記載要件であり,本件特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足するか否かは,本件特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された説明であり,同記載及び出願時の技術常識により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得るか否かの問題であり,実施可能要件とは異なる。よって,丙事件原告の上記主張は,それ自体失当である。

判決は、上記のフリバンセリン事件判決と同様、実施可能要件とサポート要件とは区別されるべきであるとの理解に立ちつつも、サポート要件の内容として、「サポート要件を充足するか否かは,本件特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された説明であり,同記載及び出願時の技術常識により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得るか否かの問題」であるとし、当業者によって課題解決の可能性を認識できるか、という実質的要件と位置付けている点で、フリバンセリン事件判決とは一線を画しているといえます。

コメント

サポート要件と実施可能要件の関係、特に、サポート要件の性質については考え方が分かれていたところ、特許法改正にも影響され、実質的な開示要件に位置付ける考え方が主流になりつつあるものと思われます。

他方、サポート要件に実質的な判断を持ち込むと、実施可能要件との境界は曖昧になり、また多分に重なり合うこととなります。また、過度に厳しい要件を課すことになりかねないとの批判もあるところです。

フリバンセリン事件は、サポート要件について形式説を採用することにより、両者の相違を截然と示したものでしたが、サポート要件を実質的要件と考える場合には、実施可能要件とサポート要件とは具体的にどのような適用局面において相違を生むのか、また、そもそもその相違を厳格に突き詰めることに意味があるのか、さらに、本質的には何のために2つの要件が並立しているのか、という議論が残されるものと思われます。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・飯島)