本年(平成28年)3月25日、知的財産高等裁判所特別部において、特許権の均等侵害に関する判決がありました(マキサカルシトール事件)。数々の論点の中でも、均等第5要件について以下の判断を示したことが注目に値します。

ポイント

  • 特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。
  • 出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所特別部
判決言渡日 平成28年3月25日
事件番号 平成27年(ネ)第10014号
発明 ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法(特許番号:第3310301号)
原審 東京地方裁判所平成25年(ワ)第4040号(東京地判平成26年12月24日)

実務ポイント

今後、出願時に本願発明から容易想到であった発明について均等侵害が成立するかどうかを検討するに際しては、出願経過だけでなく、論文その他の資料から、出願人がその発明を認識していたといえるかを検討することがポイントになりそうです。

 

解説

知的財産高等裁判所特別部とは

知的財産高等裁判所は、東京高等裁判所の知財専門部を前身として、平成17年4月1日に設置されました。現在、4つの通常部と1つの特別部が知的財産関係事件を専門的に取り扱っています。

特別部は、平成16年に東京高裁に設けられた「第6特別部」から移行された部で、通常部の裁判体より2名多い5名の裁判官による大合議によって審理され、特許事件の中でも重要性が高い問題が取り扱われています。

知的財産高等裁判所設立以来現在(平成28年4月)までに合計10件の事件が特別部によって取り扱われており(関連事件は1件とカウント)、今回の事件は、10件目の大合議判決となります。

均等論とは

特許権の侵害は、原則として、特許請求の範囲(クレーム)の記載に従って判断されます。クレームは、言語で書かれていますので、侵害者の製品や方法が、その文言にあてはまるかどうか、という観点で判断されます。

しかし、クレームに記載された事項には、その発明の核となる本質的部分もあれば、そうでない部分もあります。文言の対比だけで特許権侵害を判断していると、発明の重要な部分は模倣していながら、本質的でない部分を少し変えることによって、特許権侵害が成立しなくなってしまう場合もあります。

このような事態を回避するためには、十分に時間をかけて出願の準備をし、クレームや明細書の記載を作り込む必要がありますが、特許は、同じ発明について、最初に出願した人だけが権利を得られる早い者勝ち(先願主義)なので、時間をかけるにも限度があります。そのため、杓子定規に文言通りの解釈をしていると、不公平が生じる場合が出てきてしまいます。

かといって、本質的な要素を模倣しているから、というだけで常に特許権侵害が成立するとなると、特許権が及ぶ範囲をクレームとして記載し、世の中に公示している意味が失われてしまいかねません。ライバルは、自社の製品がクレームから外れていれば侵害にはならない、と考えて開発投資などをするのですから、その信頼も保護する必要があるのです。

そこで、最高裁判所は、クレームの文言と相違する部分があっても、「均等」と評価できる場合には特許権侵害が成立するとした上で、「均等」といえるための判断基準として、以下の5つの要件を示しました(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・平成6年(オ)第1083号「ボールスプライン事件」)。

  1. 被告の製品や方法(被告製品等)と特許のクレームとで相違する部分が特許発明の本質的部分ではないこと
  2. 相違部分を被告製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであること
  3. 置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであること
  4. 被告製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではないこと
  5. 被告製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと

争点と判断の概要

今回の判決(知高平成28年3月25日)では、第5要件の解釈が注目されます。

均等論は、「均等」といえる範囲で、特許権が及ぶ範囲をクレームの文言より広げるものです。これに対し、第5要件は、出願手続における書面の記載などに照らして、被告製品の構成が特許権の範囲から除外されている場合など、「特段の事情」があるときは均等論によって権利を及ぼすことができない、ということを定めたものです。平易にいえば、特許権者が自ら「特許権の範囲から外れている」と言っていたものにまで後日権利を及ぼしてはならない、ということを述べたものです。

今回の事件で問題とされたのは、「誰でも簡単に均等発明を思いついたはずなのに、特許に書かなかった場合には、その発明は権利範囲から除外したことになり、第5要件にいう『特段の事情』があることになるのではないか」ということでした。

さらに平たくいえば、「Aという発明からA’という発明も簡単に思いつくのなら、Aの特許権者はA’も特許に書いておくべきだ。それを書いていなかったのだから、A’は、一見Aと均等であっても特許権は及ばず、他の人(被告)が使っても良い、と解釈になるのではないか。」ということが争われたのです。

「書かれたこと」だけでなく、「書かれなかったということ」から「特段の事情」を判断できるか、という問題といっても良いかもしれません。

この問題について、裁判所は、以下のように述べて、単に均等発明を容易に思いつくことができたというだけでは、「特段の事情」にあたらない、つまり、均等侵害を否定することはできない、と判断しました。

特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。

他方、裁判所は、以下のように述べて、均等発明の存在を認識していながら、クレームに記載していないときは、「特段の事情」があるものとして、均等侵害が否定されると判断しました。
また、認識していたかどうかの判断基準として、明細書などの記載に加えて、論文などの出願手続外の文献に均等発明を記載していたことも考慮し、客観的・外形的な事実に基づいて判断されることも示されています。

出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。

実務への示唆

裁判所は、意識的除外の根拠として、客観的・外形的に出願人に認識があったと認められるかを判断するものとし、その材料として、出願経過で提出された文書だけでなく、論文などの外部資料も考慮するとしています。

仮にこの考え方が維持されるなら、今後、出願時に本願発明から容易想到であった発明について均等侵害が成立するかどうかを検討するに際しては、包袋だけでなく、論文その他の資料も検討し、出願人がその発明を認識していたといえるかを確認することが必要になりそうです。

関連事項

この争点に関連する過去の裁判例としては、知高判平18年9月25日「椅子式エアーマッサージ機事件」があります。

この判決でも、「特許侵害を主張されている対象製品に係る構成が,特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには,特許権者が,出願手続において,当該対象製品に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し,あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど,当該対象製品に係る構成を明確に認識し,これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり,特許出願当時の公知技術等に照らし,当該対象製品に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず,そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは,当該対象製品に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである」との判断が示されていました。

上告審判決について(平成29年3月28日加筆)

本件について、平成29年3月24日、最高裁判所の判決がありました。
詳細は、こちらをご覧ください。

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(文責・飯島)