知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、令和3年6月28日、特許第4520670号(「流体供給装置及び流体供給方法及び記録媒体及びプログラム」)にかかる特許権侵害訴訟において、課題とその解決手段の関係から、明細書に明示的に記載されていない技術的意義を認定し、発明の構成を限定する解釈手法を示しました。加えて、判決は、被告が答弁書において形式的には充足を認めていた構成について、主張の全体の趣旨から自白が成立しておらず、また、控訴審において充足を争うことは時機に後れた攻撃防御方法にあたらないとの判断も示しました。

具体的事案に対する判断を示した判決ではありますが、判断手法は参考になると思われますので、紹介します。

なお、訴訟では、充足論と無効論の双方が争われていたところ、クレーム解釈上両者は関連するため、判決は、双方について判断を示していますが、無効論にかかる判断は、充足論が成立することを前提とした仮定的なものにとどまりますので、本稿では、充足論にかかる判示事項のみを取り上げます。

ポイント

骨子

  • 発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから,発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては,発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し,当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。
  • 「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の「記憶媒体」には当たらない。
  • 自白が成立しているかどうかは,当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものと考えられる。
  • 一審被告は,原審答弁書における構成要件1A等の認否に際し,被告給油装置の電子マネー媒体が本件発明の「記憶媒体」に当たるとの対比を明確に争っていたわけではないが,従前から,被告給油装置が本件発明の技術的思想を具現化したものでないことを主張しており,非侵害論主張⑤は,これを,使用される決済手段の差異(プリペイドカードと非接触式ICカード)という観点から論じたものであるといえるから,一審被告が充足論全体について単純に認めるとの認否をしていない以上,自白を撤回して新たな主張をしているとはいえないし,この主張を時機に後れたものとして扱うのも相当ではない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和3年6月28日
事件番号・事件名 令和2年(ネ)第10044号 特許権侵害損害賠償請求控訴事件
原判決 東京地判令和2年1月30日平成29年(ワ)第29228号
特許番号・発明の名称 特許第4520670号「流体供給装置及び流体供給方法及び記録媒体及びプログラム」
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    上 田 卓 哉
裁判官    都 野 道 紀

解説

特許権の効力とクレーム解釈

特許権の効力

ある発明について特許出願をし、特許査定を経て設定の登録がなされると、特許法66条1項の定めにより特許権が発生し、設定登録を受けた出願人は、特許権者となります。

(特許権の設定の登録)
第六十六条 特許権は、設定の登録により発生する。
(略)

特許権者は、特許発明について、業として実施する権利を専有します。具体的には、特許権者は、特許発明を無断で実施する第三者に対し、その差止や損害賠償等を求めることができます。

(特許権の効力)
第六十八条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(略)

特許発明の技術的範囲と特許請求の範囲の記載

特許権がどのような製品やサービスに及ぶかは、ある製品やサービスが、特許発明の技術的範囲に属しているか、という観点で判断されます。例えば、「分を表す長針と時を表す短針が同軸上で回転する時計」という発明があるとすると、長針と短針が回転する壁掛け時計や腕時計はこの発明の技術的範囲に属しますが、液晶などに数字を表示するデジタル時計や、砂時計、日時計などは、短針も長針もないため、この発明の技術的範囲外にあることになります。

では、特許発明の技術的範囲は、特許に示された多くの情報のうち、何を根拠に決まるかというと、下記の特許法70条1項が規定するとおり、「願書に添付した特許請求の範囲の記載」に基づいて定められることになります。

(特許発明の技術的範囲)
第七十条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

ここにいう「願書」とは、出願人が、特許を受けるための出願する際に、特許庁に提出する書面のことをいい、願書には、下記の特許法36条2項が規定するとおり、特許を求める旨記載した願書の本体に、「明細書」、「特許請求の範囲」、「図面」及び「要約書」が添付されます。

(特許出願)
第三十六条 (略)
 願書には、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付しなければならない。
(略)

つまり、上述の特許法70条1項は、特許発明の技術的範囲を定めるにあたり、願書に添付されるこれらの文書のうち、「特許請求の範囲」の記載に依拠する必要があること、逆にいえば、明細書等他の添付文書から特許発明の技術的範囲を導くことはできないことを定めているといえます。

なお、用語の意味として、特許とは、国が国民に与える特別のお墨付きのことをいい、「特許請求の範囲」とは、出願人が国に求めた特許の範囲を指しています。つまり、特許の仕組みは、出願人が特許請求の範囲に記載した発明の技術的範囲について特許を求め、特許庁がこれに対して特許というお墨付きを与え、その結果、出願人は、特許請求の範囲に記載された発明の技術的範囲において特許権という権利を獲得する、という形になっているわけです。

明細書及び図面の参酌

もっとも、下記の特許法36条6項が定めるとおり、特許請求の範囲に記載される発明は、「明確」(同項2号)であるとともに、「簡潔」(同項3号)であることも求められており、発明の詳細な説明は、明細書に記載されます(同条3項3号、同条6項1号)。

(特許出願)
第三十六条 (略)
 前項の明細書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
(略)
三 発明の詳細な説明
(略)
 第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
 特許を受けようとする発明が明確であること。
 請求項ごとの記載が簡潔であること。
(略)

そのため、特許請求の範囲には、個々の用語の意義が詳細に定義されていないのが通例で、用語によっては、明細書や図面を参照しなければ、その意義を特定できないこともあります。そこで、特許法70条2項は、以下のとおり、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するにあたって、明細書や図面を考慮することを許しています。

(特許発明の技術的範囲)
第七十条 (略)
 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。
(略)

他方で、特許法70条3項は、特許請求の範囲の記載の解釈に際し、要約書を参照することを禁じています。

(特許発明の技術的範囲)
第七十条 (略)
 前二項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならない。

以上から、特許権の効力が及ぶ範囲は原則として特許請求の範囲の記載によって決まり、その用語の意義を解釈するにあたっては、明細書の記載や図面を考慮することができるものの、要約書の記載を参酌することは許されない、という関係が特許法に規定されていることになります。

クレームとクレーム解釈

以上のとおり、特許権の効力の範囲は特許請求の範囲の記載によって定まりますが、特許請求の範囲は、しばしば「クレーム(claim/請求)」と呼ばれ、その解釈は、一般に、「クレーム解釈」と呼ばれます。この意味で、特許法70条は、クレーム解釈の手法を規定したものといえます。

なお、特許法70条は、直接的には、特許発明の技術的範囲について定めたもので、クレーム解釈という語も、狭義には、特許登録後の権利範囲、端的には第三者の被疑侵害品との対比において用いられますが、特許要件の充足性の判断において、先行技術との対比をするに際し、特許請求の範囲に記載された発明の構成を特定すること(発明の要旨認定)を指す場合もあります。

請求項の記載

特許請求の範囲の記載方法については、下記の特許法36条5項が、「請求項」という項目に分けて発明を記載すべきことを定めています。

(特許出願)
第三十六条 (略)
 第二項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。(略)

各請求項には1つの発明を記載することができ、かつ、特許請求の範囲には複数の請求項を記載することができますので、1つの特許に複数の発明を含めることができます。このような制度は「多項制」と呼ばれ、現行特許法のもとでは昭和50年に導入されました。現在の制度は、昭和61年に改正を経たもので、「改善多項制」と呼ばれています。

請求項の記載方法については、下記の特許法施行規則24条の3に定められており、請求項ごとに行を改めて番号を振り、他の請求項を引用する請求項(「従属項」と呼ばれます。)は、引用される請求項(「独立項」と呼ばれます。)を前に記載すべきことなどが規定されています。

(特許請求の範囲の記載)
第二十四条の三 特許法第三十六条第六項第四号の経済産業省令で定めるところによる特許請求の範囲の記載は、次の各号に定めるとおりとする。
 請求項ごとに行を改め、一の番号を付して記載しなければならない。
 請求項に付す番号は、記載する順序により連続番号としなければならない。
 請求項の記載における他の請求項の記載の引用は、その請求項に付した番号によりしなければならない。
 他の請求項の記載を引用して請求項を記載するときは、その請求項は、引用する請求項より前に記載してはならない。

なお、多項制のもとでも、相互に関係のない発明を1つの願書の特許請求の範囲に記載することは許されず、下記の特許法37条により、1つの願書で複数の発明の特許出願をする際には、「発明の単一性」が求められています。

第三十七条 二以上の発明については、経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは、一の願書で特許出願をすることができる。

ここで、どのような場合に発明の単一性が認められるかは、下記の特許法施行規則25条の8に規定されており、先行技術に対する貢献を示す技術的な特徴の共通性によって判断されるものとされています。

(発明の単一性)
第二十五条の八 特許法第三十七条の経済産業省令で定める技術的関係とは、二以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより、これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう。
 前項に規定する特別な技術的特徴とは、発明の先行技術に対する貢献を明示する技術的特徴をいう。
 第一項に規定する技術的関係については、二以上の発明が別個の請求項に記載されているか単一の請求項に択一的な形式によって記載されているかどうかにかかわらず、その有無を判断するものとする。

他方において、下記の特許法36条5項2文に定められているとおり、複数の請求項に同一の発明が記載されることは許容されています。請求項の数は、出願や特許の維持費用に影響しますので、実務的には、意味なく同一発明の請求項を設けることはありませんが、クレーム解釈の結果として複数の請求項に記載された発明に実質的な相違がなく、同一となっていたとしても、それによって特許権の効力に影響を及ぼすことはありません。

(特許出願)
第三十六条 (略)
 (略)この場合において、一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。
(略)

弁論主義と自白の拘束力

弁論主義とは

民事訴訟法の重要な原則の1つに「弁論主義」があります。弁論主義とは、審判の基礎となる主張や立証を当事者の権限ないし責任とする考え方で、これらの権限を判断機関が持つ職権主義(職権探知主義や職権調査主義)と対比されます。

弁論主義の考え方からは、以下の3つのテーゼが導かれます。

  • 当事者が主張しない主要事実は、判決の基礎とすることができない。
  • 当事者間に争いのない主要事実は、これをそのまま判決の基礎としなければならない(自白の拘束力)。
  • 主要事実の認定は、当事者が申し出た証拠によってしなければならない(職権証拠調べの禁止)。

ちなみに、行政審判である特許審判の手続には、上記のテーゼはいずれもあてはまりません。審判官は職権で審理を進めることができるほか(特許法152条)、当事者が申し立てない事項についても、職権で探知した証拠についても審理でき(特許法153条1項及び同法150条1項)、自白の拘束力も否定されています(特許法151条2文)。

自白の拘束力

弁論主義の3つのテーゼのうち、自白の拘束力については、民事訴訟法179条が以下のとおり規定しています。

(証明することを要しない事実)
第百七十九条 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

民事訴訟では、特定の類型の請求に対し、原告と被告のいずれがどのような事実について主張立証すべきかが決まっています。このように主張立証責任が配分された事実については、責任を負う側が主張をし、それを証拠によって証明する必要がありますが、反対当事者がその事実を争わないとき、つまり、その事実について自白をしたときは、上記の民事訴訟法179条に定められているとおり、証明する必要はありません。

自白にかかる事実について、当事者が証明する必要がないということは、裁判所は、その自白に従って判決しなければならない、ということを意味するため、当事者の自白は裁判所を拘束することとなります。自白のこのような効力が、「自白の拘束力」と呼ばれるものです。

民事訴訟手続においては、当事者のそれぞれが主張立証責任を負う事実を主張し、相手方がそれに対する認否反論をする形で争点整理が進められますが、一般に、この認否において「認める」と応答した事実が、争いのない事実、つまり、自白が成立した事実とされます。

なお、いったん自白すると、原則としてその撤回はできず、撤回が認められるのは、判例上、相手の同意がある場合や、脅迫など刑事罰の対象となる行為によって自白に至った場合、そして、自白の内容が真実に反し、かつ、錯誤に基づいている場合に限られています。

適時提出主義と時機に後れた攻撃防御方法

適時提出主義とは

民事訴訟法では、主張や証拠などの攻撃防御方法を、適切な時期に提出しなければならないものとされています。かつては、口頭弁論終結時までに出せば良いという随時提出主義が採用されていましたが、審理遅延を防止するため、平成8年の民事訴訟法の改正により、適時提出主義に移行しました。

時機に後れた攻撃防御方法

攻撃防御方法が適切な時期に提出されなかった場合について、下記の民事訴訟法157条は、一定の要件のもと、却下することができる旨規定しています。

(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)
第百五十七条 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
(略)

具体的には、攻撃防御方法が、①当事者の故意過失により、②時機に後れて提出されたことに加え、③訴訟の完結を遅延させることの3つが要件とされています。

事案の概要

原告は、「流体供給装置及び流体供給方法及び記録媒体及びプログラム」の特許第4520670号(本件特許)の特許権者で、発明は、セルフ式のガソリンスタンドにおいてプリペイドカード等の「記憶媒体」を用いた代金決済を可能にする流体供給装置及びプログラムを内容とするものでした。

被告は、セルフ式ガソリンスタンドの給油装置に組み込み、電子マネーによる決済を可能にする設定器を製造販売していたところ、原告は、被告の設定器は、原告の特許発明にかかる流体供給装置の生産にのみ用いられるものであって、原告の特許権を侵害するとして、東京地方裁判所において、特許権侵害訴訟を提起しました。

東京地方裁判所は、特許権侵害にかかる原告の主張を認めましたが、損害賠償については、原告が28億円余りの支払いを求めていたのに対し、判決は4億5000万円余りの支払いを命じたに留まりました。この判決に対し、双方当事者が控訴したのが本件です。

争点

本件発明

本訴訟では、本件特許の特許請求の範囲に記載された発明のうち、請求項1、2、3及び8の4つについて権利が行使されていました。そのうち、請求項1の発明を分説すると、以下のようなものでした。

(本件発明1)
1A 記憶媒体に記憶された金額データを読み書きする記憶媒体読み書き手段と,
1B 前記流体の供給量を計測する流量計測手段と,
1C1 前記流体の供給開始前に前記記憶媒体読み書き手段により読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取り込むと共に,
1C2 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記記憶媒体に書き込ませる入金データ処理手段と,
1D 該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データに相当する流量を供給可能とする供給許可手段と,
1E 前記流量計測手段により計測された流量値から請求すべき料金を演算する演算手段と,
1F1 前記流量計測手段により計測された流量値に相当する金額を前記演算手段により演算させ,
1F2 当該演算された料金を前記入金データの金額より差し引き,
1F3 残った差額データの金額を前記記憶媒体の金額データに加算し,
1F4 当該加算後の金額データを前記記憶媒体に書き込む料金精算手段
1G を備えたことを特徴とする流体供給装置。

これは、料金の精算をプリペイドカード等(請求項の記載では「記憶媒体」)で行うセルフ型ガソリンスタンドの給油装置(請求項の記載では「流体供給装置」)の発明で、プリペイドカードを差し込むと、給油開始前にまずプリペイドカードからプリペイドカードに入金されている金額以下の金額を引き去り(構成要件1C)、その後給油を経て料金を計算し、先に引き去った額から料金相当額を差し引いた額をプリペイドカードに戻す、という手順で料金の精算を行うところに特徴がありました。

本件特許の明細書によると、プリペイドカードを用いる従来の給油装置では、以下のような課題がありました。

① プリペイドカードがカードリーダライタに挿入されてしまうと、外部からプリペイドカードが見えないため、給油終了後にプリペイドカードを挿入してあるのを忘れてしまい、プリペイドカードを置いたまま給油所から退場してしまうおそれがあった。

② プリペイドカードが給油中の計量機に設けられたカードリーダライタに挿入されている場合、その間に例えば飲み物の自動販売機等にプリペイドカードを挿入して飲み物を購入するなどの他の用途にプリペイドカードを用いることができず不便であった。

③ プリペイドカードの一部がカード挿入口からはみ出した状態で給油開始されるように構成された方式では、給油終了後のカード忘れが防止される反面、給油中にプリペイドカードを引き抜くことができるため、プリペイドカードが盗難にあう可能性があり、運転者が計量機から離れられなかった。

上記発明の給油装置では、先にプリペイドカードから一定額を引き去ることから、給油中に記憶媒体を抜くことができるようになるので、上記①及び②の課題を解決でき、また、給油中に記憶媒体が差し込まれたままでも、その残高はゼロ又は低額となっているため、盗難の被害額が抑えられ、上記③の課題を解決できるものとされていました。

被告製品の構成

これに対し、被告の製品は、セルフ式ガソリンスタンドの料金精算に電子マネー媒体(FeliCaなどの非接触式ICカード)を利用する装置で、給油前に利用者が電子マネー媒体を給油装置にタッチさせて給油量や料金を選択し、再度電子マネー媒体をタッチさせると、その段階で指定された額が引き去られるというものでしたが、利用者が選択した量の給油をせずに給油ノズルを戻し、または、一定時間給油をしない場合には、ディスプレイに差額を返金する旨の表示がなされ、その場合に利用者が電子マネー媒体をタッチすると、返金処理がなされる、というものでした。

被告製品の非接触式ICカードは、FeliCaなどCPUを内蔵したもので、それ自体が小さなコンピュータですので、記憶装置としての機能を有しているものの、給油装置に設けられたカードの読み書きの手段によってカード内の情報が書き換えられることはなく、また、引き去り等の演算処理は、非接触式ICカード自身が行っている点で、プリペイドカードとは異なっていました。

争点

上記事実関係のもと、被告は、非接触式ICカードは構成要件1Cの「記憶媒体」にあたらないとして、充足を争いました。他方、被告は、答弁書において、非接触式ICカードが記憶媒体であることを概括的に認めており、原審判決は、構成要件1Cの充足に争いはないものとし、侵害が成立するとの認定をしていました。

原告は、控訴審において、被告の上記主張は、自白の撤回または時機に後れた攻撃防御方法にあたり許されないと主張するとともに、非接触式ICカードは構成要件1Cの「記憶媒体」に該当する旨主張しました。

判旨

自白の成否及び時機に後れた攻撃防御方法について

判決は、まず、自白の成立の認定について、形式的な認否のみならず、当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきであることを示しました。

自白が成立しているかどうかは,当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものと考えられる

その上で、被告給油装置の処理過程に関する被告の主張は、実質的に構成要件1Cにおける処理とは異なるものであることを主張するものであるとし、自白の成立を否定しました。

一審被告は,原審答弁書において,構成要件1Cの充足を「認める」としたものの,均等主張に対する認否の項や,一審被告の主張の項においては,例えば,⒜本件発明1の構成要件1Cにおいて引き落とす金額は設定器のシステムが設定するのに対して,被告給油装置の構成要件1cにおいて引き落とす金額は顧客が指定する金額である,⒝被告給油装置では構成要件1cにおいて完結する取引が行われる,⒞本件発明1の構成要件1Fにおいては,給油量に応じた代金額を計算して引落し額との差額を返金するのに対して,被告給油装置の構成要件1fにおいては,給油できなかった量を返品することによる売買代金額を計算している,等の主張をしている。これらは,実質的には,被告給油装置において行われている処理は,本件発明1の構成要件1Cにおいて行われている処理とは異なることを主張するものと理解すべきものであるから,原審が,構成要件1Cの充足につき単純に争いがないとして扱ったのは不相当であったといえる。

また、判決は、控訴審における被告の主張は、被告給油装置が本件発明の技術的思想を具現化したものでないとの従前の主張を、使用される決済手段の際という観点から論じたものであって、自白を撤回して新たな主張をしたものでも、時機に後れた主張でもないとしました。

たしかに,一審被告は,原審答弁書における構成要件1A等の認否に際し,被告給油装置の電子マネー媒体が本件発明の「記憶媒体」に当たるとの対比を明確に争っていたわけではないが,従前から,被告給油装置が本件発明の技術的思想を具現化したものでないことを主張しており,非侵害論主張⑤は,これを,使用される決済手段の差異(プリペイドカードと非接触式ICカード)という観点から論じたものであるといえるから,一審被告が充足論全体について単純に認めるとの認否をしていない以上,自白を撤回して新たな主張をしているとはいえないし,この主張を時機に後れたものとして扱うのも相当ではない。

充足論について

次に判決は、本件発明の課題の解決には、より簡便な方法があるにもかかわらず、わざわざプリペイドカードのデータの書き換えの機会を2回にし、1回目にカードの残額をいったん引き去り、給油後に利用額との差額を書き戻す処理手順を採用しているのは、明細書に記載はないものの、利用者が給油後に代金決済をせずに立ち去ることを防止するための「担保」を取ることにあると認定し、本件発明は、このような「先引落し」と「後精算」との組合せを採用したことにあると認定しました。

本件従来技術では,給油操作の開始前にプリペイドカードをR/Wに挿入することとされているが,プリペイドカードとR/Wとの間で給油代金の引落し及び残高の書込みが行われるのは,給油操作の終了後である(以下「後引落し」という。)。そうすると,本件3課題を解決するためには,より簡便な手段として,給油操作の終了後に初めてプリペイドカードをR/Wに挿入すればよいとすることが考えられる。また,給油操作の開始前に,記憶媒体の金額データが示す金額(以下「カード残高」という。)xを認識する目的で,プリペイドカードを給油装置に挿入することが必要であるとしても,それだけの目的であれば,カード残高xを読み取った後にはいったんプリペイドカードを給油装置から抜き,給油終了後に再度挿入するように仕様を変更するだけで,本件3課題は簡便に解決できる。

課題解決のためにこれらの簡便な手段があるにもかかわらず,本件発明においては,給油開始前に金額yを引き落とすという処理(以下「先引落し」という。)を加えている。また,実際の給油金額zは,金額yと異なることが多いから,その場合は給油終了後にその差額を精算する処理(以下「後精算」という。)も必要となる。そのため,プリペイドカードの金額データの書換え等の処理の機会が,1度から2度へ増加することになり,全体プロセスは複雑化する。

このように,全体プロセスの複雑化という結果を生じるにもかかわらず,本件発明が「先引落し」の処理を加える構成をあえて採用したことの理由は,本件明細書には記載されていない。しかし,セルフ式GSでの利用を前提とする限り,その理由は,上記の簡便な手段では,顧客が給油終了後に代金決済をせずに立ち去る可能性を排除できないことにあると推認するのが合理的である(乙4(特開平11-11594号公報。以下「乙4公報」という。)の【0002】【0003】には,現金決済のセルフ式GSについて,「給油代金を支払わずに逃げられてしまう可能性」があるため,「後払い方式」よりも「前払い方式」が好ましい旨の記載がある。)。

すなわち,不特定多数の顧客を対象とするセルフ式GSにおいては,顧客から何らかの「担保」を取らないで給油を許可することは,GS運営者にとって,代金回収不能のリスクを伴う。本件従来技術において,給油操作中はプリペイドカードをR/Wに挿入したままにしておいたのは,このリスクを避けるため,残高相当の価値を化体するプリペイドカードを担保に取っていたといえる。そして,本件発明では,プリペイドカードという物を担保に取ることに代えて,入金データ金額yを担保に取るという新規な構成によって,代金回収不能のリスクを避けつつ,本件3課題を解決したものといえる。

言い換えると,本件従来技術においては,給油開始前にプリペイドカードを預かること(以下「媒体預かり」という。)と給油終了後に代金を引き落とすこと(以下「後引落し」という。)との組合せによって,代金回収不能のリスクを避けつつセルフ式GSの運営を可能にしていた。これに対し,本件発明は,代金回収不能のリスクを避けつつセルフ式GSの運営を可能にするだけでなく,本件3課題を解決するために,「先引落し」と「後精算」との組合せを採用したものといえる。

続いて判決は、本件特許の明細書には、構成要件1Cの「記憶媒体」の具体例として、プリペイドカード以外に「ICメモリが内蔵された電子マネーカード」も記載されているとしつつも、本件発明の技術的意義に照らし、「先引落し」と「後精算」との組合せを採用していない媒体は「記憶媒体」にはあたらないとし、被告給油装置で用いられている非接触式ICカードは「記憶媒体」にあたらないとしました。

本件明細書において,本件発明の「記憶媒体」の具体的態様としては,磁気プリペイドカード(【0033】)のほか,「金額データを記憶するためのICメモリが内蔵された電子マネーカード」(【0070】)や「カード以外の形態のもの,例えば,ディスク状のものやテープ状のものや板状のもの」(【0071】)も開示されている。このように,本件発明の「記憶媒体」は必ずしも磁気プリペイドカードには限定されない。

しかしながら,本件発明の技術的意義が上記1のとおりであることに照らして,「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の「記憶媒体」には当たらない。

かかる見地にたって検討するに,被告給油装置で用いられる電子マネー媒体は非接触式ICカードであるから,その性質上,これを用いた決済等に当たっては,顧客がこれを必要に応じて瞬間的にR/Wにかざすことがあるだけで,基本的には常に顧客によって保持されることが予定されているといえる。そのため,電子マネー媒体に対応したセルフ式GSの給油装置を開発するに当たって,物としての電子マネー媒体を給油装置が「預かる」構成は想定し難く,電子マネー媒体に対応する給油装置を開発しようとする当業者が本件従来技術を採用することは,それが「媒体預かり」を必須の構成とする以上,不可能である。

そうすると,被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は,本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく,したがって,本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから,本件発明にいう「記憶媒体」には当たらないというべきである。むしろ,電子マネー媒体を用いる被告給油装置は,現金決済を行う給油装置において,顧客が所持金の中から一定額の現金を窓口の係員に手渡すか又は給油装置の現金受入口に投入し,その金額の範囲内で給油を行い,残額(釣銭)があればそれを受け取る,という決済手順(これは乙4公報の【0002】に従来技術として紹介されており,周知技術であったといえる。)をベースにした上,これに電子マネー媒体の特質に応じた変更を加えた決済手順としたものにすぎず,本件発明の技術的思想とは無関係に成立した技術であるというべきである。一審被告の非侵害論主張⑤は,このことを,被告給油装置の電子マネー媒体は本件発明の「記憶媒体」に含まれないという形で論じるものと解され,理由がある。

結論として、判決は、原告の請求を棄却しました。

なお、判決は、被告が主張した無効論につき、仮に非接触式ICカードが「記憶媒体」に該当するのであれば、本件発明は進歩性を欠く、との判断を示すとともに、当該無効論に関する主張は、原審における侵害論の心証開示後に主張されたものではあるものの、具体的な事案において、時機に後れた攻撃防御方法にはあたらないとの判断を示しています。

コメント

本文で解説したとおり、特許法は、特許請求の範囲に記載された用語の解釈際し、明細書の記載を考慮するものとしています。本判決は、単純に明細書に記載された用語の意味を引用し、クレーム解釈をしたのではなく、課題と解決手段の関係から、明細書に明確には記載されていない発明の技術的意義を認定し、構成要件の解釈において文言を限定的に解釈する根拠とした点で、参考になるものと思われます。

自白の成否については、答弁段階で構成要件の充足の認否をより慎重にすべきであったとの考え方もあり得るところとは思われますが、特許権侵害訴訟では、当事者間の主張の応酬の中で、特許発明と被疑侵害品の技術的な相違がどの構成要件の解釈の問題なのかが段階的に明らかになっていくこともままあるところです。特に本件で問題となった「記憶媒体」といった用語は、それ自体に一般的な意味がある一方で、クレーム解釈によってその範囲が限定されることもあるため、注意を要するところといえるでしょう。本件では、実質的な相違については、当初より被告が主張していたところのようである一方、認否の時点において、その技術的思想の相違がどの構成に影響するのかが絞り込まれておらず、抽象的な反論にとどまったため、判断が分かれたのかも知れません。実務に従事する立場からは、やむを得ない面もあったかもしれないと思う一方、慎重な対応が求められる点であると感じます。

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(文責・飯島)