本連載では、「DX時代の法務・知財」と題し、新しいタイプのITビジネスに関連する契約類型について解説するとともに、そのようなビジネスを保護するための権利の取得・活用の考え方についても解説します。
今回は、SaaS等のソフトウェアのプロダクトを販売するにあたり、外部事業者を使って拡販するための販売代理店契約などの名称の契約について解説します。
連載記事一覧
Vol.1 DX時代に求められる法務・知財の視点
Vol.2 開発段階における契約①――プラットフォーム事業者との契約
Vol.3 デジタルプラットフォーム取引透明化法
Vol.4 開発段階における契約②――外部への開発委託契約
Vol.5 社内開発と知的財産権の確保を巡る留意点
Vol.6 事業化段階における契約①――利用規約(総論)
Vol.7 外部への開発委託と下請法
Vol.8 事業化段階における契約➁
――利用規約(責任制限条項・契約内容の一方的変更・SaaS利用規約)
Vol.9 事業化段階における契約③――プライバシーポリシー
Vol.10 事業化段階における契約④――販売代理店契約
ポイント
検討のポイント
- ソフトウェアに関する販売代理店契約には、実務上、販売店契約、代理店契約、ビジネスパートナー契約、業務委託契約等の様々な名称が使用されています。
- 商品の提供形態としては、ソフトウェアのライセンスをしている場合と、SaaS型のクラウドサービスを利用させている場合とがありえます。
- ベンダ・販売代理店・エンドユーザの3者間の契約関係は、直接許諾型と間接許諾型に大別することができます。
- 販売代理店契約の作成にあたっては、販売代理店に独占権を与えるか、販売代理店が競合品を取り扱うことを禁止するか、再委託や二次代理店使用を認めるか、ベンダから販売代理店への対価をどう定めるか、エンドユーザから支払われる対価の取扱い、エンドユーザからの問い合わせ等への対応などを定めておくことがポイントです。
解説
販売代理店契約とは
SaaS等のソフトウェアのプロダクトを販売するにあたり、プロダクトの製造元あるいは販売元が他の事業者を起用して販売活動を行わせることがあります。このための契約が販売代理店契約と呼ばれます。名称はこれに限らず、販売店契約、代理店契約、ビジネスパートナー契約、業務委託契約などがありえます。
販売店契約と代理店契約とは、主に物の売買取引を念頭に、法的性質が異なると説明されるのが一般的です。
すなわち、販売店契約においては、メーカーが販売店に商品を売却し、販売店が自ら在庫リスクと売掛金回収リスクを引き受けて、顧客に対して商品を売却する形態と説明されます。メーカー・販売店間と、販売店・顧客間とで、2つの売買契約が成立します。販売店は商品の転売差益を取得します。
これに対して代理店契約においては、顧客との売買契約はメーカーとの間で成立し、代理店は在庫リスクと売掛金回収リスクを負わない形態と説明されます。代理店は販売成約金額に応じた手数料をメーカーから取得することが多いようです。
法的には以上のような区別がなされますが、ビジネスの現場では厳密な用語の使い分けがなされていないことも少なくありません。ソフトウェアのプロダクトの販売について、物の売買取引と同じ理解が当てはまるとも限りません。
このため、「販売店」「代理店」といった呼称のみからその法的性質を判断することはできず、契約の内容から、契約当事者それぞれの責任を判断する必要があります。
本稿では、名称や取引実態は様々であることを踏まえたうえで、便宜上、「販売代理店契約」「販売代理店」との呼称を使用します。
販売代理店を起用する理由
IT企業やSaaS企業が販売代理店を起用する理由の一つは、自社の販売のためのリソースやノウハウが不足しているため、他社のリソースを活用して販売を拡大することです。特に、スタートアップ企業などの場合で、いまだ販売に割けるリソースが小さく販路も少ないときに、販売代理店を起用するケースが見られます。
また、会社規模が小さい場合に限らず、自社にとってノウハウの少ない分野に参入する場合にも、ノウハウのある他社を起用することがあります。
メーカー企業等が既存の自社製品にSaaSやWebアプリ、モバイルアプリを組み合わせて販売する場合は、既存の自社製品の販売チャネル・販売方法に準じることが多く、SaaSやWebアプリ、モバイルアプリを組み合わせたことをきっかけとして新たに販売代理店を起用するとは限りませんが、これもケースバイケースでしょう。
事業者向け(to B)のプロダクトと消費者向け(to C)のプロダクトとの比較でいえば、事業者向けプロダクトのほうが比較的販売代理店を起用するケースが多いように思われます。
ソフトウェアライセンスとSaaS型クラウドサービス
本稿冒頭では「ソフトウェアのプロダクトを販売する」と慣用的な表現を用いましたが、これをもう少し分析してみたいと思います。
ソフトウェアの機能をエンドユーザに使用させる場合、現状、大きく2つの形態があります。1つはソフトウェアのライセンスであり、もう1つはSaaS型クラウドサービスによる提供です。
ソフトウェアライセンス
ソフトウェアのライセンスは伝統的に行われてきた形態です。利用者がソフトウェアの機能を利用する過程でソフトウェアの複製が生じる場合、複製は著作権で保護される著作物利用行為の一つであるため、エンドユーザにそれを許諾(ライセンス)する契約が締結されることになります。
従来はCD等のメディアの売買にソフトウェアライセンスが付随する形態が取られていました。これに対し、最近ではインターネットからソフトウェアをダウンロードする形態が増えており、モバイルアプリによるソフトウェアの提供もこの一類型です。
SaaS型クラウドサービス
インターネットを経由してソフトウェアの機能を使用させるサービスを、本稿ではSaaS型クラウドサービスと呼びます。SaaSはSoftware as a Serviceの略称です。
インターネットを通じて提供するソフトウェアライセンスとの大きな違いは、SaaS型クラウドサービスの場合、利用者はWebブラウザ等を経由してクラウドサービス事業者が管理するサーバにあるソフトウェアの機能を使用するのであって、その過程ではソフトウェアをダウンロードしてエンドユーザの端末にインストールすることがないという点です。言い換えれば、ソフトウェアの複製や改変を行う余地がないので、複製や改変をライセンスする必要がないという点です。
ベンダ・販売代理店・エンドユーザの契約上の関係(SaaS型クラウドサービスとソフトウェアライセンスの場合)
販売代理店を介して販売を行う場合、ベンダ・販売代理店・エンドユーザという3者が存在します。この3者の間のどこにどのような契約が存在しているかを分析すると、2つの形態に大別されます。その違いのポイントは、ベンダとエンドユーザの間に直接の契約関係が存在するかどうかです。本稿では、ベンダとエンドユーザの間に直接の契約関係が存在する形態を直接許諾型といい、これが存在しない形態を間接許諾型といいます。
直接許諾型
直接許諾型では、ベンダとエンドユーザの間に、クラウドサービス利用契約(SaaS型クラウドサービスの場合)ないしソフトウェアライセンス契約(ソフトウェアライセンスの場合)が存在しています。
エンドユーザから見ると、エンドユーザは販売代理店との接触・交渉によってプロダクトを購入しているものの、ソフトウェアの利用に関してはベンダとの間の契約書や利用規約を締結・同意していることになります。なお、販売代理店とエンドユーザとの間では、理論上は特段の契約がなくてもよさそうですが、実務的には販売に関して契約を締結することがあります。
そして、ベンダと販売代理店の間には、販売代理店契約が存在します。
直接許諾型は、イメージとしては前述の説明における代理店契約に近いです。
間接許諾型
間接許諾型では、販売代理店とエンドユーザの間に、クラウドサービス利用契約(SaaS型クラウドサービスの場合)ないしソフトウェアサブライセンス契約(ソフトウェアライセンスの場合)が存在しています。
エンドユーザから見ると、エンドユーザは販売代理店との接触・交渉によってプロダクトを購入し、販売代理店との間で契約を締結している形になります。
この場合、販売代理店は、ソフトウェアライセンスであれば、ベンダからソフトウェアのライセンスを受け、エンドユーザにサブライセンスをしている形になります。SaaS型クラウドサービスであれば、販売代理店は当該サービスを第三者に利用させる権利をベンダから与えられ、その権利に基づいてエンドユーザとの間で当該サービスを利用させる契約を締結しているのだといえるでしょう。
そうしたベンダと販売代理店の間の関係は、販売代理店契約によって定められます。
間接許諾型は、イメージとしては前述の説明における販売店契約に近いです。
なお、SaaSプロダクトやWebアプリ、モバイルアプリ(を使ったサービス)が対象商品である場合、純粋な理念型としての間接許諾型による販売代理店契約は比較的少なく、直接許諾型によることが多いかもしれません。
販売代理店契約における検討のポイント
販売代理店の任命
ベンダが販売代理店を任命する定めは、販売代理店契約における基本的な条項となります。
この条項において(又はこの条項に関連させて)、直接許諾型であるのか間接許諾型であるのかが理解できるような定めを置くとよいでしょう。
例えば、間接許諾型であれば、販売代理店はエンドユーザへサブライセンスする権利を持つ旨を規定することなどが考えられます。
他方、直接許諾型であれば、ベンダとエンドユーザとの間に契約が成立するものである旨を定めることなどが考えられます。この際、どのような手続によってベンダとエンドユーザとの間に契約が成立するのかについても定めておくとよいでしょう。例えば、エンドユーザからベンダ所定の申込書を取得し、これをベンダが販売代理店から受領した時、あるいは受領時から一定日数ベンダが異議を述べなかった時にベンダとエンドユーザとの間に契約が成立する、といったことです。
販売代理店の独占権とベンダによる直接販売
販売代理店の任命にあたっては、独占的な販売代理店であるのか、非独占的な販売代理店であるのかを明らかにすることも忘れてはいけません。
独占的な販売代理店とする場合、同じプロダクトについてベンダが他の販売代理店を起用しないことを意味します。独占権を与える期間や地域を限定することも選択肢です。
販売代理店の側からすれば、独占的な販売代理店となることを望むでしょう。コストをかけて行った販売促進活動の果実を他の販売代理店に奪われたくはないからです。
他方、ベンダからすれば、非独占的な販売代理店とすることを望むでしょう。独占性を与えてしまうと、その販売代理店がうまく成果をあげない場合、プロダクトの販売全体が滞るからです。
特に独占的な販売代理店とする場合は、一定の目標を設定してそれを達成しないときや、販売意思・能力の欠如やベンダとの信頼関係の破壊が認められるときには、独占性を見直したり販売代理店契約を解約したりすることができるような規定を設けることも検討に値します。
なお、仮に販売代理店に独占権を与えるとしても、ベンダ自身が直接エンドユーザへ販売することができる余地を残すのかどうかも取り決めておくべきでしょう。ベンダの立場からすれば、直接販売権を残しておくことが望ましいと思われます。
競合品の取扱い
特に販売代理店に独占権を与える場合には、ベンダとしては競合するプロダクトを販売代理店が取り扱うことを制限したいと考えるでしょう。ターゲット顧客が同じであるような競合する商品を販売代理店が取り扱っていては、自社の商品の販売に販売代理店がどこまで尽力してくれるか分からず、他方で独占権を与えているため他の販売代理店に頼ることもできないためです。
販売代理店契約における競合品取扱いの禁止は、少なくとも独占的な販売代理店契約であって、競合品取扱いの禁止が当該販売代理店契約の期間中に限られ、既に代理店が取り扱っている競争品の取扱いを制限するものでない場合は、独占禁止法上の不公正な取引方法(排他条件付取引)として問題になることも通常はないと考えられます[1]。
販売代理店の再委託の可否
販売代理店がその契約上の業務を第三者に再委託することが可能かどうかを定めておくことも重要です。二次販売代理店、二次販売パートナーなどと呼ばれていることもあります。
販売代理店のリソースやノウハウ、販売能力を見込んで販売代理店契約を締結するのであれば、ベンダにとって未知の第三者に自由に再委託されては契約を締結した意味が薄れますので、第三者委託は禁止するか、ベンダの承諾を要件としたいところです。
他方、一定の規模の販売代理店は、地域別に複数の他の事業者を利用して販路を拡大することが得意な場合があります。このような場合に、第三者への再委託を認めることはベンダにもメリットがあります。この点については、ベンダからの管理が効きにくくなるというデメリットとの比較や、個別具体的なプロダクトや販売代理店の性質等も踏まえて決定するのがよいでしょう。
ベンダから販売代理店への対価の支払い
ベンダから販売代理店への対価の支払いは、直接許諾型であれば、エンドユーザから得られる対価の何%といった手数料の形で定められることが多いと思われます。
他方、間接許諾型の場合、販売代理店は、ベンダへ支払うソフトウェアライセンス料又はSaaS型クラウドサービス利用料金と、エンドユーザから支払いを受けるソフトウェアサブライセンス料又はSaaS型クラウドサービスの利用料金の差額を利益として獲得することが典型です。
エンドユーザからの対価の受領
直接許諾型の場合は、エンドユーザから支払われる対価を販売代理店がベンダの代理として受領するのか、それともベンダが直接受領するのかについても定めておく必要があります。実務では、直接許諾型であっても、販売代理店がエンドユーザから受領することが比較的多いかと思われます。
直接許諾型においてエンドユーザから支払われる対価を販売代理店が受領する場合、販売代理店は、受領した金額から自社の取り分を差し引いた残額をベンダに支払うという規定が設けられることがあります。ここでエンドユーザからの受領を要件とする規定をしておけば、エンドユーザからの代金回収リスクはある意味でベンダが負うことになります。
他方、販売代理店がエンドユーザから対価を受領することにしつつ、実際にその受領があったか否かを問わず、エンドユーザとの間で成約した場合には販売代理店がベンダへ所定の金額を支払うという取決めもありえます。この場合、エンドユーザからの代金回収リスクを販売代理店が負っていることになります。
エンドユーザの選定を行ったのが販売代理店であることや、販売代理店がエンドユーザとの接点を持つ者として代金支払いを得るために第一次的に尽力するべき立場にもあることを考慮すれば、後者の規定のほうにも合理性があるように思われます。
エンドユーザからの問い合わせ等への対応
エンドユーザからの問い合わせやクレーム対応の処理についても、販売代理店契約で取り決めておくことが望ましいと考えられます。
間接許諾型であれば、販売代理店がこれに対応することが基本となるでしょう。
直接許諾型であっても、エンドユーザからの問い合わせやクレームには販売代理店が少なくとも第一次的な対応する旨を定めることが多いかと思われます。
製品の変更
SaaS型クラウドサービス、Webアプリ、モバイルアプリはいずれも、リリース後も随時製品の変更が行われエンドユーザのニーズに応じた改良が目指されます。
このような製品の変更があることは、性質上当然予想できるといえそうですが、販売代理店契約書に確認のため明記しておくのがよいでしょう。
また、製品の変更についてベンダの裁量で行うことができるのか、販売代理店への通知等何らかの要件を定めるのかについても、契約上明らかにしておくことが望ましいと思われます。機動的な製品の変更を実現する意味では、販売代理店に対する承諾や事前の通知を要件とすることは避けるほうがよいでしょう。
販売活動への協力・関与
販売代理店契約においては販売代理店に販売のリソースやノウハウがあることが前提ではありますが、ベンダからの適切な協力や関与を得ることで販売成果は拡大する可能性があります。
このような観点から、ベンダや対象プロダクトの商標・ブランドの利用についての規定や、販売活動・商材作成等におけるベンダの協力・情報提供についての規定を置くことが考えられます。
他方、ベンダの商標・ブランドを使うとすれば、作成した具体的な商材等をベンダが事前に承認する規定など、ベンダのブランド管理の側面から必要な規定も設けるよう注意するのがよいでしょう。
脚注
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[1] 公正取引委員会「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」参照
本記事に関するお問い合わせはこちらから。
(文責・神田)
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