景品表示法は、一般消費者のお客様に対してモノやサービスを販売する企業にとって逃れたくても逃れられない法律です。判断基準の掴みどころのなさも相まって、企業の広告担当者にとっては悩みの種といえるでしょう。景表法事件レポートでは、消費者庁による法執行(行政指導、措置命令、課徴金納付命令等)をモニターし、注目すべき事件につき皆様にご紹介いたします。

今回は、特殊な表示ルールが絡む事件として、特別栽培米(特別栽培農産物)の表示に関する事件をご紹介します。

高知県農業協同組合に対する措置命令(2021年3月30日公表)

事案の概要

消費者庁は、2021年3月30日、下表記載の表示が優良誤認表示に該当することを理由に、JA高知県に対して措置命令を行いました。
本措置命令の対象商品、表示の概要及び対象商品の実際は、下図及び下表のとおりです。

なお、本措置命令は、後述する2010年の事件に引き続き、特別栽培米の表示に関する2例目の景表法に基づく法執行です。

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対象商品 「特別栽培米」と称する袋詰米(4商品)
表示の概要 ● 表示媒体:容器包装
● 表示期間:令和元年11月8日頃~令和2年10月20日、令和2年1月17日頃~同年6月16日頃、令和元年11月9日頃~令和2年10月20日、令和2年10月8日頃~同年11月6日頃
● 表示内容:「特別栽培米」、「農林水産省新ガイドラインによる表示」欄に「特別栽培米」及び「節減対象農薬:当地比5割減 化学肥料(窒素成分):当地比5割減」並びに「農薬・化学肥料を高知県慣行栽培より50%以下に抑えたお米です」などと表示することにより、あたかも、農林水産省のガイドラインにのっとった、その生産地の一般的な栽培方法に比して使用する農薬及び化学肥料を5割減らした栽培方法により生産された特別栽培米が使用されているかのように示す表示をしていた。
実際 農林水産省が定める「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」にのっとった栽培方法により生産された特別栽培米ではなく、高知県内における一般的な栽培方法により生産された慣行栽培米が使用されていた。

解説

特別栽培米(特別栽培農産物)とは?

特別栽培米及び特別栽培農産物は「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」上の概念であり、同ガイドライン上、それぞれ以下のとおり定義されています。

【 特別栽培農産物 】
……次の1及び2の要件を満たす栽培方法により生産された農産物をいう。

  1. 当該農産物の生産過程等*1における節減対象農薬*2の使用回数が、慣行レベル*3の5割以下であること。
  2. 当該農産物の生産過程等において使用される化学肥料の窒素成分量が、慣行レベルの5割以下であること。

【 特別栽培米 】
特別栽培農産物のうち、米(とう精されたものを含む。)をいう。

*1 「生産過程等」= 当該農産物の生産過程(種子、種苗及び収穫物の調製を含む)+ 前作の収穫後~当該農産物の作付け期間のほ場(=農作物の栽培場所)管理
*2 「節減対象農薬」= 化学合成農薬(一部除く)
*3 「慣行レベル」= 栽培地域の同作期において当該農作物につき慣行的に行われている水準

要するに、特別栽培米とは、以下の要件を満たした農作物をいうと整理することができます。

  1. 生産過程 + 前作の収穫後~当該農産物の作付け期間のほ場管理における、
  2. ①化学合成農薬の使用回数及び②化学肥料の窒素成分量が、慣行レベルの50%以下である

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(引用元:https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/tokusai_a.html

「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」と景表法

「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」は、何らかの法令に基づく表示義務を課すものではなく、いわば自主的なルールにすぎないため、法的な強制力がありません。
そのため、「同ガイドラインの違反=違法行為」ということにはならず、ゆえに、同ガイドラインの遵守は「関係者の自発的な行動によって守られるもの」と説明されています(「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインQ&A」Q1参照)。

他方で、同ガイドラインと景品表示法との関係に着目すると、同ガイドラインの3~4頁では、特別栽培農産物についての表示を行う者は、「特別栽培農産物」又は「特別栽培○○」(本件でいえば「特別栽培米」)との表示に加えて、以下の事項を表示すべきと定められています。

2 表示事項
(2)農薬を使用していない特別栽培農産物にあっては、……その旨……
(3)節減対象農薬を使用していない特別栽培農産物にあっては、……その旨……
(4)窒素成分を含む化学肥料を使用していない特別栽培農産物にあっては、……その旨……
(5)節減対象農薬又は窒素成分を含む化学肥料を使用した特別栽培農産物にあっては、……節減割合……
(6)節減対象農薬を使用した特別栽培農産物にあっては、……現に使用した節減対象農薬の名称、用途及び使用回数

つまり、「特別栽培農産物」との表示には、化学合成農薬の使用回数及び化学肥料の窒素成分量の節減割合に関する表示が伴います。
そうである以上、「特別栽培農産物」でない農産物につき「特別栽培農産物」であると称する場合には、上記表示事項を表示しようとする限り、化学合成農薬の使用回数及び化学肥料の窒素成分量の節減割合についても虚偽の、つまり実際のものよりも著しく優良であるように示す表示をすることになります。
このような形で、同ガイドラインは、景品表示法との関係では、「特別栽培農産物」であると偽る表示につき優良誤認表示該当性の基準となるという事実上の役割を担っていると整理できるでしょう。

表示の問題点

本措置命令では、「特別栽培米」との表示及び農薬等の節減割合(5割)に関する表示の双方が合わせて問題とされたところ、実際には、対象商品中に袋詰めされた米のうちの全部又は一部につき「高知県内における一般的な栽培方法により生産された慣行栽培米(高知県知事が策定した「高知県農作物栽培慣行基準」[平成29年6月28日策定]の水準で生産された米をいう。)が使用されていた」とのことでした。

つまり、本措置命令は、「慣行レベル」で栽培されていた米を「特別栽培米」と表示し、また、米の生産過程等における化学合成農薬の使用回数と化学肥料の窒素成分量を実際よりも少なくみせた事案であるといえます。

全国農業協同組合連合会に対する措置命令(2010年12月8日公表)

事案の概要

消費者庁は、2010年12月8日、下表記載の表示が優良誤認表示に該当することを理由に、JA全農に対して措置命令を行いました。
本措置命令の対象商品、表示の概要及び対象商品の実際は、下図及び下表のとおりです。

なお、本措置命令は10年以上前のものですが、特別栽培米(特別栽培農産物)の表示に関する初の景表法に基づく法執行としてご紹介します。

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対象商品 「化学肥料(窒素成分) 栽培期間中不使用」等の窒素成分を含む化学肥料を使用していない旨を表示した特別栽培米
表示の概要
  •   表示媒体:容器包装
  •    表示期間:2007年9月ころ~2010年2月27日、2008年10月ころ~2010年2月ころなど
  •    表示内容:「化学肥料(窒素成分) 栽培期間中不使用」などと表示することにより、あたかも、本件商品には、育苗を含む生産過程等において窒素成分を含む化学肥料を全く使用していないかのように示す表示をしていた。
実際 育苗培土には、窒素成分を含む化学肥料が使用されていた。

解説

米の栽培方法

地域や品種、栽培方法によって異なるものの、米の栽培の大まかな流れは以下のとおりです。

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田んぼの準備 田起こしや畦塗りを行い、田んぼの土作りを行う。
タネまき 種にする米「種籾(たねもみ)」を育苗箱(いくびょうばこ)に撒き、育苗箱で田んぼに植える苗を育てる。
田植え 育った苗を田んぼに植える。
管理 植えた苗がよく育つよう、水、肥料、雑草、病害虫等につき田んぼを管理する。
収穫・調製 育った稲を収穫し、脱穀・精米する。

このように、米の栽培には、前作の収穫後の田んぼの準備から、育苗、田植え、田んぼの管理、収穫・調製に至るまで長い工程があります。

表示の問題点

「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」は、「栽培期間中」との用語を「特別栽培農産物の生産過程等の期間をいう。」と定義しています。
そうすると、前述のとおり「生産過程等」が「種子、種苗及び収穫物の調製を含む」とされている以上、「栽培期間」には育苗期間(上記でいう「タネまき」)も含まれることになります。

この点、本措置命令では、対象商品について、「化学肥料(窒素成分) 栽培期間中不使用」と、あたかも育苗を含む生産過程等において窒素成分を含む化学肥料を全く使用していないかのように示す表示がされていました。
ところが、実際には、以下のとおり、対象商品には、その育苗培土(育苗に用いる土)に窒素成分を含む化学肥料が使用されていました。

ガイドラインは、窒素成分を含む化学肥料の使用について、低減している旨の表示と使用していない旨の表示については、明確に区分しており、窒素成分を含む化学肥料を使用していない旨表示することができるのは、育苗期間を含む生産過程等の全てにおいて、窒素成分を含む化学肥料を使用していない場合のみである旨規定している。
本件商品には、前記イのとおり、ガイドラインに基づく表示として、窒素成分を含む化学肥料を使用していない旨表示していたが、実際には、全農が、本件商品を生産する者に供給していた育苗培土には、窒素成分を含む化学肥料が使用されていた

このように、化学肥料使用の有無の観点から、表示の意味と対象商品の実際との間に齟齬があったことから、上記表示は優良誤認表示に該当すると判断されました。

より具体的には、報道によれば、本件では、育苗期間を含めると化学肥料につき「当地比9割減」表示すべきであったとのことですので、上記表示は、生産過程等における化学肥料の窒素成分量について、100%OFFという「表示の意味」が、90%OFFという「実際」よりも著しく優良であるとして、優良誤認表示に該当すると判断されたといえます。

本措置命令は、「特別栽培米」と表示可能な米ではあったものの、その具体的内容(化学肥料の使用)の表示に誤りがあった事案である点で、そもそも「特別栽培米」と表示することができなかった1つ目の事件と違いがあります。

不当表示の原因

報道によれば、JA全農は「土に化学肥料が入っていた認識はあったが、苗段階なら問題ないと思っていた。」と認識していたようです。
つまり、本事件における不当表示は悪意をもって行われたものではなく、表示の根拠である「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」の理解を誤っていたことに起因するものであるといえます。

実際、このように悪意なく不当表示を行ってしまうケースは決して珍しいものではありません。
日頃から広告表示に注意を払っている事業者においても、ちょっとしたミスで不当表示をしてしまうことがあることを理解した上で、十分な社内体制を構築していく必要があるでしょう。

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(文責・増田)