知的財産高等裁判所第4部(菅野雅之裁判長)は、本年(令和3年)4月27日、第45類「スタートアップに対する特許に関する手続の代理」を指定役務とする商標「六本木通り特許事務所」の登録出願にかかる拒絶査定不服審判の審決取消訴訟において、同商標は自他役務識別力を欠くとして、特許庁による不成立審決を支持する判決をしました。

判決は、事例に対する判断を示したもので、新規の規範を含むわけではありませんが、特許事務所の名称について識別力にかかる判断を示した事案は珍しく、より一般に、地名を冠した事業者の名称を標準文字商標として出願する場合にも参考になると思われるため、紹介します。

ポイント

骨子

  • 「六本木通り特許事務所」との文字は,六本木通りに近接する場所において本願商標の指定役務を提供している者を一般的に説明しているにすぎず,本願商標の指定役務の需要者において,他人の同種役務と識別するための標識であるとは認識し得ないものというべきであって,その構成自体からして,本願商標の指定役務に使用されるときには,自他役務の出所識別機能を有しないものと認められる。
  • 本願商標の指定役務の分野において「〇〇通り□□事務所」の文字が広く採択,使用されているとの事実の有無や,本願商標の指定役務を取り扱う法律事務所や「〇〇通り法律事務所」という名称の法律事務所が多数あるとの事実の有無等が,本願商標の自他役務の出所識別機能の有無の判断に当たって必要な前提事実となるものではない
  • 複数の語を組み合わせてなる語がそれを構成する各語の意味を結合したものを超える意味を有し得るとはいえるものの,原告は,「通称を六本木通りとする道路に近接する場所に所在する特許に関する手続の代理等を行う者」と認識される本願商標が,その組合せ自体によりこれとは異なる新たな意味を生じさせること,あるいは,使用された結果,何人かの業務に係る役務であることを認識することができるに至っていることを何ら具体的に主張立証していない。
  • 「○○通り」と「法律事務所」とを組み合わせた構成をとる商標は多数の例が認められ・・・,法律事務所は特許事務所と同様に本願商標の指定役務を提供し得る事務所であるから(弁護士法74条1項,3条2項参照),「法律事務所」を「特許事務所」と言い換えて「○○通り」と「特許事務所」との組合せとしたとしても,格別,新規なものとは認識し得ないといえ,その構成に意外性もない。また,前記・・・のとおり,本願商標の構成中の「六本木通り」の文字は,35年以上の長きに渡り広く一般に慣れ親しまれている道路の通称名であり,本願商標の構成中の「特許事務所」は,本願商標の指定役務を提供する者を意味する一般的な名称であるから,この両語の組合せから新規な意外性を生じるということもできない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和3年4月27日
事件番号・事件名 令和2年(行ケ)第10125号
審決取消請求事件
商標出願 商願2018―30044号「六本木通り特許事務所」
第45類「スタートアップに対する特許に関する手続の代理」
原審決 特許庁令和2年9月7日不服2019-11255号事件
裁判官 裁判長裁判官 菅 野 雅 之
裁判官    本 吉 弘 行
裁判官    中 村   恭

解説

商標とは

「商標」とは、事業者がその商品や役務(サービス)について用いる標章(マーク)のことをいいます。服飾品に付されたブランドのマークや、工業製品に付されたメーカーや製品ごとのマーク、あるいは、このウェブサイトに用いられている「innoventier」をデザイン化したマークなどは、いずれも商標にあたります。それぞれの事業主体が提供する服飾品や工業製品といった商品、あるいは、法律サービスといった役務について使用されるマークだからです。

法律では、商標法2条1項が以下のとおり「商標」を定義しており、「標章」であること(同項柱書)と、商品または役務について用いられるものであること(同項各号)が要件とされています。

(定義等)
第二条 この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)
(略)

商標の価値の源泉

商標は、商品や役務に結び付けて使用することにより、商標を使用する事業者の業務上の信用が結び付けられていきます。これが商標の使用によって生じるブランドの価値です。例えば、「ルイ・ヴィトン」というのはもともと単なる人名で、その名称自体に特段の価値があったわけではありませんが、良質のかばんなどに継続的に用いられることにより、業務上の信用が結び付けられ、高いブランド価値を有するに至っています。

商標登録とは

商標は、特許庁で登録を受けることができ、登録を受けた者は商標権を持ちます(商標法18条1項)。商標権者は、商標権を持つことによって、第三者が無断で類似の商標を使用した模倣品などを販売することを防止することができ、商標に化体する自らの業務上の信用ないしブランドを保護することができます。

商標は、標章(マーク)と、商品または役務について用いられるものであることとをその内容としますので、商標登録も、登録の対象となる標章と、その標章が用いられる商品または役務とが対になって登録されます。標章に組み合わされて登録される商品または役務は、それぞれ「指定商品」、「指定役務」と呼ばれます。指定商品・役務は、第1類から第45類まである商品役務区分に分類されており、登録費用などの基準となります。

例えば、弁護士法人イノベンティアの登録にかかる商標登録第5883665号のマークは、以下のようなものです。

他方、同商標にかかる指定役務としては、「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務」、「訴訟事件その他に関する法律事務」、「法律問題に関する専門的な助言」などが登録されています。

商標の登録要件と自他商品・役務識別力

自己の業務にかかる商品や役務に使用する商標は、原則として、商標登録を受けることができますが、その商標が、商品や役務の需要者から見て、誰かの商品や役務であると認識することのできないものである場合には、登録が認められません。

例えば、スマートフォンに、「iPhone」というマークを付ければ、たとえアップル社を知らない人であっても、それが特定の企業の製品であることを示すマークであることは分かりますが、「スマホ」というマークを付けたとしても、その製品の一般的特徴を示したものと理解されるだけで、誰かの商品であることを示すマークとは認識されません。この「スマホ」のようなマークは、特定の事業者の業務上の信用が化体することもなく、誰もが使用するものであるため、商標法上の保護を受けるのに適さず、商標登録は認められないのです。

このように、マークに、商品や役務を誰かと結びつけ、その出所を識別する力があることが商標の登録要件とされており、そのような力は、一般に、「自他商品・役務識別力」ないし単に「識別力」と呼ばれます。

自他商品・役務識別力が商標の登録要件であることは、商標法3条1項に定められており、同項1ないし5号が自他商品・役務識別力が認められない具体的場合を列挙し、同項6号が包括的に「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」をもって登録を受けられない商標としています。

(商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
 その商品又は役務について慣用されている商標
 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
(略)

拒絶査定不服審判と審決取消訴訟

商標出願にかかる商標が、自他商品・役務識別力を欠くものであるときは、その出願の審査に当たる審査官は、出願を拒絶する旨の査定をすることになります(商標法15条1号)。出願を拒絶する査定は「拒絶査定」と呼ばれます。

拒絶査定を受けた出願人に不服があるときは、特許庁において、拒絶査定不服審判を請求することができますが(商標法44条1項)、特許庁は、請求に理由がないと考えたときは、請求を棄却する審決をします。この審決は、主文が「本件審判の請求は、成り立たない。」というものとなるため、一般に、「不成立審決」と呼ばれます。

出願人は、拒絶査定不服審判で不成立審決を受けたときは、知的財産高等裁判所に対し、不成立審決の取り消しを求める訴訟(審決取消訴訟)を提起することができます。

標準文字商標とは

商標は、標章(マーク)を商品や役務について用いるものですので、ロゴであったり、また、文字であっても一定のデザイン性を有するものであったりすることがよくあります。例えば、上記の「innoventier」の商標は、文字列からなっていますが、一定のデザイン性を持たせたものとなっています。

他方、文字列からなる商標について、特定のフォントやデザインを適用することなく、「標準文字」と指定して登録出願をすることも可能です。この場合、出願人は、文字列を願書に記載して出願すれば、特許庁長官があらかじめ定めた一定の文字書体があてはめられて商標登録されます。

この制度は、平成8年改正商標法によって導入されたもので、「標準文字制度」と呼ばれ、標準文字制度が適用された商標は、「標準文字商標」と呼ばれます。商標法上は、同法5条3項に、標準文字制度の適用を受ける場合には、その旨願書に記載すべきことが定められています。

(商標登録出願)
第五条 (略)
 商標登録を受けようとする商標について、特許庁長官の指定する文字(以下「標準文字」という。)のみによつて商標登録を受けようとするときは、その旨を願書に記載しなければならない。
(略)

標準文字商標は、デザイン性などから自他商品・役務識別力が認められることはないため、商標登録を受けるためには、文字列自体に自他商品・役務識別力があることが求められます。

事案の概要

本件の原告は、「六本木通り特許事務所」の文字を標準文字で表してなる商標について、商標登録出願をした出願人です。指定役務については、出願後の補正を経て、第45類「スタートアップに対する特許に関する手続の代理」とされていました。

この出願に対し、特許庁は拒絶査定をし、原告は、拒絶査定不服審判を請求しましたが、特許庁は、原告の主張を認めず、不成立審決をしました。

判決が要約したところによると、特許庁が不成立審決をした理由の要旨は以下のとおりで、要するに、「スタートアップに対する特許に関する手続の代理」という役務の需要者は、「六本木通り特許事務所」という商標に接したとき、「六本木通りという呼び名の道路に近接する場所に所在する弁理士の事務所」という、役務の提供場所を示したものと理解するにとどまるため、自他役務識別力はなく、商標法3条1項6号の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」に該当する、というものです。

①本願商標の構成中の「六本木通り」の文字の意味は,「東京都千代田区霞が関から渋谷区渋谷までの道路の呼び名」であり,「特許事務所」の文字の意味は,「弁理士の事務所」であるから,本願商標は,「六本木通り」の文字と「特許事務所」の文字とが結合してなるものと認識,把握される,②特許事務所が,広く,スタートアップに対して役務を提供している実情にあるから,「特許事務所」の文字は,本願商標の指定役務を提供する者を意味する一般的な名称である,③法律家によって提供される法律事務に関する役務を取り扱う分野において,「○○通り□□事務所」の文字が,広く採択,使用されている実情があることを踏まえると,本願商標をその指定役務について使用した場合,これに接した取引者,需要者は,本願商標を,「六本木通りという呼び名の道路に近接する場所に所在する,弁理士の事務所」程の意味合いとして理解,認識するにとどまり,このような本願商標は,単に,役務の提供場所あるいは役務を提供する者の所在を表すものである。

この判断を不服として原告が提起したのが、本件の審決取消訴訟です。

判旨

判決も、原審決と同様、「六本木通りに近接する場所において本願商標の指定役務を提供している者を一般的に説明しているにすぎず」として、「六本木通り特許事務所」との語には、自他役務識別力がないとの判断を示しました。

「六本木通り特許事務所」との文字は,六本木通りに近接する場所において本願商標の指定役務を提供している者を一般的に説明しているにすぎず,本願商標の指定役務の需要者において,他人の同種役務と識別するための標識であるとは認識し得ないものというべきであって,その構成自体からして,本願商標の指定役務に使用されるときには,自他役務の出所識別機能を有しないものと認められる。

これに対し、原告は、原審決が、自他役務識別力が認められない根拠として、「〇〇通り□□事務所」といった名称が広く使われ、また、「〇〇通り法律事務所」という名称の法律事務所が多数あるという事実を指摘していた点が不当であると主張していましたが、判決は、そういった事実は自他役務識別力の有無に影響しないとの考え方を示しました。

本願商標の指定役務の分野において「〇〇通り□□事務所」の文字が広く採択,使用されているとの事実の有無や,本願商標の指定役務を取り扱う法律事務所や「〇〇通り法律事務所」という名称の法律事務所が多数あるとの事実の有無等が,本願商標の自他役務の出所識別機能の有無の判断に当たって必要な前提事実となるものではない

また、原告は、「六本木通り」と「特許事務所」のように、複数の語を組み合わせることによって、単なる組み合わせを超える意味を持ち得ることから、自他役務識別力が認められるとの主張もしていましたが、判決は、「六本木通り特許事務所」がそういった意味を持つことや、自他役務識別力が認められるようになることについて、具体的な主張立証をしていないとして、この主張も排斥しました。

複数の語を組み合わせてなる語がそれを構成する各語の意味を結合したものを超える意味を有し得るとはいえるものの,原告は,「通称を六本木通りとする道路に近接する場所に所在する特許に関する手続の代理等を行う者」と認識される本願商標が,その組合せ自体によりこれとは異なる新たな意味を生じさせること,あるいは,使用された結果,何人かの業務に係る役務であることを認識することができるに至っていることを何ら具体的に主張立証していない。

さらに、原告は、「六本木通り特許事務所」は、新規で意外性のある造語であるから自他役務識別力があるとも主張していましたが、判決は、そういった意外性もないとして、この主張も排斥しました。

「○○通り」と「法律事務所」とを組み合わせた構成をとる商標は多数の例が認められ・・・,法律事務所は特許事務所と同様に本願商標の指定役務を提供し得る事務所であるから(弁護士法74条1項,3条2項参照),「法律事務所」を「特許事務所」と言い換えて「○○通り」と「特許事務所」との組合せとしたとしても,格別,新規なものとは認識し得ないといえ,その構成に意外性もない。また,前記・・・のとおり,本願商標の構成中の「六本木通り」の文字は,35年以上の長きに渡り広く一般に慣れ親しまれている道路の通称名であり,本願商標の構成中の「特許事務所」は,本願商標の指定役務を提供する者を意味する一般的な名称であるから,この両語の組合せから新規な意外性を生じるということもできない。

結論として、判決は、原告の請求を棄却しました。

コメント

本判決は、具体的な事例に対する判断を示したものではありますが、特許事務所や法律事務所のほか、一般の企業名でも見られる地名を冠した名称を、標準文字商標として出願した場合における商標法3条1項6号該当性の判断を示したものとして、実務上参考になるものと思われます。

令和3年5月26日追記

判旨の紹介の中で、当事者の主張の要約に誤りがありましたので、修正しました。

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(文責・飯島)