知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、本年(令和3年)3月25日、製造販売承認の対象となった医薬品の有効成分を実質的に判断するのが相当であるとして、承認書の記載から形式的に判断した特許庁の審決に誤りがあると認定するとともに、延長登録の一部に無効理由があった場合、一部のみを無効にできる旨の判断を示しました。

なお、本件に関する当事者適格の中間判決を別の記事で紹介しています。

ポイント

骨子

  • 本件処分(医薬品製造販売承認)の対象となった本件医薬品の有効成分は、承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と形式的に決するのではなく、実質的には、本件医薬品の承認審査において、効能,効果を生ぜしめる成分として着目されていたフリー体の「ナルフラフィン」と、本件医薬品に配合されている、その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認めるのが相当である。
  • 延長登録がされた「用途」の一部については、旧特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない場合には、その部分のみを無効審判において無効にすることができる。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和3年(2020年)3月25日
事件番号 ①令和2年(行ケ)第10096号審決取消請求事件
②令和2年(行ケ)第10097号審決取消請求事件
③令和2年(行ケ)第10098号審決取消請求事件
対象特許 特許第3531170号「止痒剤」
対象延長登録出願 ①特許権存続期間延長登録出願2015-700061号
②特許権存続期間延長登録出願2017-700309号
③特許権存続期間延長登録出願2017-700310号
原審決 ①無効2020-800002号
②無効2020-800003号
③無効2020-800004号
裁判官 裁判長裁判官 森   義 之
裁判官    眞 鍋 美穂子
裁判官    熊 谷 大 輔

解説

特許権の存続期間と延長登録

特許権の存続期間は、原則として、出願の日から20年ですが(特許法67条1項)、医薬品や農薬の発明については、その例外として、最大25年間の保護が認められています。
医薬品については「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下「薬機法」といいます。)に基づく承認が、農薬については農薬取締法に基づく登録が、それぞれ必要となるため、特許権者が特許権を取得しても、承認・登録までの間は、実施ができません。
そこで、承認・登録(処分)を受ける必要があるために特許発明を実施できなかった期間について、5年を限度として、特許権の存続期間を延長できる制度が設けられています(特許法67条4項)。

(存続期間)
第六十七条 (略)
4 第一項に規定する存続期間(第二項の規定により延長されたときは、その延長の期間を加えたもの。第六十七条の五第三項ただし書、第六十八条の二及び第百七条第一項において同じ。)は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。

延長登録無効審判

延長登録は、特許発明の実施に法律上の許可その他の処分が必要だった場合に限り認められます(特許法67条の7第1項1号)。もしそういった処分が必要だったと認められないにもかかわらず、誤って延長登録されてしまったときは、利害関係人は、特許法125条の3第1項1号に基づき、特許庁に対し、延長登録無効審判を請求できます。

(延長登録無効審判)
第百二十五条の三 第六十七条の七第三項の延長登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その延長登録を無効にすることについて延長登録無効審判を請求することができる。
一 その延長登録がその特許発明の実施に第六十七条第四項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められない場合の出願に対してされたとき。
以下略

特許・実用新案審査基準

特許庁の特許・実用新案審査基準では、処分を受けることが必要であったとは認められない場合として、処分(承認)の対象となった医薬品の製造販売が特許発明の実施行為に該当しない場合が挙げられています。

第IX部第2章
3.1.1 その特許発明の実施に第67条第4項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき(第67条の7第1項第1号)
(i) 本件処分の対象となった医薬品類の製造販売の行為又は農薬の製造・輸入の行為が、医薬品等に係る延長登録の出願に係る特許発明の実施行為に該当しない場合
 特許発明における発明特定事項と医薬品類の承認書又は農薬の登録票等に記載された事項とを対比した結果、本件処分の対象となった医薬品類又は農薬が、いずれの請求項に係る特許発明についてもその発明特定事項の全てを備えているといえない場合は、審査官は、拒絶理由を通知する。

事案の概要

事案

本件は、特許第3531170号「止痒剤」の3件の延長登録についてなされた延長登録無効審決の取消訴訟で、原告は、特許権者・審判における審判被請求人で、被告らは、審判における審判請求人と参加人です。

本件発明は、出願時には、「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」(フリー体の「ナルフラフィン」等)を有効成分とする止痒剤のほか、「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」(「ナルフラフィン塩酸塩」等)を有効成分とする止痒剤も明記されていましたが、拒絶理由通知後、後者の記載がない形に補正されました。

特許権者(審判被請求人・本訴訟原告)は、薬機法に基づいて、本件医薬品(①事件:ノピコールカプセル2.5μg、②事件:レミッチカプセル2.5μg、③事件:レミッチOD錠2.5μg)の製造販売承認を受けました。
本件医薬品に配合されているのは、承認書に有効成分として記載された「ナルフラフィン塩酸塩」(ナルフラフィンについて塩酸等により酸付加塩を形成したもの)であり、これがヒトの体内で「ナルフラフィン」と塩化物イオンに分離し、「ナルフラフィン」が吸収され薬効作用を奏するとされています。

特許権者(審判被請求人・本訴訟原告)が上記承認を理由に延長登録を受けたことに対し、審判の請求人(本訴訟被告)は、延長登録は無効であるとして無効審判を請求しました。

争点の構造

3件に共通する争点として、以下の2点があります。

ア)一部の被告(=審判における参加人)について当事者適格があるか
イ)本件特許発明を実施するために薬機法14条1項の製造販売承認(以下「本件処分」といいます。)を受けることが必要だったか

また、事件②③に共通する争点として、以下の点があります。

ウ)延長登録の一部について無効理由があった場合に,当該延長登録の一部のみを無効にすることができるか

このうち、ア)については既に中間判決が出されており、別の記事で紹介していますので、本稿ではイ)とウ)について取り上げます。

なお、本件の判決と同じ日に、同じ特許に関し、イ)と同じ点が争点になった別の事件(令和2年(行ケ)第10063号)の判決も出されています。この判決は、原告による特許権存続期間延長登録出願2017-700154号について、特許庁が拒絶査定を行い、原告からの拒絶査定不服審判(不服2018-7539号事件)について請求不成立(延長登録を認めない)との審決がなされていたところ、知的財産高等裁判所は、イ)における本件判決の判示と同じ理由により、審決を取り消したものです。

主張された無効理由

本件において、審判の請求人(本訴訟被告)は、以下の2点の無効理由を主張していました。

【無効理由1】
本件発明の「止痒剤」は、「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」を有効成分とするものであって、「ナルフラフィン塩酸塩」を発明特定事項として含んでいない(明細書で区別して記載されているし、補正により除外された)。
これに対し、被請求人(本訴訟原告)が、薬機法上の承認申請を行った本件医薬品の有効成分は、「ナルフラフィン塩酸塩」である。
よって、本件発明の実施に、本件処分を受けることが必要であったとは認められない。

【無効理由2】
②③事件に関し、本件処分の「処分の対象となった医薬品について特定された用途」である「次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る) 透析患者(血液透析患者を除く),慢性肝疾患患者」のうち、慢性肝疾患患者を対象とする場合については、本件処分には存在しない(本件処分の適用患者ではない)、又は本件処分よりも前になされた先行する製造販売承認と重複する(先行処分によって製造販売可能になっていた)。

審決の内容

特許庁の審決においては、本件処分の対象となった医薬品の有効成分を、承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と認定した上で、「ナルフラフィン塩酸塩」は、本件特許発明の「一般式(I)で表されるオピオイド κ 受容体作動性化合物」に文言上(化学構造上)含まれていないとして、本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められず、延長登録は全体として無効であると判断されていました。

また、審決は、②③事件に関し、慢性肝疾患患者を対象とする用途については、本件処分よりも前になされた先行する製造販売承認によって可能になっており、本件処分を受けることが必要であったとは認められないと判断していました。

判旨

処分の必要性について

特許庁の審決とは異なり、知的財産高等裁判所は、以下のとおり述べ、延長登録制度の趣旨に照らして、処分の必要性については、承認書の「有効成分」の記載から形式的に判断するのではなく、処分の対象となった医薬品の有効成分を実質的に判断すべきであるとしました。

特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであるから,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったかどうかは,このような特許法の存続期間延長の制度が設けられている趣旨に照らして判断されるべきであり,その場合における本件処分の内容の認定についても,このような観点から実質的に判断されるべきであって,承認書の「有効成分」の記載内容から形式的に判断すべきではない。このように解することは,最高裁平成26年(行ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号1912頁の趣旨にも沿うものということができる。

その上で、判決は、以下のとおり述べ、承認書に有効成分として記載されたのは「ナルフラフィン塩酸塩」であるが、その薬効や薬理作用が、そのフリー体であるナルフラフィンと相違ないことが承認申請時点で知られていたことを認定しました。

医薬品について,良好な物性と安定性の観点からフリー体に酸等が付加されて,フリー体とは異なる化合物(付加塩)が医薬品とされる場合があること,そのような医薬品が人体に取り込まれたときには,付加塩からフリー体が解離し,フリー体が薬効及び薬理作用を奏すること,ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩についても同様の関係にあり,ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩で薬効及び薬理作用に違いがないことは,平成25年10月25日に本件医薬品の製造販売の承認申請がされた時までに,当業者に広く知られていたものと認められる。

また、判決は、医薬品分野の技術常識として、一般に付加塩だけでなく、そのフリー体も有効成分と捉えられることがあることを認定しました。

医薬品分野の当業者は,医薬品の目的たる効能,効果を生ぜしめる作用に着目して,付加塩だけでなく,そのフリー体も「有効成分」と捉えることがあるものと認められる。

さらに、判決は、承認書には成分として「ナルフラフィン塩酸塩」が記載されているものの、これは、医薬品に配合されている原薬を有効成分と捉えていることに基づくものであるのに対し、添付文書等には、ナルフラフィンが併記され、また、薬物動態の記載として、ナルフラフィンを測定して得られたデータが記載されていることを指摘しました。

本件承認書には,「成分」として「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されていて,本件添付文書にも「有効成分に関する理化学的知見」として,「ナルフラフィン塩酸塩」と記載され,その構造式や性状などが記載されているが,これは,賦形剤などの製剤補助剤と区別する観点から,実際に医薬品に配合されている原薬(付加塩)を有効成分として捉えていることに基づく記載であると解される。これに対し,本件添付文書の「有効成分・含量(1カプセル中)」の欄に,「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」と記載されており,本件インタビューフォームには,和名は「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されているものの,洋名については「ナルフラフィン塩酸塩」と「ナルフラフィン」が併記されているし,「有効成分(活性成分)の含量」として,「1カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)含有」と記載されている。
(略)
本件添付文書や本件インタビューフォームにおける,本件医薬品の「薬物動態」の血漿中濃度推移や薬物動態パラメータもナルフラフィン塩酸塩ではなく,ナルフラフィンを測定して得られたものとなっている。

以上から、判決は、本件において処分の対象となった医薬品の有効成分は、実質的な薬効成分であるフリー体の「ナルフラフィン」と、その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認定しました。

以上のことを考え併せると,本件処分の対象となった本件医薬品の有効成分は,本件承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と形式的に決するのではなく,実質的には,本件医薬品の承認審査において,効能,効果を生ぜしめる成分として着目されていたフリー体の「ナルフラフィン」と,本件医薬品に配合されている,その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認めるのが相当である

判決は、以上の認定判断を経た結果、特許庁の判断のうち、本件処分の対象となった医薬品の有効成分が「ナルフラフィン塩酸塩」のみであることを前提として延長登録全体が無効であるとした点は否定し、この問題との関係において、延長登録は有効であるとの判断をしました。

延長登録の一部に無効理由がある場合の取り扱いについて

他方で、上述のとおり、②③事件において、一部の用途につき、本件処分よりも前になされた先行する製造販売承認によって可能になっていたか否かとの争点があり、特許庁は、本件処分が必要だったとは認められないとの判断をしていたところ、判決は、この点については、特許庁の判断を是認しました。その結果、本件では、延長登録された用途の一部に無効理由があることとなり、このような場合に、延長登録された一部の用途についてのみ無効とすることができるかが問題となりました。

この点、判決は、以下のとおり述べ、延長登録の一部のみを無効とすることができると判断しました。

延長登録を全体として不可分と解すべき根拠はなく,延長登録がされた「用途」の一部については,旧特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない場合には,その部分のみを無効審判において無効にすることができ,そのようにすべきであると解される。この点について特に明文の規定はないが,明文の規定がないからといって,上記のように可分と解することが妨げられる理由は見いだし難い。

結論

以上の結果、判決では、以下のとおり、①事件については審決の全部を、②③事件については審決の一部を、それぞれ取り消しました。

【審決】
無効理由1(延長登録全部無効)→無効理由あり
無効理由2(延長登録一部無効)→無効理由あり(②③事件のみ)
結論→延長登録全部無効

【判決】
無効理由1(延長登録全部無効)→無効理由なし(審決否定)
無効理由2(延長登録一部無効)→無効理由あり(審決肯定)(②③事件のみ)
①事件結論→延長登録有効(審決全部取消)
②③事件結論→延長登録一部無効(無効理由2により無効となる部分以外は審決取消)

コメント

延長登録出願については、その要件や延長された特許権の効力に関し、これまでも様々な判決が出され、判決を受けて審査基準が改訂されるなどしてきました(先行処分の対象医薬品が特許発明の技術的範囲外であれば後行処分により延長可能とした「パシーフカプセル事件」最高裁平成23年4月28日判決、先行処分の対象医薬品が後行処分の対象医薬品を包含する場合は延長不可とした「アバスチン(ベバシズマブ)事件」最高裁平成27年11月17日判決、延長した特許権は処分対象医薬品と実質同一の範囲で及ぶとした「オキサリプラチン事件」知財高裁大合議平成29年1月20日判決等)。

本件では、処分の対象となった医薬品の有効成分について、承認書の記載に沿った特許庁の判断に対し、知的財産高等裁判所が、実質的に判断することが相当であると示したものであり、この判決が確定すると、実務に影響を及ぼすことが予想されます。

現行の特許・実用新案審査基準第IX部第2章2.4、2.5では、延長登録出願には、処分の対象となった医薬品の有効成分について、原則として、承認書に記載された有効成分を記載した上で、請求項の発明特定事項と承認書の記載を対比することとされていますが、判決に従えば、承認書の記載と異なる実質的な記載が可能になるのか、その場合にどういった審査がなされるべきかが問題になると思われます。

また、判決では、本件医薬品が本件発明の技術的範囲に属するか否かは明らかにされませんでした。仮に処分の対象となった医薬品が本件発明の技術的範囲に属しなくても延長が認められるとすると、上記でも引用した同審査基準3.1.1(1)(i)で処分の対象となった医薬品の製造販売が実施行為に該当しない(発明特定事項の全てを備えているといえない)場合は拒絶理由を通知するとされていることとも異なる扱いになるように思われます。加えて、先行処分の対象医薬品が特許発明の技術的範囲外であれば後行処分により延長可能とした「パシーフカプセル事件」最高裁平成23年4月28日判決との整合性も問題になり得ます。

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(文責・藤田)