東京地方裁判所民事第40部(佐藤達文裁判長)は、昨年(令和2年)7月10日、アマゾン社に対する商標侵害の申告が虚偽事実の告知に当たるかが争われた事案につき、原告の主張を認め、当該申告が虚偽事実の告知に当たり信用棄損行為に該当するとの判断を示しました。

他方、損害額としては、信用毀損による50万円の無形損害が認められたものの、虚偽申告によってアマゾン社が出品停止したことによる逸失利益については認められませんでした。

本判決は、インターネットショッピングサイトの運営者に対する権利侵害の申告という身近に起き得る場面に関連し、実務上参考になると思われますので、ご紹介します。

ポイント

骨子

  • アマゾン社に対する虚偽の商標権侵害の申告は、不正競争防止法2条1項21号の信用棄損行為に該当する。
  • 本件申告がアマゾン社のみに対するものであることから、原告に発生した無形損害は50万円と認めるのが相当である。
  • 原告商品の出品停止措置が直接的にはアマゾン社の判断によるものであり、その判断が合理的根拠を欠いていたとしても、被告による本件申告と原告に発生した無形損害との間の相当因果関係は否定されない。
  • 被告は、本件申告に係る不正競争行為により、営業上の利益を得たということはできず、本件申告とその後の被告商品の販売による利益との間に相当因果関係があると認めることはできない。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決言渡日 令和2年7月10日
事件番号 平成30年(ワ)第22428号
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判官 裁判長裁判官 佐 藤 達 文
裁判官    三 井 大 有
裁判官    今 野 智 紀

解説

不正競争防止法とは

不正競争防止法上の信用毀損行為と侵害告知

不競法2条1項21号は、競争関係にある者が、客観的真実に反する虚偽の事実を告知し、又は、流布して、事業者にとって重要な資産である営業上の信用を害することにより、競業者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとする行為(「信用棄損行為」と呼ばれています。)を「不正競争」の一類型として禁止しています。

第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為

知的財産権侵害など他人の権利侵害の事実を相手方の取引先企業等に対して告知する行為(以下「侵害告知」といいます。)は、後に侵害が認められなかった場合などに本号の信用棄損行為に該当する可能性があります。

侵害告知の違法性判断手法

この点について、従来の裁判例や学説の多くは、侵害が無かった場合には信用棄損行為に該当し、そのような虚偽の可能性がある侵害告知を行うことについて、高い注意義務を課した上で過失を認めるという判断をしていました(東京地判平成14年4月24日等)。
しかし、権利者が侵害の有無の判断を事前に行うことは難しい場合が多く、後に侵害が認められなかった場合に侵害告知が全て信用棄損行為に該当するとなると、知的財産権者の権利行使を萎縮させてしまうという問題があります。
これを受けて、知的財産権者が、十分な調査及び法的検討を行った上で、知的財産権の正当な権利行使の一環として侵害告知を行ったと認められる場合には、違法性が阻却されるとする判決が現れました(東京高判平成14年8月29日判決判時1807号128頁)。
もっとも、侵害が認められないにもかかわらず違法性が阻却されることなど、違法性阻却の枠組みで判断することに対しては批判もあり、従来の裁判例よりも実質的に過失の検討を行い、十分な調査及び法的検討を経た侵害告知について少なくとも故意過失がないと判示した判決もあります(知財高判平成23年2月24日)。
このように判例の判断方法は必ずしも一貫していませんが、侵害告知を行うにあたっては、事前に十分な調査及び慎重な法的検討を行う必要があります。

不正競争防止法5条2項

不競法5条2項は、「不正競争」によって営業上の利益を侵害された者が、侵害者に損害賠償の請求を行う場合、侵害者が侵害行為によって受けた利益を損害の額と推定することを規定しています。
すなわち、侵害を受けた者は、侵害行為による侵害者の利益の額を立証すれば、その利益の額が損害の額と推定され、推定を覆す特段の事情や侵害者の反証がないかぎり、その利益の額の賠償を受けることができます。

(損害の額の推定等)
第五条
 不正競争によって営業上の利益を侵害された者が故意又は過失により自己の営業上の利益を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、その営業上の利益を侵害された者が受けた損害の額と推定する。

無形損害とは

損害は、その内容に即して、財産的損害と非財産的損害とに分類されています。財産的損害とは、被害者の財産に被った損失のことであり、非財産的損害とは、それ以外の損失のことをいいます。
他方、無形損害とは、非財産的損害を指し、特に法人が被害者の場合に、信用失墜による事業運営への打撃を内容とする損害が問題となる場面でしばしば用いられます (最判昭和39年1月28日民集第18巻1号136頁参照)。

事案の概要

本件は、インターネットショッピングサイト「アマゾン」(以下「本件サイト」といいます。)を通じて枕、マットレス等の商品を販売している原告が、被告に対し、被告による同サイトの運営者であるアマゾン社に対する商標侵害に係る告知は虚偽であり、不競法2条1項21号の不正競争行為に該当すると主張し、被告に対し、不競法3条1項に基づき、原告商品の販売が被告の有する商標権を侵害するとの虚偽の事実を第三者に告知又は流布することなどの差止め、同法5条2項、民法709条に基づき、損害賠償請求を行った事案です。

原告及び被告は、いずれも枕、マットレス等の輸入販売を業とする株式会社で競争関係にあり、それぞれ以下の商標権を有していました。

原告商標権
登録番号 第5799133号
商品区分 第20類 マットレス、まくら、クッション、座布団、家具
登録商標 COMAX(標準文字)

被告商標権
登録番号 第5848611号
商品区分 第17類 天然ゴム、ゴム
登録商標 COMAX(標準文字)

原告は、本件サイト上において原告の上記商標を付した枕、マットレス,枕カバー等の商品を販売していました。
他方、被告は、自社のウェブサイト等において、「LATEXIA」(ラテシア)のブランドで、枕、マットレス、枕カバー等を販売していました。

被告は、会社が保有する商標などを他社が不正に使用して本件サイト上で出品することを防ぐことができる「Amazonブランド登録」サービス(以下「本件サービス」といいます。)を利用し、被告商標権と共にブランド名を「COMAX」とするブランド登録をしていたところ、概ね、以下の内容を入力し、原告商品が被告の権利を侵害する旨の申告(以下「本件申告」といいます。)を行いました。

(ア) 申告内容:偽造品であること
(イ) ブランド名:COMAX
(ウ) 登録商標:被告各商標
(エ) 権利侵害の内容を把握できる,詳しい情報:
「当社の商品は,現在当社にて小売り販売のみを行っており,他社・他販売店への,販売を目的とする商品の提供を行っていません。また,当社は他社・他販売店に対し,「COMAX」「COMAX Natural」の使用を許可していません。したがって,今回,選択した商品は,当社とは全く関係のない商品で間違いがありません。(後略)」

本件申告の結果、アマゾン社は、権利者から商標権を侵害している旨の主張があったことを理由として原告商品の出品を停止しました。
なお、原告側はアマゾン社に対し原告が正当な商標権を有することを説明し、出品の再開を求めましたが、アマゾン社は、原告商品の出品を再開するには被告からの申立ての取下げが必要としてこれを拒みました。

そこで、原告は、上記のとおり、不競法3条1項に基づき、虚偽事実の告知流布の差止めと損害賠償を求めて、被告に対し、訴えを提起しました。

判旨

本件では、①本件申告が虚偽事実の告知に当たるか、②原告の損害の有無及びその額が争点となりました。

争点①について

争点①(本件申告が虚偽事実の告知に当たるか)について、裁判所は、本件申告の内容等を踏まえ、本件申告は原告商品が被告の商標権を侵害していることを趣旨とするものであると認定した上で、以下のとおり本件申告が虚偽の事実の告知に当たり、信用棄損行為に該当すると判断しました。

原告各商標は,別紙原告商標目録記載のとおり,標準文字の「COMAX」から構成されるものなどであり,いずれも「第20類 マットレス,まくら,クッション,座布団,家具」を商品区分とするものであるところ,原告商品は,いずれも第20類に属する枕,マットレス等であって,原告各商標を付したものである。これに対し,被告各商標は,いずれも,商品区分を「第17類 天然ゴム ゴム」とするものであるから,原告商品は被告各商標権を侵害するものではない。
(中略)
以上のとおり,本件申告は,原告商品が本件各商標権を侵害していることを趣旨とするものであり,その内容は,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実であり,不競法2条1項21号の不正競争行為に該当するので,原告は,被告に対し,原告商品の販売が被告の有する商標権を侵害するとの虚偽の事実を第三者に告知又は流布することの差止めを求めることができる。

争点②について

争点②(原告の損害の有無及びその額)について、裁判所は、以下のとおり、原告の信用を毀損する告知を世界的通販業者であるアマゾン社にしたことや、原告が自己の商標を付していることを容易に知り得たことを指摘する一方、告知の相手方がアマゾン社に限られることを考慮して 、原告に50万円の無形損害 が生じたと認定しました。

前記判示のとおり,被告による本件申告は,原告が被告の商標権等を侵害しているというものであり,その内容は,原告及び原告商品の信頼を低下させるものであり,本件申告の申告先であるアマゾン社は全世界的なインターネット通販サイトを運営する企業である。加えて,本件申告は,原告が自らの商標を商品に付していることを容易に知り得たにもかかわらず,これを「偽造品」と称するものであって,その態様は悪質であることにも照らすと,原告の営業上の信用を毀損する程度は小さくないというべきである。
しかし,他方で,本件申告は,アマゾン社に対するもののみであり,インターネットなどを通じて,不特定の需要者,取引者に対して告知したものではないことなどの事情も認められ,こうした事情も含め,本件に現れた諸事情を総合的に考慮すると,原告に生じた無形損害は,50万円であると認めるのが相当である。

なお、被告は、アマゾン社による出品停止措置は本件申告によって原告商品が被告の商標権を侵害すると誤信したことによるものではないから、本件申告と原告が被った損害との間に相当因果関係が無いと主張しましたが、裁判所は、以下のとおり、アマゾン社の出品停止措置は合理的根拠を欠くものの、被告の申告によるものであることに変わりはないことから、 この主張を排斥しました。

本件におけるアマゾン社による原告商品の出品停止措置は,被告の商標権侵害等の事実は存在しないにもかかわらず,原告の説明及び原告から送付された資料等を十分に顧慮しないまま行われたものであって,合理的な根拠を欠くものであるといわざるを得ない。
他方,アマゾン社による上記出品停止措置は,本件申告に基づいて行われたものであり,本件申告と無関係の理由により行われたものであると認めるに足りる証拠はない。そうすると,同措置が直接的にはアマゾン社の判断によるものであるとしても,そのことは,被告による本件申告と原告に発生した無形損害との間に相当因果関係があるとの上記判断を左右するものではない。

また、原告は、不競法5条2項に基づき、原告商品の出品が停止された期間中に、被告が被告商品の販売により利益を得ていたはずであるとして損害賠償を請求していました。
しかし、裁判所は、被告が利益を上げていないことを理由として、以下のとおりこの請求を認めませんでした。

しかし,被告は,本件申告の前後を通じて,特に販売態様等を変えることなく被告商品を販売していたと認められるところ,証拠(乙22~24)によれば,被告商品の売上全体(別紙1)及び本件サイトに限定した被告商品の売上げ(別紙2)のいずれについても,本件申告後の売上げは,むしろ減少しているものと認められる。
そうすると,被告は,本件申告に係る不正競争行為により,営業上の利益を得たということはできず,本件申告とその後の被告商品の販売による利益との間に相当因果関係があると認めることはできない。

コメント

本判決は、個別具体的な事案に対する判断ではありますが、インターネットショッピングサイトの運営者に対して十分な根拠がないままに権利侵害を申告することが不競法上の虚偽事実の告知に当たり信用棄損行為に該当するリスクがあるということを示唆している点には注意が必要です。

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(文責・金村)