知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、令和2年(2020年)12月3日、新規事項を含むことを理由に特許異議申立てにおける訂正の請求を否定し、異議申立てにかかる各請求項について、新規性ないし進歩性欠如を理由に特許を取り消した特許庁の決定について、新規事項にかかる判断に誤りがあったものとして、同決定を取り消す判決をしました。

本判決の判示内容は、事例判断を示したものにとどまりますが、新規事項の認定判断において参考となると思われるため、紹介します。

ポイント

骨子

  • 本件明細書等の記載を検討してみると,たしかに,確認者が目視で安全確認を行う場合に関する実施例1,2,4においては,安全確認終了入力手段は乗降室内に設けるものとされ,確認者がカメラとモニタによって安全確認を行う実施例3においてのみ,安全確認終了入力手段を乗降室の内,外に複数設けてもよいと記載されている(【0090】)のであって,乗降室外目視構成を前提とした実施例の記載はない。
  • しかしながら,これらはあくまでも実施例の記載であるから,一般的にいえば,発明の構成を実施例記載の構成に限定するものとはいえないし,本件明細書等全体を見ても,発明の構成を,実施例1~4記載の構成に限定する旨を定めたと解し得るような記載は存在しない。
  • 他方,発明の目的・意義という観点から検討すると,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段は,乗降室内の安全等を確認できる位置にあれば,安全確認をより確実に行うという発明の目的・意義は達成されるはずであり,その位置を乗降室の内又は外に限定すべき理由はない(被告は,このような解釈は,本件明細書【0055】【0064】を不当に拡大解釈するものであるという趣旨の主張をするが,この解釈は,本件明細書等全体を考慮することによって導き得るものである。)。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和2年(2020年)12月3日
対象特許 特許第6093811号
「機械式駐車装置、機械式駐車装置の制御方法、及び機械式駐車装置の安全確認機能を設ける方法」
事件番号・事件名 令和元年(行ケ)第10117号
特許取消決定取消請求事件
原審決 特許庁異議2017-700814号
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    上 田 卓 哉
裁判官    都 野 道 紀

解説

特許異議申立てとは

制度の趣旨

特許は、以下のとおり、審査官が、特許出願を拒絶する理由を発見しなければ与えられます。

(特許査定)
第五十一条 審査官は、特許出願について拒絶の理由を発見しないときは、特許をすべき旨の査定をしなければならない。

逆にいえば、特許が与えられたとしても、審査官が発見していない拒絶の理由が残る可能性のある制度設計となっているといえます。

しかし、瑕疵のある特許が放置されると、既存の公知技術に特許による独占権が与えられてしまうなど、産業の発展という法目的に照らして好ましくない事態をもたらしかねません。

そこで、特許法は、特許庁がした特許に対して、広く公衆から特許の瑕疵について指摘を受ける制度を設けています。これが特許異議申立てと呼ばれる制度です。

特許異議申立て制度の概要

特許異議は、以下の特許法113条の定めに従い、特許掲載公報の発行の日から6ヶ月間に限り、誰でも申し立てることができます。

(特許異議の申立て)
第百十三条 何人も、特許掲載公報の発行の日から六月以内に限り、特許庁長官に、特許が次の各号のいずれかに該当することを理由として特許異議の申立てをすることができる。この場合において、二以上の請求項に係る特許については、請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。
 その特許が第十七条の二第三項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願(外国語書面出願を除く。)に対してされたこと。
 その特許が第二十五条、第二十九条、第二十九条の二、第三十二条又は第三十九条第一項から第四項までの規定に違反してされたこと。
 その特許が条約に違反してされたこと。
 その特許が第三十六条第四項第一号又は第六項(第四号を除く。)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたこと。
 外国語書面出願に係る特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内にないこと。

どのような理由に基づいて特許異議を申し立てることができるかについては、上記の特許法113条1号から5号に列挙されています。実務上しばしば申立ての理由となるのは同条2号所定の事由で、特に、特許法29条違反(新規性または進歩性の欠如)が主張されることがよくあります。

特許異議申立てに対する決定

特許庁に特許異議の申立てがあると、3人または5人の審判官がこれを審理し(同条1項)、特許発明が新規性や進歩性を欠くなど、異議に理由があると認められるときは、特許を取り消す決定をします(同条2項)。この決定を「取消決定」といいます。

(決定)
第百十四条 特許異議の申立てについての審理及び決定は、三人又は五人の審判官の合議体が行う。
 審判官は、特許異議の申立てに係る特許が前条各号のいずれかに該当すると認めるときは、その特許を取り消すべき旨の決定(以下「取消決定」という。)をしなければならない。

特許権者において取消決定に不服があるときは、後述の決定取消訴訟を提起することができます(特許法178条1項)。決定取消訴訟を提起せず、または、決定取消訴訟における請求が棄却されることによって取消決定が確定すると、その特許によって与えられていた特許権は、初めから存在しなかったものとみなされます(特許法114条1項)。

(決定)
第百十四条 (略)
 取消決定が確定したときは、その特許権は、初めから存在しなかつたものとみなす。

他方、異議に理由がないときは、特許が維持されます(同条4項)。特許を維持する決定を「維持決定」といいます。

(決定)
第百十四条 (略)
 審判官は、特許異議の申立てに係る特許が前条各号のいずれかに該当すると認めないときは、その特許を維持すべき旨の決定をしなければならない。

維持決定に対しては、不服申立てができません(同条5項)。つまり、特許異議の申立てをした人には、維持決定に対して訴訟提起をすることが認められておらず、その特許の瑕疵について重ねて争う場合には、特許無効審判(特許法123条1項)によることになります。

(決定)
第百十四条 (略)
 前項の決定に対しては、不服を申し立てることができない。

制度の変遷

かつての特許異議申立ては、特許の付与前に申し立てられることとされていましたが、その審理が終わるまで特許査定がなされず、特許の付与が遅滞していたため、平成6年の特許法改正によって、現行制度と同様、付与後に申し立てる制度に変更されました。

しかし、そうすると、同じく付与後に特許の瑕疵を争う手続きである特許無効審判との重複が問題となり、平成15年改正特許法では、いったん特許異議申立て制度が廃止され、その機能が特許無効審判に統合されました。

他方において、公衆審査制度としての特許異議申立ての必要性が再認識されるに至り、平成26年の特許法改正において、特許付与後の異議申立て制度が再度導入されました。数次の法改正を経る中で、現在の特許異議申立て制度は、手続負担の重い紛争解決手続である特許無効審判と制度目的が区別され、種々の点で手続が異なっています。

訂正請求とは

特許異議申立ての審理において、新規性または進歩性を欠くと認められそうな場合、特許権者が自らの特許を守るための定番の手段となるのが、特許の訂正です。しばしば利用されるのは、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正で、要するに、権利範囲を小さくすることによって、権利範囲に先行技術が含まれないようにし、特許が取り消されたり、無効にされたりすることを回避するわけです。

訂正の手続には、単独の審判手続である訂正審判のほか、特許異議申立てや特許無効審判の中で行う訂正の請求があります。特許異議申立てにおける訂正の請求については、以下のとおり、特許法120条の5第2項に規定されています。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 審判長は、取消決定をしようとするときは、特許権者及び参加人に対し、特許の取消しの理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。
 特許権者は、前項の規定により指定された期間内に限り、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
 特許請求の範囲の減縮
 誤記又は誤訳の訂正
 明瞭でない記載の釈明
 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。

新規事項の追加の禁止

特許異議申立てにおける訂正の請求について定めている特許法120条の5は、訂正の要件に関し、以下のとおり、訂正審判に関する規定である同法126条の4項から7項までを準用しています。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 第百二十六条第四項から第七項まで、第百二十七条、第百二十八条、第百三十一条第一項、第三項及び第四項、第百三十一条の二第一項、第百三十二条第三項及び第四項並びに第百三十三条第一項、第三項及び第四項の規定は、第二項の場合に準用する。(略)

ここで準用された規定のうち、特許法126条5項は、以下のとおり、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(略)に記載した事項の範囲内」でしなければならない、とされています。つまり、訂正に際して、明細書等に記載されていない新規の事項を付け加えることは許されていないのです。

(訂正審判)
第百二十六条 (略)
 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(同項ただし書第二号に掲げる事項を目的とする訂正の場合にあつては、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(外国語書面出願に係る特許にあつては、外国語書面))に記載した事項の範囲内においてしなければならない。

上述のとおり、特許異議申立てにおける訂正請求は、特許請求の範囲、つまり、特許の権利範囲を減縮し、そこに先行技術が含まれないようにすることで特許性を維持することを目的としています。

ここで、特許請求の範囲を減縮することは、一般に、特許発明に新たな要件を加えることによって行います。例えば、「断面が正六角形の鉛筆」という発明について特許があったところ、過去にすでに断面が正六角形の鉛筆があった場合、その特許は、特許異議申立てを受けると、取り消されることになります。そこで、「断面が正六角形であって、長手方向の一方の端に消しゴムを備えることを特徴とする鉛筆」と訂正すると、権利範囲は消しゴムがついた鉛筆にまで減縮されますが、過去に消しゴムのついた鉛筆がなければ、特許が維持される可能性が出てきます。これは、六角形の鉛筆という発明に、消しゴムという構成要素を新たな要件として加える訂正の例といえます。

しかし、このような訂正は無条件にできるわけではなく、明細書や特許請求の範囲、図面にそのような記載がなければなりません。後知恵で思いついた要件を訂正で加えることができないのです。このような考え方を示したのが上述の特許法126条5項です。

このように新規事項の追加を禁止する考え方は、特許異議申立てにおける訂正の場合のほか、特許無効審判における訂正や、出願段階における補正についても適用されます。

当初明細書等に記載した事項の範囲とは

上述のとおり、訂正請求は、当初の明細書等に記載した事項の範囲でしなければなりません。この当初明細書等に記載した事項の意味については、ソルダーレジスト事件知財高裁大合議判決(知財高判平成20年5月30日平成18年(行ケ)第10563号審決取消請求事件)が解釈を示しています。

同判決は、以下のとおり、①「明細書又は図面に記載した事項」は、明細書または図面の全ての記載の総合判断によって導かれる技術的事項を指すこと、そして、②このようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するか否かによって「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」といえるかを判断するものとしています。

「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

また、同判決は、特許請求の範囲の限定を付加する場合において、①限定事項が明細書や図面に明示的に記載されている場合及び②明示的記載はなくとも、記載から自明である場合には、新規事項の追加とはならないとの考え方を示しました。

明細書又は図面に記載された事項は,通常,当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから,例えば,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。

特許異議申立てにおいて訂正をする際には、多くの場合、特許請求の範囲に限定を付すことによって特許性を維持することになるため、実際上、これらが具体的な判断枠組みとして機能するものと考えられます。

なお、同判決の判示では「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とされ、特許請求の範囲が記載されていませんが、同判決で議論された補正は、明細書に特許請求の範囲が含まれていた平成14年改正前の特許法に基づくものだからで、現行法の「明細書、特許請求の範囲又は図面(外国語書面出願に係る特許にあつては、外国語書面))に記載した事項」との文言にも適用されます。

また、同判決は、特許無効審判における訂正の請求に際して新規事項が追加されたかが争われた事案ですが、判旨は特許異議申立てにおける訂正の請求や、審査段階における補正の場合にも適用されるものと解されています。補正における新規事項の判断についてソルダーレジスト事件判決の考え方が適用された裁判例については、こちらをご覧ください。

決定取消訴訟とは

特許異議申立てに対する決定があった場合において、その決定が維持決定である場合には不服申立てはできませんが、取消決定に対しては、特許権者は、特許法178条に基づき、決定の謄本が送達された日から30日以内に決定取消訴訟を提起することができます。

(審決等に対する訴え)
第百七十八条 取消決定又は審決に対する訴え及び特許異議申立書、審判若しくは再審の請求書又は第百二十条の五第二項若しくは第百三十四条の二第一項の訂正の請求書の却下の決定に対する訴えは、東京高等裁判所の専属管轄とする。
 前項の訴えは、当事者、参加人又は当該特許異議の申立てについての審理、審判若しくは再審に参加を申請してその申請を拒否された者に限り、提起することができる。
 第一項の訴えは、審決又は決定の謄本の送達があつた日から三十日を経過した後は、提起することができない。
 前項の期間は、不変期間とする。
 審判長は、遠隔又は交通不便の地にある者のため、職権で、前項の不変期間については附加期間を定めることができる。
 審判を請求することができる事項に関する訴えは、審決に対するものでなければ、提起することができない。

ここで、同条1項には、管轄裁判所として、「東京高等裁判所」が記載されていますが、特許異議申立ての決定に対する取消訴訟については、知的財産高等裁判所設置法2条2号に基づき、東京高等裁判所の「特別の支部」である知的財産高等裁判所が管轄を有しますので、実際の訴え提起は、知的財産高等裁判所あてに行われることとなります。

また、特許異議申立ての取消決定に対する取消訴訟においては、特許法179条本文が適用され、特許庁長官が被告となります。

(被告適格)
第百七十九条 前条第一項の訴えにおいては、特許庁長官を被告としなければならない。ただし、特許無効審判若しくは延長登録無効審判又はこれらの審判の確定審決に対する第百七十一条第一項の再審の審決に対するものにあつては、その審判又は再審の請求人又は被請求人を被告としなければならない。

事案の概要

経緯

本訴訟は、特許異議申立ての取消決定に対する取消訴訟で、特許第6093811号「機械式駐車装置、機械式駐車装置の制御方法、及び機械式駐車装置の安全確認機能を設ける方法」の特許権者が、特許庁長官を被告として提起しました。

上記特許の請求項1は、以下のようなものでした(符号は、判決で用いられたもの)。なお、本稿では、新規事項追加にかかる争点に直接関係する請求項1のみを引用します。

a 格納庫へ搬送される車両が載置され、前記車両の運転者が前記車両に乗降可能な乗降室が設けられる機械式駐車装置であって、
b 人による安全確認の終了が入力される入力手段と、
c 人の前記乗降室への入退室を検知する入退室検知手段と、
d 前記入力手段に前記安全確認の終了が入力されている状態で、前記車両の搬送を実行する制御手段と、
を備え、
e 前記制御手段は、前記入力手段に前記安全確認の終了が入力された後に、前記入退室検知手段によって前記乗降室への人の入室が検知された場合、前記入力手段への前記安全確認の終了の入力を解除する
f 機械式駐車装置。

この特許に対して、特許異議が申し立てられたところ、特許権者である原告は、請求項1を以下のとおり訂正することを求めました。

A 格納庫へ搬送される車両が載置され、前記車両の運転者が前記車両に乗降可能な乗降室が設けられる機械式駐車装置であって、
前記車両の運転席側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺及び前記運転席側に対して前記車両の反対側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺のそれぞれに配置され、人による安全確認の終了が入力される複数の入力手段と、
前記乗降室の外側に設けられた操作盤に配置され,前記車両の搬送の許可が入力される許可入力手段と、
C 人の前記乗降室への入退室を検知する入退室検知手段と、
D 前記入力手段に前記安全確認の終了が入力されている状態で、前記許可入力手段への操作が行われた後に、前記車両の搬送を実行する制御手段と、
を備え、
E 前記制御手段は、いずれかの前記入力手段に前記安全確認の終了が入力された後から、前記許可入力手段への操作が行われるまでの間に、前記入退室検知手段によって前記乗降室への人の入室が検知された場合、前記入力手段への前記安全確認の終了の入力を解除する
F 機械式駐車装置。

判決によると、上記訂正の請求について、特許庁は、明細書等においては、駐車装置の利用者(「確認者」)が乗降室内の安全等を確認する位置(訂正後請求項1の「安全確認実施位置」)及びその近傍に位置する安全確認終了入力手段は、原則として乗降室内にあるものとされ、例外的に、確認者がカメラとモニタを介して安全確認を行う場合にのみ、乗降室外とすることができるものとされているにもかかわらず、訂正後請求項1においては、確認者が直接の目視によって安全確認を行う場合にも、安全確認実施位置と安全確認終了入力手段を乗降室外とする(「乗降室外目視構成」)ことができることとなる点において、明細書等には記載のない事項を導入することになる、という理由で上記訂正の請求を認めず、上記特許につき、取消決定をしました。

つまり、特許庁は、まず、この特許の明細書で開示されている安全確認の方法と安全確認実施位置及び安全確認終了入力手段の組合せは、以下の場合のみであると認定したものと考えられます。

  • 目視による安全確認→安全確認実施位置及び安全確認終了入力手段は乗降室内
  • カメラ・モニタによる確認→安全確認実施位置及び安全確認終了入力手段は乗降室外でも良い

ところが、訂正によって追加された「前記車両の運転席側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺及び前記運転席側に対して前記車両の反対側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺のそれぞれに配置され」との要件(上記B)は「目視による安全確認→安全確認実施位置及び安全確認終了入力手段は乗降室外」という組合せ、つまり、乗降室外目視構成も含み得ます。

そこで、特許庁は、この点で新規事項を追加したものと判断し、訂正を認めず、特許を取り消す決定をしたのです。この取消決定に対して特許権者が取消訴訟を提起したのが本訴訟です。

判旨

判決は、まず、以下のとおり、訂正後の構成が、乗降室外目視構成を含むものであることは明らかであると認定しています。この点では、特許庁の認定を追認したものといえます。

訂正後請求項1の構成Bは,「前記車両の運転席側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺及び前記運転席側に対して前記車両の反対側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺のそれぞれに配置され,人による安全確認の終了が入力される複数の入力手段と,」と定めるのみであって,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段の位置を乗降室の内とするか外とするかについては何ら定めていないから,乗降室外目視構成も含み得ることは明らかである。

他方、判決は、一般に発明は実施例に限定されるわけではないと述べるとともに、現に本件の明細書等では、発明の範囲を実施例に限定するような記載はないとの認定をしています。

そこで,本件明細書等の記載を検討してみると,たしかに,確認者が目視で安全確認を行う場合に関する実施例1,2,4においては,安全確認終了入力手段は乗降室内に設けるものとされ,確認者がカメラとモニタによって安全確認を行う実施例3においてのみ,安全確認終了入力手段を乗降室の内,外に複数設けてもよいと記載されている(【0090】)のであって,乗降室外目視構成を前提とした実施例の記載はない。しかしながら,これらはあくまでも実施例の記載であるから,一般的にいえば,発明の構成を実施例記載の構成に限定するものとはいえないし,本件明細書等全体を見ても,発明の構成を,実施例1~4記載の構成に限定する旨を定めたと解し得るような記載は存在しない。

さらに判決は、発明の目的からすると、安全確認実施位置や安全確認終了入力手段は,乗降室内の安全等を確認できる位置にあればよく、その位置が乗降室の内外に限定される理由はないと述べています。

他方,発明の目的・意義という観点から検討すると,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段は,乗降室内の安全等を確認できる位置にあれば,安全確認をより確実に行うという発明の目的・意義は達成されるはずであり,その位置を乗降室の内又は外に限定すべき理由はない(被告は,このような解釈は,本件明細書【0055】【0064】を不当に拡大解釈するものであるという趣旨の主張をするが,この解釈は,本件明細書等全体を考慮することによって導き得るものである。)。

その後、判決は、以下のとおり、特許庁の主張を排斥しています。

被告は,乗降室の外から目視で乗降室内の安全を確認することは極めて困難ないし不可能であると考えるのが技術常識であるから,本件明細書等において,乗降室外目視構成は想定されていないという趣旨の主張をする。しかしながら,乗降室に壁のない駐車装置や,壁が透明のパネル等によって構成されている駐車装置等であれば,乗降室の外からでも自由に安全確認ができるはずであるし(その1つの例が,別紙2の駐車装置である。なお,被告は,本発明は,「格納庫」へ車両が搬送される機械式駐車装置の発明であることや,本件明細書等の図1の記載から,乗降室の外から乗降室内を目視することはできないと主張するが,「格納庫」が外からの目視が不可能な壁によって構成されていなければならない理由はないし,上記図1は,実施例1の構成を示したものにすぎず,駐車装置の構成が図1の構成に限定されるものではない。),仮に乗降室が外からの目視が不可能な壁によって構成されている場合でも,出入口付近の適切な位置に立てば(したがって,そのような位置やその近傍を安全確認実施位置として安全確認終了入力手段を配置すれば),乗降室外からであっても,目視により乗降室内の安全確認が可能であることは,甲19の報告書が示すとおりであり,いずれにせよ被告の主張は失当である。また,仮に被告の主張が,訂正後請求項1は,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段が,目視による安全確認が不可能な位置にある場合までも含むものであるという意味において,本件明細書等に記載のない事項を導入するものであるというものであるとしても,「安全確認実施位置」とは,安全確認の実施が可能な位置を指すのであって,およそ安全確認の実施が不可能な位置まで含むものではないと解されるから,やはり,その主張は失当である。

結論として、判決は、特許庁が訂正を認めなかったことは誤りであり、訂正後の特許請求の範囲について新規性や進歩性が判断されるべきであったとして、特許庁の決定を取り消しました。

コメント

本件は、あくまで具体的な事例に対する判断を示したものであって、判旨から一般的な規範を導けるわけではありません。しかし、判断において、特許庁の決定に見られるアプローチと、判決に見られるアプローチを対比すると、興味深い考え方の相違があるように思われます。

特許庁は、訂正後のクレームの記載について、それが、明細書に記載された実施例によってサポートされているか、という観点から新規事項の追加にあたるかを判断しているように見受けられます。つまり、実施例として示された具体的な技術の利用態様との対比により、訂正後の発明に逸脱した部分がないか、という観点で新規事項の有無を判断しようとしたと考えられます。

他方、本判決は、発明の構成が実施例に限定されるものではない、というところから議論をしています。本来、新規事項の追加に該当するか否かは、追加的構成要件が実質的に開示されているか、という観点から判断されるものですので、抽象的発明が実施例に限定されないというだけでは論証として飛躍があるように思われ、判旨は必ずしも理解しやすいものとは思われません。

しかし、括弧書きにて「この解釈は、本件明細書等全体を考慮することによって導き得るものである。」と述べられていることからすると、判決において詳細な判断プロセスは明示されていないものの、判決は、明細書全体から読み取ることのできる技術的思想を認定し、そこから逸脱した構成が追加されているかによって新規事項の追加の有無を認定しようとするものと考えられます。

確かに、本件で問題になった特許の明細書を見ると、実施形態の説明などを検討する限り、安全確認実施位置や安全確認終了入力手段の位置が、乗降室の内外いずれかに限定される必然性はないものと思われ、この判決も、ソルダーレジスト事件判決に典型的に見られる、新規事項に関する判断の実質化の流れの中に位置づけられるものと思われます。

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(文責・飯島)