東京地方裁判所民事第40部(佐藤達文裁判長)は、本年(令和2年)7月22日、プリンタメーカーであり特許権者である原告がトナーカートリッジの再生品の製造等を制限する仕様を採用したうえで、トナーカートリッジの電子部品を別の電子部品に取り替えてこれを製造販売した被告らに対して電子部品の特許権に基づいて差止め及び損害賠償を請求した事案において、原告の一連の行為が独占禁止法上の取引妨害に当たり、競争制限の程度の大きさ等を考慮すれば、原告の特許権行使が権利濫用に当たるとの判断を示しました。

知的財産権侵害訴訟において独占禁止法の問題が詳細に検討され、かつ、実際に原告の行為が独占禁止法上の取引妨害に当たり、特許権行使が権利濫用に当たると判断されたという点で実務上重要な意義を有するため、紹介します。

ポイント

骨子

  • 特許権に基づく侵害訴訟においても、特許権者の権利行使その他の行為の目的、必要性及び合理性、態様、当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし、特許権者による特許権の行使が、特許権者の他の行為とあいまって、競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、当該事案に現れた諸事情を総合して、その権利行使が、特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして、権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである。
  • 本件において、本件各特許権の権利者である原告が、使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で、その実施品である原告電子部品のメモリについて、十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより、リサイクル事業者が原告電子部品のメモリの書換えにより同各特許の侵害を回避しつつトナー残量の表示される再生品を製造、販売等することを制限し、その結果、当該リサイクル事業者が同各特許権を侵害する行為に及ばない限りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で、同各特許権に基づき権利行使に及んだと認められる場合には、当該権利行使は権利の濫用として許容されないものと解すべきである。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 令和2年7月22日
事件番号 平成29年(ワ)第40337号
特許番号 ①特許第4886084号、②特許第5780375号、③特許第5780376号
発明の名称 「情報記憶装置、着脱可能装置、現像剤容器、及び、画像形成装置」(①)、「情報記憶装置及び着脱可能装置」(②③)
裁判官 裁判長裁判官 佐藤 達文
裁判官    三井 大有
裁判官    今野 智紀

解説

権利濫用の抗弁

民法は「権利の濫用は、これを許さない。」と定めています(1条3項)。これは特許権にも適用される法理であり、被疑侵害物件が特許発明の技術的範囲に属し、かつ、特許に無効理由がないとしても、濫用的な特許権行使は認められません。

このような「権利濫用の抗弁」によって特許権行使が制限されるのは例外的な事案に限られますが、例えば有名なアップル対サムスン事件知財高裁決定(知財高裁平成26年5月16日決定)では、標準規格の実施者に対して「公正、合理的かつ非差別的」(fair, reasonable and non-discriminatory)な条件(FRAND条件)で標準規格必須特許のライセンスを付与するという宣言(FRAND宣言)がなされていた場合において、ライセンスを受ける意思を有する者に対する差止請求が権利濫用に当たると判断されました。

知的財産権と独占禁止法

特許権行使が独占禁止法に違反する場合も権利濫用の抗弁が認められる可能性があります。

独占禁止法21条は「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と定めていますが、これはあらゆる特許権行使について独占禁止法が問題とならないという意味ではありません。日之出水道機器事件知財高裁判決(知財高裁平成18年7月20日判決)は、同条について「発明,考案,意匠の創作を奨励し,産業の発達に寄与することを目的(特許法1条,実用新案法1条,意匠法1条)とする特許制度等の趣旨を逸脱し,又は上記目的に反するような不当な権利行使については,独占禁止法の適用が除外されるものではない」と述べ、特許権行使について独占禁止法が問題となる場合があることを認めました(この事案では、独占禁止法違反は認められませんでした)。

独占禁止法上の取引妨害

独占禁止法が禁止する不公正な取引方法の1つに「取引妨害」という行為類型があります(一般指定14項)。

自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもつてするかを問わず、その取引を不当に妨害すること。

不公正な取引方法の成否は、①独占禁止法が定める一定の行為により、②競争上の弊害が生ずるおそれ(公正競争阻害性)があるか否かによって決せられます。①を行為要件といい、②を弊害要件といいます。

取引妨害の行為要件のうち、「自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について」の部分は、潜在的な競争関係を含むものとして広く捉えられており、また、「契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもつてするかを問わず、その取引を……妨害する」の部分についても、「いかなる方法」でも構わないため、広く捉えられています。したがって、取引妨害については、「不当に」妨害したか否かという弊害要件の成否が議論の中心となります。

どのような場合に弊害要件が認められるかは、取引妨害の態様に応じて様々です。例えば競争者を誹謗中傷するビラをまいたという事案では、それによって直ちに市場全体への悪影響が生ずるものではありませんが、良質廉価な商品の供給によって競い合うという能率競争を侵害する点で不公正であるとして弊害要件が認められることがあります。他方、そういった明らかに悪質な事案ではなく、競争者と取引相手との契約交渉に介入したという事案や、競争者に対して部品や原材料の供給を制限したという事案では、手段の不公正さではなく、不公正な取引方法の他の行為類型と同様に、市場全体への悪影響(反競争性)の有無を検討する必要があります。

取引妨害における反競争性は、いわゆる「排除効果」の有無によって決まることが通常です。ここでいう排除効果とは、公取委の流通取引慣行ガイドラインで「市場閉鎖効果」と呼ばれるものであり、当該ガイドラインはこれを「非価格制限行為により,新規参入者や既存の競争者にとって,代替的な取引先を容易に確保することができなくなり,事業活動に要する費用が引き上げられる,新規参入や新商品開発等の意欲が損なわれるといった,新規参入者や既存の競争者が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる場合」と定義しています。

なお、不正競争防止法が規制する行為類型に「信用毀損行為」(2条1項21号)があり、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」と定義されています。上記の手段の不公正さが問題となるような事案では、不正競争防止法上の信用毀損行為の問題と構成することも可能です。

公取委の審査先例と「正当化理由」

ある商品を使用するために消耗品の交換が必要となるとき、そのような本体商品の市場とは別に、消耗品独自の市場が発生する場合があります。本体商品に付随する市場であるため、アフターマーケット(又は二次的市場)と呼ばれることがあります。本体商品の供給者はアフターマーケットを見据えて本体商品の販売戦略を考えるため、アフターマーケットにおいては、本体商品の供給者が消耗品の需要者を囲い込もうとする場合があります。

アフターマーケットの問題について、かつて、大手プリンタメーカーがレーザープリンタ用インクカートリッジにICタグを搭載し、再生品利用を困難にしていたため、公取委が審査を行った事案がありました。当該事案では、プリンタメーカーがインクカートリッジの再生品利用に支障を生じさせないように対応したため、処分に至りませんでしたが、審査終了にあたって公取委が公表した考え方では、以下のとおり記載されています(公取委「キヤノン株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」(平成16年10月21日)別紙)。

レーザープリンタに装着されるトナーカートリッジへのICチップの搭載とトナーカートリッジの再生利用に関する独占禁止法上の考え方

近年,レーザープリンタに使用されるトナーカートリッジ(以下「カートリッジ」という。)にICチップが搭載される事例が増えている。レーザープリンタのメーカーがその製品の品質・性能の向上等を目的として,カートリッジにICチップを搭載すること自体は独占禁止法上問題となるものではない。しかし,プリンタメーカーが,例えば,技術上の必要性等の合理的理由がないのに,あるいは,その必要性等の範囲を超えて

① ICチップに記録される情報を暗号化したり,その書換えを困難にして,カートリッジを再生利用できないようにすること

② ICチップにカートリッジのトナーがなくなった等のデータを記録し,再生品が装着された場合,レーザープリンタの作動を停止したり,一部の機能が働かないようにすること

③ レーザープリンタ本体によるICチップの制御方法を複雑にしたり,これを頻繁に変更することにより,カートリッジを再生利用できないようにすること

などにより,ユーザーが再生品を使用することを妨げる場合には,独占禁止法上問題となるおそれがある(第19条(不公正な取引方法第10項[抱き合わせ販売等]又は第15項[競争者に対する取引妨害])の規定に違反するおそれ)。

ここでは、独占禁止法上問題となるおそれがあるか否かについて、技術上の必要性等の合理的理由の有無やその必要性等の範囲が検討されています。ICチップなどの搭載に技術上の必要性・合理性があることを不公正な取引方法の成立要件との関係でどのように位置付けるかは考え方が分かれますが、一般的には、「正当化理由」の問題と捉えることができます。取引妨害と疑われる行為が排除効果を有するものであるとしても、技術上の必要性・合理性という正当化理由があれば、結論として、公正競争阻害性がないこととなります。

消尽に関するインクタンク事件最高裁判決

再生品に関する特許法分野の重要な判例として、インクタンク事件最高裁判決(最高裁平成19年11月8日判決)があります。

問題となった原告の特許発明は、インクジェットプリンタに使用されるインクタンクに関し、開封時のインク漏れを防ぐため、インクタンク内の負圧発生部材に工夫を凝らし、液体収納室への空気の移動を妨げる障壁を形成するというものですが、使用済みの製品では、残存インクの乾燥により、そのままインクを再充填しても上記障壁を形成できない状態となっていました。他方、再生品である被告製品は、インクタンク本体に洗浄及びインク注入のための穴を開け、内部を洗浄し、インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施し、上記穴からインクを注入するなどして製造されていました。

最高裁は、我が国において適法に特許製品を譲渡された場合には特許権が消尽し、もはや特許権の効力は、特許製品の使用・譲渡等・輸出・輸入・譲渡等の申出には及ばないという消尽理論を認めたうえ、例外的に特許権行使が許される場合について、以下のとおり述べました。

特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。

そして、最高裁は、被告製品の製造工程について、「インクタンク本体をインクの補充が可能となるように変形させるもの」であり、「使用済みの本件インクタンク本体を再使用し,本件発明の本質的部分に係る構成……を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させるもの」であるなどと述べ、取引の実情等も考慮して特許権行使を認めました。

事案の概要

原告は、名称を「情報記憶装置、着脱可能装置、現像剤容器、及び、画像形成装置」とする特許権(特許第4886084号)及び名称を「情報記憶装置及び着脱可能装置」とする2つの特許権(特許第5780375号、5780376号)を有し、レーザープリンタ(原告プリンタ)用トナーカートリッジ(原告製品、純正品)を製造、販売等しています。

被告B及び被告Cは、使用済みの原告製品から情報記憶装置(原告電子部品)を取り外し、被告らの製造に係る電子部品(被告電子部品)に取り替えたうえで、トナーを充填して、再生品であるトナーカートリッジ製品(被告製品)を製造しており、被告Aは、別会社を経由してこれを仕入れています。そして、被告らは、平成25年4月から平成29年10月までの間、被告電子部品が搭載された被告製品を、同年11月以降は、同電子部品の形状を変更した部品(被告電子部品(設計変更後))を、日本国内で販売し、又は販売の申出をしました。

原告の製造する純正品を使用した後、使用済みの原告製品にトナーを再充填して原告プリンタに装着すると、トナーの残量表示が「?」と表示され、異常を示す黄色ランプが点滅し、「非純正トナーボトルがセットされています。」との表示が出ます。そのままでも印刷は可能であるものの、「トナーがもうすぐなくなります。」「交換用トナーがあるか確認してください。」との予告表示はされず、トナーを使い切ると、「トナーがなくなりました」「トナーを補給してください」というメッセージが出て、赤色ランプが点灯します。

原告電子部品として使用されている情報記憶装置は不揮発性メモリの一種であり、書換制限がなければ、電圧操作によってデータの消去や書換えが可能であるため、リサイクル業者は、原告が製造するプリンタのうち、書換制限措置がない機種に適合するトナーカートリッジについては、電子部品のメモリを書き換え、トナー残量表示を可能にしたうえで販売しています。他方、原告は、本件で問題となった原告プリンタが属するシリーズのプリンタ及びその後継機種のプリンタ用のトナーカートリッジの電子部品について書換制限措置を講じています(原告プリンタが属するシリーズは既に販売が終了していますが、後継機種の一部で書換制限措置があります)。そのため、被告らは、原告電子部品を被告電子部品に取り替えたうえで被告製品を販売していました。

原告は、設計変更品を含む被告電子部品が上記各特許に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、被告らに対し、同電子部品と一体として販売されているトナーカートリッジ製品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、不法行為又は不当利得に基づき、特許法102条2項又は3項による損害賠償金及び弁護士費用の一部並びに遅延損害金の支払を求めました。

東京地裁は、設計変更後を含めて被告電子部品が本件各発明の技術的範囲に属することを認めましたが、原告による特許権行使が権利濫用であると判断し、原告の請求を全部棄却しました。

本稿では、権利濫用に関する判断内容を紹介します。

判旨

特許権行使に対する独占禁止法適用の有無

まず、東京地裁は、日之出水道機器事件知財高裁判決と同様に、特許権行使についても一定の場合に独占禁止法の問題となり得ることを認めました。

独占禁止法21条は,「この法律の規定は,…特許法…による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定しているが,特許権の行使が,その目的,態様,競争に与える影響の大きさなどに照らし,「発明を奨励し,産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し,又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については,独占禁止法21条の「権利の行使と認められる行為」には該当しないものとして,同法が適用されると解される。

独占禁止法上の取引妨害に該当する場合における権利濫用の成否

その上で、東京地裁は、特許権者の他の行為と相まって独占禁止法上の取引妨害に該当するなど公正な競争を阻害するおそれがある場合には、特許権行使が権利濫用となり得ることを認めました。

同法21条の上記趣旨などにも照らすと,特許権に基づく侵害訴訟においても,特許権者の権利行使その他の行為の目的,必要性及び合理性,態様,当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし,特許権者による特許権の行使が,特許権者の他の行為とあいまって,競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,当該事案に現れた諸事情を総合して,その権利行使が,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである。

そして、東京地裁は、この規範を本件の事実関係に合わせて具体化し、特許権者が十分な必要性・合理性がない書換制限措置を講じることにより、リサイクル業者が特許権を侵害しない限りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した場合には、特許権行使が権利濫用に当たると述べました。

〔以上のほか、公取委の審査先例も踏まえると〕本件において,本件各特許権の権利者である原告が,使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で,その実施品である原告電子部品のメモリについて,十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより,リサイクル事業者が原告電子部品のメモリの書換えにより同各特許の侵害を回避しつつトナー残量の表示される再生品を製造,販売等することを制限し,その結果,当該リサイクル事業者が同各特許権を侵害する行為に及ばない限りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で,同各特許権に基づき権利行使に及んだと認められる場合には,当該権利行使は権利の濫用として許容されないものと解すべきである。

具体的な検討

東京地裁は、前記の規範に基づき、以下の3点を検討しました。

  • トナーの残量表示を「?」とすることによる競争制限の程度(①)
  • 本件各特許権の侵害を回避しつつ、競争上の不利益を被らない方策の存否(②)
  • 本件書換制限措置の必要性及び合理性(③)

①②が排除効果の有無を検討し、③が正当化理由の有無を検討するものと理解することができます。そして、東京地裁は、①②について、被告らが競争上著しく不利益を受ける、③について、本件書換制限措置が必要かつ合理的であるとはいえない、と判断しました。

画像1

それでは、①~③について考慮された事情を個別に見てきましょう。

① トナーの残量表示を「?」とすることによる競争制限の程度

東京地裁は、要旨、以下の事情を考慮し、本件書換制限措置により、被告らがトナーの残量の表示が「?」であるトナーカートリッジを市場で販売した場合には、被告らが競争上著しく不利益を被ることとなる、と判断しました。

  • 再生品がユーザーに対して訴求力を有するのは、再生品と純正品の価格差のみならず、価格差にもかかわらず、純正品と同等の品質を備えているという点にある。
  • 再生品トナーカートリッジの市場シェアをみると、トナーカートリッジにおける平成21年から平成29年までのリユース率(新品に対するリユース品の割合)は、モノクロ・カラー合計で23.1~26.4%で推移しているものと認められ、再生品が廉価であるにもかかわらず、その市場シェアが上記の程度にとどまっているとの事実は、ユーザーにとってトナーカートリッジ再生品の品質が非常に重要であり、再生品がユーザーの信頼を得ることが難しいことを示している。
  • トナー残量が「?」と表示されると、ユーザーとしては、トナーが切れたときに備えて予備のトナーカートリッジを常時用意しておかなければならず、本来不必要な保守・管理上の負担をユーザーに課すこととなるとともに、ユーザーは、再生品の品質に不安を抱き、再生品の使用を躊躇すると考えられる。このような再生品をトナーカートリッジ市場で販売したとしても、ユーザーに広く受け入れられるとは考え難い。
② 本件各特許権の侵害を回避しつつ、競争上の不利益を被らない方策の存否

東京地裁は、要旨、以下の事情を考慮し、本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて、原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はなく、電子部品を取り替えた被告製品の販売等が差し止められると、被告らはトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受けることとなる、と判断しました。

  • 本件各発明はトナーカートリッジに設置される情報記憶装置(電子部品)の物理的な構造や部品の配置に関するものであるところ、被告らによる原告電子部品のメモリの書換えは、情報記憶装置の物理的な構造をそのまま利用したうえで、当該装置に記録された情報の書換えを行うものにすぎないため、原告電子部品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと評価することはできず、インクタンク事件最高裁判決に照らすと、本件各特許権を侵害する行為ではない。
  • 本件各発明に係る情報記憶装置は、画像形成装置本体(プリンタ)に対して着脱可能に構成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)に搭載されるものであり、当該情報記憶装置に形成された穴部を介して,画像形成装置本体の突起部と係合するものであるから、被告製品の構成や形状は、適合させる原告プリンタの構成や形状に合わさざるを得ず、その設計上の自由度は相当程度制限される。実際、本件各特許権の侵害を回避するような態様で変更している製品の存在を示す証拠は存在しない。
③ 本件書換制限措置の必要性及び合理性

原告は、本件書換制限措置について、ⓐトナーの残量表示の正確性の担保、ⓑ電子部品のメモリに書き込まれたデータの製品開発及び品質管理・改善への活用等の観点から、必要かつ合理的であると主張しました(3つ目の観点は判決文で黒塗りされています)。

東京地裁は、具体的な検討に入る前に、要旨、以下のとおり述べました。

  • 原告プリンタが属するシリーズの開発時点において、メモリの書換えをした再生品による具体的な弊害が生じ、対応が必要とされていたことや、この点が開発にあたって考慮されていたことをうかがわせる証拠はない。
  • 本件書換制限措置が本件各特許権に係る技術の保護、侵害防止等と関連性を有しないことは当事者間に積極的な争いはない。本件書換制限措置の必要性及び合理性は、他のシリーズのトナーカートリッジにも同様に妥当すると考えられるが、他のシリーズでは同様の措置は講じられていない。
  • 本件書換制限措置は、印刷するうえで直接的に必要となる措置ではなく、リサイクル業者がメモリを書き換える段階で効果を奏するものであるから、特許実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジについて、譲渡等により対価をひとたび回収した後の自由な流通や利用を制限するものである。そのような特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性に照らすと、使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者自身が制限する措置については、その必要性及び合理性の程度が当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要する。

その上で、東京地裁は、要旨、以下の事情を考慮し、ⓐについては「必要性の範囲を超え,合理性を欠く」、ⓑについても「必要性及び合理性がないか,その範囲を超える」と判断し、原告が主張した残りの観点についても必要性及び合理性を否定しました。

  • ⓐについては、そのような措置をとらないと、ユーザーの利益を害し、ひいては、原告製品への信頼が損なわれる具体的なおそれが存在することを要する。原告が指摘した再生品等における印刷枚数のばらつきは、調査範囲が限定的であり、残量表示の不正確さを推認することはできない。トナーカートリッジの再生品については、E&Qマーク等の認証基準が設定され、品質の確保が図られているところ、認証を得たトナーカートリッジの再生品について、トナー残量表示が不正確な製品が多く流通し、書換制限をしないと原告製品に対する信頼を維持することが困難であるなどの事情は認められない。
  • ⓑについては、トナーカートリッジの電子部品のメモリに記録された情報が製品の品質・性能の向上や新製品の開発等に有用であるとしても、純正品のメモリに記録された情報を解析することによりその目的は達成できるため、本件書換制限措置が必要かつ合理的であるというためには、製品の品質等の向上や新製品の開発に支障が生じており、又は支障が生じるおそれが存在することを要する。しかし、原告が挙げる具体的事例は、これらを示すものではない(具体的事例の内容は黒塗りされています)。
結論

以上の検討を踏まえ、東京地裁は、原告の一連の行為が独占禁止法上の取引妨害に当たると判断したうえで、本件書換制限措置による競争制限の程度が大きく、必要性・合理性が低いこと、使用済み製品の自由な流通や利用を制限することを考慮し、本件各特許権に基づく差止請求が権利濫用に当たると判断しました。

このような原告の一連の行為は,これを全体としてみれば,トナーカートリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をした製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり,トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し,公正な競争を阻害するものとして,独占禁止法(独占禁止法19条,2条9項6号,一般指定14項)と抵触するものというべきである。そして,本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと,同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと,同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると,本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たるというべきである。

また、東京地裁は、本件各特許権に基づく損害賠償請求についても権利濫用に当たると判断しました。

差止請求が権利の濫用として許されないとしても,損害賠償請求については別異に検討することが必要となるが,上記ア記載の事情に加え,原告は,本件各特許の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジを譲渡等することにより既に対価を回収していることや,本件書換制限措置がなければ,被告らは,本件各特許を侵害することなく,トナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えることにより再生品を販売していたと推認されることなども考慮すると,本件においては,差止請求と同様,損害賠償請求についても権利の濫用に当たると解するのが相当である。

コメント

日之出水道機器事件知財高裁判決以降、知的財産権侵害訴訟において被疑侵害者が独占禁止法違反を主張し、裁判所がこれに対する判断を示すということが従前よりは増加しました。しかし、裁判所は、特許権の問題は可能な限り特許法の問題として処理する傾向があります。例えばアップル対サムスン事件知財高裁決定の事案は独占禁止法の問題と構成することもできましたが、知財高裁は、基本的に特許法の問題としてこれを処理しました。また、一般的に特許権の保護はイノベーションによる効率性の向上という競争上のプラス効果があるため、独占禁止法により特許権行使を制限するためのハードルは相当に高いといえます。これらの事情が相まって、裁判所が「知的財産権と独占禁止法」の問題を正面から取り上げ、詳細に検討するということはほとんどありませんでした。そのため、裁判所が特許権行使と独占禁止法上の取引妨害との関係について詳細に検討し、実際に特許権行使を制限した本判決は、非常に珍しいものといえます。

権利濫用に関する判断基準については、例えばアップル対サムスン事件知財高裁決定は、特許権者によってFRAND宣言がなされており、かつ、標準規格の実施者がライセンスを受ける意思を有することを被疑侵害者において主張立証すれば、権利濫用の抗弁が成立するという定式的な基準を示しました(知財高裁におけるカテゴリカルな分析手法は、例えばインクタンク事件の控訴審判決でも採用されています)。他方、本判決は、独占禁止法上の取引妨害が成立するなど公正な競争を阻害するおそれがある場合には、諸事情を総合考慮し、権利濫用に当たることがあり得ると述べており、定式的な基準を示したものではありません。したがって、本判決に従えば、同種の事案において最終的に権利濫用とされるか否かはケースバイケースで検討することになります。

また、本件における取引妨害の成否について裁判所が採用した判断の枠組み自体は、公取委の審査先例にも現れていた一般的なものですが、これを裁判所が具体的事案に適用し、実際に取引妨害の成立を認めたという点で、独占禁止法分野の裁判例としても本判決は一定の価値を有するものと思われます。

もっとも、控訴審において本判決の内容が覆る可能性もありますので、現時点で本判決は1つの先例に過ぎない点にはご留意ください。

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(文責・溝上)