2020年、総務省、法務省、経済産業省の連名で、電子契約に関する法的解釈を示すQ&Aが相次いで公表されました。いずれも電子契約が押印のある契約書と同等の法的効力を持ちうることを示す内容であり、電子契約の普及を促進しようとする政府の姿勢が窺われます。

本稿では、電子契約に関する法的論点の説明とともにこれらのQ&Aをご紹介し、導入にあたっての留意点にも言及します。

ポイント

Q&Aの概要

公表日 名称
2020年7月17日 電子署名法2条1項に関するQ&A
【正式名称】
利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A
2020年9月4日 電子署名法3条に関するQ&A
【正式名称】
利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法第3条関係)

(以下、両Q&Aを合わせて「本件Q&A」といいます。)

本稿の骨子

  • 紙の契約書を作らなくても、特別な場合を除き、契約は法的に有効に成立します。
  • 押印された契約書を作成することによる法的効果は、当該契約書が名義人によって真正に成立したことが推定される点にあります。
  • 電子契約でも、電子署名法の要件を満たせば、押印された契約書と同等の真正な成立が推定される効果があります。
  • 本件Q&Aは、事業者署名型の電子契約サービスが電子署名法の要件を満たしうること、その基準や具体例を示しています。例えば、以下のとおりです。
  • <電子署名法2条1項1号について>事業者署名型の電子契約サービスも、技術的・機能的に見て、サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保されていると認められる場合であって、サービス提供事業者に対して電子文書の送信を行った利用者やその日時等の情報を付随情報として確認することができるものになっているなどのときは、電子署名法2条1項1号の電子署名の要件を充足する。
  • <電子署名法3条について>一般論として、事業者署名型の電子契約サービスも、①利用者とサービス提供事業者間、及び②サービス提供事業者内部のそれぞれのプロセスにおいて十分な水準の固有性が満たされていると認められる場合には、電子署名法第3条の電子署名に該当する。その電子署名が本人すなわち電子文書の作成名義人の意思に基づき行われたと認められる場合には、電子署名法3条の規定により当該電子文書は真正に成立したものと推定される。

解説

契約書を作成する理由

民法522条は「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」と定めており、特別の場合を除き、契約は書面がなくても成立することを明らかにしています。したがって、契約書を作成しなくても原則として契約自体は法的に有効に成立します。

もっとも、実際には契約書なしでビジネスを進めることは少なく、合意した内容を表した契約書を作成している場合がほとんどでしょう。その理由は、契約書に合意内容を記載することでその内容を確認することに加え、万一契約の内容に関して後日争いが生じた場合の解決指針となるべき証拠として残しておくという意味があります。

また、法的には、次項で述べる捺印によって裁判上の証拠としての法的効果が発生することも、実質的な理由であるといえます。

契約書に捺印をすることの法的効果

契約書に捺印をする法的な意味は、裁判上、捺印がある契約書には「真正な成立」、すなわち文書の作成名義人が本当にその文書を作成したものであることが推定される点にあります。その法的構成は次のようなもので、「二段の推定」と呼ばれています。

まず、私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出された印影であるときは、判例上、当該印影は本人または代理人の意思に基づいて顕出されたものと推定されます*1

次に、本人の意思に基づく印影のある私文書は、真正な成立が推定されることが法定されています(民事訴訟法228条4項)。

このように、契約書に捺印があることによって、当該契約書について成立の真正(本人性)の推定を受けられることになります。

ここでポイントとなるのは、上記民事訴訟法228条4項の推定を受けるための要件が、文書に「署名又は押印があるとき」と法定されていることです。このため、民事訴訟法228条4項の下では、電子契約は成立の真正の推定を受けられないことになります。この点を手当てしたのが、次に述べる電子署名法*2でした。

電子署名法

電子署名法3条は、次の要件をいずれも満たす電磁的記録には真正な成立が推定されると定めています。
(1) 本人による「電子署名」があること
(2) 当該「電子署名」が、「これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるもの」であること

電子契約であっても、これらの要件を満たせば、捺印のある契約書と同等の法的効果(真正な成立が推定される効果)が電子署名法に基づいて発生します。

要件(1)電子署名に該当するか

現在、日本でもいくつもの会社によって電子契約サービスが提供されています。電子契約サービスにおいて使用される電子署名は上記(1)の「電子署名」として電子署名法3条により成立の真正が推定されるでしょうか。

上記(1)でいう「電子署名」の定義は、電子署名法2条1項に定められています。それによると「電子署名」とは、電磁的記録に記録することができる情報について行われる措置であって、次のいずれにも該当するものです。

一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。
二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。

他方、民間企業によって提供される電子署名は、電子署名の署名者に着目して以下の2つのタイプに分けられます。

本人署名型 契約当事者が電子署名を施すタイプ
事業者署名型(立会人署名型) 電子契約サービス事業者が電子署名を施すタイプ

事業者署名型は、当事者署名型よりも利用者にとって導入のハードルは低く使い勝手がよいものの、この「電子署名」該当性については従来議論がありました。

その争点は、署名を施すのがサービス提供会社であるため、電子署名法2条1項1号の「当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること」という要件を満たすのか、というものでした。

つまり、サービス提供会社が「当該措置を行った者」であるとすれば、電子契約当事者のための「電子署名」にはならないのに対し、サービス利用者が「当該措置を行った者」と解釈できるのであれば、電子契約もサービス利用者すなわち当該契約の当事者の「電子署名」を具備するものと帰結されることになります。

この点に関して政府の解釈を示したのが、電子署名法2条1項に関するQ&Aです。

電子署名法2条1項に関するQ&A

電子署名法2条1項に関するQ&Aは、以下のとおり、サービス事業者が電子署名を施した電子文書についても、「当該措置を行った者」は電子契約サービス利用者であると評価しうるとの見解を示しました。

利用者が作成した電子文書について、サービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化を行うこと等によって当該文書の成立の真正性及びその後の非改変性を担保しようとするサービスであっても、技術的・機能的に見て、サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保されていると認められる場合であれば、「当該措置を行った者」はサービス提供事業者ではなく、その利用者であると評価し得るものと考えられる。

その上で同Q&Aは、事業者署名型の電子契約サービスにおける電子署名が、サービス利用者(電子契約当事者)の「作成に係るものであることを示すためのものであること」に該当する場合について、以下のとおり例示しました。

上記サービスにおいて、例えば、サービス提供事業者に対して電子文書の送信を行った利用者やその日時等の情報を付随情報として確認することができるものになっているなど、当該電子文書に付された当該情報を含めての全体を1つの措置と捉え直すことよって、電子文書について行われた当該措置が利用者の意思に基づいていることが明らかになる場合には,これらを全体として1つの措置と捉え直すことにより、「当該措置を行った者(=当該利用者)の作成に係るものであることを示すためのものであること」という要件(電子署名法第2条第1項第1号)を満たすことになるものと考えられる。

以上をまとめると、同Q&Aでは、事業者署名型の電子契約サービスであっても

  • 技術的・機能的に見て、サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保されていて、かつ
  • サービス提供事業者に対して電子文書の送信を行った利用者やその日時等の情報を付随情報として確認することができるものなど

は、電子署名法2条1項における「電子署名」に該当しうるとの見解が示されているといえます。

要件(2)「本人だけが行うことができる」ものに該当するか

電子署名法3条による推定の効果を受けるための要件(2)は、上記のとおり、電子署名が「これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるもの」であることです。

事業者署名型の電子契約サービスがこの要件を充足しうる場合について政府の見解を示したのが、電子署名法3条に関するQ&Aです。

電子署名法3条に関するQ&A

電子署名法3条に関するQ&Aは、電子署名法3条による効果を与える前提として「暗号化等の措置を行うための符号について、他人が容易に同一のものを作成することができないと認められることが必要」と述べ、これを固有性の要件と呼んでいます。

その上で同Q&Aは、「例えば、十分な暗号強度を有し他人が容易に同一の鍵を作成できないものである場合」には、固有性の要件を満たすと述べています。

これを踏まえて同Q&Aは、事業者署名型の電子契約サービスが固有性の要件を満たすためには、次の①(利用者・サービス提供事業者間)と②(サービス提供事業者内部)のいずれのプロセスにおいても十分な水準の固有性が満たされていることが必要としました。

プロセス 固有性が満たされていると認められうる場合
①利用者とサービス提供事業者の間で行われるプロセス 利用者が2要素による認証を受けなければ措置を行うことができない仕組みが備わっているような場合【例:利用者が、あらかじめ登録されたメールアドレス及びログインパスワードの入力に加え、SMS送信やトークンの利用など当該メールアドレスの利用以外の手段により取得したワンタイム・パスワードの入力を行うこと】
②①における利用者の行為を受けてサービス提供事業者内部で行われるプロセス サービス提供事業者が当該事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う措置について、暗号の強度や利用者毎の個別性を担保する仕組み(例えばシステム処理が当該利用者に紐付いて適切に行われること)等に照らし、電子文書が利用者の作成に係るものであることを示すための措置として十分な水準の固有性が満たされていると評価できるものである場合

その上で同Q&Aは、次のように結論づけています(下記でいう「上記サービス」とは、事業者署名型の電子契約サービスを指しています。)。

あるサービスが電子署名法第3条に規定する電子署名に該当するか否かは、個別の事案における具体的な事情を踏まえた裁判所の判断に委ねられるべき事柄ではあるものの、一般論として、上記サービスは、①及び②のプロセスのいずれについても十分な水準の固有性が満たされていると認められる場合には、電子署名法第3条の電子署名に該当するものと認められることとなるものと考えられる。したがって、同条に規定する電子署名が本人すなわち電子文書の作成名義人の意思に基づき行われたと認められる場合には、電子署名法第3条の規定により、当該電子文書は真正に成立したものと推定されることとなると考えられる。

また同Q&Aは、要件(2)の「これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより」に該当しうる具体例として、サービス提供事業者の署名鍵及び利用者のパスワード(符号)並びにサーバー及び利用者の手元にある2要素認証用のスマートフォン又はトークン(物件)等を適正に管理することを挙げています。

導入にあたっての留意点

電子契約をめぐる実務上の論点としては、本件Q&Aによる整理がなされたこともあり、法的効力の有無の総論的な点は既に落ち着きを見せつつあるかと思われます。

もっとも、電子署名法3条に関するQ&Aにも、一部、個別の事案における具体的な事情を踏まえた裁判所の判断に委ねられる旨が書かれているところ、直接的な裁判例はいまだ見当たりません。

そこで、電子契約の導入を考える利用者の立場からは、どの電子契約サービスを選ぶか、当事者署名型か事業者署名型か、という選択に加え、自社が締結する契約の全てを電子契約とするのか、それとも一部は紙の契約書を残すのか、というポイントがあります。

この点、契約の重要度に応じた使い分けをするべきことが、既にしばしば指摘されています。本件Q&Aにおいても、当該サービスを利用して締結する契約の重要性の程度や金額といった性質等に応じて適切なサービスを選択することが適当との記載があります。

実際、企業にとっては金額の点も大きく、例えば数十万円の契約と数十億円の契約とで同じ取り扱いでよいのかは気になるところではないでしょうか。

さらに、一定以上の規模の会社においては、契約によって捺印名義者を分けていることは実務上しばしば見られることですが、そうした会社においては、例えば従来代表取締役が捺印していた契約はどうする?といった議論は起こりそうです。

また、当該契約の相手方に電子契約サービスによることを了承してもらわなければ利用はできませんので、紙の契約と電子契約を併用すると業務効率化は一定程度阻害されてしまうものの、契約の相手方によって使い分けがされることもありえるでしょう。

今後、利用者の立場からの実務上の関心は、本件Q&Aも加味した電子契約サービスの選択、電子契約に切り替えるための社内・社外のフロー、締結権限の分配やオペレーションを含む運用規程の整備などの面に移っていくのではないかと思われます。その過程では、場合によっては専門家の助言が有用なこともあるでしょう。

コメント

電子契約の利点として、印紙税や郵送料等の削減、契約締結に関する作業効率の向上・時間短縮、紙の契約書の保管スペースの削減などは、既に言われて久しいものです。

メリットの中でも、電子契約を利用すれば出勤して捺印する業務がなくなってリモートワークがしやすくなる点は、2020年に政府から電子契約に関するQ&Aが相次いで出されたことと無縁ではないように思われます。本件Q&Aは、日本で広がりつつあると思われる事業者署名型の電子契約サービスが電子署名法によって押印と同じ効果を持ちうるとの解釈を示すものであり、電子契約の利用を後押しする効果が見込まれるからです。

さらに、2020年11月下旬の報道によると、政府は、国と企業との間の契約において民間の電子署名サービスを利用できるよう関連規則を2020年中に改正する意向と報じられています。

デジタル化に向けた追い風を感じつつも、電子契約の導入については本件Q&Aを含む実務の動向を踏まえて、自社の実情に応じた検討と判断をしていくべきと考えられます。

脚注
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*1  最高裁昭和39年5月12日判決(昭和39(オ)71求償債権等請求)

*2 正式名称は「電子署名及び認証業務に関する法律」

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(文責・神田)