経済産業省と特許庁は、2022年3月、『モデル契約書(大学編)』を取りまとめました。

これに先立って、スタートアップと事業会社との間のオープンイノベーション促進の観点から作成されたモデル契約書が公表されており、既に別稿にてご紹介しました(新素材編AI編(1)AI編(2))。

『モデル契約書(大学編)』は、これらに大学を当事者に据えたモデル契約書を加えるものであり、大学と事業会社の間、あるいは大学と大学発ベンチャーの間における、共同研究開発契約書、コンソーシアム契約書、ライセンス契約書から成ります。

本稿では、この『モデル契約書(大学編)』の公表後も各所でオープンイノベーションが加速していることを受け、『モデル契約書(大学編)』のうち実務で最もよくみられる類型と思われる大学と事業会社の間のモデル共同研究契約書をご紹介します。

ポイント

  • 大学と事業会社との間のモデル共同研究開発契約書は、事業会社が欲する材料を組成するために、マテリアルズ・インフォマティクスの手法に知見のある大学と共同研究開発するにあたって締結される共同研究開発契約のモデル契約書を示すものです。ただし、契約書としての「ゴールデンスタンダード」ではなく、新たな選択肢を示すものとされています。
  • 事業会社が大学に対し、研究への取り組みの対価としてまず定額を支払い、さらに一定の成果を得られた場合に成功報酬を支払うことを定めています。
  • 共同研究開発に要する費用も原則として事業会社が負担することを定めています。
  • 知的財産権の帰属については、最適な組成の発見を可能とするプログラムに関する発明は大学に帰属することを定めています。
  • 上記プログラムを除く共同研究開発によって取得された発明は事業会社と大学との共有とするものの、大学は自己実施も実施許諾もしないこと、事業会社が大学の持分を購入できること、事業会社は大学の同意がなくても第三者に実施許諾できるが取得したライセンス料は大学に分配すること、出願等の費用は全て事業会社が負担することを定めています。
  • 不実施補償の支払いは定められていません。
  • 成果の公表については、大学が学術発表を行うにあたってはその内容を事前に事業会社へ通知すること、事業会社から合理的な範囲で内容修正や公表延期を求めることができることを定めています。

解説

モデル契約書の作成経緯

経済産業省と特許庁によるオープンイノベーション促進のためのモデル契約書は、スタートアップと事業会社との間のモデル契約書(新素材編)ver.1が2020年6月に公表されたのを皮切りに、2021年3月にはスタートアップと事業会社との間のモデル契約書(AI編)ver.1が公表されました。両モデル契約書は、2022年3月にver.2が公表され、版を重ねています。

他方、2022年3月には、大学を当事者とするモデル契約書が『モデル契約書(大学編)』として公表されました。その内訳は以下のとおりです。

契約当事者 契約書
大学と事業会社 共同研究開発契約書 コンソーシアム契約書
大学と大学発ベンチャー 共同研究開発契約書 ライセンス契約書

本稿では、大学と事業会社の間のモデル共同研究契約書(上記太字部分。以下「本モデル契約書」又は「モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)」といいます。)をご紹介します。

モデル契約書の特徴

『モデル契約書(大学編)』は、大学と事業会社(あるいは大学発ベンチャー)の間の仮想の取引事例を設定し、その進展に即したモデル契約書を提示していることを特徴とします。

また、『モデル契約書(大学編)』を公表した際の経済産業省のリリース[1]では、2020年6月に取りまとめられた「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン【追補版】 」において、産学官連携を「コスト」ではなく「価値」への投資として捉え、「知」を価値付け(値付け)する手法が整理されたことが指摘されています。

その上で同リリースでは、『モデル契約書(大学編)』が、「知」への価値づけを契約条項に落とし込む試みであることや、大学が関係するオープンイノベーション活動において「知」の価値を適切に反映した契約実務の普及が急務であるとの課題意識が述べられており、さらには

モデル契約書(大学編)の活用により、オープンイノベーションの更なる推進に加え、「知」の価値に見合った資金が大学側に還流し、もって大学における基礎研究の更なる活発化が実現されることを願っています。

と述べられています。

さらに、同時に公表された文書[2]では、

  • モデル契約書は「ゴールデンスタンダード」ではなく、従来の常識とされていた交渉の落とし所ではない新たな選択肢を提示したものである
  • スタートアップや大学がオープンイノベーションのパートナーとなる場合は、今までの事業会社間で行われていた契約実務に関する落とし所とは異なる落とし所となることは、ある意味で当然といえる
  • この『新たな交渉の落とし所』が、あらゆるオープンイノベーション事例に適用できるかといえば、その考え方もまた違う
  • 実際には前提条件が異なる様々な想定シーンがあり、それらのケースではモデル契約書が必ずしも最適な契約内容とならない

といったことが述べられています。

『モデル契約書(大学編)』を参照するにあたっては、上記のような趣旨に基づいて作成されたモデル契約書であることを念頭に置き、大学側、会社側とも過度にこれに固執しないよう注意する必要があります。

以下本稿では、大学・事業会社間の共同研究開発に係る本モデル契約書について、その基礎となった取引事例における想定シーンの骨子及びポイントと思われる点をご紹介します。

想定シーン

本モデル契約書が設定する想定シーンは、大要次のようなものです。

  • 発電施設の開発事業を営むX社(以下「X社」)は、再生可能エネルギーの1 つである太陽光発電に関する技術開発を行うことを検討した結果、新型太陽電池事業化を目指した研究開発に注力することを決定し、特に、基盤技術の1 つである変換効率と耐久性を両立する最適な材料の組成を目指すこととした。
  • X 社は、最適な材料組成を検討するにあたり、マテリアルズ・インフォマティクス(機械学習を含む情報科学技術を用いて効率的に材料開発を行う手法をいう。)を活用すべきだと考えたが、同社は同手法についての経験・ノウハウが乏しかった。
  • そこでX社は、素材分野におけるマテリアルズ・インフォマティクスを注力分野の1つとするY大学のA教授にコンタクトをとり、変換効率と耐久性を両立する最適な材料の組成を目指して、Y大学と共同研究開発に取り組むこととした。

●X社が目指していること

  1. 早期の事業化はできずとも良いが、共同研究開発が時間と費用をかけてダラダラと進んでいくことは回避したい。そのため、大学が共同研究開発を積極的に進めるインセンティブを設定したい。ただし、事業化ができるか否かも不透明な段階なので、インセンティブを設定するにしても、事業化した後の事業の収益に連動させるような報酬体系は採用できない。
  2. 研究期間や工数は正確には見通せないことは理解するが、大学に支払う対価が青天井にならないように、何らかの上限は定めたい。
  3. 成果物に関する知的財産権は、遅くとも事業化が現実的になった段階では自社に単独帰属させたい。
  4. 技術力をアピールするために、共同研究開発やその成果を利用した製品を公表するにあたり、Y大学の名称を使用したい。

●Y大学が目指していること

  1. 学内でも先進的な研究をリードする研究者であるA教授を、学内の研究活動ではなく、X社との共同研究開発に従事させる分、「知」への価値付けとして、相応の対価は欲しい。事業化が不透明な段階であるので、共同研究開発の成否やその後の事業化の成否に関わらず一定額の報酬を受け取れる報酬体系にしたい。
  2. 共同研究開発が成功した場合、X社は事業で大きな売上や利益を獲得できる可能性を得ることとなる一方、大学は事業の実施主体とはなれず、同売上・利益の恩恵を直接受けることができないため、その点に関する何らかの成功報酬は欲しい。
  3. 成果物の知的財産権をX社に単独帰属させる場合、将来の研究活動の支障にならないよう、Y大学や関連する研究機関には権利行使を控えてほしい。
  4. 共同研究開発を推進するにあたって必要な経費はすべてX社に負担してほしい。

事業会社が大学との共同研究開発を行う場合の留意点

本モデル契約書の逐条解説(以下「本モデル契約書逐条解説」といいます。)においては、大学等のアカデミアと共同研究開発を行う場合、事業会社との共同研究開発と異なる留意点が以下のとおり挙げられています[3]

  1. 大学単独で発明を事業化することが想定されていない(不実施補償の議論とも関連する)
  2. 大学が企業と共同研究開発を行う主たる動機は、共同研究開発を通じて実社会の現場での技術課題や問題に触れて、大学の研究活動を活性化させることおよび研究費を企業から得ることにある
  3. 大学職員による研究成果については、学会発表の時期や内容に対する配慮が必要となる

付け加えるなら、大学は研究成果を論文等の形で公表し社会還元することを基本的に志向します。営利企業である事業会社とは基本的スタンスが異なります。また、大学は研究に充てられる資金がさほど潤沢でないことが多く、費用負担を企業に求めることが多いです。

役割分担

本モデル契約書においては、両当事者の役割分担が以下のとおり規定されています。

X社 材料候補の選定に要するデータの提供

Y大学が選定した材料候補の評価

Y大学 マテリアルズ・インフォマティクスに関する技術を活用した最適な材料候補の選定

基本的に、X社がデータを提供する→Y大学がAIを用いた専門技術により最適材料を選定する→X社がそれを評価する、という流れが想定されています。

これを全体として見れば互いに知見を出し合っているといえますが、材料組成の肝となる部分はY大学が持つ専門的知見と技術に委ねられており、X社がY大学への研究委託という形で構成することもできるように思われます。

ところで、役割分担が上記の程度の規定ぶりになっている理由について、本モデル契約書逐条解説では、共同研究開発が未実施あるいは開始直後の段階では詳細な役割分担を決めることが困難であること、また、共同研究開発の進行に伴って発生する新たな役割(作業)が不明であることからも詳細な役割分担を定めることは困難であることが挙げられています[4]

確かに実務上こういった事情が存在することはありますので、役割分担が抽象的な表現にとどまる場合があります。それでも、大きな枠組みだけでも規定しておくべきことは、本モデル契約書逐条解説でも述べられているとおりです[5]

他方、もう少し詳細に共同研究の過程や作業が見えているケースであれば、ある程度具体的に役割分担を書くことも検討してよいでしょう。それも契約書の本文に記載することに限らず、契約書別紙や別文書を参照する形にすることもあります。

また、契約締結段階では抽象的である作業や役割分担を議論する場として、本モデル契約書逐条解説でもオプション条項として挙げられている、共同研究の遂行方法等を調整し決定する両当事者間の協議会の設置に関する条項を置くことも一案です。

報酬・費用

本モデル契約書においては、事業会社が大学に対し、①研究への取り組みの対価としてまず定額を支払い、②さらに一定の成果(所定の変換効率と耐久性を両立する材料の発見)を得られた場合に定額の成功報酬を支払うことが規定されています。

①については、事業化の成否も見えない段階であるため、事業からの収益ベースではなく、研究に従事する研究者の時間単価を設定し、これに契約期間に従事するであろう時間を乗じた額とすることが提案されています[6]

②については、契約締結後においてA教授が自らの研究活動に集中し共同研究にリソースを割かないといった事態を防止するために、大学が本研究にリソースを割くインセンティブを設定するという考え方が示されています[7]

そして、本モデル契約書における「報酬」の金額については、従来大学において採用されているコスト積み上げ方式、すなわち共同研究開発に要すると見込まれる直接経費に、間接経費(直接経費×一定率)を加算した金額を「報酬」とする考え方で算出される金額を超えるような設定されることを想定している、と説明されています[8]

加えて、本モデル契約書においては、上記報酬の金額設定において考慮された直接経費以外の予想外の直接経費が発生した場合、共同研究に必要と合理的に考えられる費用は原則として事業会社が負担することになっており、また、共同研究に大学の施設・設備を利用する場合は事業会社が別途その利用料を支払うことも定められています。

前記のとおり本モデル契約書は、「知への価値付け」を標榜し、「知」の価値に見合った資金が大学側に還流することを願うとの背景の下で作成されたものであり、これを受けた「報酬」の規定は際立った特色といえる部分です。従来の実務では、直接経費と間接経費を事業会社が負担することが合意されることはあっても、それを「報酬」と呼んで前面に出すことは少なかったように思われますし、成功報酬を設定することも少ないのではないでしょうか。

知的財産権の帰属

本モデル契約書では、共同研究の実施の過程で開発・取得した発明等の知的財産権の帰属とその利用や取扱いに関する取決めは、以下の表のようになっています。
(なお、共同研究の実施の過程で得られた発明かどうかの区別や判断に資する意味でも、共同研究契約締結時に当事者がすでに保有していた技術情報たるバックグラウンド情報の管理は重要であり、本モデル契約書でも当事者は各自のバックグラウンド情報を相手方に開示する旨の規定が設けられるとともに、逐条解説においてその管理の重要性が説明されています[9]。)

発明 帰属 帰属の理由 利用・取扱い
最適な組成の発見を可能とするプログラムに関する発明 Y大学
単独
・プログラム発明の創出にあたってのY大学の寄与が大きく、また、マテリアルズ・インフォマティクスに関する十分な知見がないX社が保有する実質的な意味がない ・X社には無償の非独占的通常実施権を設定
・Y大学から第三者へのライセンスにも制限を設けない
上記プログラムを除く共同研究によって開発取得された発明 共有 ・本件技術による解析の結果発見された材料および素材の組成に関する発明については、X社の事業における必要性が高く、X社の寄与も見込まれることから、X社にも権利を認めるべき
・ただし、事業化できるかどうかも不透明な段階であるため、この段階でX社の単独帰属にこだわる必要はない
・Y大学は自ら実施せず、第三者に実施許諾も行わない
・X社が望めば、Y大学の持分をX社が購入できる
・X社は、Y大学の同意がなくとも第三者に実施許諾を行うことができる
・権利の出願、維持、保全の費用はX社が負担する

プログラムを除く発明、例えば発見された材料や素材の組成に関する発明について、共有としつつ企業側に有利な取扱いをしていることが特徴的といえます。しかしこれも、本モデル契約書において共同研究や出願に要する費用は全てX社が負担することに加え、Y大学に対する報酬の支払いまですることからすれば合理的といえるのかもしれません。

むしろ当該発明はX社の単独帰属とすることも選択肢となりそうであるところ、「事業化できるかどうか不透明な段階で単独帰属にこだわる必要はない」との理由で共有とされています。事業会社としては、事業化できるか不透明であっても単独帰属が可能ならそれを望むこともありそうですが、単独帰属で合意するにはY大学への報酬等の支払額が増えてしまうという理由であれば、一旦共有とされたことも理解はできます。

X社に有利な取扱いになっているのは、例えば以下の点です。

Y大学による実施や第三者への実施許諾を禁止している点

これは、研究費用を負担する事業会社に先行投資回収の機会を与える必要があるので、X社の排他的な利用を確保するものと説明されています[10]

ただし、Y大学を含む研究機関による研究・開発・教育の目的による発明の実施についてX社は知的財産権を行使しないことは、本モデル契約書において合意されています。また、X社が正当な理由なく一定期間発明を実施しなかった場合には、Y大学への上記禁止は失効することも定められています。

Y大学の同意がなくともX社が第三者に実施許諾を行うことができる点

特許法73条3項と異なる特約であり、事業会社側に有利な取扱いをしています。

ただし、第三者への実施許諾によってX社が得たライセンス料は、その一定割合をY大学へ分配することも定められています。第三者への実施許諾や自己実施を控えているY大学との関係では、第三者へのライセンス収入を事業会社のみが得られるとすることは不公平となることがその理由となっています[11]

不実施補償

不実施補償とは、共有となった特許やノウハウ等につき、共有者である大学等の研究機関に対して企業が金銭の支払いをするものです。その意義について、本モデル契約書逐条解説では以下のように説明されています[12]

不実施補償とは、大学と企業との間で共同研究開発を行って成果物に関する特許権が共有となった場合、両者ともに共有持分権者として各々相手方の同意なく実施できるところ(特許法73条2項)、大学がそもそも商業的自己実施を行わない機関であり、共同研究開発の成果を第三者へのライセンス以外に実質的な収入源がないという不利な立場を補償するものとして大学が企業に対してその支払を求めるものがその典型である。

そして本モデル契約書における取扱いについて、本モデル契約書逐条解説では、不実施補償としての対価は発生させず、その代わりに、X社からY大学への報酬(成功報酬を含む。)を支払い、成果物に関する権利帰属を共有としつつも出願費用及び研究開発費用の全てをX社が負担することとした、と説明されています[13]

従来の不実施補償について、本モデル契約書逐条解説は、「企業に独占実施が認められない場合には、大学には自己実施を行う権利が留保されることとなるため、不実施補償を支払うべき実質的理由はない」といった懸念を示すとともに、企業側に独占実施を認めない場合には不実施補償は請求しない旨を表明した産総研の例も提示しています[14]

とはいえ本モデル契約書では、上記のとおり、共同研究によって開発取得された発明(プログラムを除く)については原則としてY大学は自己実施も第三者への実施許諾もしないことが定められているので、X社による独占実施が認められるケースとなっています。それでも本モデル契約書は、その対価を不実施補償という名目ではなく、X社による報酬の支払い、出願費用及び研究開発費用の負担、ライセンス料の分配によるものと整理したのだとみられます。

不実施補償という名目による支払いに疑問を呈したこと、特に企業に独占実施を認めない場合の不実施補償に対しては否定的な見方を示していることは、本モデル契約書において特徴的な点です。

成果の公表

成果の公表については、学術論文を適時・早期に公表したい大学側のニーズと、公表されてしまうと特許出願の新規性に支障が生じる企業側のニーズとがぶつかることがあります。本来、共有として両当事者に帰属することになった発明であれば特許出願への支障は大学側にとっても問題であるはずですが、大学側にとっては論文公表のほうがより身近な関心事であることも多いようです。

この点に関して本モデル契約書逐条解説も、「事業会社としては、共同研究開発の成果に関して、当該成果を自社事業の成長に効果的に活用するべく、慎重に出願戦略を検討したいという要望がある」「他方、大学は学術研究のために共同研究開発に取り組んでいるという側面があり、当該研究成果を学会や学術論文等で迅速に発表したいという要望があ」ると指摘しています[15]

この点について、本モデル契約書は以下の方策を提示しています。

  • Y大学が学術発表を行うにあたってはその内容を発表の30日前までにX社へ通知する
  • その内容につきX社が本研究に関して特許出願を行うに際してその準備期間を要すると判断したときは、Y大学に対し、当該部分につき合理的な範囲で内容修正または本公表の延期を求めることができ、この場合Y大学はX社と協議して対応する

このような規定を置くことは実務上もしばしばみられるところであり、細かな設計は事案によりますが、基本的には合理的な方向性であると考えられます。

大学の名称等の使用

本モデル契約書では、Y大学がX社に対し、Y大学の名称やマーク、ロゴ、研究担当者の氏名等を、X社の製品の広告等の目的に使用することを許諾する旨が定められています。

本モデル契約書の想定シーンにもあるように、事業会社としては、技術力をアピールするために共同研究開発の相手である大学の名称を使いたいという希望を持つことがありますので、このような規定は望ましいものです。

他方、本モデル契約書では、使用における遵守事項(Y大学の信用・ブランド等を毀損する態様の使用禁止など)も定めています[16]。このような規定により、大学側に生じる不利益を防止するためにバランスを取ることも合理的です。

本モデル契約書逐条解説では、名称等の使用許諾対象を共同研究開発に係る成果を利用した製品に限定する選択肢も示されています。この点は、事業会社が想定する使用の範囲を踏まえた大学との交渉によって決めることとなるでしょう。

コメント

本モデル契約書は、事業会社側が大学側への支払いを含む多くの経済的負担を負う内容となっています。大学の「知」を価値づけし、「知」の価値に見合った資金を大学へ還流させるという本モデル契約書の考え方を強く感じるところです。

その反面、本モデル契約書は、生まれた成果の利用や知的財産権の帰属について、大学が十分な金銭的補償を得られるなら大学に帰属しなくてもよく、大学が第三者への実施許諾を含む利用をできなくてもよい、という内容にもなっています。

実務では、事業会社側にとっても大学側にとっても、そこまで割り切った設計や考え方ができるケースばかりではないでしょうが、「ゴールデンスタンダード」ではなく新たな選択肢を提示するという本モデル契約書の試みとしては成功しているのではないでしょうか。

また、本モデル契約書の制作側のコメントにもあるように、実際の事案では前提条件は様々に異なります。本モデル契約書のように、事業会社がお金とデータを提供し、大学がそれを使って事業会社の求める物を開発するという、研究委託とも構成できそうなケースばかりではありません。共同で研究開発を行う当事者間の関与の態様や貢献の程度1つ取っても、実務には複雑な場合があります。

そのため、本モデル契約書も参考としながら、実際の事案やその背景をよく考慮しそれに適した契約書の作成を意識することが肝要であると思われます。
 

脚注
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[1] https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220318008/20220318008.html
[2] 令和4年3月18日「オープンイノベーションを促進するための技術分野別契約ガイドラインに関する調査研究」委員会「モデル契約書 ver2.0 の公表について」
https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220318008/20220318008-1.pdf
[3] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)4頁
[4] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)9頁
[5] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)10頁
[6] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)13頁
[7] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)13頁
[8] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)13頁
[9] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)8頁、19頁
[10] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)23頁
[11] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)24頁
[12] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)25頁
[13] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)26頁
[14] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)25頁。なお、産総研は、企業に独占実施を認める場合に限り「独占実施料」を請求する旨も表明しているとのこと。
[15] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)28頁
[16] モデル共同研究開発契約書(大学・事業会社)(逐条解説あり)27頁

 

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(文責・神田雄)