大阪地方裁判所第26民事部(杉浦正樹裁判長)は、令和2年(2020年)8月27日、公立大学法人京都市立芸術大学が、京都芸術大学(旧名称:京都造形芸術大学)を運営する被告に対し、「京都芸術大学」の名称使用差止めを求めた事件について、原告が運営する大学の名称である「京都市立芸術大学」は不正競争防止法上の周知表示に該当するものの、被告が運営する大学の名称である「京都芸術大学」とは非類似であるとして、差止請求を棄却しました。

ポイント

骨子

  • 「京都市立芸術大学」は、原告の営業を示す「商品等表示」といえる。
  • 「著名」な商品等表示といえるためには、全国又は特定の地域を超えた相当広範囲の地域において、取引者及び一般消費者いずれにとっても高い知名度を有するものであることを要する。大学の「営業」には学区制等の地理的な限定がないことに鑑みると、全国又はこれに匹敵する広域において、一般に知られている必要がある。
  • 「京都市立芸術大学」は、原告の営業を示すものとして著名性(不正競争防止法2条1項2号)は認められないが、周知性(同項1号)は認められる。
  • 周知表示と他人の表示の類否は、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、両者の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である。その判断に際しては、商品等表示のうち、自他識別機能又は出所表示機能を生ずる特徴的部分すなわち要部を抽出した上で、これを中心に表示の全体を離隔的に観察する方法による。
  • 「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」とは、「市立」の有無により、外観、称呼、観念ともに異なり、取引の実情としても、需要者は、複数の大学の名称が一部でも異なれば異なる大学として識別することから、両者が類似するということはできない。

改正法の概要

裁判所 大阪地方裁判所第26民事部
判決言渡日 令和2年8月27日
事件番号 令和元年(ワ)第7786号
事件名 不正競争行為差止請求事件
原告表示 1 「京都市立芸術大学」
2 「京都芸術大学」
3 「京都芸大」
4 「京芸」
5 「Kyoto City University of Arts」
被告表示 「京都芸術大学」
当事者 原告 公立大学法人京都市立芸術大学
被告 学校法人瓜生山学園
裁判官 裁判長裁判官 杉 浦 正 樹
裁判官    杉 浦 一 輝
裁判官    布 目 真利子

解説

大学の名称の保護

大学の名称を保護する方法

ある大学の名称が、他の大学の名称と似ていると、受験生や関係者が、一方の大学を他方の大学だと混同する可能性や、両者が系列校・姉妹校だと勘違いする可能性があります。
各大学は、長年の伝統を有していたり、独自のカリキュラムを組んだり、対外的なPRをすること等によって、それぞれのブランドイメージを維持・向上させていますが、他校が似たような名称を自由に使えるとなると、積み上げてきたブランドイメージや顧客吸引力にただ乗りされ、大学の利益が害されてしまいます。
このような事態を防ぐため、大学は、以下の方法により、他校による同一又は類似の名称使用の差止めや、他校の行為によって生じた損害の賠償を求めることができます。
① 商標権侵害
② 不正競争防止法違反(同法2条1項1号、2号)

商標権侵害

大学の名称は、企業の名称やブランド名と同じように、特許庁に出願することによって、商標登録を受けることができます。
商標登録すると、他者が登録商標と同一又は類似の商標を、指定商品・役務と同一又は類似の商品・役務に使用することを差し止めるとともに、損害賠償を請求することができます(商標法36~38条)。

不正競争防止法違反

商標登録を受けているかどうかを問わず、大学の名称が、大学の「商品等表示」として、周知(需要者の間に広く認識されている)である場合には、これと同一又は類似の表示を使用し、当該大学の営業と混同を生じさせる行為は、不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当し、差止及び損害賠償請求が可能です(同法3~5条)。
また、周知であることを超えて著名といえる場合には、混同を生じさせなくても、差止及び損害賠償請求が可能です(同法2条1項2号)。

過去の裁判例

大学名称に関する過去の裁判例としては、「青山学院」事件(東京地裁平成13年7月19日判決)があります。
これは、「青山学院大学」や「青山学院中等部」を設置運営する学校法人青山学院が、「呉青山学院中学校」という私立中学を設置した被告に対し、商標権侵害・不正競争防止法違反に基づき、名称使用差止と損害賠償を請求した事件です。
この事件では、「青山学院」「Aoyama Gakuin」の各名称は、原告が行う教育事業及び原告が運営する各学校を表す名称として著名(不正競争防止法2条1項2号)であり、被告の名称は原告名称と類似するとして、差止が認められました。
また、原告は「青山学院」等の商標登録を受けており、被告の行為は、商標権の侵害にも該当するとされました。
なお、この事件では、被告は、学校の所在地(広島県呉市青山町)を理由に不正競争行為に該当しないとも主張していましたが、所在地の地名と「学院」の組合せは、普通名称又は学校について慣用されている表示にあたらないと判断されました。

本判決の内容

事案の概要

本件は、「京都市立芸術大学」を設置運営する原告が、「京都芸術大学」を設置運営する被告に対し、「京都芸術大学」の名称使用の差止めを求めた事件です。
被告は、従前、京都造形芸術大学という名称を使用していましたが、令和2年4月1日に、「京都芸術大学」に改称しました。
本件において、原告は、口頭弁論終結時(令和2年6月30日)には原告表示について商標権を有しておらず、不正競争防止法違反に基づく差止めのみを主張していました。
ちなみに、2019年7月17日付で、被告は「京都芸術大学」の商標出願を行いました(判決時点では審査中)。
原告は、原告表示1、3~5については2019年7月11日付で、原告表示2については被告の商標出願の翌日である同月18日付で、商標出願を行い、口頭弁論終結後の令和2年8月12日付で、原告表示1、4、5について商標登録を受けましたが、判決時点では原告表示2「京都芸術大学」と同3「京都芸大」については審査中です。

原告表示の「商品等表示」性

本判決は、以下のとおり、私立学校のみならず公立大学の名称も、「商品等表示」に該当すると判断しました。

不正競争防止法2条1項2号の前記趣旨に鑑みると,「商品等表示」とは,「人の業務に係る氏名,商号,商標,標章…その他の商品又は営業を表示するもの」(同条1項1号)であるところ,「営業」とは,取引社会における競争関係を前提とするものとして解釈されるべきであるものの(最高裁判所第二小法廷平成18年1月20日判決民集60巻1号137頁),広く経済的対価を得ることを目的とする事業を指し,私立学校のみならず公立学校の大学経営も,これに含まれるというべきである。

本件では、原告は、原告表示1、3~5を自ら使用し、原告表示2も取引社会において原告大学を示す表示として現に使用されており、原告もこれを容認しているとして、いずれも原告の営業を示す「商品等表示」であると認めました。

原告表示の著名性

本判決は、以下のとおり、大学の名称が商品等表示として「著名」と言えるためには、全国又はこれに匹敵する広域において一般に知られている必要があると判示しました。

不正競争防止法2条1項2号の前記趣旨に鑑みると,「著名」な商品等表示といえるためには,当該商品等表示が,単に広く認識されているという程度にとどまらず,全国又は特定の地域を超えた相当広範囲の地域において,取引者及び一般消費者いずれにとっても高い知名度を有するものであることを要すると解される。これを本件について見るに,大学の「営業」には学区制等の地理的な限定がないことに鑑みると,地理的な範囲としては京都府及びその隣接府県にとどまらず,全国又はこれに匹敵する広域において,芸術分野に関心を持つ者に限らず一般に知られている必要があるというべきである。

本件では、原告表示のうち最も使用頻度が高い原告表示1については、正式名称として長年にわたり数多く使用されてきたといってよいが、原告大学関係者による使用例のうち多数を占める肩書・経歴等としての使用はそもそも商品等表示として使用されたものと言い難い上、経歴は、芸術家の名や作品名等と同等かより小さな記載により付記されるに留まるのが通常であるなどとして、「著名」とまでは認められないと判断しました。
また、原告表示1よりも使用頻度が少ない原告表示2~5についても「著名」と言えないと判断しました。

原告表示の周知性

本判決は、本件における不正競争防止法2条1項1号の「需要者」について、以下のとおり判断しました。

「需要者」については,京都府及びその近隣府県に居住する者一般(いずれの芸術分野にも関心のないものを除く。)と解される。

そして、正式名称である原告表示1については、京都府及びその近隣府県に居住する一般の者が,原告大学を表示するものとして原告表示1を目にする機会は相当に多いものと合理的に推認されるなどとして、周知性が認められるとしました。
これに対し、原告表示2~4については、使用頻度が少ない上、略称としては、これら以外に「京都市立芸大」、「市立芸大」、「市芸」その他様々なものが使用されているとして、周知性を否定しました。
また、原告表示5についても、原告大学を示すものとして使用される例のほとんどは、原告表示1と一体となっており、日本語を解する者が原告表示1の存在にもかかわらず原告表示5にも更に注意を払うことは必ずしも多くないと推認されるなどとして、周知性を否定しました。

原告表示1と被告表示の類似性

本判決は、周知表示と他人の商品等表示の類似性の判断方法について、以下のとおり判示しました。

ある商品等表示が不正競争防止法2条1項1号にいう他人の商品等表示と類似のものか否かを判断するに当たっては,取引の実情のもとにおいて,取引者又は需要者が,両者の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和58年10月7日判決民集37巻8号1082頁)。その判断に際しては,商品等表示のうち,自他識別機能又は出所表示機能を生ずる特徴的部分すなわち要部を抽出した上で,これを中心に表示の全体を離隔的に観察する方法による

本件においては、以下のとおり、原告表示1の「市立」の部分の自他識別機能又は出所表示機能が高く、「京都市立芸術大学」の全体を要部と把握するのが相当であるとしました。
他方、被告表示については、「京都」「芸術」「大学」のいずれの部分も自他識別機能又は出所表示機能が乏しいことから、「京都芸術大学」の全体を要部と把握するのが適当であるとしました。
そして、原告表示1と被告表示とは、「市立」の有無により、外観、称呼、観念ともに異なり、取引の実情としても、需要者は、複数の大学の名称が一部でも異なれば異なる大学として識別することから、両者が類似するということはできないと判断しました。

原告表示1のうち,「京都」,「芸術」及び「大学」の各部分は,大学の名称としては,所在地,中核となる研究教育内容及び高等教育機関としての種類を示すものとして,いずれもありふれたものである。このため,これらの部分の自他識別機能又は出所表示機能はいずれも乏しい。他方,「(京都)市立」の部分は,大学の設置主体を示すものであるところ,日本国内の大学のうちその名称に「市立」を冠するものは原告大学を含め11大学,「市立」ではなく「市」が含まれるものを含めても13大学にすぎず,しかも,京都市を設置主体とする大学は原告大学のみである(乙2)。このような実情に鑑みると,原告表示1のうち「(京都)市立」の部分の自他識別機能又は出所表示機能は高いというべきである。

また,その名称に所在地名を冠する大学は多数あり,かつ,正式名称を構成する所在地名,設置主体,中核となる研究教育内容及び高等教育機関としての種類等のうち一部のみが相違する大学も多い(乙1)。このため,需要者は,複数の大学の名称が一部でも異なる場合,これらを異なる大学として識別するために,当該相違部分を特徴的な部分と捉えてこれを軽視しないのが取引の実情と見られる

そうすると,原告表示1の要部は,その全体である「京都市立芸術大学」と把握するのが相当であり,殊更に「京都」と「芸術」の間にある「市立」の文言を無視して「京都芸術大学」部分を要部とすることは相当ではない。

また,本件表示(筆者注:被告表示)の要部については,上記のとおり「京都」,「芸術」及び「大学」のいずれの部分も自他識別機能又は出所表示機能が乏しいことから,これらを組み合わせた全体(筆者注:「京都芸術大学」)をもって要部と把握するのが適当である。

原告表示1と本件表示とは,その要部を中心に離隔的に観察すると,「市立」の有無によりその外観及び称呼を異にすることは明らかである。観念についても,「市立」の部分により設置主体が京都市であることを想起させるか否かという点で,原告表示1と本件表示とは異なる取引の実情としても,前記イのとおり,需要者は,複数の大学の名称が一部でも異なる場合,これらを異なる大学として識別するために,当該相違部分を特徴的な部分と捉えてこれを軽視しない
そうすると,原告表示1と本件表示とは,取引の実情のもとにおいて,取引者又は需要者が,両者の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるとはいえない。そうである以上,原告表示1と本件表示とは,類似するものということはできない。

コメント

本判決は、原告の「京都市立芸術大学」を周知表示と認めつつ、被告の「京都芸術大学」とは、「市立」の有無により、類似しないとして、原告による名称使用差止請求を棄却しました。
原告は、ウェブサイトにおいて、令和2年9月8日付で控訴したと発表しており、控訴審での審理が注目されます。
本件以外にも、大阪大学(Osaka University)が、大阪公立大学(大阪府立大学と大阪市立大学が統合して2022年4月に開学予定)の英語表記(University of Osaka)に再考を申し入れるなど、大学の名称問題が生じています。
今後は、大学においても、紛争が生じる前に商標登録出願を行うなどの自校のブランドを守る活動が、よりいっそう重要になると思われます。

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(文責・藤田)