大阪地方裁判所第21民事部(谷有恒裁判長)は、令和和元年10月3日、ノウハウの提供や特許発明の実施許諾を目的とする技術提供契約に関し、同契約に基づいて提供されたノウハウは営業秘密に該当せず、契約の実質は特許権に基づく実施許諾契約であるとするとともに、特許権消滅後にロイヤルティの支払いを義務付けることは特許権の本質に反する行為であるとして、対象特許が期間満了により消滅した後の実施行為についてロイヤルティの支払い請求や差止請求を棄却する判決をしました。

 

複数の種類の知的財産ライセンスがひとつの契約に混在するときは、終了条件やロイヤルティの支払いなどにつき、ドラフティングにあたって十分に留意する必要がありますが、本件は、そのような観点から参考になる事案です。

ポイント

骨子

  • 本件各基本契約には,・・・複数の要素が含まれるものの,その中心となるのは本件各特許権の実施許諾であり,本件技術情報の提供は,これに付随するものというべきであるから,ランニングロイヤルティの支払も,本件各特許権の実施許諾に対する対価と位置づけられるべきであり,これを本件技術情報の提供に対する対価と考えることはできない。
  • 本件各基本契約に終期の定めは明記されていないが,本件各特許権が消滅した後に,その技術の使用に対する対価の支払を義務付けることは,特許権の本質に反する行為というべきである。

判決概要

裁判所 大阪地方裁判所第21民事部
判決言渡日 令和元年10月3日
事件番号
事件名
平成28年(ワ)第3928号
製造販売差止等請求事件
裁判官 裁判長裁判官 谷   有 恒
裁判官    野 上 誠 一
裁判官    島 村 陽 子

解説

知的財産権のライセンス契約

知的財産ライセンス契約とは

知的財産法分野におけるライセンス契約とは、知的財産の利用を独占することができるライセンサーが、他人に対してその利用を許諾する契約をいい、企業間契約では、通常の場合、有償契約とされます。具体的な対価として典型的なのは「ロイヤルティ」、「ライセンス料」などと呼ばれる金銭ですが、双方当事者が有する知的財産の利用を相互に許諾することで対価関係を維持することもあり、そのような契約は、一般に、クロスライセンスと呼ばれます。

具体的にライセンサーとなることができるのは、典型的には、特許権や商標権、著作権などの権利の権利者ですが、権利者からライセンスを受けたライセンシーがサブライセンスをする場合や、権利者から権利の委託を受けた者が権利者に代わってライセンス契約の当事者になることもあります。

知的財産ライセンスの法的性質

ライセンス契約は、ライセンシーがライセンサーの知的財産の利用する上での障害を取り除き、適法に利用できるようにする契約といえます。その法的性質には伝統的な議論もありますが、特許法における専用実施権のような物権的権利を除くと、実務的には、知的財産の保有者に対する一種の不作為請求権に位置づけることができます。

具体的に見ると、知的財産の中でも、特許発明など、排他的な権利がある場合には、その権利者は、他人に対し、発明などの利用を禁止することができます。ライセンス契約は、このような禁止権で守られていることを前提に、ライセンサーに対し、契約を守っている限り、そういった禁止権の行使をさせない権利を与えるものといえます。禁止権に対する禁止権といっても良いでしょう。

ここでの禁止権の内容をもう少し詳しく見ると、特許権は誰にでも主張できる対世的・物権的な禁止権であるのに対し、ライセンスは、ライセンサーに対してのみ主張できる債券的な禁止権であるということができます。そして、ライセンスはライセンサーに権利行使をさせない権利である、という性質に着目すれば、一種の不作為請求権ということができるわけです。

ノウハウについては、排他的な権利までは認められませんが、不正競争防止法は、営業秘密の不正取得や不正使用、不正開示について、営業秘密の保有者による差止や損害賠償の請求を認めており、この点では特許権などと類似する性質を持ちます。そして、ノウハウライセンスは、合意によってライセンシーがライセンサーの営業秘密を適法に取得、利用できる状態を確保し、ライセンシーがライセンサーに対し、許諾された使用行為について、契約の範囲内で使用する限り、差止や損害賠償の請求をしないことを求める権利を与えるものといえます。この点において、ノウハウライセンスも、やはり一種の不作為請求権をその内実とするものといえます。

知的財産ライセンス契約の目的と類型

知的財産ライセンスは、何をライセンスの対象にするかにより、特許ライセンス、ブランドライセンス、著作権ライセンス、ノウハウライセンスなどに分類できるほか、協業や技術移転を目的にするのか、紛争の予防や解決を目的にするのかによっても、その具体的内容が変わってくるのが一般です。

協業や技術移転が目的であっても、紛争の予防や解決が目的であっても、原則形態は特定の知的財産の利用の許諾がライセンス契約の内容となりますが、前者の場合には、事業の成功のため、複数の種類の知的財産の利用を許諾したり、ノウハウの提供や技術指導が行われたりすることもあります。この場合、ロイヤルティは、売上や販売量に応じて定期的に支払われる「ランニングロイヤルティ」の形式となることが多く、そこに契約時の一時金や、技術指導料などが組み合わされることもあります。また、特定地域で独占的なライセンスが付与されることもあり、その反面として、収益に関係なく一定額のロイヤルティを支払うミニマム・ロイヤルティの支払いが規定されることもあります。

他方、紛争の予防や解決を目的にライセンス契約が締結される場合には、紛争の原因となる特許権や意匠権、商標権、著作権といった排他的な権利が対象となり、原則としてノウハウの提供などを伴うことはなく、また、独占的なライセンスが付与されることもありません。対価については、ランニングロイヤルティによる場合もありますが、もともと信頼関係のない当事者間の場合、一時金の形で支払われることもあるほか、双方が互いに権利行使をしているような場面では、金銭のやり取りではなく、互いに相手方にライセンスを与えるクロスライセンスで解決されることもあります。さらには、潜在的に多数の権利の抵触が考えられるような場合には、個別の権利を特定することなく、製品や技術分野で包括的なライセンスが行われることもあります。電機など、1個の製品に多数の権利が成立し、同一の製品や技術分野で各社に多数の権利が分散するような分野では、両者を組み合わせた包括クロスライセンス契約が締結されることも珍しくありません。

特許発明と営業秘密

ライセンス契約の中でも、技術系のライセンス契約の中心となるのは、特許ライセンスと技術ノウハウのライセンスです。特許ライセンスにおいて許諾の対象となるのは特許発明で、ノウハウライセンスで許諾の対象となるのはノウハウですが、ノウハウは、法的に見れば不正競争防止法上の営業秘密であることが通常です。実際のノウハウライセンス契約では、許諾の対象が営業秘密よりも広く定義されていることもありますが、本来、営業秘密性がないノウハウは、特許などで保護されていない限り誰もが自由に使えるものですので、ライセンス契約の対象とする必要がないからです。

特許発明とは

特許発明と営業秘密の関係について見るに、まず、特許法における「発明」については、以下のとおり、特許法2条1項が「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義しています。実際上の意味としては、技術的な課題に対する再現性・法則性のある解決手段と考えてよいでしょう。

(定義)
第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

発明が特許を受けて特許発明となるためには、以下の特許法29条の要件を充足する必要があります。同条1項柱書は、「産業上利用することができる」こと(産業上の利用可能性)を要件としており、同条各号は、公然知られた発明など、非公知性がない発明を除外し、発明に新規性を求めています。また、同条2項は、公知の発明から容易にできた発明も除外し、発明に進歩性を求めています。産業上の利用可能性、新規性、進歩性といった要件は、一般に、「特許要件」と呼ばれます。

(特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

技術上の営業秘密とは

次に、技術に関する「営業秘密」について見ると、以下のとおり、不正競争防止法2条6項が「事業活動に有用な技術上・・・の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しています。要件としては、①事業活動における有用性があること、②技術上の情報であること、③公然と知られていないこと、の3点に分けて把握することができます。例示で挙げられている「生産方法」は、技術的な営業秘密の典型例といえるでしょう。

(定義)
第二条 (略)
 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

特許発明と営業秘密の関係

上述のとおり、営業秘密は、事業活動における有用性があることや、技術上または営業上の情報であることに加え、「公然と知られていない」こと、つまり、非公知であることも要件とされています。他方、特許発明についても、上記の特許法29条1項により、出願時に新規性があること、すなわち、非公知であることが求められます。したがって、出願前の時点では、両者は非公知情報である点で共通しています。

また、上述のとおり、特許法にいう発明の実質は技術的な課題に対する再現性・法則性のある解決手段であり、特許を受ける上では産業上の利用可能性も必要になりますから、特許発明は、「事業活動に有用な技術上の情報」に該当するものといえます。他方、営業秘密であるために有用性は求められるものの、特許法29条2項の進歩性までは求められません。そのため、特許出願前の時点では、通常、営業秘密が特許発明を包含する関係にあるといえます。

このように、特許出願前の段階では内容的に重複する特許発明と営業秘密ですが、営業秘密は、法的保護を受けるために非公知の状態が維持されることを要するのに対し、特許発明は、権利化にあたって公開され、非公知性を失います。この点で、両者は最終的に保護形態が大きく異なってくることになります。

こうしてみると、特許要件を充足する発明は、それが公知となるまでは営業秘密としての性質を有するものということができ、特許出願して特許法による保護を受けるか、あるいはそのまま秘匿し、営業秘密として不正競争防止法による保護を受けるかは、発明者が選択すべきこととなります。その際考慮すべきこととしては、一般に、発明の性質が秘匿になじむか、秘匿した場合の陳腐化の期間はどの程度か、権利化できない地域での模倣の可能性はあるか、ライセンスの可能性はあるか、他社に対する牽制効果を期待することはできるか、といった事情です。

なお、当然ながら、進歩性がない発明は特許を受けることができないため、その法的保護のためには、営業秘密もしくは意匠法等他の法制または契約による保護の可能性を模索することが必要になります。新規性もない発明の場合には、非公知性がないということになるため、技術のどこに着目するかにもよりますが、営業秘密としての保護が受けられないことも多いでしょう。

特許ライセンスとノウハウライセンス

特許ライセンスとノウハウライセンスの相違

上記のとおり、特許発明として保護を受けるか、営業秘密として保護を受けるかは、同じ技術情報であっても、その内容を公開する代わりに特許権という排他的な権利を取得することで技術を守るか、あるいは秘匿し続けることで守るか、という点に本質的な相違があります。

この相違に対応して、特許ライセンスとノウハウライセンスの間にも、性質の相違が現れます。まず、上述のとおり、特許ライセンスは、排他的権利である特許権の行使についての不作為請求権であるのに対し、ノウハウライセンスは、ノウハウが営業秘密に該当する場合には、適法にノウハウを取得し、使用できる関係を作り、契約に定められた使用行為の範囲では差し止めや損害賠償を求めない、という意味での不作為請求権としての性質を持ちます。

ライセンシーの義務という観点では、特許ライセンス契約では、ロイヤルティの支払いが主要な義務になりますが、ノウハウライセンス契約では、ロイヤルティの支払い義務に加え、目的外使用の禁止のほか、ノウハウの非公知性を維持するため、秘密保持義務が厳格に定められるのが通常です。また、ノウハウには特許権のような排他的な権利がないため、秘密保持義務違反があった場合について、不正競争防止法の定めとは別に、ライセンサーがライセンシーに請求できることを具体的に規定することもよくあります。

契約期間について見ると、特許ライセンス契約は、特許の保護期間が経過すれば前提となる特許権が消滅し、契約も終了するのが通常である一方、ノウハウは、排他的な権利がない代わりに保護期間の制限もないため、ノウハウの利用期間やライセンシーの義務の存続期間等を契約によって規律するのが通常です。その中には、有期の期間を定めるものもあれば、無期とするものもあります。

同一契約における特許ライセンスとノウハウライセンスの併存

このように法的な性質を異にする特許ライセンスとノウハウライセンスですが、1つの契約書に両者が併記されることは珍しくありません。協業や技術移転を目的とする場合には、特許発明だけでなく、その周辺のノウハウも同時に供与されることも珍しくなく、そのような場合、1つの契約書の中に特許ライセンスにかかる事項とノウハウライセンスにかかる事項が記載されることになります。

このような場合、法的には、異なる性質を持つ2つの契約を1つの契約書にまとめたこととなるので、契約締結にあたっては、両者の相違に留意しながら契約書を作成することが重要になります。特に、契約の対象となる特許権が期間満了や特許無効審判によって消滅した場合や、ノウハウが陳腐化して公知情報化した場合に、契約を存続させるのか、解除事由とするのか、ロイヤルティの支払いはどうなるのか、また、そもそも、特許発明とノウハウのそれぞれについて利用の対価をどのように区別するのか、といった点は重要なポイントになります。

権利消滅後のロイヤルティ支払い義務

独占禁止法との関係

特許ライセンス契約において、特許権の保護期間満了後にもロイヤルティの支払い義務を課すことはできるか、ということが問題になることがあります。

特許ライセンス契約は私人間の契約であり、いわゆる私的自治の原則が適用されるため、特許発明の実施許諾の対価としてどのような形で支払い義務を定めるかは、原則として契約当事者の意思に委ねられます。

しかし、私的自治の例外として、契約内容によっては独占禁止法による規制が及ぶこともあります。この点について、公正取引委員会「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」は、第4の5(3)において、以下のとおり、権利消滅後にライセンス料(ロイヤルティ)の支払い義務を課す行為は、公正競争阻害性を有する場合に、不公正な取引方法に該当し、違法となる可能性があることを示しています。

(3) 権利消滅後の制限
ライセンサーがライセンシーに対して、技術に係る権利が消滅した後においても、当該技術を利用することを制限する行為、又はライセンス料の支払義務を課す行為は、一般に技術の自由な利用を阻害するものであり、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当する(一般指定第12項)。

権利消滅後のロイヤルティ支払い義務を定めた規定が独占禁止法に違反するものとされた場合、同法に基づく規制を受けるほか、民法上の公序良俗に反すると認められる場合には、契約の効力に影響することもあり得ます。

なお、同指針は、上記記載に続いて、公正競争阻害性に関し、ロイヤルティの「分割払い又は延払い」と認められる場合には、ライセンシーの事業活動を不当に拘束するものではない旨述べています。

ただし、ライセンス料の支払義務については、ライセンス料の分割払い又は延べ払いと認められる範囲内であれば、ライセンシーの事業活動を不当に拘束するものではないと考えられる。

一般的な特許ライセンスの実務では、ロイヤルティの「分割払い又は延払い」以外の理由で権利消滅後も支払い義務が課されることは少ないものと思われ、この問題が実務的に顕在化することはあまりないと考えられますが、契約上その点が明確になるよう記載に工夫する必要はあります。

また、ノウハウライセンスと一体になった契約書では、ロイヤルティの支払い期間が不明確な場合もあり、結果的にこの問題が生じる恐れがありますので、特許ライセンスとノウハウライセンスのロイヤルティの関係は契約上明らかにしておくことが望ましく、また、契約交渉においてライセンシーとなるべき当事者が、この問題をはらむ契約書のドラフトを示されたときには、上記指針の記載を指摘するなどして、改訂を求めることが考えられます。

米国法における問題

権利消滅後のロイヤルティ支払い義務について、より留意が必要なのは、米国におけるライセンス契約です。

米連邦最高裁判所は、Brulotte v. Thys Co., 379 U.S. 29 (1964)において、ライセンス契約において権利消滅後にもロイヤルティ支払い義務を課すのは、”unlawful per se”(当然違法)であって、特許権のミスユースに該当すると判示しています。「当然違法」とは、我が国の独占禁止法に相当する米国の反トラスト法上の概念で、違法性の高い行為類型について、問題となる行為の反競争的効果などを考慮することなく、類型的に違法とする考え方をいいます。また、米国には、特許法に明文はないものの、ミスユースの法理(misuse doctrine)と呼ばれる考え方があり、特許権の行使が独占禁止法に違反して「ミスユース」に該当すると認められると、もはやその特許権を行使することは許されなくなります。ミスユースという語は「濫用」と訳すことができますが、我が国の権利濫用法理と比較して、強い効果をもたらす考え方であるといえます。

権利消滅後のロイヤルティ支払い義務の定めを当然違法とし、ミスユースの法理の適用対象としたことについては、米国内でも強い批判がありましたが、連邦最高裁判所は、判決から50年を経た2015年のKimble v. Marvel Entertainment, LLC, 576 U.S. 446 (2015)においても、Brulotte判決の上記考え方を維持しています。特許ライセンス契約では米国特許が対象となることも多いため、この点は留意が必要です。

営業秘密にかかる不正競争行為

ノウハウライセンス契約や秘密保持契約なくして、あるいは、これらの契約に違反して、他人の秘密情報を取得したり、使用ないし開示したりする行為は、不正競争防止法によって不正競争行為とされ、規制されます。

営業秘密に関する不正競争行為の規定は、以下の不正競争防止法2条4号ないし10号に置かれており、その構造は複雑ですが、基本的な規制対象行為は、営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示の3つで、不正取得ないし不正開示された営業秘密が流通する過程における関係者の故意・過失などにより場合分けして、誰にどのような責任が生じるかを定義しています。

(定義)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
(略)
 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。次号から第九号まで、第十九条第一項第六号、第二十一条及び附則第四条第一号において同じ。)
 その営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
 その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為
 営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
 その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
 その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正開示行為があったこと若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為
 第四号から前号までに掲げる行為(技術上の秘密(営業秘密のうち、技術上の情報であるものをいう。以下同じ。)を使用する行為に限る。以下この号において「不正使用行為」という。)により生じた物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為(当該物を譲り受けた者(その譲り受けた時に当該物が不正使用行為により生じた物であることを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。)が当該物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為を除く。)
(略)

事案の概要

原告は、WBトランスと呼ばれるコイルボビン式巻鉄心変圧器を開発した川鉄電設株式会社からWBトランスにかかる事業の譲渡を受ける目的で設立された会社で、WBトランスの製造販売等を行っています。

被告らは、「近畿変成器工業会」と呼ばれる団体に加盟するトランスメーカー16社と個人1名で、原告との間に、「コイルボビン式巻鉄心変圧器に関する設計、製造技術情報供与に関する契約(100~1500VA)」や「コイルボビン式巻鉄心変圧器に関する設計、製造技術情報供与に関する契約(2000~2500VA)」(「本件各基本契約」)を締結し、WBトランスについて、特許第3229512号及び同第3672842号にかかる特許発明の実施許諾や技術ノウハウの提供を受けていました。

被告らは、上記の各特許の保護期間が満了すると、本件各基本契約の目的が達成できなくなったなどの理由で本件各基本契約を解除するとともに、知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針を根拠として、以降のロイヤルティの支払を拒絶しました。

これに対し、原告も、被告らが販売実績を報告し、ロイヤルティを支払う義務を履行しないことを理由に本件各基本契約を解除し、解除前に生じたロイヤルティの支払いを求めるとともに、解除後にも原告が提供した技術情報を使用するのは不正競争防止法上の不正競争行為に該当するとして、被告らの製品につき、製造販売の差止や廃棄を求めました。

原告は、ロイヤルティの支払い義務の根拠として、本件各基本契約はノウハウライセンス契約の性質を有するため、特許権消滅後もロイヤルティ支払い義務は存続すると主張していました。

判旨

本件各基本契約の性質について

判決は、まず、提供されたノウハウの内容である数値等は、WBトランスの開発過程で得られた実験地や実測値その他のデータを整理したもので、有用性もあるため、WBトランスが市場に提供される前の段階では営業秘密性があったと認めました。

本件技術資料に記載された数値等は,WBトランスを開発した川鉄電設ないしP2が,開発の過程で得られた実験値や実測値,あるいはトランスの容量等に応じて推測した理論値や計算値を表形式に整理したものが多いと思われる。
そうすると,WBトランスを製造,販売しようとする者が本件技術情報を入手した場合,独自に実験を行って必要な値を計測・算出したり,部品の製造元等へ問い合わせたりすることなく当該トランスの特性を予測したりすることができるという点において有用であるといえ,要件を充たせば,営業秘密として保護されるべきものと解されるから,例えば,被告らが,当初契約を締結して平成7年技術資料を入手し,未だWBトランスの製品が市場に出ていない段階で,原告の許諾を得ずにこれを第三者に開示したとすれば,秘密保持義務違反の責めを負うべきものと解される。

他方、判決は、提供されたノウハウは、WBトランスの製造に必須の情報ではなく、また、WBトランスが市場に提供された後は、リバースエンジニアリングなどで知り得るものとなったと認定しました。

本件技術情報の開示を受けなければWBトランスを製造することができないといった事情までは認められず,本件技術情報がWBトランスの製造に必須であることを前提に,本件各基本契約の性質を考えることはできない。
また,本件技術情報に記載された数値は,物理的に測定したり,計算によって求めることができるものと考えられるから,WBトランスが市場に出回り,リバースエンジニアリングを行って計測等ができるようになった段階で,公知になるといわざるを得ない。
本件各特許権の明細書等を参照し,流通に置かれたWBトランスに対するリバースエンジニアリングを行ってもなお解明することができず,原告よりその開示を受けない限り,WBトランスの製造はできないというようなノウハウが,本件技術情報に含まれていると認めるべき証拠は提出されていない。

その上で、判決は、本件各基本契約の性質はノウハウライセンス契約であるから特許権消滅後もロイヤルティを請求できるとの原告の主張は前提を欠くものとして、これを排斥しました。

原告は,本件各基本契約は,ノウハウライセンス契約であって特許の実施許諾を内容とするものではなく,イニシャルフィー及びランニングロイヤルティの支払義務は,ノウハウの使用に対する対価であって,特許の使用許諾に対する対価ではないから,本件各特許権の消滅により影響されない旨を主張する。
しかしながら,ノウハウライセンス契約であるとの主張は,本件技術情報がなければWBトランスを製造することができないとの原告の主張を前提とするものであるところ,その主張が失当であることは既に述べたとおりである。

また、判決は、WBトランスの製造には原告の特許権の実施許諾や、部材について特許権を有する者から部材を購入することが必要で、ノウハウだけでは足りないこと、近畿変成器工業会には本件各基本契約が特許権の実施許諾契約ではなくノウハウライセンス契約であるとの説明は行われていないこと、技術情報の提供は被告らによるWBトランスの製造販売の初期に行われたものであって、最長20年にわたるランニングロイヤルティの支払いとノウハウ提供の間に対価関係は認められないこと、むしろ、契約時に支払われるイニシャルフィーがノウハウ提供の対価と解するのが合理的であることを理由に、以下のとおり、本件各基本契約の中心は、特許権に基づく実施許諾契約であって、ランニングロイヤルティも、その対価であってノウハウの対価ではないとしました。

以上を総合すると,本件各基本契約には,前記⑴で要約した複数の要素が含まれるものの,その中心となるのは本件各特許権の実施許諾であり,本件技術情報の提供は,これに付随するものというべきであるから,ランニングロイヤルティの支払も,本件各特許権の実施許諾に対する対価と位置づけられるべきであり,これを本件技術情報の提供に対する対価と考えることはできない。

特許発明の実施許諾にかかるロイヤルティの支払い義務について

続いて、判決は、特許の保護期間満了により、ロイヤルティの支払い義務が消滅するかについて、判断を示しました。具体的には、以下のとおり、特許権が消滅したときは、ランニングロイヤルティの支払い義務は当然に終了するものと解するのが相当、と述べ、その理由として、特許権消滅後に対価の支払いを義務付けるのは特許権の本質に反する行為であることや、ノウハウの対価を支払うべき事情がないことを指摘しています。

本件各基本契約は,本件各特許権の実施許諾を中心とするものであり,少なくともランニングロイヤルティはこれに対する対価とみるべきものであるから,本件各特許権が存続期間満了により消滅した場合には,ランニングロイヤルティの支払義務は当然に終了するものと解するのが相当である。
本件各基本契約に終期の定めは明記されていないが,本件各特許権が消滅した後に,その技術の使用に対する対価の支払を義務付けることは,特許権の本質に反する行為というべきであるし,本件技術情報の開示や技術支援のみの対価として,本件各特許権が消滅する前と同額のランニングロイヤルティの支払義務が継続的に生じると解すべき事情も認められない(原告の被告らに対する技術指導の大半が,被告らがWBトランスを製造するようになった当初の時期に集中していることは,前記認定のとおりである。)。

結論として、判決は、被告らにランニングロイヤルティを支払う義務はないとしました。

WBトランスの製造販売の不正競争行為該当性について

最後に、判決は、WBトランスの製造販売が不正競争行為に該当するとの原告の主張について、原告が提供したノウハウは、有用性はあったものの、WBトランスが市場に出たことにより公知になったとして、これを排斥しました。

その際、判決は、本件各基本契約に、提供されたノウハウの契約終了後の使用を禁ずる条項があることにも触れつつ、他方で、被告らの責めによらず公知となった情報について被告らは秘密保持義務を負わないことが定められていることも指摘し、ノウハウが公知になった以上WBトランスの製造販売は制限されないとの解釈を示しています。

なお,本件各基本契約には,被告らの債務不履行による解約の場合を含め,契約終了後は本件技術情報を使用してはならず,WBトランスを製造,販売してはならない旨の条項が存在する(12条)。
この条項については,例えば,本件各特許権の存続中に被告らの債務不履行により本件各基本契約が終了すれば,特許の排他的効力により被告らがWBトランスを製造できないことは当然であるし,本件技術情報が秘密として保たれているのであれば,本件各基本契約終了後も,被告らはこれを秘密として保持すべき義務を負うと考えられる。
しかしながら,本件各特許権は既に消滅しており,本件各基本契約においても,被告らの責めによらず公知となった情報については,被告らは秘密保持義務を負わない旨を定めているのであって,被告らが製造,販売したWBトランスに係る情報が公知になっているというべきことは前述のとおりであるから,上記条項(12条)の適用により,被告らがWBトランスを製造,販売することができないということはできない。

秘密保持契約においては、しばしば、情報受領者の責に帰すべき事由によらずに秘密情報が公知になったときは、当該情報を秘密情報の定義から除外し、または、秘密保持義務の対象外とする条項が置かれますが、本件は、そういった規定により情報受領者の義務の範囲が画されたものといえます。

コメント

本判決は、いわゆる当事者の合理的意思の解釈により契約の要旨を認定し、ロイヤルティの支払い義務や差止請求権の存否の判断をしたもので、他の事件に一般化できる内容を含むものではありませんが、複数種類の知的財産のライセンスや技術指導を内容とする契約を作成するにあたって重要な教訓を含む点で実務上参考になると思われますので、紹介しました。

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(文責・飯島)