2019年12月24日、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、2007年4月に経済産業省が公表した「情報システム・モデル取引・契約書」の民法改正対応版を公開しました。「情報システム・モデル取引・契約書」は、ソフトウェア開発委託基本契約のモデル契約書として実務上広く利用されています。2020年4月1日から改正民法が全面的に施行されますが、今回、民法改正対応版が公開されたことにより、今後もモデル契約書は実務上重要な意義を有すると考えられます。

本稿では、上記モデル契約書について、民法改正を踏まえて修正された部分を中心に紹介します。

ポイント

  • モデル契約書の瑕疵担保責任の規定は、契約不適合責任の規定に修正されました。
  • 契約不適合責任の規定においては、損害賠償及び契約解除に関する規定が新設され、改正民法の内容を前提に、要件の明確化が図られました。
  • 契約不適合責任の期間制限については、改正民法とは異なる起算点を採用しつつも、ベンダの過度な保護にならないよう、例外規定のバリエーションが示されました。
  • 改正民法には成果報酬型の(準)委任に関する規定が新設されましたが、モデル契約書への反映は見送られました。
  • 改正民法では中途解除の場合の報酬請求が広く認められるようになりましたが、モデル契約書への反映は見送られました。

解説

経緯

2007年4月、経済産業省は、情報システムの信頼性向上・取引の可視化に向けた取組の一環として、ウォーターフォール型(後述)のシステム開発について、「情報システム・モデル取引・契約書(受託開発(一部企画を含む)、保守運用)<第一版>」(以下「モデル契約書<第一版>」といい、他のバージョンを含む「情報システム・モデル取引・契約書」一般を「モデル契約書」といいます。)を公表しました。その中にはソフトウェア開発委託契約のモデル条項及びその逐条解説が掲載されており、このモデル条項は、契約実務において広く利用されてきました。また、経済産業省は、2008年4月には、パッケージ・SaaS・ASP型の取引を対象とする「情報システム・モデル取引・契約書~情報システム・モデル取引・契約書~(パッケージ、SaaS/ASP活用、保守・運用)<追補版>」を公表しました(本稿では、主にモデル契約書<第一版>を扱います。)。

他方、近年では、新たなデジタル技術を活用して新たなビジネス・モデルを創出・柔軟に改変するというデジタル・トランスフォーメーション(DX)の重要性が指摘されています。経済産業省は、2018年9月に「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」を公表しました。DXレポートは、多くの経営者がDXの必要性を認識しているものの、既存システムの老朽化・複雑化・ブラックボックス化がDXの支障となっており、既存システムを巡る問題を解消しない限り、DXの本格的な展開は困難であると述べています。そして、DXレポートは、システム開発について、①ユーザとベンダの責任関係が契約上不明確である、DX実行のために小刻みな開発を繰り返す案件ではアジャイル型(後述)の開発が適している場合があるところ、そのような開発手法に沿った契約形態が整備されていない等の課題があること、②ユーザ・ベンダ間でトラブルが起こるリスクを低減し、アジャイル型開発等の活用を踏まえ、両者の良好な関係のもとで、IT システム刷新や DX を進めることが必要であること、③DXの進展によるユーザ企業とITベンダそれぞれの役割の変化等を踏まえたモデル契約書の見直しが必要であること等を指摘しています。

これを受け、経済産業省が所管する独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、2019年5月以降、モデル契約書についての見直しの検討を進めてきました。そして、IPAは、2019年12月24日、改正民法の全面施行(2020年4月1日)が迫っていることを踏まえ、取り急ぎ、改正民法に直接関係する論点を見直した、モデル契約書<第一版>の「民法改正を踏まえた見直し整理反映版」(以下「改正対応モデル契約書」といいます。)を公開しました(同時にモデル契約書の追補版についても「民法改正を踏まえた見直し整理反映版」が公開されました。)。

なお、IPAによると、アジャイル型開発への対応や民法改正に直接関係しない論点については、引き続き検討を重ね、2020年中に改訂版を公開する予定であるとのことです。アジャイル型開発については、2011年にIPAが「非ウォーターフォール型開発用モデル契約書」を公開しており(2012年には改訂版が公開されました。)、この見直しの検討が進められています。

モデル契約書の概要

モデル契約書の内容は、民法改正対応に関する部分及び若干の他の法改正に伴う修正に関する部分を除けば、モデル契約書<第一版>でも改正対応モデル契約書でも基本的に同一です。

モデル契約書の内容は、以下のような前提条件に基づくものです(改正対応モデル契約書7~8頁、55頁。前提条件が異なる場合については、改正対応モデル契約書46頁以下参照。)。

契約当事者 対等に交渉力のあるユーザ・ベンダを想定
開発モデル ウォーターフォールモデル
対象システム 重要インフラ・企業基幹システムの受託開発(一部企画を含む。)、保守・運用
プロセス 共通フレーム2013による標準化された企画・要件定義、システム開発・ソフトウェア実装、運用、保守による
発注形態 一括発注の場合に加え、マルチベンダ形態、工程分割発注に対応

モデル契約書で採用されているウォーターフォール型(ウォーターフォールモデル)とは、開発工程(要件定義→外部設計→内部設計→ソフトウェア設計→プログラミング→ソフトウェアテスト→システム結合→システムテスト→導入・受入支援)を明確に区切って各フェーズを順次実行して開発する手法をいい、実務上多く採用されている手法です。水が上から下に流れるように、前フェーズの成果物を踏まえて後フェーズの開発を実施するために「ウォーターフォール(滝)」と呼ばれます。開発対象を初期に確定させるため、開発全体のスケジュールを立てやすい、プロジェクトマネジメントが容易である等のメリットがある一方、前フェーズへの手戻りが生ずると工数の増大や工期の延長に繋がる、膨大な量のドキュメントを作成する必要がある等のデメリットがあるといわれます。

これに対し、IPAで議論されているアジャイル型とは、より素早いシステム開発を目指す設計・開発手法の総称であり(「アジャイル」は「機敏な」という意味です。)、その多くは、開発対象を多数の小さな機能に分割し、一つの反復で一つの機能を開発し、これを継続して一つずつ機能を追加開発していく手法です。機能毎に開発するため、機能リリースを早期に実現でき、ユーザの要望の変化にも柔軟に対応できる、作成するドキュメントの量が少ない等のメリットがある一方、開発全体のプロジェクトマネジメントが難しい等のデメリットがあるといわれます。なお、その他の開発手法として、反復型(開発対象を小さな機能単位に分割し、機能毎に各フェーズを繰り返し適用して開発する手法)やプロトタイプ型(工程を区分せずにユーザの要望から試作品を作成し、提示・評価していく手法)もあります。

モデル契約書は、ソフトウェア開発委託基本契約等のモデル条項の逐条解説(改正対応モデル契約書55頁以下)のほかに、「モデル契約プロセス」と題する項を設けており(改正対応モデル契約書23頁以下)、実際の契約においてユーザとベンダの権利義務関係が適切に構築されるよう、デューデリジェンス(実態把握)の実施から、契約締結、変更管理手続に至るまでの取引ルール、そこでのユーザとベンダの役割分担と責任、多段階見積や分割発注などのプロセス等を明らかにしています。

見直しの主な論点

1.請負契約における契約不適合責任
(1) 「報酬減額請求権」が救済方法として追加されたことへの対応
(2) 契約不適合責任における「損害賠償」と「解除」の位置づけ
(3) 契約不適合責任における「権利行使の期間制限」への対応
2.請負契約・準委任契約における報酬請求権
(4) 成果報酬型準委任契約の位置づけ
(5) 中途解除の場合の報酬請求権の帰趨

詳細な解説については、改正対応版モデル契約書とともに公開された「~情報システム・モデル取引・契約書~第一版及び追補版 DX推進のための見直しにおける民法改正を踏まえた整理にあたって」をご参照ください(若干の他の法改正に伴う修正についても解説されています。)。

以下では、モデル契約書<第一版>と改正対応モデル契約書それぞれに掲載されているソフトウェア開発委託基本契約のモデル条項(以下それぞれ「モデル条項<第一版>」「改正対応モデル条項」といいます。)の違いについて、上記論点に沿って紹介します。

契約不適合責任(瑕疵担保責任)に関する規定の内容

まずは、契約不適合責任に関する論点について紹介します。

外部設計書作成(支援)業務実施後のソフトウェア開発業務に関する瑕疵担保責任の規定(モデル条項<第一版>29条)は、改正対応モデル条項では、契約不適合責任に関する規定に修正されました(改正対応モデル条項29条)。この修正について、次項以下で解説します。

なお、外部設計書作成(支援)業務を準委任ではなく請負として規定する場合における当該業務に関する瑕疵担保責任の規定についても、同様に修正されています(改正対応モデル契約書20頁)。

【モデル条項<第一版>】(下線部分は修正部分)
(瑕疵担保責任)
第29条 前条の検査完了後、納入物についてシステム仕様書との不一致(バグも含む。以下本条において「瑕疵」という。)が発見された場合、甲は乙に対して当該瑕疵の修正を請求することができ、乙は、当該瑕疵を修正するものとする。但し、乙がかかる修正責任を負うのは、前条の検収完了後○ヶ月以内に甲から請求された場合に限るものとする。

2. 前項にかかわらず、瑕疵が軽微であって、納入物の修正に過分の費用を要する場合、乙は前項所定の修正責任を負わないものとする。

3. 第1項の規定は、瑕疵が甲の提供した資料等又は甲の与えた指示によって生じたときは適用しない。但し、乙がその資料等又は指示が不適当であることを知りながら告げなかったときはこの限りでない。

【改正対応モデル条項】(下線部分は修正部分)
契約不適合責任
第29条 前条の検収完了後、納入物についてシステム仕様書との不一致(バグも含む。以下本条において「契約不適合」という。)が発見された場合、甲は乙に対して当該契約不適合の修正等の履行の追完(以下本条において「追完」という。)を請求することができ、乙は、当該追完を行うものとする。但し、甲に不相当な負担を課するものでないときは、乙は甲が請求した方法と異なる方法による追完を行うことができる。

2. 前項にかかわらず、当該契約不適合によっても個別契約の目的を達することができる場合であって、追完に過分の費用を要する場合、乙は前項所定の追完義務を負わないものとする。

3. 甲は、当該契約不適合(乙の責めに帰すべき事由により生じたものに限る。)により損害を被った場合、乙に対して損害賠償を請求することができる。

4. 当該契約不適合について、追完の請求にもかかわらず相当期間内に追完がなされない場合又は追完の見込みがない場合で、当該契約不適合により個別契約の目的を達することができないときは、甲は本契約及び個別契約の全部又は一部を解除することができる。

5.  乙が本条に定める責任その他の契約不適合責任を負うのは、前条の検収完了後〇ヶ月/○年以内【であって、かつ甲が当該契約不適合を知った時から〇ヶ月以内】に甲から当該契約不適合を通知された場合に限るものとする。但し、前条の検収完了時において乙が当該契約不適合を知り若しくは重過失により知らなかった場合、又は当該契約不適合が乙の故意若しくは重過失に起因する場合にはこの限りでない。
【〇. 前項にかかわらず、前条の検査によって甲が当該契約不適合を発見することがその性質上合理的に期待できない場合、乙が本条に定める責任その他の契約不適合責任を負うのは、甲が当該契約不適合を知った時から〇ヶ月以内に甲から当該不適合を通知された場合に限るものとする。】

6. 第1項、第3項及び第4項の規定は、契約不適合が甲の提供した資料等又は甲の与えた指示によって生じたときは適用しない。但し、乙がその資料等又は指示が不適当であることを知りながら告げなかったときはこの限りでない。

用語の修正

改正民法では、「瑕疵」という用語は「契約の内容に適合しない(契約不適合)」に修正され、瑕疵担保責任は契約不適合責任に修正されました(改正民法562条1項、636条。改正前民法では、売買と請負それぞれについて瑕疵担保責任の規定が置かれていましたが、改正民法では、基本的に売買の契約不適合責任の規定が改正民法559条により請負にも準用されます。)。そのため、改正対応モデル条項では、瑕疵担保責任の規定は契約不適合責任の規定に修正されました(改正対応モデル条項29条)。なお、民法改正の立案担当者によれば、「瑕疵」と「契約不適合」の実質的な意味に違いはなく、改正対応モデル条項における修正もそれを前提としています。

また、改正前民法では、請負契約における仕事の目的物に瑕疵があった場合に注文者は瑕疵の修補を請求できるとされていましたが(改正前民法634条1項)、改正民法では、修補は「履行の追完」(目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡し)の一態様に位置付けられました(改正民法562条1項本文)。そのため、改正対応モデル条項では、「(瑕疵の)修正」が「(契約不適合の)修正等の履行の追完」に修正されました(改正対応モデル条項29条1項)。

「報酬減額請求権」が救済方法として追加されたことへの対応

改正前民法では、請負契約における仕事の目的物に瑕疵があった場合の注文者の救済手段として、瑕疵修補請求、損害賠償請求及び契約解除が用意されていましたが(改正前民法634条、635条)、改正民法では、請負契約における仕事の目的物に契約不適合があった場合の注文者の救済手段として、(修補を含む)履行の追完請求(改正民法562条1項本文)、損害賠償請求(改正民法564条)及び契約解除(同条)に加え、報酬減額請求(改正民法563条1項・2項)が用意されています。報酬減額請求とは、履行の追完の催告を条件として又は履行の追完が不能である等一定の場合には無催告で、不適合の程度に応じた代金の減額を認めるものです。

しかし、IPAにおける見直しの議論においては、システム開発では「不適合の程度」が明確ではなく、実際には他のベンダに依頼して支出した金額を損害として請求することがほとんどではないかとの意見が出され、システム開発の局面において実際に報酬減額請求権が行使されることはあまりないのではないかとの見通しが示されました。そのため、改正対応モデル条項では、報酬減額請求に関する規定の追加が見送られ、行使の要件・効果は改正民法の規律に委ねられることになりました。

契約不適合責任における「損害賠償」と「解除」の位置づけ

改正前民法では、請負契約における瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求について「請負」の節に独自の規定が置かれていましたが(改正前民法634条2項前段)、改正民法では、契約不適合責任は債務不履行責任の一種であると整理されたため、当該規定が削除され、請負契約における契約不適合責任に基づく損害賠償請求については、債務不履行一般の規定が適用されます(改正民法564条)。従来、請負契約における瑕疵担保責任は無過失責任と理解されていましたが、改正民法では、請負人に帰責事由がない場合には損害賠償が認められないという違いがあります(改正民法415条1項ただし書)。

モデル条項<第一版>では、瑕疵担保責任に基づく損害賠償の規定がありませんでしたが(モデル条項<第一版>53条に一般的な損害賠償の規定はありました。)、改正対応モデル条項では、契約不適合責任の規定の中に損害賠償の規定(同条の特則)を設けました(改正対応モデル条項3項)。前述のとおり、契約不適合責任に基づく損害賠償は、債務者の帰責事由を要件とする一般的な損害賠償と同じになったにもかかわらず、あえて特則を設けた理由は、契約不適合責任の期間制限(後述)を及ぼすことにあります。

また、改正前民法では、請負契約における瑕疵担保責任に基づく契約解除についても「請負」の節に独自の規定が置かれていましたが(改正前民法635条本文)、これも削除され、請負契約における契約不適合責任に基づく契約解除についても、損害賠償と同じく債務不履行一般の規定が適用されます(改正民法541条、542条)。すなわち、契約不適合があった場合には、催告解除(改正民法541条)か、履行不能、履行拒絶等一定の場合における無催告解除(改正民法542条)が可能です。従来、請負契約における瑕疵担保責任に基づく契約解除は「契約をした目的を達することができないとき」に限定されていましたが、改正民法では、催告解除によれば、債務不履行が軽微である場合を除き、目的達成の可否にかかわらず契約を解除できるという違いがあります(改正民法541条)。

モデル条項<第一版>では、瑕疵担保責任に基づく契約解除の規定がなく(モデル条項<第一版>52条に一般的な契約解除の規定はありました。)、その要件が不明確であったため、改正対応モデル条項では、契約不適合責任の規定の中に契約解除の規定(同条の特則)を設けました(改正対応モデル条項29条4項)。その上で、改正対応モデル条項は、解除の要件について、催告解除に関する上記「軽微」要件の判断にあたっても結局は目的達成の可否が最も重要な考慮要素であるとの立案担当者の見解に基づき、催告解除と無催告解除のいずれであっても目的達成の可否が解除の要件の軸となるとして、「追完の請求にもかかわらず相当期間内に追完がなされない場合又は追完の見込みがない場合」かつ「当該契約不適合により個別契約の目的を達することができないとき」に契約を解除できるものと規定しました(同項)。

契約不適合責任における「権利行使の期間制限」への対応

改正前民法では、瑕疵担保責任の期間制限について、原則として目的物の「引渡時」(引渡しを要しない場合には仕事の終了時)から1年以内に権利を行使する必要があるとされていましたが(改正前民法637条1項)、注文者の負担が過重であるとの理由から、改正民法では、注文者が契約不適合を「知った時」から1年以内にその旨を請負人に通知する必要がある(契約不適合について請負人に故意又は重過失があるときは期間制限なし)とされています(改正民法637条)。改正前民法では、建物その他の土地の工作物に限って5年又は10年の長期の期間制限が規定されていましたが(改正前民法638条1項)、改正民法では、注文者が契約不適合の事実を知らないままに担保責任の存続期間が終了するという事態は生じないため、これらは削除されました。また、「通知」とは、立案担当者によれば、契約不適合の内容を把握することが可能な程度に、不適合の種類・範囲を伝えることが想定されています。

モデル条項<第一版>では、瑕疵担保責任の期間制限について、改正前民法の規律を踏まえて「検収完了後○ヶ月以内」と規定していましたが(モデル条項<第一版>29条1項ただし書)、改正対応モデル条項においても、契約不適合責任の期間制限について、「検収完了後〇ヶ月/○年以内」と規定し(改正対応モデル条項29条5項本文)、モデル条項<第一版>の内容を維持しました。この理由は、改正民法のようにユーザが契約不適合を「知った時」を起算点にすると、ユーザが適切な検査を行うインセンティブがなくなると考えられたからです。ただし、ベンダを過度に保護することにならないよう、改正民法の内容も踏まえ、検収完了時において契約不適合に関するベンダの故意・重過失があった場合及び契約不適合がベンダの故意・重過失に起因する場合は、期間制限が適用されません(同項ただし書)。また、ソフトウェア開発実務において、長期間にわたるデータ蓄積によって初めて発現する著しい性能低下など、発現に一定以上の時間を要する契約不適合もあり得るため、検査によってユーザが契約不適合を発見することがその性質上合理的に期待できない場合は期間制限を適用しない旨のオプション条項が提案されています(同項2段落目)。

なお、改正対応モデル条項29条の解説では、期間制限の長さを定めるにあたってベンダ・ユーザ間で共通理解を得ておくべき諸要素について詳しく述べられています(改正対応モデル契約書90~91頁)。

成果報酬型準委任契約の位置づけ

次に、報酬請求権に関する論点について紹介します。

契約実務においては、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払う旨の委任契約が締結されることがあります。しかし、改正前民法では、このような成果報酬型の委任契約に関する規定はありませんでした。これに対し、改正民法では、成果報酬型の委任契約に関する規定を追加し、成果が引渡しを要するときは、報酬の支払が成果の引渡しと同時履行の関係に立ち(改正民法648条の2第1項)、委任者の帰責事由によらずに履行不能となったとき又は成果が得られる前に委任が解除されたときは、改正民法634条(後述)の準用により成果の出来高に応じた報酬請求が可能であるとしました(同条2項)。

モデル条項<第一版>では、準委任契約(民法では委任契約の規定が準用されます。)と位置付けられている要件定義作成支援業務、外部設計書作成支援業務等について、特に成果に対して報酬を支払うという建付けになっていませんでした。この点について、IPAにおける議論では、「モデル契約が想定しているシステム開発において成果報酬を入れるというようなことは想定されないのではないか」といった意見が出され、改正対応モデル条項においても、成果報酬型の準委任契約について特段言及しないこととされました。

中途解除の場合の報酬請求権の帰趨

改正前民法では、請負契約については、中途解除の場合の報酬請求権に関する規定がなかったものの、判例により、一定の場合に目的物の出来高に応じた報酬請求権が認められており、また、委任契約については、受任者の帰責事由によらずに委任が中途終了した場合の履行割合に応じた報酬請求権のみが規定されていました(改正前民法648条3項)。これに対し、改正民法では、仮に請負人又は受任者に帰責事由があっても、一定の範囲では報酬請求を認めるのが合理的であるとの理由から、請負契約については、判例を踏まえ、注文者の帰責事由によらずに履行不能となったとき又は仕事完成前に請負が解除されたときは、履行済みの可分な部分によって注文者が受ける利益に応じた報酬請求が可能であると明記され(改正民法634条)、また、委任契約についても、委任者の帰責事由によらずに履行不能となったとき又は履行の中途で委任が終了したときは、履行割合に応じた報酬請求が可能であるとされました(改正民法648条3項)。なお、注文者又は委任者に帰責事由がある場合には、危険負担により、報酬全額の請求が認められます(改正民法536条2項)。

モデル条項<第一版>では、中途解除の場合の報酬請求権の帰趨について、請負・準委任にかかわらず、システム仕様書等の変更に関する協議が不調に終わった場合に、ユーザがそれまでにベンダが遂行した個別業務に対する委託料を支払うとともに、損害を賠償すれば個別契約を解約できる旨の規定が置かれているのみであり(モデル条項<第一版>/改正対応モデル条項38条)、しかも、これは「請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。」との民法の規定(改正前/改正民法641条)を踏まえた規定であり、改正民法が想定しているベンダに帰責事由がある場合等に適用されるものではありませんでした。

この点について、IPAにおける議論では、「システム開発が中途で終了した場合において、可分性や報酬額を決める『利益の割合』を評価するのは困難なのではないか」といった意見も出され、(ベンダに帰責事由があった場合に一定の範囲で報酬請求権を認めること自体について強い異論はなかったものの)報酬請求権の要件や内容をモデル契約書において一律に決めるのは適切でないとの理由から、改正対応モデル条項では、上記の協議不調に関する規定(改正対応モデル条項38条)のほかに、中途解除の場合の報酬請求権に関する規定を置かないこととしました。

コメント

モデル契約書<第一版>は、ソフトウェア開発委託契約の実務において、事実上の標準として広く利用されています。もっとも、個別の事案に応じてベンダ又はユーザに有利となるように内容を変更して用いられている場合もありますので、契約審査においては、モデル契約書に似ているからといって安心せず、具体的内容を細かく確認する必要があります。これは、改正対応モデル契約書が普及した後においても同様です。

また、本稿で紹介した改正対応モデル契約書は、あくまで改正民法の全面施行が迫っていることを踏まえて取り急ぎ公開されたものであり、大幅な修正が加えられたわけではありません。他方、「経緯」にも記載したとおり、2020年中に民法改正に直接関係しない更なる修正が予定されており、その内容も注目されます。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・溝上武尊)