知的財産高等裁判所第1部(高部眞規子裁判長)は、令和元年12月4日、特許庁が2つの引用例を組み合わせて主引用発明を認定した手法には誤りがあったとしつつ、知財高裁が独自に認定した主引用発明に基づき、発明に進歩性は認められないとする判決をしました。

判決は、主引用発明の認定に当たって、特定の刊行物の記載事項とこれとは別個独立の刊行物の記載事項を組み合わせて認定することは、新規性と進歩性とを分けて判断する構造を採用している特許法の趣旨に反し、原則として許されないとしました。

他方、知財高裁は、上述のとおり、原審決の主引用発明の認定を誤りであるとしつつも、独自に認定した主引用発明に基づき、周知技術及び副引用発明を適用することによって、発明に進歩性がないと判示しました。

この点は、現在の知財高裁の一回的解決志向を顕著に示すものといえますが、メリヤス編機事件における昭和51年の最高裁大法廷判決との関係で議論のあり得るところでもあると思われます。

ポイント

骨子

  • 原審決が、引用例1及び2の2つから主引用発明として甲9発明を認定したことは誤りである。「刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)の認定に当たり、特定の刊行物の記載事項とこれとは別個独立の刊行物の記載事項を組み合わせて認定することは、新規性の判断に進歩性の判断を持ち込むことに等しく、新規性と進歩性とを分けて判断する構造を採用している特許法の趣旨に反し、原則として許されない。
  • 以上の通り、本件審決の甲9発明の認定は誤りである。進んで、正しく認定した引用発明に基づき、本件発明が容易に想到できるか否かについて判断する。・・・本件発明1は、引用発明に、引用例2の記載事項及び周知技術を適用することにより、容易に想到できるものである。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和元年12月4日
事件番号 平成30年(行ケ)第10175号
事件名 審決取消請求事件
原審決 特許庁平成30年8月8日
無効2017-800070号事件
対象特許 特許第6018822号
裁判官 裁判長裁判官 高 部 眞規子
裁判官    小 林 康 彦
裁判官    関 根 澄 子

解説

進歩性とは

特許法は、特許の要件として、自然法則の利用、産業上の利用可能性、新規性及び進歩性を規定しています(特許法29条)。特許要件のうちでも、拒絶理由・無効理由として最も多く引用されるのは、進歩性の要件です(特許法29条2項)。

(特許の要件)
第二十九条
2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明することができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

進歩性が特許の要件として要求されるのは、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(当業者)が容易に想到することができる発明について、特許権を付与することは、技術進歩に資する程度が小さいばかりでなく、かえってその妨げになると考えられているからです。

進歩性の判断手法

進歩性の判断は、一般的に、本件発明の要旨の認定、引用発明の認定、本件発明と引用発明との対比による一致点と相違点の認定、相違点についての容易想到性の判断、というプロセスで行われます。

【本件発明の要旨の認定】

進歩性判断においては、まず、発明の要旨の認定、すなわち、進歩性の有無の判断対象となる発明がどのようなものかの認定を行います。

発明の要旨の認定の方法については、リパーゼ事件(最二小判平成3年3月8日民集45巻3号123頁)という判例により、以下の考え方が示されています。

特許出願に係る発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情がない限り、特許請求の範囲に基づいてされるべきである。

なお、この判例は、発明の要旨の認定を確定する段階においては、特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであり、発明の詳細な説明にのみ記載された事項に基づいて発明を認定することは許されないという趣旨であると考えられています。そのため、認定の段階で発明の詳細な説明を考慮してはならないという厳格なものであるとは考えられていません。

【引用発明の認定】

続いて、引用発明、すなわち、対比の対象となる発明の認定が行われます。
引用発明は、特許法29条1項に規定されている、特許出願前の公知の発明、公然実施された発明及び刊行物記載の発明です。引用発明が記載された文献や、実施品など、引用発明の認定の基礎となる資料は、一般に、「引用例」と呼ばれます。

引用発明は、引用例によって開示された範囲で認定されることが必要です。多くの無効審判で主引例とされる刊行物からの発明の認定について、特許・実用新案審査基準第III部第2章第3節3.1.1(1)aは、以下のように述べています。

「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。審査官は、これらの事項から把握される発明を、刊行物に記載された発明として認定する。刊行物に記載されているに等しい事項とは、刊行物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいう。

審査官は、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明を「引用発明」とすることができない。そのような発明は、「刊行物に記載された発明」とはいえないからである。

知財高判平成23年10月24日平成22年(行ケ)第10245号は、以下のとおり述べ、刊行物の具体的な記載を超えて、推測や類推によって限定された発明を認定することはできないと判示するとともに、そのような判断は進歩性判断等の結果として検討されるべきものである旨述べています。

当該発明と出願前に公知の発明等(以下「公知発明」という場合がある。)を対比して,公知発明が,当該発明の特許請求の範囲に記載された構成要件のすべてを充足する発明である場合には,当該発明は特許を受けることができないのはいうまでもない(当該発明は新規性を有しない。)。これに対して,公知発明が,当該発明の特許請求の範囲に記載された構成要件の一部しか充足しない発明である場合には,当該発明は特許を受けることができる(当該発明は新規性を有する。)。ただし,後者の場合には,公知発明が,「一部の構成要件」のみを充足し,「その他の構成要件」について何らの言及もされていないときは,広範な技術的範囲を包含することになるため,論理的には,当該発明を排除していないことになる。したがって,例えば,公知発明の内容を説明する刊行物の記載について,推測ないし類推することによって,「その他の構成要件についても限定された範囲の発明が記載されているとした上で,当該発明の構成要件のすべてを充足する」との結論を導く余地がないわけではない。しかし,刊行物の記載ないし説明部分に,当該発明の構成要件のすべてが示されていない場合に,そのような推測,類推をすることによってはじめて,構成要件が充足されると認識又は理解できるような発明は,特許法29条1項所定の文献に記載された発明ということはできない。仮に,そのような場合について,同法29条1項に該当するとするならば,発明を適切に保護することが著しく困難となり,特許法が設けられた趣旨に反する結果を招くことになるからである。上記の場合は,進歩性その他の特許要件の充足性の有無により特許されるべきか否かが検討されるべきである。

【本件発明と引用発明の対比による一致点と相違点の認定】

次に、これまでに認定した本件発明と引用発明を対比して、両発明の一致点と相違点を認定します。一般的には、各発明を、構成要件に分節し、個別に対比することによって、どの構成要件が一致し、どの構成要件が相違するかを特定します。

【相違点の容易想到性の判断】

最後に、認定された相違点が、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(当業者)にとって容易に想到可能なものかが判断されます。ここで、当業者が容易に発明をすることができたと認定された場合には、進歩性が認められません。

なお、本稿では詳細を割愛しますが、医薬品などの分野では、発明の構成の容易想到性に加えて、発明に顕著な効果があることが進歩性を肯定する事情として考慮されることがあります。顕著な作用効果の位置づけについては、容易想到性の評価を障害する事実であるとする考え方と、容易想到性とは別個独立の進歩性判断の要件であるとする考え方がありますが、最三判令和元年8月27日平成30年(行ヒ)第69号ドキセピン誘導体含有局所的眼科用処方物事件によれば、最高裁判所は、後者に近い考え方に立っているものと思われます。

特許無効審判とは

特許無効審判とは、特許庁で行われる行政審判のひとつで、特許権の設定登録後に利害関係人の請求によって、瑕疵のある特許権を対世的・遡及的に消滅させる手続です(特許法123条)。

特許無効審判の審理は、3名の審判官によって行われ、審判官は、無効理由が存在しないと判断した場合には、請求不成立審決を行い、無効理由が存在すると判断した場合には、無効審判請求を認容する審決、すなわち、無効審決を行います。無効審決が確定すると、特許は対世的・遡及的に消滅します。

審決取消訴訟とは

審決取消訴訟とは、特許審判で行われた審決について、不服を申し立てる訴訟をいい、知的財産高等裁判所が専属管轄を有します。審決は、行政機関である特許庁が行う行政処分であるため、審決取消訴訟も行政事件訴訟の一種となり、特許法及び行政事件訴訟法が適用されます。

審決取消訴訟は、審決の違法性を判断する手続ですので、裁判所は、必ずしも特許権の成否や内容を積極的に判断する必要はなく、審決の内容に誤りがあることを指摘して審決を取り消すことができます。

特許無効審判の審決取消訴訟の審理範囲

行政事件訴訟法の一般的な考え方としては、取消判決の審判対象は処分の違法性一般であると考えられています。つまり、行政処分に至る手続で考慮されていない事項であっても、それが処分の違法性を基礎づけるのであれば、取消事由となり得ます。

他方、判例は、特許無効審判に対する審決取消訴訟においては、特許無効審判で審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を主張することはできないと解しています(メリヤス編機事件〔最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁〕)。これは、技術専門庁である特許庁の審査官による審理判断を受ける機会を保障することなどを理由にするもので、同判決のもとでは、裁判所は、専ら審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関してのみ、審理の対象とすることができることとなります。

メリヤス編機事件は、新規性と進歩性とが明確に区別されていなかった大正10年の特許法の解釈を示したものですが、現行法のもとでも、大径角形鋼管事件〔最三判平成11年3月9日民集53巻3号303頁〕などがメリヤス編機事件判決の考え方を踏襲しています。

審判手続で現れなかった技術常識の参酌

上述のとおり、判例は、審判手続で審理されていない公知事実の対比を裁判所が行うことを禁じていますが、他方において、最高裁は、審判手続に現れていなかった資料に基づき、当業者の出願当時における技術常識を認定することは許されると判示しています(食品包装容器事件〔最一小判昭和55年1月24日民集34巻1号80頁〕)。

以上によれば、裁判所が、審判手続で判断されていない新たな公知事実に基づいて発明の新規性・進歩性を判断することは許されないものの、審判手続で判断されていない技術常識を認定して発明の新規性・進歩性を判断することは許されることになります。

一回的解決との関係

近年、知的財産高等裁判所は知財紛争の一回的解決を重視しており、また、メリヤス編機判決の考え方がそのまま維持されるべきかについては、議論のあるところです。

具体的な裁判例としては、当事者の同意がある場合においては、審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすることや、審判で審理された複数の公知事実の組合せにつき審決と異なる主張をすることも許されるとする判決が現れています(物品の表面装飾構造事件〔知財高判平成29年1月17日判タ1440号137頁〕 )。

事案の概要

本件は、被告らが、原告の有する特許第6018822号(「本件特許」)に対する無効審判を請求したところ、特許庁は、平成30年8月8日、特許を無効とする審決(「本件審決」)をした事案です。

本件審決は、本件特許には、サポート要件違反の記載不備があるとしたほか、引用例1と引用例2に記載された発明を組み合わせて「甲9発明」を認定し、これを主引用発明とした上で本件発明と対比し、進歩性がないと判断しました。

原告は、本件審決の取消訴訟を提起し、サポート要件違反について判断の誤りがあること、甲9発明の認定に誤りがあること、相違点の認定・容易想到性判断に誤りがあることを主張しました。

なお、本稿では、進歩性に関する争点についてのみ取り上げます。

争点

【原審決における主引用発明の認定手法】
(前提事実)

原審決は、引用例1と引用例2の双方を引用文献とし、引用例1から以下の単一の主引用発明を認定しました。

造影CTに用いられる,患者への皮下アクセスを提供するための,自動注入器によって造影剤を注入されることができるアクセスポートであって,/隔膜を保持するよう構成される本体を具え,/前期アクセスポートは,製品スペックに示される最大注入圧力以上の加圧をしないように使用され,/隔膜は,本体内に画定された空洞内に,前記隔膜を通じて針を繰り返し挿入するための隔膜であるアクセスポート(甲9発明)。

(原告の主張)

引用例1と引用例2の双方を引用文献とし、両者に記載された発明を組み合わせることによって、甲9発明という単一の主引用発明を認定しているが、そのような認定手法は、新規性と進歩性の区別が失われることになり、妥当ではない。

(被告の主張)

進歩性判断においては、主引用発明が一つであることは求められているが、主引用発明が一つの文献のみに開示されていることは求められていない。
引用例1に記載された発明の構成の内容を理解するために、引用例2を参照することは許される。

【本件発明の容易想到性】

本件発明と引用発明の対比による一致点と相違点の認定及び相違点の容易想到性の判断が争点となります。

判旨

判決は、まず、引用例1から認定することのできる引用発明は以下のようなものであると述べました。

引用例1には「造影CTに用いられる,患者の皮下アクセスを提供するためのアクセスポートであり,自動注入器による機械的補助によって造影剤を注入され,かつ加圧されることが可能な東レポート」(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

その上で、審決が別個独立の2つの引用例の記載を組み合わせて引用発明を認定したことについて、以下のような規範を示しました。

…しかし,「刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)の認定に当たり,特定の刊行物の記載事項とこれとは別個独立の刊行物の記載事項を組み合わせて認定することは,新規性の判断に進歩性の判断を持ち込むことに等しく,新規性と進歩性とを分けて判断する構造を採用している特許法の趣旨に反し,原則として許されないというべきである。

上記の考え方に基づき、判決は、以下のとおり、審決による引用発明の認定は誤りであると結論づけました。

よって、…引用例1と,これと作成者も作成年月日も異なる…引用例2の記載から,甲9発明を認定することはできない。

…本件審決の甲9発明の認定は誤りである。

他方、判決は、以下のとおり述べた上で、裁判所が認定した引用発明に基づいて本件発明との対比を行い、相違点にかかる容易想到性の判断を示しました。

…以上の通り,本件審決の甲9発明の認定は誤りである。進んで,正しく認定した引用発明に基づいて,本件発明1が容易に想到できるか否かについて判断する。

判決は、最終的には、本件発明に進歩性は認められず、原審決は結論において相当であるとして、原告の請求を棄却しました。

コメント

本判決は、進歩性判断の手法として、別個独立の2つの刊行物の記載事項を組み合わせて主引用発明を認定することが許されないことを明らかにしました。この点は、新規性と進歩性とを別個の特許要件と規定する特許法の体系に沿ったものと思われます。

他方、主引用発明の認定の誤りを指摘しつつも審決を取り消さず、裁判所が独自に認定した主引用発明に基づいて発明の進歩性を否定したことは、技術常識の認定を超えて、新たな公知事実の対比を行ったものといえ、メリヤス編機判決やその後の判例が認めてきた裁判所の審理範囲を超えた判断を示したものといえます。一回的解決の流れの中での判決とは理解されますが、ここまでの判断が許容されるかは、議論の分かれるところと思われます。

なお、弁護士法人イノベンティア及び特許事務所イノベンティアはこの事件に関与していますが、筆者は携わっておりません。

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(文責・中村)