本年(平成29年)1月17日、知的財産高等裁判所(4部)において、特許無効審判の審決取消訴訟の裁判所が、審判において審理されなかった公知事実との対比をすることを禁じたメリヤス編機事件最高裁判決(最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁)の適用範囲を示した判決がありました。メリヤス編機事件最高裁判決は、すでに40年以上を経ているものの、知財分野における史上唯一の大法廷判決であり、特許法解釈や、立法政策に多大な影響を与えてきました。

本判決は、当事者が同意している場合には、特許無効審判の審決取消訴訟において、①「審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること」、及び、②「複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては、その組合せにつき審決と異なる主張をすること」は許される、との解釈を示しました。

ポイント

判旨

  • 特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。
  • しかし,審判において審理された公知事実に関する限り,審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること,あるいは,複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては,その組合せにつき審決と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできないから,取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。
  • 引用発明1ないし3は,本件審判において特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するものとして審理された公知事実であり,当事者双方が,本件審決で従たる引用例とされた引用発明2を主たる引用例とし,本件審決で主たる引用例とされた引用発明1又は3との組合せによる容易想到性について,本件訴訟において審理判断することを認め,特許庁における審理判断を経由することを望んでおらず,その点についての当事者の主張立証が尽くされている本件においては,原告の前記主張について審理判断することは,紛争の一回的解決の観点からも,許されると解するのが相当である。
  • なお,本判決が原告の前記主張について判断した結果,請求不成立審決が確定する場合は,特許法167条により,当事者である原告において,再度引用発明2を主たる引用例とし,引用発明1又は3を組み合わせることにより容易に想到することができた旨の新たな無効審判請求をすることは,許されないことになるし,本件審決が取り消される場合は,再開された審判においてその拘束力が及ぶことになる。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決日 平成29年1月17日
事 件 平成28年(行ケ)第10087号審決取消訴訟事件
原審決 無効2015-800092号
特 許 特願2009-174851号「物品の表面装飾構造及びその加工方法」
裁判官 裁判長裁判官  髙 部 眞 規 子
裁判官  古 河 謙 一
裁判官  鈴 木 わ か な

解説

判示事項の位置付け

後に詳しく説明するとおり、特許無効審判の審決取消訴訟の裁判所が、審判段階で審理されていない新たな証拠に基づいて有効性判断をすることは、判例上認められていません。

これに対し、本件訴訟では、特許の有効性判断の前提として、裁判所が、新たな証拠の組合せに基づき進歩性の判断をすることが許されるか、という問題について、許されるとする見解が述べられています。

これは、当事者間で争点となった事項について述べたものではありませんが、裁判所の判断権限に関わる問題であるため、判断すること自体の正当性について、裁判所の見解が示されたものと考えられます。

審決取消訴訟の審理範囲を巡る論争とメリヤス編機事件最高裁判決

特許無効審判の審決を不服として審決取消訴訟が提起された場合に、審判請求人が新たな証拠に基づいて無効を主張できるか、という問題については、かつて、特に制限なく主張可能であるとする無制限説、裁判所は審決が実質的な証拠によって裏付けられているかを判断できるにとどまるとする実質的証拠法則説、裁判所が審理できるのは審判で審理判断された証拠に限られるとする制限説が対立していました。

この問題につき、最高裁判所は、「メリヤス編機」事件最高裁判決(最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁)において以下のように述べ、制限説を採用しました。

審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。

判旨には「抗告審判」という語が現れますが、これは、この判決が大正10年法下のものであることによるもので、現行法に置き換えれば、無効審判で審理判断されなかった公知事実との対比を禁ずるものといえます。

最高裁判所は、この規範を導くに際し、様々な理由付けを述べていますが、現在の制度の下で実質的な意味を持つのは、専門行政庁である特許庁による慎重な審理判断を受ける利益を保護することにあるといわれています。

メリヤス編機事件の問題点

この判決に対しては、理論面での批判もなされますが、実務的な観点からもいくつかの問題が生じました。これらの問題は、裁判所と特許庁の間を事件が往復するように見えることから、「キャッチボール問題」と総称されることもあります。

複数無効審判の並行

無効審判で不成立審決(特許維持)がなされた場合において、審決取消訴訟で新たな無効理由の主張ができなければ、原告(審判請求人)がその主張をするためには、別途新たに無効審判を請求するしかありません。
そのため、審決取消訴訟係属後に特許庁で新たに無効審判が係属することとなり、当事者に負担がかかるという問題が指摘されました。

訂正による差戻し

無効審判で特許が無効と判断された場合、特許権者は、しばしば、審決取消訴訟を提起するとともに、特許請求の範囲を減縮するなどして無効理由を回避すべく訂正審判を申し立てていました。
その結果訂正が認められると、審決取消訴訟裁判所は訂正後の特許と無効理由とを対比することとなりますが、この場合、新たな無効理由が主張されているわけではないものの、訂正後の特許と無効理由との対比については、特許庁の審理を経由していないこととなります。

そのため、審決取消訴訟係属中に訂正審判が申し立てられ、特許が訂正された場合において、裁判所が訂正後の特許について無効の審理をすることができるかは争点でしたが、この問題につき、最高裁判所は、「大径角形鋼管」事件最高裁判決(最三判平成11年3月9日民集53巻3号303頁)において、裁判所に審理権限はなく、事件を特許庁に差し戻さなければならないと判示しました。

その結果、特許庁において無効審決がなされると、特許権者が審決取消訴訟を提起するとともに訂正審判を請求し、訂正が確定すると、裁判所は、それまで続いていた審理をやめて、事件を特許庁に差し戻す、というプラクティスが恒常化しました。これは、当事者にとっても裁判所にとっても無駄が多く、負荷となります。

訂正を巡る法改正

上述の問題のうち、訂正による差戻しの問題については、平成15年改正法において、審決取消訴訟提起後に訂正審判請求ができる期間を制限するとともに、訂正審判が請求された場合には簡便な手続きで特許庁に差し戻すことを可能にすることによって、手続負荷を大幅に軽減しました。

また、平成23年改正法では、審決取消訴訟係属中の訂正審判請求を禁止するとともに、無効審決をするときは、事前に当事者に予告をし、訂正の機会を与えることとしました。

その結果、現在では、訂正による差戻しの問題は事実上解消したものといえます。

無効審判の審理の迅速化と一回的解決の関係

一方の複数無効審判の並行の問題については、歴史的な経緯も踏まえて、そもそも複数の無効審判が並行すること自体が問題なのか、あるいは、より広い視点で本質を捉えるべき問題ではないか、ということを考える必要があります。
裁判所の審理権限はメリヤス編機事件判決によって制限されましたが、無効審判においても、平成10年改正法以降、新たな無効理由の提出は請求の理由の要旨を変更する補正として制限されています。その目的は、当事者が際限なく無効理由を追加することによる審理の遅延を防止することにあります。

特許の無効理由は、一般の民事訴訟におけるような、特定当事者間の社会的関係に関する事実とは違って、相互に脈絡のない技術的事項によって際限なく現れる可能性があり、また、現に、かつて、無効審判は、無効理由の追加が繰り返されることにより、非常に時間のかかる手続きとなっていました。
これを無効理由の追加の禁止によって改善したのが、平成10年改正法だったのです。
その後、平成15年改正法によって、一定の要件の下で無効理由の追加が認められるようになりましたが、あくまで例外的場合に限定されています。

このような無効審判の性質に照らすと、複数無効審判が並行することは、審理の長期化回避という目的とのトレードオフの中で評価されるべき問題であるともいえます。
こうしてみると、複数無効審判の問題は、複数の事件に分けて審理することによる迅速な判断と、紛争の一回的解決のバランスの問題に帰着するといえるでしょう。

無効審理権限を巡る制度の変化

メリヤス編機最高裁判決は、大法廷判決という点で重い意味を持っていますが、他方で、大正10年の特許法の解釈を巡る判決であり、また、判決がなされたのも40年以上前の昭和51年です。
その後、裁判所の無効審理権限を巡る制度は大きく変わりました。

まず、メリヤス編機判決を踏襲した大径角形鋼管判決の翌年、最高裁判所は、「キルビー特許」事件最高裁判決(最三判平成12年4月11日民集54巻4号1368頁)において、いわゆる明らか無効の抗弁を認め、侵害訴訟裁判所が無効理由の審理をすることを認めました。

次に、平成16年改正法は、特許法104条の3を創設し、正面から特許無効の抗弁を認めました。

さらに、特許庁の職員が裁判所に出向する調査官制度や、専門委員の制度などが整備され、技術的問題に対する裁判所の判断リソースも強化されています。

加えていうならば、大径角形鋼管判決の前年、最高裁判所は「ボールスプライン」事件最高裁判決(最三判平成10年2月24日民集52巻1号113頁)において均等論の適用を認めており、技術的範囲論の問題ではあるものの、裁判所が極めて実質的なクレーム解釈をすることを認めています。

このような環境において、審決取消訴訟においてのみ、専門行政庁である特許庁による慎重な審理判断を受ける利益を優先し、裁判所の審理権限を制限し続けることにどの程度の意味があるのかということには疑問が呈されています。

進歩性とその判断基準

ここで今般の知財高裁判決の議論に戻ります。まず、「新たな証拠の組合せ」についてもなぜ同様の問題が議論となりうるのか、という点を理解するため、以下、進歩性がどのように判断されるかを、現在の審査基準に基づいて概観します。

進歩性とは

発明が特許を受けるためには、進歩性が要求されます。進歩性があるといえるためには、その発明が、当業者にとって、先行技術に基づいて容易に発明できるものではなかった、といえなければなりません。

基準となる先行技術とは

特許法29条1項は、特許要件の審査の対象となる先行技術として、以下の3つを定めています。ごく平易にいえば、出願時点で、世界のどこかで認識可能な状態になっていた発明といえます。

一  特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二  特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三  特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明

当業者とは

「当業者」とは、特許法29条2項や36条4項1号にいう「発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」のことで、特許法の適用に際し、どの程度の技術理解度を持つ人を基準とするか、を示す概念です。

進歩性の判断構造

上述のとおり、進歩性の有無は、ある先行技術を基準として、当業者が容易に発明できたか、という観点から判断されます。そのため、進歩性の判断は、まず、基準となる先行技術を「主引用発明」(一般には「主引例」と呼ばれます。)として選択することから始まり、そこから発明に到達できるかどうかを論理的に分析します。
この過程を審査基準は以下のように表しています。

審査官は、先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、以下の(1)から(4)までの手順により、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断する。

また、複数の候補先行技術がある場合の取扱いについて、審査基準は以下のように定め、主引例は1個でなければならにとしています。

審査官は、独立した二以上の引用発明を組み合わせて主引用発明としてはならない。

審査基準に現れる「(1)から(4)までの手順」は、以下のようなものです。

(1) 審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(3.1参照)に係る諸事情に基づき、他の引用発明(以下この章において「副引用発明」という。)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。
(2) 上記(1)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
(3) 上記(1)に基づき、論理付けができると判断した場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く要素(3.2参照)に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断する。
(4) 上記(3)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。上記(3)に基づき、論理付けができたと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。

本判決の問題意識

このように、進歩性の判断は、まず1個の主引例を確定することから始まり、相違点について容易想到かどうかを判断するために、他の公知技術を検討する、という構造で行われます。
そのため、無効理由としても、いずれの証拠を主引例とし、いずれの証拠を副引例とするか、という組み合わせが重要な意味を持ち、主引例が変われば、別の無効理由となると解されます。

この点、メリヤス編機事件で直接問題になったのは新規性であって進歩性ではありませんが、伝統的な無効理由の理解に立てば、審判で主引例とされていなかった証拠を主引例とすることは、メリヤス編機事件で示された裁判所の審理範囲を超えることとなると考えられます。

そこで、裁判所は、実体判断に立ち入る前に、判断することそのものの正当性について考え方を示すこととしたものと考えられます。

判旨

上記問題について、判決は、まず、以下のように述べて、メリヤス編機事件判決に立脚するものであることを明らかにします。

特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。

続いて判決は、①「審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること」、または、②「複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては、その組合せにつき審決と異なる主張をすること」は、審判段階での対比の枠を超えるものとはいえず、常に許されないというわけではない、との考えを示します。

しかし,審判において審理された公知事実に関する限り,審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること,あるいは,複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては,その組合せにつき審決と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできないから,取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。

さらに、裁判所は、上記のような場合において、新たな組合せにかかる無効理由を審理することを当事者が認めているならば、紛争の一回的解決の観点から審理が許される、との考えを示します。

引用発明1ないし3は,本件審判において特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するものとして審理された公知事実であり,当事者双方が,本件審決で従たる引用例とされた引用発明2を主たる引用例とし,本件審決で主たる引用例とされた引用発明1又は3との組合せによる容易想到性について,本件訴訟において審理判断することを認め,特許庁における審理判断を経由することを望んでおらず,その点についての当事者の主張立証が尽くされている本件においては,原告の前記主張について審理判断することは,紛争の一回的解決の観点からも,許されると解するのが相当である。

最後に、判決は、裁判所による審理判断がなされる以上、判断結果により、一事不再理や、審判官に対する拘束力といった効力が生じることも明らかにしています。

なお,本判決が原告の前記主張について判断した結果,請求不成立審決が確定する場合は,特許法167条により,当事者である原告において,再度引用発明2を主たる引用例とし,引用発明1又は3を組み合わせることにより容易に想到することができた旨の新たな無効審判請求をすることは,許されないことになるし,本件審決が取り消される場合は,再開された審判においてその拘束力が及ぶことになる。

コメント

メリヤス編機事件によってもたらされた実務的問題のうち、訂正に起因するキャッチボール問題は立法的措置によって事実上解決されたものの、複数無効審判の問題については、現在もメリヤス編機事件の判旨が指標となっています。

しかしながら、昭和51年当時と比較すると、特許無効の審理を巡る環境は大きく変化しており、専門行政庁による審理を保障するという判決の役割は歴史的意義を終えつつあると思われます。

そのような中、本判決は、当事者の同意のもと、伝統的な考え方から一歩踏み出した形で紛争の迅速な解決と一回的解決のバランスを取ったものと考えられます。
本稿では詳細に立ち入っていませんが、制限説は行政法の解釈から当然に導かれるわけではなく、理論面でも本判決の考え方が不当とはいえないものと思われます。

実務的インパクトがどの程度あるかは分かりませんが、特許法解釈の根幹に触れる非常に興味深い判決といえるでしょう。

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(文責・飯島)