知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、令和元年12月25日、発明の名称を「UFOの飛行原理に基づくUFO飛行装置」とする特許出願にかかる拒絶査定不服審判の不成立審決に対する審決取消訴訟において、明細書の記載内容が運動量保存の法則や作用反作用の法則に反し、また、実験結果が示されていないことを理由に、実施可能要件の充足を否定する判決をしました。
判決は、具体的事案に対するもので、また、原告は個人発明家と思われ、企業実務において同種の事例が現れることは考えにくいものの、いわゆる非発明を記載要件の問題として取り扱う実務を知る上で参考になるため、紹介します。
ポイント
骨子
- 以上によれば,本願発明の「UFO飛行装置」は,外部からの何らかの力を受けることも,質量を変化させることもないにも関わらず,その速度を変化させることができるとする発明であると解するほかない。これは,外力の作用なく「UFO飛行装置」の運動量(質量×速度)が変化するということであるから,運動量保存の法則に反する。また,「UFO飛行装置」の推進力に対向する反作用の力が見当たらないから,作用反作用の法則にも反する。
- このように,本願発明は,当業者の技術常識に反する結果を実現するとする発明であるが,本願明細書には,本願発明の「UFO飛行装置」が推進した事実(実験結果)は示されていない。
- したがって,本願明細書の発明の詳細な説明には,当業者が「放電時に於いて運動する電子が作る磁界から磁石が受ける力を物体の推力として利用する」「UFO飛行装置」を生産し,かつ使用できる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
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判決言渡日 | 令和元年12月25日 |
事件番号・事件名 | 令和元年(行ケ)第10122号 審決取消請求事件 |
原審決 | 特許庁不服2018-17311号 |
特許出願 | 特願2015-65193号 |
発明の名称 | 「UFOの飛行原理に基づくUFO飛行装置」 |
裁判官 | 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦 裁判官 高 橋 彩 裁判官 石 神 有 吾 |
解説
発明とは
特許法の制度趣旨
特許法は、以下の特許法1条に書かれているとおり、特許によって発明を保護するとともにその利用を図ることを通じて発明を奨励し、産業の発達に寄与することを目的とする法律です。
(目的)
第一条 この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。
発明の定義
ここにいう「発明」については、以下の特許法2条1項によって、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義されています。
(定義)
第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。
(略)
このように、発明であるためには、「自然法則を利用」していることが必要になりますので、たとえば、永久機関のように自然法則に反するものや、ゲームのルールや経営術などといった自然法則を利用しているとはいえないものは、特許法上の発明に該当しません。
また、「技術的思想」とは、技術的な課題の客観的な解決手段をいい、単なる自然法則や、個人的な訓練によって得られる技能は発明とはなりません。例えば、アインシュタインの相対性理論は、いかに偉大な発見であっても、それ自体として「発明」にはなりません。他方、相対性理論を応用することで、GPSを利用した精度の高い位置情報を得る手段に想到した場合には発明となり得ます。また、ホームランの打ち方などの技能は発明ではありませんが、ホームランを打てるようにするための訓練装置は発明となり得ます。
要するに、「発明」の本質は、自然法則を産業的に応用して、当業者が具体的課題を解決することを可能にするものということができます。
課題解決と奏効の機序・原理
技術的思想であるために必要なのは、その発明が具体的な技術的課題の解決手段となることですが、その手段が奏効することについて、科学的機序や原理が解明されていることまでは必ずしも必要ではありません。発明者が悪魔の仕業と考えていたとしても、その発明で現に課題解決ができるなら特許を与えることができる、というのは、我が国の特許法の権威である中山信弘先生の教科書に書かれた分かりやすい喩えです。この意味でも、発明は、自然法則に対する科学的探究の結果とは異なり、突き詰めれば、発明の構成が特定されていて、現に課題解決ができさえすれば良いといえます。
他方、課題解決ができることは必要ですので、逆に、発明の構成などから奏効するかどうかが分かりにくい場合には、実験などによって、実際にその発明が奏効し、課題解決手段となることを証明する必要があります。
例えば、医薬品の分野では、ある物質の分子構造やアミノ酸の配列などが開示されていたとしても、それらが実際に人体でどのように作用するのか、また、どのような薬効があるのかは判然としません。医薬品以外の化学の分野でも、化学反応を利用した発明については、しばしば同様の問題を生じます。このような発明について特許を得るためには、単に発明の構成を開示するだけではなく、実験結果によって作用効果を証明することが重要になります。
非発明と未完成発明
上にあげたゲームのルールや永久機関のように、その性質上発明となり得ないものは、「非発明」と呼ばれます。これに対し、性質的には発明となり得るものの、課題解決という目的達成のための手段の全部または一部を欠くものは、「未完成発明」と呼ばれます。
これらは、いずれも講学上の概念で、特許法に現れる用語ではありませんが、いずれも特許法上の「発明」には該当しないものと解されています。実際には区別することが容易でない場合もありますが、いずれも「発明」に該当しないことには変わりないため、両者の違いを厳密に考える実益はありません。
特許要件と発明
特許が与えられるためにはどのような発明である必要があるか、という特許のための要件は、「特許要件」と呼ばれます。特許法は、特許要件について、同法29条において以下のとおり定めています。
(特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
この規定は、まず、1項柱書において、発明が、「産業上利用することができる」ことが必要であると定めています。産業上利用することができるというためには、その発明の属する技術の分野において、通常の知識を有していれば、反復継続的に利用できる課題解決手段であることが必要になります。なお、発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者は、一般に「当業者」と呼ばれます。
次に、1項各号には、特許を受けられない発明として、すでに公になった発明が列挙されています。特許は、特許法30条に定められているような例外的場合を除き、まだ公知になっていない発明に対してのみ与えられることを示したもので、発明がまだ公になっていない状態は、「新規性」と呼ばれます。
さらに、同条2項は、同条1項各号によってすでに新規性を失っていると認められる発明から当業者が容易にすることができた発明についても、特許を受けられないことを定めています。既存技術から容易に発明できない状態は、「進歩性」と呼ばれます。
実施可能要件とは
記載要件とは
特許を受けるためには、発明が特許要件を充足していることが必要ですが、さらに、適式の特許出願をする必要があります。特許出願を適式にするには、特許庁長官に対し、必要事項が記載された願書を提出する必要があります(特許法36条1項)。
(特許出願)
第三十六条 特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。
一 特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
二 発明者の氏名及び住所又は居所
(略)
願書には、願書本体のほか、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付する必要があります(特許法36条2項)。
(特許出願)
第三十六条 (略)
2 願書には、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付しなければならない。
(略)
これらの書面については、どのような事項が、どのように書かれなければならないのか、特許法36条3項以下に規定があります。このような願書添付の各文書の記載において要求される要件は、「記載要件」と呼ばれます。
この記載要件は、単なる書き方の問題にとどまらず、記載不備があると、特許出願が拒絶され、また、特許後であっても、特許が取り消されたり、無効にされたりする原因となります。この意味で、記載要件は、有効な特許を取得する上では、特許要件と並んで重要な要件であるといえます。
実施可能要件とは
記載要件の主なものは、明細書と特許請求の範囲の記載に関する事項ですが、明細書の記載要件の1つとして、実施可能要件があります。実施可能要件は、特許法36条4項1号で以下のとおり規定されています。
(特許出願)
第三十六条 (略)
4 前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。
(略)
特許は、有益な発明を社会に公開することの代償として、発明者に一定期間の独占権を付与する制度です。そのため、明細書には、明細書を見る当業者がその発明を実施できる程度に開示されていなければなりません。発明を十分に開示せずに、独占権だけを手にすることは許されないからです。
実施可能要件は、このことを、明細書中の発明の詳細な説明の記載要件として規定したものであり、物の発明にあっては、当業者がその物を作ることができ、また、方法の発明にあっては、当業者がその方法を使用することができる程度に発明について記載することが求められます。
非発明・未完成発明と実施可能要件
非発明のうち自然法則に反するものや、未完成発明は、実施することができません。そのため、これらの発明については、特許要件と記載要件の双方から特許の可否ないし有効性が問題となります。
この点、かつての審査実務では、発明該当性を検討するものとされていましたが、現在では、国際的な審査の流儀に合わせ、主に記載要件の文脈で検討されることとなっています。
なお、審査において発明該当性が全く考慮されないというわけではありません。非発明の文脈で発明該当性が争われた最近の著名事件としては、知財高判平成30年10月17日平成29年(行ケ)第10232号「いきなり!ステーキ」事件があります。
拒絶査定、拒絶査定不服審判及び審決取消訴訟
特許出願の審査にあたる特許庁の審査官は、審査を経て、出願に特許法49条所定の拒絶理由があると認めるときは、出願を拒絶する査定をします。この査定は、「拒絶査定」と呼ばれます(特許法49条柱書)。
拒絶査定に対して不服のある出願人は、特許庁において、拒絶査定不服審判(特許法121条1項)を請求することができます。ここでも拒絶理由が解消しない場合、拒絶査定不服審判の審理をする審判官は、審判請求が成り立たない旨の審決をします。このような審決は、「不成立審決」と呼ばれます。
特許庁で不成立審決を受けた出願人に不服があるときは、さらに、その審決の取消を求める訴訟を提起することができます(特許法178条1項)。このような訴訟は、「審決取消訴訟」と呼ばれます。
事案の概要
本件の原告は、発明の名称を「UFOの飛行原理に基づくUFO飛行装置」とする特許出願をしましたが、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判請求をしました。これに対し、特許庁は、当該審判請求は成り立たない旨の審決をしたため、原告は、さらに、同審決の取り消しを求めて審決取消訴訟を提起しました。これが、本件訴訟です。
問題となった特許出願における特許請求の範囲の記載は、以下のようなものでした。
【請求項1】 磁石及び対をなす電極が取り付けられた物体であって、それらの電極間で放電が可能で、放電時に於いて運動する電子が作る磁界から磁石が受ける力を物体の推力として利用する もの。
特許庁は、上記審決において、実施可能要件違反を理由に請求不成立としました。
判旨
判決は、まず、本件発明が「電磁力を利用して物体に推進力を与えることができるもの」であること、及び、そうであれば、その速度が変化するものであることは明らかであることを認定しました。
本願発明は「磁石及び対をなす電極が取り付けられた物体であって,それらの電極間で放電が可能で,放電時に於いて運動する電子が作る磁界から磁石が受ける力を物体の推力として利用する もの。」(【請求項1】)とあるように,本願発明に係る「物体」ないし「もの」(以下,本願発明に係る「物体」及び「もの」並びに本願明細書に開示された「構造体」を,「「UFO飛行装置」」ということがある。)は,電磁力を利用して物体に推進力を与えることができるものとされている。推進力を与えるものであるから,その速度が変化することは明らかである。なお,段落【0006】によれば,重力加速度gに等しい大きさの推進力を与えることが可能であるとされている。
上記を前提に、判決は、明細書の記載を検討し、本願発明の「UFO飛行装置」が、運動量保存の法則及び作用反作用の法則に反することを認定しました。
しかるに,本願明細書中には,「UFO飛行装置」内部の電子と磁石の関係についての記載はあるものの,「UFO飛行装置」が装置の外部の電磁場から影響を受ける旨の記載はないし,外部の電磁場の状態を特定するような記載もない。かえって,段落【0006】によれば,「UFO飛行装置」を取り付けた物体は,地球から月まで行くことができ,その中間地点まで加速しそれ以降は減速できるとされているから,「UFO飛行装置」は,宇宙空間においても地球上でも使用可能なものであり,外部の電磁場の状態に関わりなく動作可能なものであることが前提とされていると考えられる。したがって,本願明細書に開示された「UFO飛行装置」は,装置の外部にある電磁場との関係で生じる電磁力により推進力を得るものではないと解される。
また,電磁力以外の力についても,本願明細書には,「UFO飛行装置」が,外部の物体を押すことによる反作用を受けるなど,何らかの物理的な力を外部から受けることは記載されていない。さらに,「UFO飛行装置」が,外部に物質を噴射するなどして質量を変化させることも記載されていない。
なお,原告も,「UFO飛行装置」は,周囲の媒介物等との間に,連続的な反作用や他の外力が作用しないだけでなく,連続的でない反作用や他の外力も作用しないこと,質量変化も生じないことを認めている。
以上によれば,本願発明の「UFO飛行装置」は,外部からの何らかの力を受けることも,質量を変化させることもないにも関わらず,その速度を変化させることができるとする発明であると解するほかない。これは,外力の作用なく「UFO飛行装置」の運動量(質量×速度)が変化するということであるから,運動量保存の法則に反する。また,「UFO飛行装置」の推進力に対向する反作用の力が見当たらないから,作用反作用の法則にも反する。
また、判決は、本願発明にかかる「UFO飛行装置」が現に推進したことを示す実験結果も示されていないことを指摘しました。
このように,本願発明は,当業者の技術常識に反する結果を実現するとする発明であるが,本願明細書には,本願発明の「UFO飛行装置」が推進した事実(実験結果)は示されていない。
以上の検討を経て、判決は、本願明細書には、当業者が出願にかかる「UFO飛行装置」を生産できる程度の記載はないとして、実施可能要件の欠如を認定しました。
したがって,本願明細書の発明の詳細な説明には,当業者が「放電時に於いて運動する電子が作る磁界から磁石が受ける力を物体の推力として利用する」「UFO飛行装置」を生産し,かつ使用できる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。
結論として、判決は、原告の請求を棄却しています。
コメント
本件における発明は、「UFOの飛行原理に基づくUFO飛行装置」というもので、判決は、明細書の記載が運動量保存の法則や作用反作用の法則に反するとの認定をしました。これらの法則に反するということは、自然法則に反するということですので、出願にかかる発明は、いわゆる非発明であって、「自然法則を利用」していることが要件となっている「発明」の定義に該当しない、ということになります。
また、一見自然法則に反するようであっても、仮に、「UFO飛行装置」が現に飛行すれば、発明が作用効果を奏するための機序や原理に誤解があるだけで、なお発明に該当する可能性がありますが、本件においては、実験結果は示されておらず、この点からも、発明と認めることはできない事案ということができます。
これを、実施可能性要件の問題として議論している点では、現在の実務における一般的な取り扱いにしたがったものといえます。
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(文責・飯島)