東京地方裁判所民事第29部(山田真紀裁判長)は、本年(平成31年)3月13日、第三者から提案されたイラストを用いた製品を委託生産させ、販売していた加工食品製造販売業者らに対し、当該イラストの利用が他人の著作者人格権及び著作権を侵害しているとして、差止及び損害賠償請求の一部を認めました。
他方で、判決は、名誉回復措置請求を棄却しています。
裁判例は、損害賠償請求の要件である故意・過失の証明に関して、事業者については厳格な注意義務を認める傾向がある一方、名誉回復措置請求については、名誉毀損を要件としており、本判決もその考え方を踏襲したものといえます。
ポイント
骨子
- 被告らは,いずれも加工食品の製造及び販売等を業とする株式会社であり,業として,被告商品を販売していたのであるから,その製造を第三者に委託していたとしても,補助参加人等に対して被告イラストの作成経過を確認するなどして他人のイラストに依拠していないかを確認すべき注意義務を負っていたと認めるのが相当である。
- 前記認定のとおり,本件イラストと被告イラストの同一性の程度が非常に高いものであったことからしても,被告らが上記のような確認をしていれば,著作権及び著作者人格権の侵害を回避することは十分に可能であったと考えられる。にもかかわらず,被告らは,上記のような確認を怠ったものであるから,上記の注意義務違反が認められる。
- 被告イラストの使用態様等に照らし,被告商品の販売により原告の名誉,声望が毀損されたとは認められず,また,被告らが本件の訴訟提起後に被告商品の回収に向けて動いていること(乙1,4)などにも照らせば,原告が著作者であることを確保するため,差止めや金銭賠償等に加えて,謝罪広告を掲載する必要があるとは認められない。
判決概要
裁判所 | 東京地方裁判所民事第29部 |
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判決言渡日 | 平成31年3月13日 |
事件番号 | 平成30年(ワ)第27253号 |
事件名 | 著作権侵害差止等請求事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 山 田 真 紀 裁判官 棚 橋 知 子 裁判官 西 山 芳 樹 |
解説
著作者の権利
著作権法は、以下のとおり、著作者の権利として、著作者人格権と著作権を規定しています。
(著作者の権利)
第十七条 著作者は、次条第一項、第十九条第一項及び第二十条第一項に規定する権利(以下「著作者人格権」という。)並びに第二十一条から第二十八条までに規定する権利(以下「著作権」という。)を享有する。
なお、「著作者人格権」、「著作権」といった言葉は、著作権法2条の定義規定にはなく、上記の著作権法17条1項において定義されています。
著作者人格権は、著作者が一身専属で有する著作物についての人格的権利で、公表権(18条1項)、氏名表示権(19条1項)、同一性保持権(20条1項)の3つがあります。
また、著作権は、著作権者が有する著作物に対する財産的権利で、著作物の複製、公衆送信、譲渡等の利用行為をする権利をいいます(21条以下)。個々の利用行為に対応する権利は、複製権、公衆送信権、譲渡権等と呼ばれ、総称して支分権とも呼ばれます。著作権法は、これらの支分権の束といえます。
著作者人格権侵害・著作権侵害とは
上述のとおり、著作者は、公表権、氏名表示権、同一性保持権といった著作者人格権を有しているため、著作者の意思に反して著作物を公表したり、著作者の氏名を適切に表示しなかったり、著作物を改変したりする行為は、著作者人格権を侵害することになります。さらに、著作権法は、著作者の名誉や声望を害する方法による著作物の利用行為を著作者人格権の侵害とみなすことも定めています(113条6項)。
また、著作権者が有する支分権のいずれかを侵害すると、著作権侵害となります。上の各支分権に対応していえば、著作権者の許諾なしに複製、公衆送信、譲渡などの利用行為をすることがこれにあたります。
侵害に対する救済
著作者人格権や著作権の侵害に対しては、大きく分けて、差止請求、損害賠償請求、名誉回復措置請求の3つの救済が認められています。差止請求権は、将来の侵害行為を防止することを目的とする権利であるのに対し、損害賠償請求権と名誉回復措置請求権は、過去に行われてしまった侵害行為による財産的・人格的損害の回復を目的とするものといえます。
差止請求権
著作権法は、差止請求権として、下記のとおり、将来の侵害行為の停止や予防に加え、侵害行為に供される物の廃棄その他の侵害防止措置を求める権利を認めています。侵害行為の停止予防請求が不作為を求める不作為請求権であるのに対し、侵害予防措置の請求は、特定の措置を行うことを求めるものであるため、作為請求権であるといえます。
(差止請求権)
第百十二条 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。2 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物、侵害の行為によつて作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができる。
損害賠償請求権
損害賠償請求権については、著作権法にはその根拠となる規定はありませんが、著作権侵害は民法上の不法行為に該当するため、下記の民法の規定に基づいて損害賠償請求が認められます。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
なお、民法による不法行為に基づく損害賠償請求権の要件を充足する場合には、著作権法114条の規定に基づいて、損害額の推定を受けることができます。著作権侵害は、他人の生命、身体や財産に物理的な損害を与えるものではないため、推定規定がなければ、適正な損害の立証に困難が伴うからです。
なお、判例上、著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求権と、著作権侵害に基づく損害賠償請求権(慰謝料請求権)とは別個の権利で、それぞれ請求することができると解されています(最判昭和61年5月30日パロディ写真事件 )。
名誉回復措置請求権
著作権法は、以下のとおり定め、著作者人格権が侵害されたときは、損害の賠償とともに、または損害の賠償に代えて、著作者であることを確保し、または訂正その他の名誉回復措置を請求できることとしています(115条)。措置の具体的な内容としては、しばしば新聞や雑誌などへの謝罪広告の掲載が求められます。
(名誉回復等の措置)
第百十五条 著作者又は実演家は、故意又は過失によりその著作者人格権又は実演家人格権を侵害した者に対し、損害の賠償に代えて、又は損害の賠償とともに、著作者又は実演家であることを確保し、又は訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。
著作権法上の要件としては、著作者人格権を害されたことと侵害者の故意・過失ですが、上記パロディ写真事件最判は、以下のように述べ、著作者の社会的声望名誉が毀損された事実を証明することを求めています。
法三六条ノ二【注:現在の115条に相当】は、著作者人格権の侵害をなした者に対して、著作者の声望名誉を回復するに適当なる処分を請求することができる旨規定するが、右規定にいう著作者の声望名誉とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を指すものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきである(最高裁昭和四三年(オ)第一三五七号同四五年一二月一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一五一頁参照)。これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係中には、上告人の被上告人に対する本件著作者人格権侵害行為により、被上告人の社会的声望名誉が毀損された事実が存しないのみならず、右事実関係から被上告人の社会的声望名誉が毀損された事実を推認することもできないといわなければならない。そうすると、被上告人の著作者人格権に基づく謝罪広告請求を認容すべきものとした原判決は、経験則に反して被上告人の社会的声望名誉が毀損されたと認定したか、又は法三六条ノ二の解釈適用を誤つたものといわなければならず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである・・・。
実務的には、この立証が足りないことや、侵害者の行為等から名誉が回復されると認められることを理由に名誉回復措置請求が棄却される例がまま見られます。
なお、民法は、以下のとおり、名誉毀損における原状回復の規定をおいていますので、判例の考え方によれば、両者は多分に重複することとなります。
(名誉毀損における原状回復)
第七百二十三条 他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。
また、類似の規定として、特許法等の産業財産権法も信用回復措置の請求権を認めていますが、こちらは、「業務上の信用」を保護するものであり、実務において請求されることはさほど多くはありません。下は、特許法の信用回復措置に関する規定です。
(信用回復の措置)
第百六条 故意又は過失により特許権又は専用実施権を侵害したことにより特許権者又は専用実施権者の業務上の信用を害した者に対しては、裁判所は、特許権者又は専用実施権者の請求により、損害の賠償に代え、又は損害の賠償とともに、特許権者又は専用実施権者の業務上の信用を回復するのに必要な措置を命ずることができる。
不正競争防止法も、「営業上の信用」について、回復措置請求権を認めています。不正競争行為の類型には、誹謗中傷行為(2条1項15号)が含まれるため、不正競争防止法における信用回復措置請求権は、しばしば実務上も問題となります。
(信用回復の措置)
第十四条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の信用を害した者に対しては、裁判所は、その営業上の信用を害された者の請求により、損害の賠償に代え、又は損害の賠償とともに、その者の営業上の信用を回復するのに必要な措置を命ずることができる。
著作権侵害における過失の位置付けと立証
過失の位置付け
上述のとおり、著作権侵害は、著作権者の許諾なく著作物を利用することによって成立します。そして、著作権侵害またはその恐れを証明すれば、差止請求は可能になります(114条)。これは著作者人格権についても同様です。
他方、損害賠償請求は、民法の不法行為の規定によるため、同規定に定められた要件を充足することが必要になります。この点、故意または過失は、民法709条によって不法行為の成立要件とされているため、損害賠償請求をするためには、その立証が必要になります。
また、上述のとおり、著作権法115条の法文上、名誉回復措置請求をするためにも故意または過失の立証が必要になります。
過失の立証
不法行為における過失は、損害発生を予見することができ、かつ、回避することが可能であったにもかかわらず、回避しなかったことをいい、その立証責任は、損害賠償を求める側が負うものとされています。実際の訴訟では、請求者が過失を基礎付ける事実を主張し、請求を受ける側が過失を否定する事実を主張し、裁判所がその両者を考慮して過失の有無を判断します。
もっとも、特許権その他の産業財産権法については、権利が登録によって公示されていることから、過失の推定規定が置かれており、過失の成否が争われる場合、実務的には、推定の覆滅が認められるか、という形で争点化します。
権利の成立に方式が求められない著作権法には、過失の推定規定はありません。そのため、過失は、著作者ないし著作権者によって証明されるのが原則です。
この点、著作権法において、過失の成否が問題になることが多いのは、模倣著作物の作成者と、その対外的利用者が別の場合、例えば、出版社やテレビ局が他人の作成にかかる著作物を利用する場合です。出版社やテレビ局にしてみれば、結果的に模倣著作物を出版したり放送したりしてしまうとしても、自分たちがそれを作成しているわけではなく、また確認にも限界があるため、過失の有無が問題となるのです。
実務的には、特に利用者が事業者である場合には、多くの裁判例が利用者の注意義務を非常に高く認定し、過失を認めています。この状態については、事実上無過失責任を問うに近い状態になっているとの批判もあります。
昨年リーガル・アップデートで取り上げた事件としては、大阪地裁のジャコ・パストリアス事件判決 がこの問題に触れており、以下のとおり、注意義務をある程度制限的に把握したものの、結論においては過失を認めています。
一般に映画は音楽を初め多数の著作物等を総合して成り立つことから,それらの著作物等の権利者からの許諾については,映画製作会社において適正に処理するのが通常である。また,外国映画の配給会社に,その著作物等の一つ一つについて,本国の映画製作会社が権利者から許諾を受けているか否かを確認させることは,多大なコストと手間を必要とし外国映画の配給自体を困難にさせかねないこととなる。このことからすると,外国映画の配給会社において,配給のために映画を複製する場合に必ずこれに先立って,当該映画に使用されている楽曲等に関する権利処理が完了しているか否かを確認するという一般的な注意義務を課すのは相当ではないというべきである。
もっとも,本国の映画製作会社等が,ある楽曲の音源のレコード製作者の権利を有する者から適正な許諾を受けていないのではないかということを合理的に疑わせる特段の事情が存在する場合には,映画を複製することにより当該音源のレコード製作者の権利を侵害するという事態を具体的なものとして予見することが可能であるから,その場合には,これを打ち消すに足るだけの調査,確認義務を負う上,調査,確認を尽くしても上記疑いを払拭できないのであれば,当該音源を使用した当該映画の複製を差し控えるべき注意義務を負うと解するのが相当である。
事案の概要
本訴訟の原告らはイラストレーターで、以下のイラスト(本件イラスト)を作成し、手ぬぐいに用いて、その写真をブログに掲載していました。
被告らは、加工食品の製造販売業者で、役員が共通する関連会社であったところ、うち1社が、下記パッケージのお菓子「上野のアイドル 上野あかちゃんパンダ」という商品名の菓子(被告商品)を製造し、これをもう1社が仕入れ、小売店に販売するなどしていました。なお、同種のイラストは、パッケージの裏面のほか、菓子自体にも利用されています。
被告商品のイラストは、被告ら自身が制作したものではなく、被告商品の製造委託先から包装箱の企画、制作等の委託を受けた第三者が提案し,採用されたものでした。この制作者は、補助参加人として訴訟に参加しています。
このイラストの利用については、原告らの許諾を得ておらず、また、原告らの氏名表示もなされていなかったほか、パンダの目や耳に改変が加えられていたため、原告らが、著作者人格権および著作権の侵害を理由に被告を訴えました。
判旨
著作権侵害について
被告らは、著作者人格権・著作権の侵害の成立も争っていましたが、判決は、ごく簡単な認定により、侵害の成立を認めました。
過失について
その上で、判決は、以下のとおり述べて、被告らには、イラストを提案した補助参加人に対して、イラストの作成経過を確認するなどして、模倣をしていないか確認する注意義務があったと認めました。
被告らは,いずれも加工食品の製造及び販売等を業とする株式会社であり,業として,被告商品を販売していたのであるから,その製造を第三者に委託していたとしても,補助参加人等に対して被告イラストの作成経過を確認するなどして他人のイラストに依拠していないかを確認すべき注意義務を負っていたと認めるのが相当である。
判決が注意義務を認めた理由は、「被告らは、いずれも加工食品の製造及び販売等を業とする株式会社であり、業として、被告商品を販売していた」というもので、実質的には事業者であることを理由として注意義務を認めたといえるでしょう。
また、注意義務違反の存在については、以下のとおり、イラストの同一性が高いことを理由にごく簡単に認めています。
前記認定のとおり,本件イラストと被告イラストの同一性の程度が非常に高いものであったことからしても,被告らが上記のような確認をしていれば,著作権及び著作者人格権の侵害を回避することは十分に可能であったと考えられる。にもかかわらず,被告らは,上記のような確認を怠ったものであるから,上記の注意義務違反が認められる。
名誉回復措置請求について
他方、判決は、以下のとおり述べ、原告らの名誉声望が害されたとは認められず、また、被告らが被告商品の回収に向けて動いていることを理由に名誉回復措置請求は棄却しました。
被告イラストの使用態様等に照らし,被告商品の販売により原告の名誉,声望が毀損されたとは認められず,また,被告らが本件の訴訟提起後に被告商品の回収に向けて動いていること(乙1,4)などにも照らせば,原告が著作者であることを確保するため,差止めや金銭賠償等に加えて,謝罪広告を掲載する必要があるとは認められない。
名誉毀損を名誉回復措置請求の要件と捉えるのは、パロディ写真最判の考え方に沿ったものといえます。
損害額の認定及び結論
判決は、被告らによる侵害行為によって生じた損害を総額42万3260円と認め、結論として、原告らに対し、被告製品の差止や在庫の廃棄、上記額の損害と遅延損害金の賠償を命じました。
コメント
本判決は、被告らが事業者であることを理由に注意義務を厳格に認める一方、名誉声望が害されたとは認められず、また、被告らが商品回収などの訴訟外の措置を行なっていることを理由に名誉回復措置請求を棄却しました。この点では、裁判例の一般的な傾向に沿ったものといえるでしょう。
注意義務違反が比較的簡単に認められる理由としては、著作者人格権や著作権の侵害の場合、特許権侵害と比較して、損害が高額になりにくいことが背景にあり、差止を主目的として訴訟提起されることが多いということもあるのかも知れません。もっとも、商品の形態については、意匠登録を調査することで一定の安全性を確保できるのに対し、商品にイラストなどを用いる場合には、リスクがあるといわざるを得ません。第三者に制作を委託する場合には、著作権侵害に備えた契約条項を置くことが肝要でしょう。
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(文責・飯島)