東京地方裁判所民事第29部(國分隆文裁判長)は、令和4年11月25日、版画美術館(建物)と庭園(敷地)の老朽化に伴う工事について、設計を行った者が工事実施計画者に対し、著作権法112条1項に基づき工事の差止めの仮処分を申し立てた事案において、申立てをいずれも却下しました。版画美術館は「建築の著作物」として保護されるが、工事は、同一性保持権の適用除外規定である同法20条2項2号の「建築物の・・・改変」に該当すると判断されています。

ポイント

骨子

  • 建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するもの」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される。そして、・・・建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。
  • さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要となる。その要件のうち、創作性については、・・・建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。
  • 版画美術館は、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められ、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められるから、「建築の著作物」として保護される。
  • 庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解されない。しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができるものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当である。
  • 庭園の著作物性の判断も、・・・建築物の著作物性の判断と同様に、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものについては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の著作物」として保護されると解するのが相当である。
  • (本件庭園は、)庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を把握することができるものとは認められない(から)、「美術」の「範囲に属するもの」に該当するとは認められず、「建築の著作物」として保護されない。
  • 著作権法20条2項2号が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって、いかなる増改築であっても同号が適用されると解するのは相当でなく、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変については、同号にいう「改変」に該当しないと解するのが相当である。
  • 版画美術館に係る本件工事は、債務者が、町田市立博物館の再編をきっかけとして検討を開始し、債務者が保有する施設を有効利用する一環として計画したものであり、町田市議会においても議論された上で、公募型プロポーザルを経て選定されたオンデザインによって作成され、さらに、随時、有識者や住民の意見が集約され、その意見が反映されたものというべきであるから、債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない。

 

判決概要

裁判所 東京地方裁判所
決定日 令和4年11月25日
事件番号 令和3年(ヨ)第22075号
仮処分命令申立事件
裁判官 裁判長裁判官 國分隆文
裁判官    小川 暁
裁判官    間明宏充

解説

「建築の著作物」の著作物性

建築の著作物とは

著作権法2条1項1号は、著作権法で保護される「著作物」を、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています。

(定義)
第二条 (略)
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
二・・・(略)

また、著作権法10条1項は、著作物に該当するものを例示しており、その一つに「建築の著作物」があります(同項5号)。建築は、美術の著作物の一類型として列挙されているという考え方が通説です。

(著作物の例示)
第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
二 音楽の著作物
三 舞踊又は無言劇の著作物
四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
五 建築の著作物
六~九 (略)
2 (略)

著作権法には、「建築の著作物」の「建築」の定義はありません。

建築基準法には「建築物」の定義があるものの、建築基準法は建築物の安全性を目的とした法律であるのに対し、著作権法は文化の発展を目的としており、両者では注目点が異なります。そのため、著作権法上の「建築」は、原則として建築基準法の「建築物」の定義を基準としつつ、著作権法の目的に沿うように解釈されるべきと考えられています。

建築基準法
(用語の定義)
第二条 (略)
 建築物 土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)、これに附属する門若しくは塀、観覧のための工作物又は地下若しくは高架の工作物内に設ける事務所、店舗、興行場、倉庫その他これらに類する施設(鉄道及び軌道の線路敷地内の運転保安に関する施設並びに跨線橋、プラットホームの上家、貯蔵槽その他これらに類する施設を除く。)をいい、建築設備を含むものとする。

「建築」の範囲に含まれるかがしばしば問題になるものに、庭園があります。
過去には、建物全体の著作物性を認めた上で、建物全体と庭園を一体として一個の「建築の著作物」を構成すると認めたものがあります(ノグチ・ルーム事件)。(なお、建築の著作物か否かには触れられていないものの、庭園に著作物性を認めたものに大阪地方裁判所平成25年9月6日決定〔新梅田シティ庭園事件〕)。

東京地方裁判所平成15年6月11日決定〔ノグチ・ルーム事件〕

ノグチ・ルームを含めた本件建物全体が一体としての著作物であり,また,庭園は本件建物と一体となるものとして設計され,本件建物と有機的に一体となっているものと評価することができる。したがって,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体と庭園は一体として,一個の建築の著作物を構成するものと認めるのが相当である。

彫刻については,庭園全体の構成のみならず本件建物におけるノグチ・ルームの構造が庭園に設置される彫刻の位置,形状を考慮した上で,設計されているものであるから,谷口及びイサム・ノグチが設置した場所に位置している限りにおいては,庭園の構成要素の一部として上記の一個の建築の著作物を構成するものであるが,同時に,独立して鑑賞する対象ともなり得るものとして,それ自体が独立した美術の著作物でもあると認めることができる。

「建築の著作物」の著作物性 ―芸術性の要否

「建築の著作物」に著作物性が認められるには、一般の美術の著作物と同程度の創作性があれば足りるとする見解と、付加的な要件を求める見解があります。

①一般の美術の著作物と同程度の創作性があれば足りるとする見解
一般の美術の著作物と同じく創作性のみを著作物性の要件とする見解であり、芸術性の高い寺院や公会堂だけが保護されるように限定的に解すべきではなく、一般住宅などにおいてもそれが社会通念上美術の範囲に属すると認められる場合には建築の著作物に含めて差し支えないとする見解です。

②付加的な要件を求める見解
一般的な美術の著作物と同程度の創作性では足りず、付加的な要件として、「高度の創作性」や「芸術性」などを求める見解ですあり、「宮殿・凱旋門などの歴史的建築物に代表されるような知的活動によって創作された建築芸術と評価できるようなもの」「建築家の文化的精神性が見る人に感得されるようなもの」でなければならないとします。
裁判所の判決や決定には以下のものがあります。

・「建築芸術」であることを求めるもの

福島地方裁判所平成3年4月9日決定〔シノブ設計事件〕(著作物性否定)

「建築の著作物」とは(現に存在する建築物又は)設計図に表現されている観念的な建物自体をいうのであり、そしてそれは単に建築物であるばかりでなく、いわゆる建築芸術と見られるものでなければならない。・・・

「建築芸術」と言えるか否かを判断するにあたっては、使い勝手のよさ等の実用性、機能性などではなく、もっぱら、その文化的精神性の表現としての建物の外観を中心に検討すべきところ、・・・一般人をして、設計者の文化的精神性を感得せしめるような芸術性を備えたものとは認められず、いまだ一般住宅の域を出ず、建築芸術に高められているものとは評価できない。

・「建築芸術といい得るような創作性」を求めるもの

大阪地方裁判所平成15年10月30日判決〔グルニエ・ダイン事件第一審判決〕(著作物性否定)

著作権法により「建築の著作物」として保護される建築物は、同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして、美的な表現における創作性を有するものであることを要することは当然である。したがって、通常のありふれた建築物は、著作権法で保護される「建築の著作物」には当たらないというべきある。一般住宅の場合でも、その全体構成や屋根、柱、壁、窓、玄関等及びこれらの配置関係等において、実用性や機能性のみならず、美的要素も加味された上で、設計、建築されるのが通常であるが、一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に、その程度のいかんを問わず、「建築の著作物」性を肯定して著作権法による保護を与えることは、同法2条1項1号の規定に照らして、広きに失し、社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。一般住宅が同法10条1項5号の「建築の著作物」であるということができるのは、一般人をして、一般住宅において通常加味される程度の美的要素を超えて、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性を備えた場合、すなわち、いわゆる建築芸術といい得るような創作性を備えた場合であると解するのが相当である。

・「居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性」を求めるもの

大阪高等裁判所平成16年9月29日判決〔グルニエ・ダイン事件控訴審判決〕(著作物性否定)

建築物は、一般的には工業的に大量生産されるものではないが、・・・種々の実用に供されるという意味で、一品制作的な美術工芸品に類似した側面を有する。また、・・・、原告建物は、高級注文住宅ではあるが、建築会社がシリーズとして企画し、一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅として建築することを予定している建築物のモデルハウスであり、近時は、原告建物のように量産することが予定されている建築物も存在するから、建築は、物品における応用美術に類似した側面も有する。・・・

一般住宅の場合でも、その全体構成や屋根、柱、壁、窓、玄関等及びこれらの配置関係等において、実用性や機能性(住み心地、使い勝手や経済性等)のみならず、美的要素(外観や見栄えの良さ)も加味された上で、設計、建築されるのが通常であるが、一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に、『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは、同法2条1項1号の規定に照らして、広きに失し、社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。すなわち、同法が建築物を『建築の著作物』として保護する趣旨は、建築物の美的形象を模倣建築による盗用から保護するところにあり、一般住宅のうち通常ありふれたものまでも著作物として保護すると、一般住宅が実用性や機能性を有するものであるが故に、後続する住宅建築、特に近時のように、規格化され、工場内で製造された素材等を現場で組み立てて、量産される建売分譲住宅等の建築が複製権侵害となるおそれがある。

そうすると、一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。・・・

「建築の著作物」の著作物性 ―創作性

建築の著作物性の要件として「芸術性」などの付加的な要件は要求せず、他の著作物と同じく創作性のみを著作物性の要件とするとしても、創作性があり著作物性が認められる建築は、全体のわずかな一部といわれます。
建築物は、地上に三次元の物体として存立し得るには物理法則によっておのずからその表現の選択肢が制約・限定される上、建築基準法令などの規制があります。
これらの点で、広汎な表現の選択肢があり得る文芸や芸術の著作物とは創作性に関して本質的な違いがあり、実用性を重視した建築については、表現の選択肢が限定されるために、往々にして「ありふれたもの」にならざるを得ない面があるためです。

裁判所も多くの事件で建築の著作物性を否定しており、肯定例は、建築の著作物性の判断基準を特段示さずに建物全体と庭園について建築の著作物性を認めた前掲のノグチ・ルーム事件くらいのようです。

同一性保持権(20条)と建築の著作物

同一性保持権(20条1項)とは

同一性保持権は、著作者人格権(著作者が自己の著作物につき有している人格的利益を対象とした権利)の一つであり、著作者は自己の著作物とその題号につき、その意思に反して変更、切除その他の改変を受けない権利です(著作権法20条1項)。20条1項は、著作者の意に反して改変したこと自体が著作者の人格を傷つけるとの認識のもとに立法されており、客観的には著作者の名誉・声望を害する事実がなくても、意に反する改変であれば原則として同一性保持権侵害になります。自己の著作物が改変されることに対する「こだわり」「愛着」「芸術的・学問的良心」という主観的な利益(改変されること自体の精神的苦痛)までも保護するものです。

(同一性保持権)
第二十条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2 (略)

建築物に関する同一性保持権の適用除外規定

同一性保持権は強力な権利であり、これを貫徹させると、著作物の利用・流通の阻害要因となり得ます。しかし、著作権法は、著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図ることにより、文化の発展に寄与することを目的としており(著作権法1条)、著作者人格権を絶対視すると著作権法の目的にそぐわない場合もあります。
そこで、著作者人格権も含めた著作者の権利と利用の促進の間の調整を図る必要から、著作権法20条2項は、同一性保持権について適用除外規定を設け、著作者の意に反する著作物の改変があるとしても同一性保持権の侵害に当たらない場合を定めています(1~3号は具体的な適用除外規定、4号は受け皿規定)。

(同一性保持権)
第二十条 (略)
2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
一 (略)
二 建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
三 (略)
四 前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

著作権法20条2項2号は、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」は同一性保持権の侵害に当たらないことを定めており、例えば、老朽化した建物を修繕する目的での改変は、同一性保持権の侵害になりません。

この趣旨は、建築物は、人間が使用するという実用的な側面を有するところ、人間が建築物の使用を継続するに際して改変が常に同一性保持権の侵害になってしまうと建築物本来の機能を果たせないため、建物物の所有者の利益と著作者の利益の調整として、同一性保持権が及ばないことを定めたものです。

このような趣旨から、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替え」に該当してこの規定の適用を受けるのは、経済的・実用的な見地から効用の増大を図る結果としての改変であり、「居住者の好み」で改変することは含まれないとの考え方が多数です。
一方、修繕の場合は別として、増改築や模様替えの場合は、建築家の利益と所有者の利益の比較衡量によってその許否を決すべきとの考え方もあるなど、20条2項2号の判断基準などについては、様々な見解があり、先例も多くはありません。

事案の概要

本件では、以下の建物と庭園について、著作者人格権の侵害のおそれが問題になりました。

  • 「町田市立国際版画美術館」という建物(以下「版画美術館」といいます。)
  • 版画美術館の敷地であり、芹ヶ谷公園の一部を構成する庭園(以下「本件庭園」といいます。)

本件の債権者(申立人)は、A建築設計事務所との間の業務委託契約を締結し、同契約に基づいて版画美術館と本件庭園の設計を行った個人です。
本件の債務者(被申立人)は、版画美術館と本件庭園の所有者であり、工事の実施を計画した者です。

債務者は、①工芸美術館新築工事、②版画美術館と①の新築の美術館を一体化する工事、③公園整備工事を予定していたところ、債権者は、これらの工事の一部である本件工事によって、版画美術館と本件庭園に係る債権者の著作者人格権(同一性保持権)が侵害されるおそれがあるとして、著作権法112条1項に基づき、本件各工事の差止めを求めました。

判旨

本稿では、本件で争われた争点のうち、①版画美術館と本件庭園の著作物性と、②本件工事が著作権法20条2項2号の「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」に該当するかという、2つの争点を取り上げます。

版画美術館の「建築の著作物」該当性(肯定)

まず、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当との解釈を示しています。
「居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性」を求める前掲のグルニエ・ダイン事件控訴審判決に似ていますが、この判決とは異なり、「造形芸術としての美術性」との言葉は用いられていません。

建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するもの」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第1小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。そして、建築物は、通常、居住等の実用目的に供されることが予定されていることから、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていても、それが実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついている場合があるため、著作権法とは保護の要件や期間が異なる意匠法等による形状の保護との関係を調整する必要があり、また、当該建築物を著作権法によって保護することが、著作権者等を保護し、もって文化の発展を図るという同法の目的(同法1条)に適うか否かの吟味も求められるものというべきである。このような観点から、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。

続いて、建築の著作物として保護されるためには、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)の要件を満たすか否かの検討も必要であり、この要件のうち創作性については、「建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。」との解釈を示しました。

さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要となる。その要件のうち、創作性については、上記の著作権法の目的に照らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。

以上の規範を受け、版画美術館の構成を、a 版画美術館の壁、b 版画美術館の外壁、c 版画美術館の西側の水が上段の池から流れ落ちる構造、d 版画美術館内の吹き抜け部分の4つに分けて、それぞれ分離可能性を検討し、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」と認められると判断しています。

(ア) 「美術」の「範囲に属するもの」か否かについて

a 版画美術館の壁は、・・・版画美術館の内部を外部と仕切ることにより、展示物や保管物が自然条件で毀損されることのないようにするとともに、来館者が快適に展示物を鑑賞することができるようにするなどのために不可欠な構造として、その形状に制約を受けざるを得ないものであり、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえ・・・建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。

b 版画美術館の外壁は、色合いの異なるレンガが積み上げられ、一定の間隔ごとに、地面から屋根まで鉛直方向に、細長い灰色のコンクリートリブが設けられている。
これらのうち、レンガ部分は、壁に貼り付けられたものと考えられ、版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
また、コンクリートリブ部分も、壁に貼り付けられたものと考えられ、版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。

c 版画美術館の西側には、概ね丁字状の池及びその上段に位置する小さな池が版画美術館に接続するように設置され、人工的に引き上げた水が上段の池から流れ落ちる構造となっている。これらは、美術館としての静謐な空間を演出し、来館者が心穏やかに展示物を見て回ることができるようにするために、来館者の鑑賞の対象として設けられたものといえることからすると、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。

d 版画美術館内のほぼ中央に位置するエントランスホールのうち、吹き抜け部分は、・・・版画美術館の内部空間を区切るための壁又は天井そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。

e 以上の検討によれば、版画美術館は、少なくとも、前記bないしdのとおり、建物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるから、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められる。

続いて、創作性については、以下のとおり、a ~ dの各部分が、設計者が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であり、全体の設計もありふれたものであることを認めるに足りないとして、版画美術館を全体として、「思想又は感情を創作的に表現したもの」と判断しました。
a 版画美術館の壁は、先の検討では分離可能性が認められていませんが、創作性の判断にあたっては、a 版画美術館の壁を含めて版画美術館を全体としての創作性を検討しているようです。

(イ) 「思想又は感情を創作的に表現したもの」か否かについて

・・・版画美術館を構成する部分のうち、例えば、①前記(ア)aの版画美術館の壁については、リズムを生み出すために、連続的に折れ曲がる形状とされたこと、②前記(ア)bのうちコンクリートリブ部分については、外壁のレンガが単調な印象にならないように、リズムを付けるために設けられたこと、③前記(ア)cの二つの池及び水が上段の池から下段の池に流れ落ちる構造については、周囲の緑の中に水を溜めて小さな滝を設け、これを版画美術館内から眺めることができるようにしたものであること、④前記(ア)dの吹き抜け部分については、多くの来館者がまず足を踏み入れることになる空間であり、大谷石で周囲を取り囲み、天井から自然光が必要十分に差し込むように工夫されたものであることが認められ、設計者が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であるということができる。

一方、版画美術館の全体の設計や少なくとも上記①ないし④の各部分がありふれたものであることを認めるに足りる疎明資料はない。
以上によれば、版画美術館は、作成者の思想又は感情が創作的に表現された部分を含むものと認めるのが相当であり、全体として、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められる。

(ウ) 以上によれば、版画美術館は、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められ、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められるから、「建築の著作物」として保護される。

本件庭園の「建築の著作物」該当性(否定)

まず、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得るか否かに関しては、庭園は建築基準法上の「建築物」ではないが、著作権法上の「建築の著作物」に該当し得るとしました。

本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得るか否かについて検討する。

「著作物」を例示した著作権法10条1項のうち、同項5号の「建築の著作物」にいう「建築」の意義については、建築基準法所定の「建築物」の定義を参考にしつつ、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に沿うように解釈するのが相当である。

そして、建築基準法2条1号によれば、「建築物」とは「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等をいうところ、庭園内に存在する工作物が「建築物」に該当することはあっても、歩道、樹木、広場、池、遊具、施設等の諸々が存在する土地である庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解されない。しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができるものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当である。

もっとも、庭園には、その形象が、散策したり、遊び場として利用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついているものも存在するとして、庭園の著作物性の判断も建築物の著作物性の判断と同様に判断されるとしました。

ただし、庭園には様々なものがあり、いわゆる日本庭園のように、敷地内に設けられた樹木、草花、岩石、砂利、池、地形等を鑑賞することを直接の目的としたものもあれば、その形象が、散策したり、遊び場として利用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついているものも存在する。そうすると、庭園の著作物性の判断も、・・・建築物の著作物性の判断と同様に、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものについては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の著作物」として保護されると解するのが相当である。

上記のあてはめとして、本件庭園の構成を(ア)~(カ)とその余の部分に分け、本件庭園の建設後に設置されたため検討対象外となった(カ)を除く全ての構成は、「庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成」と判断しました。ここでは、各構成の検討に関する判旨の要点のみ紹介します。

(ア) 会館口の両脇のレンガ造りの門柱

→ 公園の出入口を示すために設けられたものであり、公園を訪れようとした人にとっての目印として利用されるものであり、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成

(イ)  会館口からホールにかけてのスロープ、ホールのある広場、文学館口からバルコニーにかけての階段、美術館口から版画美術館の東側を通り北に向けて設けられた歩道及び広場

→ 専ら、版画美術館に来館するために通行したり、本件庭園を散策したり、子ども達が遊んだりするための構造であり、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成

(ウ)  白い御影石のベンチ

→ 本件庭園を訪れた人が休息をとるため等に使用できる構造を備える必要がある。また、球体の一部が地表から盛り上がるような形状を有する石材は、装飾的な要素がありつつも、歩行者等が歩いたり、走ったりしやすいようにし、通路等が、人々の往来や自然条件により、損壊することのないようにするような構造を備えることにより、その装飾的な要素が一定程度制限されているものと考えられ、また、訪れた子ども達が飛び乗るなどして遊ぶという遊具としての構造も備えているとも考えられる。よって、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成

(エ)  バルコニー(モミジ園及び版画美術館より標高が高いところにあり、眼下にモミジ園を一望することができる設備)

→ 本件庭園を訪れた人が散策する過程で、本件庭園の景色を楽しむため場所を提供するものであり、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成

(オ)  モミジ園(遊歩道及び橋が設けられている)

→ 遊歩道等は、本件庭園を訪れた人が散策するなどするために不可欠の構造である。また、モミジ等自体は、本件庭園内を心地良く散策することができるようにするために植栽されたものということができ、その植栽のされ方や配置等は、散策等の目的を有する庭園全体やその通路の構造によって一定程度制約されるものである。よって、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成

そして、本件庭園が備えるこれらの設備を総合的に検討したとしても、本件庭園において、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないというほかないと判断しました。

(キ) 本件庭園は、西側の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、モミジ園及び版画美術館付近が谷の底となる地形を利用して、園内を散策したりすることができるように、通路や階段、ベンチ、門柱、広場等が設けられたものである。

そうすると、前記(ア)ないし(カ)のとおり、本件庭園内の通路や階段等は、いずれも庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であることから、本件庭園が備えるこれらの設備を総合的に検討したとしても、本件庭園において、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないというほかない。

以上により、本件庭園は「美術」の「範囲に属するもの」せず、「建築の著作物」として保護されないと判断されました。

また、債権者は、「本件庭園は版画美術館と一体的関係を持ち、版画美術館と共に「建築の著作物」に該当する」との主張もしています。
しかし、版画美術館は本件庭園の4分の1程度の面積を占めるにすぎないこと、本件庭園は特殊な地形を利用して設けられたものであるのに対し、版画美術館は平地部分に建設されたものであり、設計の前提となる条件が大きく異なること、来館者・来園者の利用目的が異なることを挙げて、「本件庭園は、版画美術館と一体となるものとして設計されたと認められず、版画美術館と一体として利用されるものと評価することもできない」とし、債権者の主張を退けました。
なお、東京地方裁判所平成15年6月11日決定〔ノグチ・ルーム事件〕は、建物全体の著作物性を認めた上で、建物全体と庭園を一体として一個の著作物を構成すると認めましたが、本件では、建物と庭園の一体性を認めず、ノグチ・ルーム事件と結論が異なっています。

本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に該当するかについて

まず、著作権法20条2項2号の「増築」を「在来の建物に更に増し加えて建てること」、「模様替え」を「建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲で、これを改変すること」と定義し、本件工事が「増築」や「模様替え」に該当すると判断しました。

著作権法20条2項2号の「増築」及び「模様替え」は、建築基準法において用いられる用語ではあるものの、著作権法及び建築基準法のいずれにも定義規定がないことからすると、これらの用語の一般的な意味を考慮しつつ、両法に整合的に解釈するのが相当である。この点、「増築」とは、一般的に、在来の建物に更に増し加えて建てることをいい、建築基準法6条2項等においてもこのような意味で理解することができる。また、「模様替え」とは、一般的に、室内の装飾、家具の配置等を変えることをいうが、同法2条15号、6条1項等からすると、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲で、これを改変することをいうと解すべきである。そして、これらの解釈は、著作権法20条1項、2項2号の趣旨に反するものではない。

その上で、20条2項2号の「改変」の意義について、同号が予定しているのは経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって、「個人的な思考に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変」は、同号の「改変」に該当しないと示しました。

もっとも、著作権法は、著作物を創作した著作者に対し、著作者人格権として、同法20条1項により、その著作物の同一性を保持する権利を保障する一方で、建築物が、元来、人間が住み、あるいは使うという実用的な見地から造られたものであって、経済的・実用的な見地から効用の増大を図ることを許す必要性が高いことから、同条2項2号により、建築物の著作者の同一性保持権に一定の制限を課したものである。このような法の趣旨に鑑みると、同号が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって、いかなる増改築であっても同号が適用されると解するのは相当でなく、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変については、同号にいう「改変」に該当しないと解するのが相当である。

そして、本件工事が決定されるに至った経緯を認定し、債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められないと判断しました。

・・・版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)は、債務者が、町田市立博物館の再編をきっかけとして検討を開始し、債務者が保有する施設を有効利用する一環として計画したものであり、町田市議会においても議論された上で、公募型プロポーザルを経て選定されたオンデザインによって作成され、さらに、随時、有識者や住民の意見が集約され、その意見が反映されたものというべきであるから、債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない。

以上の検討により、本件各工事は「債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない」として、20条2項2号は「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」に該当し、同一性保持権の侵害に当たらないと結論付けました。

コメント

本件は、建築の著作物性が容易に認められづらい中で、建物については建築の著作物性を肯定し、庭園についてはこれを否定した事例です。

また、同一性保持権の適用が除外される「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であること、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変については同号にいう「改変」に該当しないと解されることが示されました。

これによると、建築の著作物性が肯定されても、同一性保持権侵害となる改築等の範囲は広くはないといえるでしょう。

実務的には、建築物の施主や所有者は、設計建築の段階で、①著作者との間で同一性保持権をはじめとする著作者人格権の不行使特約と、②建築物を譲渡しても①の特約が新所有者に承継されることを定めておくことが重要であると思われます。

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(文責・角川)