米連邦最高裁判所は、本年(2019年)1月22日、Helsinn Healthcare事件において、リーヒ・スミス米国発明法(AIA)施行後も特許法102条(a)(1)(旧102条(b))の「on sale」の意味は変更されておらず、特許発明の実施品が販売されたときは、その購入者が秘密保持義務を負う者である場合においても、新規性判断における先行技術としての適格性を有するとの判断を示しました。

AIA後のOn-Sale Barは、販売の地域を米国内に限定していないため、秘密保持契約を締結した販売行為が米国外で行われた場合にも適用を受けることとなります。1年間のグレース・ピリオドはあるものの、日本企業にとっても留意が必要な判決であるといえます。

ポイント

骨子

  • 合衆国議会は、AIAの制定に際し、特許法102条(a)(1)(旧102条(b))の「on sale」の意味を変更しておらず、特許発明の実施品が販売されたときは、その購入者が秘密保持義務を負う者である場合においても、新規性判断における先行技術としての適格性を有する。

判決概要(審決概要など)

裁判所 米連邦最高裁判所
判決日 2019年1月22日
事件 Helsinn Healthcare S. A. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc., et al.
対象特許 US 8,598,219

解説

リーヒ・スミス米国発明法(AIA)とは

リーヒ・スミス米国発明法(Leahy-Smith America Invents Act of 2011/AIA)とは、2011年9月に成立した米国特許法の大規模な改正法案で、改正項目ごとに2012年以降順次施行されました。

改正項目は多岐にわたりますが、中でも、先発明主義を捨て、完全ではないものの先願主義に舵を切った点は、米国特許法の基本的骨格を変更する重要な改正であったといえます。

ちなみに、同一発明の出願が競合した場合に、発明の先後によって勝敗を決する先発明主義は、発明者の保護に厚いことからかつては多くの国に採用されていましたが、発明時期の立証資料の管理負担や先発明を争う手続負担の大きさ、特許後の権利の不安定さなどを理由に、主要国は、出願の先後で決する先願主義に移行していました。我が国は、大正10年法において先願主義に移行しており、近年では、米国のほか、カナダやフィリピンが先発明主義を残していましたが、それぞれ1989年、1998年に先願主義に移行し、米国が最後の先発明主義国となっていました。

AIAは、先発明主義を放棄したことに伴い、新規性の考え方や、新規性喪失の例外期間であるグレース・ピリオドの考え方などを変更したほか、先使用権制度が一般的に認められ、また、先の発明者を決定するインターフェアレンス制度を廃止しました。

さらに、公知公用の地域的範囲の拡大や、特許付与後に特許の有効性を争う手続の変更、補充審査、ベストモード要件の削除など、様々な改正がなされています。

On-Sale Barとは

米国特許法は、発明の実施品が販売された場合に新規性が失われる制度を採用しています。この制度は、特許法の根拠規定(AIA以前は米国特許法102条(b)、AIA以降は同法102条(a)(1))に用いられている「on sale」という文言をもとに、「On-Sale Bar」と呼ばれています。

AIA以前の連邦最高裁判所の判決であるPfaff v. Wells Electronics, Inc., 525 U.S. 55 (1998) によれば、On-Sale Barが適用されるためには、(a)実施品が商業的な販売の申し出の目的となっていること(the product must be the subject of a commercial offer for sale)、(b)発明が特許出願可能な状態となっていたこと(the invention must be ready for patenting)という2つの要件を満たすことが必要であると解されていました。

On-Sale BarとSecret Sale

米国におけるOn-Sale Barは、公然性を要求しておらず、従来、秘密が維持された状態の販売(secret sale)であっても、適用があると解されてきました。秘密が守られた状態での販売にOn-Sale Barが適用されるかという問題を正面から争点とした連邦最高裁判所の裁判例はなかったものの、この場合のOn-Sale Barの適用を示唆する裁判例としては、上記のPlaff事件判決のほか、Consolidated Fruit-Jar Co. v. Wright, 94 U.S. 92, 94 (1877)、Elizabeth v. Pavement Co., 97 U. S. 126, 136 (1878)、Smith & Griggs Mfg. Co. v. Sprague, 123 U.S. 249, 257 (1887)などがあり、今回紹介するHelsinn事件判決でも引用されています。

また、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の判決としては、Woodland Trust v. Flowertree Nursery, Inc., 148 F. 3d 1368, 1370 (1998)、Special Devices, Inc. v. OEA, Inc., 270 F. 3d 1353, 1357 (2001)などが、秘密での販売の場合にもOn-Sale Barを適用しており、やはり、今回のHelsinn事件判決において引用されています。

AIAによる米国特許法102条の改正

On-Sale Barを規定した米国特許法102条は、AIAによって大きく変更された規定です。AIA以前の法律では、On-Sale Barは、以下のとおり、102条(b)に規定されていました。102条(b)以下は、先発明主義のもと、発明時を基準として特許性を判断していた同条(a)の特則に位置づけられるもので、特許出願の1年以上前に、米国または外国で先に特許され、または刊行物に記載された発明や、米国内で公然と使用され、又は販売された発明について、特許性を否定していました。

§102 – CONDITIONS FOR PATENTABILITY; NOVELTY AND LOSS OF RIGHT TO PATENT.

A person shall be entitled to a patent unless—

(a) the invention was known or used by others in this country, or patented or described in a printed publication in this or a foreign country, before the invention thereof by the applicant for patent, or

(b) the invention was patented or described in a printed publication in this or a foreign country or in public use or on sale in this country, more than one year prior to the date of the application for patent in the United States.

上記の規定に「in public use or on sale」とあるとおり、「on sale」については「public」の語はかかっておらず、この点は、文言上、On-Sale Barが秘密での販売にも適用される根拠となります。

AIAで修正された特許法102条は以下のとおりで、On-Sale Barは、同条(a)(1)に規定されています。

§102 – CONDITIONS FOR PATENTABILITY; NOVELTY.

(a) Novelty; Prior Art. —A person shall be entitled to a patent unless—

(1) the claimed invention was patented, described in a printed publication, or in public use, on sale, or otherwise available to the public before the effective filing date of the claimed invention.

条文の文言は、AIA以前の102条(b)によく似ていますが、基準時が出願時に変更され、また、使用や販売が米国内に限定されなくなったほか、「or otherwise available to the public」(その他公に利用可能になった発明)との文言が付加されています。

事案の概要

原告Helsinn社はスイスの新薬メーカーで、化合物パロノセトロン塩酸塩を薬効成分とする制吐剤Aloxiについて、他社(MGI社)との間に販売を目的とするライセンス契約と、製品の供給契約を締結するとともに、その旨のプレスリリースもしていましたが、医薬品に関する具体的な情報は開示されず、また、MGI社との契約においては、秘密保持規定が置かれていました。原告は、上記契約締結後2年を経て対象医薬品の用法・用量について米国における仮出願を行い、その後特許を取得しました。

被告Teva社はジェネリック薬品メーカーで、上記対象医薬品と同じ用法・用量の医薬品をアメリカ食品医薬品局(FDA)に申請したところ、原告が被告に対して上記特許に基づき、特許権侵害訴訟を提起しました。

上記侵害訴訟の中で、被告は、本件特許は、仮出願の1年以上前に実施品が販売されていたことを理由に、特許法102条(a)(1)に違反して無効であるとの主張をしたところ、第一審の地方裁判所は、原告のMGI社への販売にAIA後のOn-Sale Barは適用されないとして、被告の主張を排斥しました。他方、CAFCは、被告の主張を認め、本件特許は無効であるとしました。これに対し、原告が最高裁判所に上告したのが本事案です。

争点

本件における争点は、AIAのもと、秘密保持義務を負う第三者への特許発明の実施品の販売が、特許性を判断する上で先行技術となり得るか、という点で、具体的には、秘密保持義務が課せられた状態での販売が102条(a9(1)にいう「on sale」に該当するかが問題となりました。

この点について、原告は、AIAによって「or otherwise available to the public」(その他公に利用可能になった発明)との包括的な文言が付されたことから、その手前に記載されている「on sale」もまた、公に利用可能になっていることが必要であり、秘密保持義務が課されている場合には「on sale」に該当しないとの主張をしました。

判旨

連邦最高裁判所は、全員一致で原告の主張を排斥し、CAFCの結論を維持しました。つまり、AIA施行後においても、On-Sale Barは、秘密保持義務を負うものに対する販売に対して適用されることとなります。

判決は、まず、AIA以前の法解釈として、「on sale」に秘密が維持された状態での販売も含まれることは確立した考え方になっていたことを述べました。その上で、判決は、Shapiro v. United States, 335 U. S. 1, 16 (1948)を先例として引用し、以下のとおり、法改正後も同一の文言「on sale」が用いられている場合には、改正前と同一の意味に解釈しなければならず、「or otherwise available to the public」という包括的な文言が付されたとしても、その意味は変更されないとの判断を示しました。

In light of this settled pre-AIA precedent on the meaning of “on sale,” we presume that when Congress reenacted the same language in the AIA, it adopted the earlier judicial construction of that phrase. See Shapiro v. United States, 335 U. S. 1, 16 (1948) (“In adopting the language used in the earlier act, Congress ‘must be considered to have adopted also the construction given by this Court to such language, and made it a part of the enactment’”). The new §102 retained the exact language used in its predecessor statute (“on sale”) and, as relevant here, added only a new catchall clause (“or otherwise available to the public”). As amicus United States noted at oral argument, if “on sale” had a settled meaning before the AIA was adopted, then adding the phrase “or otherwise available to the public” to the statute “would be a fairly oblique way of attempting to overturn” that “settled body of law.” Tr. of Oral Arg. 28. The addition of “or otherwise available to the public” is simply not enough of a change for us to conclude that Congress intended to alter the meaning of the reenacted term “on sale.” Cf. Holder v. Martinez Gutierrez, 566 U. S. 583, 593 (2012) (determining that a reenacted provision did not ratify an earlier judicial construction where the provision omitted the word on which the prior judicial constructions were based).

判決は、さらに、原告の主張に対する見解を示す形で、上記判示事項を詳細に述べました。具体的には、十分に確立した法解釈がなされた文言の意味を法改正で変更する先例はないことを前提に、原告の主張は、包括文言に重きを置きすぎた解釈であるとしました。

As an initial matter, neither of the cited decisions addresses the reenactment of terms that had acquired a well-settled judicial interpretation. And Helsinn’s argument places too much weight on §102’s catchall phrase. Like other such phrases, “otherwise available to the public” captures material that does not fit neatly into the statute’s enumerated categories but is nevertheless meant to be covered. Given that the phrase “on sale” had acquired a well-settled meaning when the AIA was enacted, we decline to read the addition of a broad catchall phrase to upset that body of precedent.

最後に、判決は、議会がAIAの制定に際して「on sale」の意味を変更していない以上、発明について秘密を保持する義務を負った第三者に対して実施品が販売された場合においても、先行技術としての適格性を有すると結論付けました。

Because we determine that Congress did not alter the meaning of “on sale” when it enacted the AIA, we hold that an inventor’s sale of an invention to a third party who is obligated to keep the invention confidential can qualify as prior art under §102(a).

コメント

我が国の特許法でも、「譲渡」が実施行為とされ、また、公然実施(公用)が新規性喪失事由とされているため(特許法29条1項2号)、公然と販売がなされると新規性が失われますので、この点では類似の制度ということができます。

我が国では、一般に、公然実施が認められるためには、不特定多数の者に発明の内容が知られる恐れのある状態で実施行為が行われることが必要であると解されており、たとえ実施品が販売されたとしても、秘密保持義務によって発明の内容の秘密性が守られている場合には新規性が失われることはないと解されています。

他方、米国では、従来、秘密保持義務を課した状態での販売であってもOn-Sale Barの適用があると解されてきており、また、その考え方がAIA施行後にも適用されることが本判決で明らかにされました。AIA施行後のOn-Sale Barには、AIA以前にあった「in this country(米国内で)」という要件がなく、いわゆる世界公知の考え方が採用されています。そのため、我が国で秘密保持契約を締結して出願前に実施品が販売され、その後日米で特許を出願した場合、我が国では特許を維持できても、米国では無効にされる可能性があることとなります。グレース・ピリオドの存在を考えてもなお留意が必要な判決といえます。

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(文責・飯島)