ロシアにおいて、商標は、知的財産権の一種として、保護の対象となります。また、サービスマークは、商品商標と概念的に区別されるものの、やはり商標法による保護の対象となります。なお、本稿で引用するロシア民法の日本語訳文は、特許庁による和訳に基づいています。
ポイント
- 商標に係る排他的権利を所有できるのは、法人又は個人事業主のみです。
- ロシア法上、商標には商品商標とサービスマークが含まれ、いずれも商標の保護について定めた民法によって保護されます。
- ロシアでは、消費者に対して誤認をさせる判断基準は主観的な考え方であり、ロシア知的財産当局(ロスパテント)による登録拒絶をされるケースが多々あります。その判断に対する不服申し立てを挑戦することが実務上は少なくありません。
- 現在、ユーラシア商標の制度に関して合意書が検討されています。ユーラシアに加盟しているいずれかの国(ロシア、カザフスタン、ベラルーシ、アルメニア、キルギス)において出願登録された商標は、ユーラシア域内において同時に有効となります。しかし、ユーラシアを指定してユーラシア商標として登録する場合は、視覚的に表現できるものでなければならないと予定されています。
解説
関連法
ロシア法は、日本法とは異なり、独立した商標法はなく、商標に関する事項は、他の多くの知的財産関係の法令と同様、民法の中で規定されています。また、商標の実務を理解する上で重要な2つのガイドラインがあります。その結果、ロシア法上、商標法制に関連する法令・ガイドラインとしては、以下のものが挙げられます。
- マドリット協定議定書、ニース協定、商標法条約、パリ条約、WTO協定
- ロシア連邦民法典(Гражданский кодекс Российской Федерации)
- Методические рекомендации по проверке заявленных обозначений на тождество и сходство, утверждены приказом Роспатента от 31.12.2009 № 197「同一性および類似性の審査に関するガイドライン」2009年12月31日付ロスパテント令第197号により承認(以下、「商標類似性ガイドライン」という)
- Методические рекомендации по определению однородности товаров и услуг при экспертизе заявок на государственную регистрацию товарных знаков и знаков обслуживания, утверждены приказом Роспатента от 31.12.2009 № 198(商標及びサービスマーク出願登録の審査において商品及びサービスの類似性の判断に係るガイドライン(2009年12月31日付ロスパテント令第198号により承認))
ロシアにおける商標及びサービスマークとは
商標には、商品ないし物について使用する商品商標と、役務ないしサービスについて使用する役務商標(サービスマーク)の2種類があります。ロシア法上、商標(товарный знак)とは、ある商品を同種の商品から識別するための手段のことをいいます。
一方、サービスマーク(знак обслуживания)は、サービスを同種サービスから識別するための手段のことをいいます。サービスにも、同種のものが多数あることが多いため、競合他社のサービスとの混同が生じないよう、保護を受ける必要があります。
ロシア民法によれば、商品商標に係る規定は、サービスマークに対しても同じく適用されます。そのため、商品商標とサービスマークとが同時に登録されることもよくあります。
商標権に関する一般情報
保護対象 | 商品商標、サービスマーク 団体商標 |
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商標の種類 | 文字商標、図形商標、記号商標、立体商標、結合商標、色彩商標、匂い商標など |
分類 | ニース国際分類第11版 |
代理人 | 出願するには現地代理人が必要です。 |
言語 | ロシア語のみ |
多区分出願 | 1出願で多区分の出願が可能です。 |
公開データベースの有無 | ロスパテントの付属下にある連邦産業財産権機関(FIPS)による。ロシア語のみ。 http://www1.fips.ru/wps/portal/IPS_Ru#1548409647095 |
出願手続 | FIPSに出願後、1ヶ月以内に方式審査(必要な書類の有無や規定の要件に適合するか否かの確認)を行います。その後、実体審査をし、拒絶事由等に該当しなければ、登録決定をします。 |
異議申立期間 | 異議申立制度無し |
出願から登録までの期間 | 法律上は規定されていないものの、通常の場合、約12カ月以上かかります。 |
存続期間 | 出願日から10年間 |
更新期間 | 存続期間満了日前12ヶ月以内 |
取消制度の有無 | 継続して3年間の不使用の場合(ロシア民法1486条)、団体商標が,品質又はその他の一般的な性質の共通の特徴を備えない商品について使用される場合(ロシア民法1511条3項)、法人清算や、権利者による権利放棄の場合などです。 |
商標の登録主体
商標の登録を受け、商標に係る排他的権利を保有できるのは、法人又は個人事業主のみです(ロシア民法1478条)。事業活動を行なっていない個人が商標権を取得することはできません。
商標を登録するメリット
ロシアにおいて商標を登録すると、当該商標を排他的または独占的に利用できるようになります。この排他的権利を有すると、以下のような利益を享受することができます。
- 第三者による不正な使用の禁止:これにより、商品およびサービスの社会的評価を確実に保護することができます。
- 魅力のあるブランドの優先的使用:マーケティングの面では、企業を代表するような単語やロゴが重要です。そのような単語やロゴからなる商標がある場合、競合他社より先に登録することで、優先的な権利を確保することができます。
- 不正競争行為の防止:ロシアでは、商品に対するブランドが知られていたとしても、当該ブランドが商標として登録されていないことがしばしばあるので、競合他社が先に登録することがあります。商標登録をすれば、このような事態を回避することができます。
商標の類型
ロシア民法は、下記のように商標類型を規定していますが、これらの代表的な類型を定めたもの以外に、これら文字、図形、三次元の要素を組み合わせた商標、音や匂いの商標など、様々な形式の商標が登録の対象となります。
第1482条 商標の種類
1. 文字、図形、三次元及び他の標示又はそれらの組み合わせは商標として登録されることができる。
2. 商標はあらゆる色彩又は色彩の組み合わせでこれを登録することができる。
文字商標は、もっとも一般的に利用される商標の種類です。文字商標には、単語、単語の特徴をもつ文字の組合せ、単語の組合せ、文章やそれらの組合せなどが含まれます。「Philips」や「Panasonic」などが例として取り上げられます。
図形商標とは、生き物、物、自然物などの絵やデザイン、図や線などから構成された商標をいいます。また、結合商標とは、文字と図形要素など、複数の要素から構成された商標をいいます。図形商標は、一般には、「ロゴ」と言われることもあります。
三次元商標は、商品自体または商品の梱包、並びにそれらの部分を商標とするものです。三次元商標について登録を受ける場合は、単純に商品そのものを表すものではなく、新しく独創的な外観を特徴とすることが必要です。
色彩や色彩の組み合わせについては、以前より保護の対象となっていますが、注目され始めたのは、色彩の組合せによる商標権の侵害について初めて判断を示した“Petrovsknefteprodukt”事件の判決(2017年8月18日)以降です(А78-6764/2017ザバイカル地域の仲裁裁判所判決)。この件では、ガソリンスタンド事業を行う被告 “Petrovsknefteprodukt”が、ガソリンスタンドの建築を構成する屋根、給油装置やその他の設備に黄色と赤の組み合わせを使って、同事業の原告Shell社の商標を侵害したと認められました。
保護の対象にならない商標
上述したように、商標とは、商品またはサービスを識別するための手段のことをいいます。商品・サービスについて商標を登録するには、「識別性」(различительная способность)があることが重要な要素となります。この識別性の有無は、商標の国家登録の審査をする際に判断され、識別性の欠如は商標登録の拒絶理由になります(ロシア民法1483条)。
識別性を欠くとされるのは、具体的には以下の場合です。
- ありふれており,特定の種類の商品・サービスを指示しない要素:例えば、「パン」、「ミルク」、「コンサルティング」、「特許事務所」などの語がこれに該当します。
- 業務の中で、一般に受け入れられた表象及び用語:例えば、ソフト開発業務における「C++」の表象、あるいは科学開発業務における「触媒作用」などのような用語です。
- 商品・サービスを特徴付ける要素:例えば、「速いタクシー」の「速い」、「認定されたサービス」の「認定された」や「長年経験のあるサービス」の「長年経験のある」などは、その後ろの一般名詞を特徴付ける要素であり、これらの語が付されていても、保護の対象になりません。
- 商品の形状であって,もっぱら又は主として商品の特性又は用途により決定されるものを表示する要素:例えば、ネジの商品であって、そのままネジの形状を表す商標は保護の対象外となります。
混同を生じさせる程に類似する商標(сходные до степени смешения)
一般的に、混同を生じさせる商標とは、同一ではないものの、相互に類似し、消費者に混同を生じさせるおそれのある商標を指し、日本法でいう類似商標に相当します。混同を生じさせるものか否かは、日本法と同様、称呼、外観、観念の三つの基準に沿って判断されます。
- (称呼類似)音声(音)の類似性 - 単語の綴り字が異なったものの、類似するような発音をする場合をさします。例えば、「DIXIE」と「DIXY」、「ZIBO」と「ZEBO」などは称呼の類似性が認められる可能性が高いといえます。
- (外観類似)文字の類似性 - 単語が視覚的な認識により相互に類似することをさします。例えば、「LANCOME」と「LONCAME」、「SCHUMANN」と「SCHAUMAN」などは外観の類似性が認められる可能性が高いといえます。
- (観念類似)意味の類似性 - 単語が類語または反対語であるかどうかです。例えば、ソフトウェア開発の場合は、「Windows」や「Doors」などは観念の類似性が認められる可能性が高いといえます。
混同を生じさせるほど類似した商標であるかどうかについての判断は主観的であり、例えば、図形および三次元の類似性を判断する場合に、もっとも重要となるのは、類似した商標を比較したときに得られる第一印象となります(商標類似性ガイドライン第5.2.1項)。実務上、類似性の判断に際しては、他の要素も考慮されるので、事例によって結論が異なることがあります。
なお、混同を生じさせる商標については、他の記事において詳しく解説する予定です。
混同を生じさせる程の標示について
前項では、商標の類似性について触れましたが、ロシア民法は、商標の類似以外にも、商標登録の拒絶理由として、混同を生じさせる他の事項を規定しています。代表的なものは、商品またはその生産者に関して消費者に誤認をさせる商標です。もっとも頻繁に問題となる例として、以下の2つが考えられます。
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- 出願人の所在地または製造地に関係ないものの、商標には地理的な名前が使用されていて、品質、製造元や原産地に関して消費者に対して誤認を与えるおそれのある商標
最近の事例としては、「LONDON MALL」という区分表第35類(広告,ショッピングモール,求人情報の提供など)の商標登録の際に、ロスパテントが拒絶決定をしました。この件では、出願人がキプロス島に設立された会社であったので、消費者に対してサービス提供者の所在地について誤認を招く可能性が高いと判断されました。しかし、ロシア裁判所は、「LONDON MALL」というフレーズは、サービス提供者の所在地よりも、一般消費者に、「散歩するためのロンドンの路地」というインテリアを特徴付けるような意味を伝えるために使用されていると認定し、サービス提供者の所在地について誤認を与えることはないと判断しました(№ SIP-837/2014 (С01-119/2015)。
- 商標において生産開始日の記載がある場合において、その生産開始日と会社の設立日が合致しないとき
例えば、出願人である会社が2010年に設立されたにも関らず、商標に「Since 1920」などのような記載を含める場合は、ロスパテントによって登録出願を拒絶される可能性が高くなります。
なお、消費者に誤認をさせるか否かの判断基準は主観的であり、ロスパテントによる登録を拒絶されるケースは多々ありますが、その判断に対して不服申立てがなされることも、実務上少なくありません。
ユーラシア商標について(Товарный знак в Евразийском Экономическом Союзе)
マドリッド条約による国際商標出願を除いて、通常、商標の地理的な保護範囲は、登録国に限られます。そのため、ロシアで出願登録されている商標は、ロシア領域内のみで保護を受けることになります。
しかし、ロシアが加盟しているユーラシア経済連合(EAEU)では、商標に関して大きな改革が行われる見込みです。EAEUは、商品・サービス、資本や労働者の自由な移動を確保するのを目的とし、欧州連合会のように、経済分野において統一政策を図る連合をいいます。
2016年3月17日、ユーラシア経済委員会(EEC)は、「ユーラシア経済連合における商標・サービスマーク、商品の原産地名称」に関する合意書案の起草に着手し、現在協議が進められています。この合意書案に基づいて合意が成立した場合、EAEUに加盟しているいずれかの国(ロシア、カザフスタン、ベラルーシ、アルメニア、キルギス)において出願登録された商標は、EAEU域内において同時に有効となります。
この合意書案は、加盟国の特許庁を統一した商標の管理機関を設立することは予定していませんが、各国特許庁の共同作業により、各国特許庁が用いる統一登録簿を作成することを規定しています。
現在の合意書案によれば、EAEUを指定してEAEU商標として登録する場合は、視覚的に表現できるものでなければならなりません。したがって、音の商標を登録することはできません。また、EAEU加盟国におけるEAEU商標の排他的権利侵害に関する紛争は、各国の国内法に従って解決されます。そのため権利侵害に対する法的責任は国内で定められたものと同様になります。
商標の保護期間
ロシアにおける商標は、登録出願をした日より10年間の法的保護を受けます(民法第1491条)。権利者は、その権利が有効に存続する最後の年(9年目)に更に10年間の権利更新をすることができます。この存続期間の更新回数には制限がなく、永遠に更新の申請をすることができます。
終わりに
本稿は、ロシアの商標制度の概要に関する一般的な内容でしたが、それ以外、実務上、重要なのは、商標のライセンス契約やフランチャイズ契約ですので、次回の記事では、これらを紹介したいと思います。
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(文責・シャキロフ)