知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、本年(2018年)11月26日、特許権侵害差止請求訴訟において、控訴審で新たに提出された新規性欠如の証拠を採用し、請求を認容した原判決を取り消しましたが、その際、被控訴人(一審原告・特許権者)の時機に後れた攻撃防御方法との主張について、本件の事実関係に照らして控訴審における新規性喪失の主張は時機に後れた攻撃防御方法に該当すると認めつつも、訴訟の完結を遅延させることになると認めるに足りる事情はないとして、被控訴人の主張を却下しました。

なお、本件において、控訴人(一審被告・被疑侵害者)は、本案前の抗弁として、被疑侵害品を廃棄し、製造販売等を注視したことにより、差止請求訴訟は訴えの利益を失ったとの主張をしましたが、判決は、依然として請求権の存否について既判力をもって確定する必要性は失われないとの判断を示しました。

ポイント

骨子

差止請求権の要件非充足と訴えの利益について
  • 被告各製品の在庫の廃棄並びに製造,販売及び販売の申出の中止により,特許法100条1項に基づく侵害の停止及び予防請求権並びに同条2項に基づく廃棄等の請求権の要件が存在するとは認められなくなったとしても,それは,上記の各請求権の不存在を意味するにすぎず,そのことのみによって,上記の各請求権の存否について,既判力をもって確定する必要性が失われるわけではない。
控訴審における新規性喪失の主張と時機に後れた攻撃防御方法について
  • 本件は,平成28年6月24日に東京地方裁判所に提訴され,平成29年1月26日に口頭弁論が終結され,その後和解協議が行われたところ,上記・・・事実によると,控訴人らは,無効理由3(新規性欠如)に係る抗弁を,遅くとも平成29年1月26日までに提出することは可能であったといえるから,これは「時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法」(民訴法157条1項)に該当することが認められる。
  • しかし,控訴人らは,本件の控訴審の第1回口頭弁論期日・・・において,控訴人シンワは,本件特許が出願されたとみなされる日より前に,本件各発明の構成要件を充足する製品を販売したので,本件特許は新規性を欠く旨の主張をしたものであって,上記期日において,次回期日が指定され,更なる主張,立証が予定されたことからすると,この時点における上記主張により,訴訟の完結を遅延させることとなると認めるに足りる事情があったとは認められない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 平成30年11月26日
事件番号 平成29年(ネ)第10055号
事件名 特許権侵害差止請求控訴事件
原判決 東京地方裁判所平成28年(ワ)第20818号
対象特許 特許第4802252号
「連続貝係止具とロール状連続貝係止具」
裁判官 裁判長裁判官 森   義 之
裁判官    森 岡 礼 子
裁判官    古 庄   研

解説

訴えの利益とは

訴えの利益とは、裁判を受ける正当な利益のことをいい、訴訟要件の一つとされています。ある訴えについて、訴えの利益が認められない場合には、訴えは却下されます。却下とは、本案の審理をすることなく訴えを排斥する、いわゆる門前払いの判決をいい、審理の結果原告の主張に理由がないものとして訴えが排斥される棄却判決と異なります。

訴訟要件との関係では、訴訟は、①特定の義務の履行を求める給付の訴え、②実態北條の権利義務の発生、変更、消滅などを求める形成の訴え、そして、③ある権利義務や法律関係、事実の確認を求める確認の訴えに分かれます。訴えの利益の存否がしばしば問題となるのは、確認の訴えです。

本件訴訟は差止請求訴訟ですので、訴訟類型としては、特定の義務の履行を求める給付の訴えに該当します。給付の訴えについて訴えの利益が認められるためには、法令の適用によって紛争が解決されること、具体的な権利義務や法律関係の存否を対象とするものであること、現在の給付を対象とするものであること、といった要件を充足することが必要です。

特許無効の抗弁とは

特許法104条1項は、以下のとおり、特許無効審判で無効にされるべき特許については、特許権を行使することができないことを定めています。

第百四条の三 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。

これは、特許権者による特許権侵害の主張に対し、抗弁として機能する攻撃防御方法で、一般に、特許無効の抗弁と呼ばれます。

特許が無効にされる理由は、特許法123条1項各号において、以下のとおり規定されています。

第百二十三条 特許が次の各号のいずれかに該当するときは、その特許を無効にすることについて特許無効審判を請求することができる。この場合において、二以上の請求項に係るものについては、請求項ごとに請求することができる。
 その特許が第十七条の二第三項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願(外国語書面出願を除く。)に対してされたとき。
 その特許が第二十五条、第二十九条、第二十九条の二、第三十二条、第三十八条又は第三十九条第一項から第四項までの規定に違反してされたとき(その特許が第三十八条の規定に違反してされた場合にあつては、第七十四条第一項の規定による請求に基づき、その特許に係る特許権の移転の登録があつたときを除く。)。
 その特許が条約に違反してされたとき。
 その特許が第三十六条第四項第一号又は第六項(第四号を除く。)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたとき。
 外国語書面出願に係る特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内にないとき。
 その特許がその発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたとき(第七十四条第一項の規定による請求に基づき、その特許に係る特許権の移転の登録があつたときを除く。)。
 特許がされた後において、その特許権者が第二十五条の規定により特許権を享有することができない者になつたとき、又はその特許が条約に違反することとなつたとき。
 その特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正が第百二十六条第一項ただし書若しくは第五項から第七項まで(第百二十条の五第九項又は第百三十四条の二第九項において準用する場合を含む。)、第百二十条の五第二項ただし書又は第百三十四条の二第一項ただし書の規定に違反してされたとき。

特許無効の抗弁が認められたときは、特許権者が、訂正審判によって無効理由を除去することができるという訂正の再抗弁の主張をし、それが認められない限り、特許権侵害に基づく請求が棄却されることとなります。

新規性とは

ある発明が特許を受けるためには、その発明が新規なものであることが必要です。特許法29条1項各号は、以下のとおり、発明が新規性を欠く場合を規定しています。

第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明

ある発明が新規性を欠いているというためには、その発明の構成の全部が、特許法29条1項各号記載のとおり公になっていた先行発明によって開示されていることが必要です。どこか先行発明と相違する部分がある場合には、新規性は認められることとなります。

もっとも、一部に相違する部分があるときは、別途、その相違点が、その発明の技術分野において容易に思いつくものであるかが問題とされることとなります。仮に、その相違点が容易に思いつくものと認められるときは、進歩性を欠くものとして、やはりその発明は特許を受けられないこととなります(特許法29条2項)。

新規性欠如の効果

ある発明が、特許出願の過程で新規性を欠くものと認められたときは、特許出願は拒絶され(特許法49条2号)、特許査定後に特許無効審判で新規性を欠くものと認められたときは、上に引用した特許法123条1項2号により、その発明にかかる特許が無効にされることとなります。

また、新規性欠如は、特許無効審判における無効理由となることから、特許権侵害訴訟における特許無効の抗弁の根拠ともなります。

適時提出主義と時機に後れた攻撃防御方法

かつての民事訴訟法では、当事者は、口頭弁論終結時まで、随時攻撃防御方法を提出することができましたが(随時提出主義)、平成8年改正民事訴訟法156条は、以下のとおり定め、攻撃防御方法を適切な時期に提出することが必要になりました(適時提出主義)。

(攻撃防御方法の提出時期)
第百五十六条 攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならない。

攻撃防御方法が適時に提出されなかった場合、一定の要件を満たすと、裁判所は、その攻撃防御方法を却下することができます。民事訴訟法157条1項は、攻撃防御方法が却下される要件を以下のとおり定めています。

(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)
第百五十七条 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

この規定によると、ある攻撃防御方法が却下されるためには、以下の3つの要件を満たすことが必要とされています。

  • 故意または重過失
  • 時機に後れて提出されたこと
  • 訴訟の完結を遅延させること

なお、一般の解説では、「時れた」との語を「時れた」と表記している例も見られますが、民事訴訟法は「時れた」と表記しています。。

事案の概要

本件において、特許権者は特許権者である被控訴人(一審原告)が、控訴人ら(一審被告ら)に対し、特許第4802252号「連続貝係止具とロール状連続貝係止具」にかかる特許権を行使し、差止を求めた事件で、原審は請求を認容していました。

これに対し、被告らは控訴し、すでに被疑侵害品の在庫を廃棄し、新たな製造販売もしていないことから、差止請求訴訟は訴えの利益を欠くと主張するとともに、控訴審において、新たに新規性欠如に基づく特許無効の抗弁の主張をしました。

新規性欠如の根拠となったのは、控訴人ら(一審被告ら)が、被控訴人による特許出願前に、特許発明にかかる製品を製造し、その構造を記載したカタログを配布するとともに、製品を販売していたとの事実でした。また、その根拠となる証拠は、控訴人らと被控訴人を含む当事者間で特許出願前に争われた商標権侵害訴訟で提出された陳述書でした。

このような事情から、控訴人らによる新規性欠如の主張に対し、被控訴人は、控訴人らが原審で提出することのできた証拠を提出せず、控訴審で提出したことは時機に後れた攻撃防御方法の提出にあたるとして、却下を求めました。

判決の要旨

差止請求権の要件非充足と訴えの利益について

判決は、まず、訴えの利益の問題については、以下のとおり述べ、控訴人らの主張を排斥しました。

被告各製品の在庫の廃棄並びに製造,販売及び販売の申出の中止により,特許法100条1項に基づく侵害の停止及び予防請求権並びに同条2項に基づく廃棄等の請求権の要件が存在するとは認められなくなったとしても,それは,上記の各請求権の不存在を意味するにすぎず,そのことのみによって,上記の各請求権の存否について,既判力をもって確定する必要性が失われるわけではない。

要するに、在庫の廃棄や製造販売の中止といった事実は、訴えの利益ではなく、請求を棄却するか否かの判断において考慮されるべきものとの考えを示したものといえます。

控訴審における新規性欠如の主張と時機に後れた攻撃防御方法について

次に、控訴審において初めて新規性欠如の主張をしたことについて、判決は、以下のとおり、本件の事実関係では、特許無効の抗弁を遅くとも原審の口頭弁論終結時までには提出可能であったとし、時機に後れた攻撃防御方法に該当すると認定しました。

本件は,平成28年6月24日に東京地方裁判所に提訴され,平成29年1月26日に口頭弁論が終結され,その後和解協議が行われたところ,上記・・・事実によると,控訴人らは,無効理由3(新規性欠如)に係る抗弁を,遅くとも平成29年1月26日までに提出することは可能であったといえるから,これは「時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法」(民訴法157条1項)に該当することが認められる。

他方、判決は、以下のとおり、控訴審第1回期日において新規性欠如の主張がなされ、その後さらなる主張立証が予定されたことから、訴訟の完結を遅延させることになったと認めるに足る事情はないとして、当該主張を却下することはせず、審理を行ないました。

しかし,控訴人らは,本件の控訴審の第1回口頭弁論期日・・・において,控訴人シンワは,本件特許が出願されたとみなされる日より前に,本件各発明の構成要件を充足する製品を販売したので,本件特許は新規性を欠く旨の主張をしたものであって,上記期日において,次回期日が指定され,更なる主張,立証が予定されたことからすると,この時点における上記主張により,訴訟の完結を遅延させることとなると認めるに足りる事情があったとは認められない。

結論として、判決は、新規性欠如の主張を認め、原認容判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却しました。

コメント

この判決は、訴訟の完結を遅延するものと認められないとして攻撃防御方法の却下はしませんでしたが、原審で提出可能であった証拠を控訴審で提出することは「時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法」に該当するとの判断がなされています。

一般に、特許権侵害訴訟においては、通常訴訟と比較して、早期に攻撃防御方法を提出することが求められており、第1審においても侵害論について裁判所の心証開示があった後は、無効主張を含め、侵害論に関する攻撃防御方法の提出は認められないのが通常です。そのため、特許権侵害訴訟においては、提出可能な攻撃防御方法を適時に提出することが特に重要であるといえます。

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(文責・飯島)