東京地方裁判所民事第40部(佐藤達文裁判長)は、平成30年3月2日、冒認出願によって得た特許権を行使した特許権者に対し、冒認特許であることを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて訴えを提起したことは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとして、不法行為に基づき、訴訟追行に要する費用等の損害の賠償を命じました。

判決は、訴え提起が違法と認められる要件を示した最三判昭和63年1月26日の規範を冒認特許の行使にあてはめています。

ポイント

判旨概要

  • 訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。
  • 本件においてこれをみるに,原告の本訴請求は理由がないところ,・・・原告代表者は福島工場において本件発明を知得した上,本件特許を出願したものといわざるを得ないのであって,原告による本件特許の出願は冒認出願であったというべきである。
  • そして,本件特許の出願をD弁理士に依頼したのは原告代表者自身であり,被告の福島工場を訪れたのも原告代表者自身であって,本件特許の出願については原告代表者が主体的に関わったものと認められることなどによれば,原告代表者が記憶違いや通常人にもあり得る思い違いをして本件特許出願に及んだということもできない。
  • 加えて,原告が本訴提起前に被告から本件特許の出願が冒認出願であるとの指摘を受けながらあえて本訴提起に及んだと認められることは,前記・・・記載のとおりである。
  • そうすると,本訴請求において原告の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであることはもちろん,原告が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したというべきであるから,本訴の提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められるといわざるを得ない。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決日 平成30年3月2日
事 件 平成27年(ワ)第31774号 特許権侵害差止等請求事件(本訴)
平成28年(ワ)第15181号 損害賠償請求事件(反訴)
裁判官 裁判長裁判官 佐藤 達文
裁判官    廣瀬  孝
裁判官    勝又来未子

解説

裁判を受ける権利と不当訴訟

日本国憲法32条は以下のように定め、国民に裁判を受ける権利を保障しています。

何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

裁判に勝ち負けはつきものですので、誰かを相手取って訴訟を提起することは、最終的に敗訴に終わるとしても正当な行為であり、訴訟に負けたからといって、直ちに損害賠償の責任を負担することにはなりません。

しかし、他方で、他人に過度な負担を強いる訴訟を提起することは違法とされる場合があり、そのような訴訟は、一般に、不当訴訟と呼ばれます。

訴え提起が違法とされる基準

具体的にどのような場合に訴えが違法とされるかについて、最高裁判所は、最三判昭和63年1月26日において考え方を示しており、現在も踏襲されています。

昭和63年最判は、まず、以下のように述べて、訴え提起が不法行為といえるか、つまり不当訴訟といえるかを判断するにあたっては、裁判を受ける権利を不当に制限しないよう配慮する必要があり、原則として訴え提起は正当な行為であることを明らかにしています。

法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するにあたつては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされることは当然のことである。したがつて、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによつて、直ちに当該訴えの提起をもつて違法ということはできないというべきである。

他方において、最高裁判所は、以下のとおり、「応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起」については違法とされることがあると述べます。

一方、訴えを提起された者にとつては、応訴を強いられ、そのために、弁護士に訴訟追行を委任しその費用を支払うなど、経済的、精神的負担を余儀なくされるのであるから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法とされることのあるのもやむをえないところである。

そして、最高裁判所は、不当訴訟と認められる基準として「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき」という考え方を示し、その具体例として、「提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起した」場合をあげています。

以上の観点からすると、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。

実際的には、上記の具体例に示された以下の2つの条件を満たすことを基準として不当訴訟の認定が行われることが多くなるものと考えられます。

  1. 提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであること
  2. 提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したこと

本件事案の概要

本件訴訟は、特許権者が特許権侵害の差止等を求めた本訴と、その被告が原告となって特許権者に対して損害賠償を求めた反訴からなっています(本稿では、当事者の表示として、本訴に従い、特許権者を「原告」、権利行使を受けた側を「被告」と呼びます。)。

本件における事実的争点は、権利行使の対象となった特許は冒認出願によるものか、具体的には、特許権者である原告の代表者が、被告の福島工場において被告の発明を知得し、冒認出願したか、ということでした。

この点は、法的には、本訴である特許権侵害訴訟においては冒認を理由とする特許無効の抗弁の成否、反訴である損害賠償請求訴訟においては冒認出願にかかる特許権の行使が不当訴訟に該当するか、という観点から争点となります。

判旨

冒認の立証責任

判決は、まず、冒認の立証責任について、以下のとおり、特許権者が、特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任を負担すると述べました。

特許法123条1項6号所定の冒認出願において,特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任は,特許権者が負担すると解するのが相当であり,特許法104条の3第1項所定の抗弁においても同様に解すべきである。

これは冒認の立証責任に関する伝統的な考え方に従ったものといえますが、冒認を主張する側も、抽象的に冒認であることを主張するだけでは足りず、実質的には、一次的な立証が求められます。この点につき、特許無効審判における冒認の立証責任についてはこちらを、また、冒認の場合における特許権取戻請求権に関する立証責任についてはこちらをご参照ください。

冒認の認定と特許無効の抗弁

立証責任に関する上記規範を示した後、判決は、発明者とされる原告代表者の知識・経験、発明の動機、従来技術、着想の具体的状況、出願時の状況、試作品の状況等を考慮し、結論として、原告代表者が本件発明を「ひらめいた」とする主張は信用できず、他方で、被告の立証活動に基づき、被告が本件発明をしたこと、原告代表者が被告の福島工場において本件発明を知得したこと、その上で原告代表者が本件特許の出願をしたことを認定し、結論として、冒認出願であったとしました。

その結果、原告の被告に対する特許権侵害差止等の請求は、無効理由があることを理由に、特許法104条の3第1項、同法123条1項6号により排斥されました。

冒認出願にかかる特許権の行使と不当訴訟

続いて、判決は、不当訴訟の成否について検討しましたが、その際、上述の最高裁判所の規範を引用し、これを踏襲することを明らかにしました。

訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁,最高裁平成7年(オ)第160号同11年4月22日第一小法廷判決・裁判集民事193号85頁参照)。

その上で、本件特許は冒認出願にかかる特許であり、かつ、原告代表者がこの点について記憶違いなどをしていたとはなく、また、訴え定期前に冒認の指摘を受けていた事実を認定しました。

本件においてこれをみるに,原告の本訴請求は理由がないところ,・・・原告代表者は福島工場において本件発明を知得した上,本件特許を出願したものといわざるを得ないのであって,原告による本件特許の出願は冒認出願であったというべきである。

そして,本件特許の出願をD弁理士に依頼したのは原告代表者自身であり,被告の福島工場を訪れたのも原告代表者自身であって,本件特許の出願については原告代表者が主体的に関わったものと認められることなどによれば,原告代表者が記憶違いや通常人にもあり得る思い違いをして本件特許出願に及んだということもできない。

加えて,原告が本訴提起前に被告から本件特許の出願が冒認出願であるとの指摘を受けながらあえて本訴提起に及んだと認められることは,前記・・・記載のとおりである。

判決は、上記事実認定に基づき、原告の行為は、最高裁判所が示した上記の2つの要素、つまり、①提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであること、及び、②提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したこと、を満たし、「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」場合、つまり不当訴訟に該当するとしました。

そうすると,本訴請求において原告の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであることはもちろん,原告が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したというべきであるから,本訴の提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められるといわざるを得ない。

損害

判決は、不当訴訟である本訴の応訴に要した費用のうち500万円と、弁護士費用のうち50万円を、因果関係のある損害と認定し、原告に対し、その支払いを命じました。

コメント

本判決が、原告代表者個人が被告の発明を知得し、出願手続をしたことに着目していることからすると、無効理由の中でも、冒認という悪質性のある行為を前提に、「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」との認定をしたものと思われます。その点でやや特殊な事案とはいえますが、不当訴訟の規範を知的財産権訴訟にあてはめた判決として、参考になるものと思われます。

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(文責・飯島)