知的財産高等裁判所(第3部)は、冒認出願を理由とする特許無効審判における無効理由の立証責任について、特許権者がこれを負担するものであることを確認するとともに、具体的に求められる立証の内容や程度は、審判請求人の主張立証活動の内容や程度との相関関係で決まるとの判断を示しました。
判旨は、特許権者に立証責任を転換しつつも、実質的には、審判請求人に相当程度の立証責任を課しているものと考えられます。

ポイント

骨子

  • 冒認出願・・・を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,特許権者が負担するものと解するのが相当である。
  • もっとも,そのような解釈を採ることが,すべての事案において,特許権者が発明の経緯等を個別的,具体的,かつ詳細に主張立証しなければならないことを意味するものではない。むしろ,先に出願したという事実は,出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認させる上でそれなりに意味のある事実であることをも考え合わせると,特許権者の行うべき主張立証の内容,程度は,冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容,程度がどのようなものかによって左右されるものというべきである。
  • すなわち,仮に無効審判請求人が冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく,かつ,その裏付けとなる証拠を提出していないような場合は,特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるのに対し,無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的に指摘し,その裏付けとなる証拠を提出するような場合は,特許権者において,これを凌ぐ主張立証をしない限り,主張立証責任が尽くされたと判断されることはないものと考えられる。
  • (発明者の認定の誤り)の有無を判断するに当たっては,特許権者である被告において,自らが本件各発明の発明者であることの主張立証責任を負うものであることを前提としつつ,まずは,冒認を主張する原告が,どの程度それを疑わせる事情(すなわち,被告ではなく,原告が本件各発明の発明者であることを示す事情)を具体的に主張し,かつ,これを裏付ける証拠を提出しているかを検討し,次いで,被告が原告の主張立証を凌ぎ,被告が発明者であることを認定し得るだけの主張立証をしているか否かを検討することとする。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所(第3部)
判決言渡日 平成29年1月25日
事件番号 平成27年(行ケ)第10230号
原審決 特許庁平成27年9月25日無効2014-800187
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 杉 浦 正 樹

解説

発明者主義と冒認出願

冒認出願とは、特許を受ける権利を有しない者による出願をいいます。平易にいえば、他人の発明を盗んで出願することです。

特許を受ける権利は、原則として、発明者に生じます。このような考え方を「発明者主義」といいます。
特殊な制度として、平成27年の特許法改正後は、企業や大学、公的機関など、発明者の使用者が特許を受ける権利を原始的に取得することも可能になりましたが、前提として、社内規程の整備のほか、発明者との使用関係や職務性など、職務発明に該当することが要求されますので、現行法上、発明者と関係のない全くの第三者が特許を受ける権利を取得することはありません。

冒認出願がなされた場合、真の発明者やその承継人など、特許を受ける権利を有する者は、冒認出願にかかる特許を取戻すため、移転登録を求めることができ、または、特許無効審判によって特許を無効にすることができます。

特許無効審判・審判取消訴訟とは

特許無効審判とは、無効理由のある特許を無効にするための特許庁における行政審判手続をいい、訴訟類似の当事者対立構造で審理されます。

特許法上の審決取消訴訟とは、特許無効審判を含む各特許審判の審決に対する不服申立手続で、東京高等裁判所が専属的な管轄を有し、東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所において審理が行われます。

特許無効審判における立証責任

特許無効審判における立証責任は、新規性や進歩性などの特許要件については審判請求人が、記載要件については特許権者が負担するものと考えられています。

これに対し、冒認や共同出願違反については、通説的な考え方が確立していませんでした。

冒認の立証責任をめぐる過去の裁判例

手続法の一般的な考え方からすると、手続を申し立てる側が立証責任を負担するのが原則です。
しかし、冒認出願について審判請求人が立証責任を負うとすると、特許権者が特許を受ける権利を有して「いなかった」という消極的事実を証明する必要が生じます。

この問題について、知財高判平成18年1月19日平成17年(行ケ)10193号は、特許法が発明者主義を採用していることを理由に、冒認出願に関する立証責任は特許権者にあるとの判断を示しました。この考え方のもとでは、特許権者が、冒認出願でなかったこと、つまり、自ら発明をし、または、発明者から権利を取得したことを証明すべきこととなります。

この事案では、特許権者は、他者が出願した特許を譲り受けており、自分で発明をしたわけではないため、そのような場合にまで立証責任を課すのは不当であると主張しましたが、裁判所は、特許権を譲り受けるに際しては、特許権に冒認出願などの瑕疵がないことを確認するのが当然であり、また、特許公報などから発明者を特定して証明活動を行うことができることを理由に、特許権者の主張を排斥しました。

冒認の立証責任の程度に関する裁判例

立証責任が特許権者にあるとすると、極論すれば、審判請求人は、一言「冒認だ」といえば良いこととなります。特許権者が、このような審判請求に対応しなければならないとなると、過度の負担が生じる可能性があります。

この点について、知財高判平成22年11月30日平成21年(行ケ)10379号は、平成18年判決が示した、立証責任は特許権者にあるとの考えを維持しつつも、要求される立証の程度は、審判請求人の立証の程度に左右されるとの判断を示しました。

この判決は、実質的な立証責任の分配を審判請求人側にシフトしたものといえます。

冒認の主張適格

立証責任の問題を考える上では、請求人適格の問題も意識する必要があります。現状、特許法123条2項が特許無効審判の請求人適格について規定していますが、現在の制度に至るまでに複雑な経緯をたどっているため、ここで整理しておきたいと思います。

現行特許法が制定された当時、特許無効審判の請求人適格について、特許法には規定がありませんでした。
そのため、この問題は解釈に委ねられていましたが、東京高等裁判所は、一貫して利害関係人だけが特許無効審判を請求できるとの見解に立ってきました。

そのような中、平成15年特許法改正において、特許無効審判の請求人適格が初めて立法的に規定され、原則として何人も特許無効審判を請求することができる一方、冒認出願と共同出願違反を理由とする審判請求の請求人適格だけが利害関係人に限定されることとなりました。
原則として請求人適格を無制限とした背景には、平成15年改正に際し、何人も申し立てることができる付与後異議制度が廃止され、その機能を特許無効審判が代替することが期待されていたからです。

その後、平成23年改正特許法74条により、真の発明者(特許を受ける権利を有する者)による特許権の取戻請求権が認められるようになりました。
この改正は、冒認出願を無効理由とするのみの従来の制度のもとでは、特許を受ける権利を有する者は、冒認者の特許を無効にすることはできても、自らが特許を取得することはできなかったため(冒認を理由とする移転登録請求を否定した判決として東京地判平成14年7月17日平成13年(ワ)第13678 号)、保護として不十分であるとの批判に答えたものです。

他方、特許を受ける権利を有する者による特許権の取戻しを認める場合には、第三者によって冒認特許が無効にされるのは不都合となります。そのため、冒認出願を理由とする特許無効審判の請求人適格は、単なる利害関係人から、特許を受ける権利を有する者に限定されました。

なお、平成26年改正により付与後異議が復活したことに伴い、現在では、特許無効審判一般について請求人適格が利害関係人に限定されており、その中でも、冒認出願と共同出願違反の場合については、特許を受ける権利を有する者に限定される、という構造になっています。

主張適格に関する法改正と冒認を巡る立証責任の関係

以上の一連の法改正により、現時点において、冒認を巡る手続は、特許無効審判においても、取戻請求においても、冒認者と真の権利者との間で争われる仕組みになっています。
つまり、平成18年判決当時とは異なり、現在の制度の下では、冒認の争いは、自らが発明をしたと主張する者同士の紛争であることが主張適格の面から定められていることとなります。

これは、特許無効審判において、事実上、立証命題が、「特許権者が特許を受ける権利を有しないこと」という消極的事実から、「審判請求人が特許を受ける権利を有すること」という積極的事実になることを意味します。もちろん、従来も、多くの事案ではこれが実質的争点であったと思われますが、そのことが制度的に固定されたといえます。

また、取戻請求権について、その立証責任は、(特許権者ではなく)取戻しを求める側にあると考えられます。つまり、取戻しを求める側が、自分が発明者又はその承継人であることを証明することとなります。

このような状況は、冒認の立証責任を、手続の一般原則に立ち戻って審判請求人に分配することに馴染むものと考えられます。

特許無効の抗弁における主張適格

なお、冒認の問題は、侵害訴訟における無効の抗弁としても争われることがあり得ますが、特許法は、この場合には主張適格を制限していません(特許法104条の3第3項)。これは、侵害訴訟は民事訴訟であって、訴訟当事者以外に判決の効力が及ばないため、第三者が冒認主張をしても真の発明者が関与しないところで特許が無効になるといった不都合が生じることはないからです。

判旨

本判決は、以下のように述べて、冒認出願を理由とする特許無効審判における立証責任は特許権者にあるとの考え方を示しました。この点は、平成18年判決を踏襲したものといえます。

冒認出願・・・を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,特許権者が負担するものと解するのが相当である。

他方、判決は、特許権者の立証責任の内容や程度は、審判請求人の立証責任の内容や程度に応じて変化するものであると述べています。

もっとも,そのような解釈を採ることが,すべての事案において,特許権者が発明の経緯等を個別的,具体的,かつ詳細に主張立証しなければならないことを意味するものではない。むしろ,先に出願したという事実は,出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認させる上でそれなりに意味のある事実であることをも考え合わせると,特許権者の行うべき主張立証の内容,程度は,冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容,程度がどのようなものかによって左右されるものというべきである

そして、その具体的な意味として、まずは審判請求人の立証を凌駕する立証ができるか否かによって、特許権者が立証責任を果たしたかどうかを判断するという考え方を示しました。

すなわち,仮に無効審判請求人が冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく,かつ,その裏付けとなる証拠を提出していないような場合は,特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるのに対し,無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的に指摘し,その裏付けとなる証拠を提出するような場合は,特許権者において,これを凌ぐ主張立証をしない限り,主張立証責任が尽くされたと判断されることはないものと考えられる。

さらに、判決は、検討の手順として、まず審判請求人の主張立証内容を検討し、その後に、特許権者の主張立証が審判請求人の主張立証をしのいでいるかを検討する、という方法を採用しました。

(発明者の認定の誤り)の有無を判断するに当たっては,特許権者である被告において,自らが本件各発明の発明者であることの主張立証責任を負うものであることを前提としつつ,まずは,冒認を主張する原告が,どの程度それを疑わせる事情(すなわち,被告ではなく,原告が本件各発明の発明者であることを示す事情)を具体的に主張し,かつ,これを裏付ける証拠を提出しているかを検討し,次いで,被告が原告の主張立証を凌ぎ,被告が発明者であることを認定し得るだけの主張立証をしているか否かを検討することとする。

コメント

判決は、発明者主義を基礎とする平成18年判決の基本枠組みのもと、平成22年判決による立証責任の分配を踏襲し、敷衍したものと考えられます。
平成23年改正後の状況は、冒認を主張する側にも実質的な立証責任を負担させる平成22年判決の考え方に一層親和性のあるものとなっているため、妥当な判断と考えられます。

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(文責・飯島)