大阪地方裁判所民事第26部(高松宏之裁判長)は、本年(2017年)11月9日、特許法74条1項に基づく移転登録請求訴訟(いわゆる発明者取戻請求)において原告に求められる主張立証責任の内容を示しました。

判決は、結論において請求を棄却していますが、取戻請求訴訟における立証責任の帰属及びその内容を明らかにしたことで、今後の実務の参考になるものと思われます。

ポイント

骨子

  • 特許法74条1項に基づく移転登録請求をする者は,相手方の特許権に係る特許発明について,自己が真の発明者又は共同発明者であることを主張立証する責任がある。
  • 相手方の特許権に係る特許発明について,自己が真の発明者又は共同発明者であることを主張立証するためには,単に自己が当該特許発明と同一内容の発明をしたことを主張立証するだけでは足りず,当該特許発明は自己が単独又は共同で発明したもので,相手方が発明したものでないことを主張立証する必要があり,これを裏返せば,相手方の当該特許発明に係る特許出願は自己のした発明に基づいてされたものであることを主張立証する必要があると解するのが相当である。

判決概要

裁判所 大阪地方裁判所民事第26部
判決言渡日 平成29年11月9日
事件番号等 平成28年(ワ)第8468号
特許権移転登録手続等請求事件
特許番号 特許第5709177号
発明の名称 臀部拭き取り装置
裁判官 裁判長裁判官 高 松 宏 之
裁判官    野 上 誠 一
裁判官    大 門 宏一郎

解説

発明者の取戻請求権とは

冒認出願または共同出願違反の出願によって特許がされたとき、つまり、自分の発明を他人に盗まれて出願されたり、共同発明者に勝手に出願されたりして特許がされたときは、特許を受ける権利を有する者は、特許権者に対し、特許権の登録名義を自分に移転するよう求めることができます(特許法74条1項)。一般に、このような権利は、取戻請求権と呼ばれ、平成23年改正特許法によって導入されました。

取戻請求権が創設される前は、例外的場合を除き、冒認または共同出願違反の出願による特許は特許無効審判で無効にするしか対抗策がありませんでした。しかし、特許を無効にしたからといって、真の発明者が特許を得られるわけではないため、必ずしも有意義な手段ではありませんでした。このような問題を解決するため、端的に特許の取戻しを認めたのが改正特許法74条1項といえます。

取戻請求権の要件

特許法74条1項は以下のように規定しています。

(特許権の移転の特例)
第七四条 特許が第百二十三条第一項第二号に規定する要件に該当するとき(その特許が第三十八条の規定に違反してされたときに限る。)又は同項第六号に規定する要件に該当するときは、当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者は、経済産業省令で定めるところにより、その特許権者に対し、当該特許権の移転を請求することができる。

ここで、「特許が第百二十三条第一項第二号に規定する要件に該当するとき(その特許が第三十八条の規定に違反してされたときに限る。)」というのは共同出願違反のことで、「同項第六号に規定する要件に該当するとき」とは冒認出願のことです。

したがって、取戻請求権が認められるための要件は、①冒認出願・共同出願違反によって特許がされたことと、②当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有すること、ということになります。

特許無効審判における冒認・共同出願違反の立証責任

冒認や共同出願違反の立証責任を誰が負担するのか、つまり、冒認等を主張する側が冒認等の事実を主張立証しなければならないのか、あるいは、冒認等をしたとされる特許権者側が自らが真正な発明者であることを証明しなければならないのか、という問題は、これまで、無効審判の文脈で議論されてきました。

申立側が立証責任を負う手続法の原則によれば、無効審判の請求人が立証責任を負うことになりますが、知的財産高等裁判所は、同裁判所平成18年1月19日平成17年(行ケ)10193号において、特許法がいわゆる発明者主義を採用していることを理由に、冒認出願に関する立証責任は特許権者にあるとの判断を示しました。

この考え方のもとでは、特許権者が、冒認出願でなかったこと、つまり、自ら発明をし、または、発明者から権利を取得したことを証明すべきこととなります。

しかし、立証責任が特許権者にあるという考え方を貫くと、極論すれば、審判請求人は、一言「冒認だ」といえば良いこととなりかねず、濫訴につながることも危惧されます。特許権者が、このような審判請求に対応しなければならないとなると、過度の負担が生じる可能性があります。

この点について、知財高判平成22年11月30日平成21年(行ケ)10379号は、平成18年判決が示した、立証責任は特許権者にあるとの考えを維持しつつも、要求される立証の程度は、審判請求人の立証の程度に左右されるとの判断を示しました。この判決は、実質的な立証責任の分配を審判請求人側にシフトしたものといえます。

冒認・共同出願違反の主張適格の制限と立証責任

その後、平成23年改正特許法は、特許権の取戻請求権を認めるとともに、冒認・共同出願違反を理由とする特許無効審判の請求人適格を、特許を受ける権利を有する者に限定しました。特許を受ける権利を有する者による特許権の取戻しを認めても、第三者によって冒認・共同出願違反特許が無効にされてしまうのでは意味がなくなるからです。

この法改正により、現時点において、冒認・共同出願違反を巡る手続は、特許無効審判も、取戻請求も、冒認者・共同発明者と真の権利者との間で争われる仕組みになりました。つまり、平成18年判決当時とは異なり、現在の制度の下では、冒認・共同出願違反の争いは、自らが発明をしたと主張する者同士の紛争であることが主張適格の面から定められていることとなります。

これは、特許無効審判においても、事実上、立証命題が、「特許権者が特許を受ける権利を有しないこと」という消極的事実から、「審判請求人が特許を受ける権利を有すること」という積極的事実になることを意味します。正確には、従来も、多くの事案ではこれが実質的争点であったと思われますが、そのことが制度的に固定されたといえます。

このような状況を背景に、知財高判平成29年1月25日平成27年(行ケ)第10230号は、冒認を理由とする特許無効審判における立証責任は特許権者にあるとしつつも、以下のように述べ、特許権者の立証責任の程度は、審判請求人による立証の程度によって変化するとの考えを示しました。これは、上記平成22年判決と同様の考え方といえます。

仮に無効審判請求人が冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく,かつ,その裏付けとなる証拠を提出していないような場合は,特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるのに対し,無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的に指摘し,その裏付けとなる証拠を提出するような場合は,特許権者において,これを凌ぐ主張立証をしない限り,主張立証責任が尽くされたと判断されることはないものと考えられる。

さらに、同判決は、以下のような検討手順も示し、まずは、審判請求人が一次的な立証活動を行うべきことを判示しました。

まずは,冒認を主張する原告が,どの程度それを疑わせる事情(すなわち,被告ではなく,原告が本件各発明の発明者であることを示す事情)を具体的に主張し,かつ,これを裏付ける証拠を提出しているかを検討し,次いで,被告が原告の主張立証を凌ぎ,被告が発明者であることを認定し得るだけの主張立証をしているか否かを検討することとする。

このような判決の考え方によれば、実質的な立証負担は、相当程度審判請求人に課せられたものと解されます。

なお、こちらの記事で、特許無効審判における冒認の立証責任の考え方につき、より詳細に解説していますので、ぜひご参照ください。

取戻請求権の立証責任をめぐる考え方

さて、ここで取戻請求権について見ると、その立証責任は、手続法の原則に則り、請求する側、すなわち取戻しを求める側にあると考えられます。

しかし、この点は特許無効審判でも同様ですが、過去の裁判例は、実質的な立証責任を審判請求人に分配しつつも、立証責任の負担者は請求を受ける側である特許権者であるとの考え方を崩してはいません。その背景にあるのは、特許を受ける権利は発明者に生じるものである、という発明者主義の考え方です。

そうであれば、取戻請求権についても、特許権者が立証責任を負担する、という考え方も成り立ちうるところです。

本判決の考え方

この点について、本判決は、以下のように述べ、取戻請求権における立証責任は、原告、つまり、特許権者ではなく、真の権利者にあるとしました。この点では、特許無効審判とは異なる考え方を採用したものといえます。

特許法74条1項の特許権の移転請求制度は,真の発明者又は共同発明者がした発明について,他人が冒認又は共同出願違反により特許出願して特許権を取得した場合に,当該特許権又はその持分権を真の発明者又は共同発明者に取り戻させる趣旨によるものである。したがって,同項に基づく移転登録請求をする者は,相手方の特許権に係る特許発明について,自己が真の発明者又は共同発明者であることを主張立証する責任がある。

さらに、判決は、原告は、原告が発明をしたことだけでなく、被告の出願が原告の発明に基づいて出願したものであることも立証する必要があることを示しました。

ところで,異なる者が独立に同一内容の発明をした場合には,それぞれの者が,それぞれがした発明について特許を受ける権利を個別に有することになる。このことを考慮すると,相手方の特許権に係る特許発明について,自己が真の発明者又は共同発明者であることを主張立証するためには,単に自己が当該特許発明と同一内容の発明をしたことを主張立証するだけでは足りず,当該特許発明は自己が単独又は共同で発明したもので,相手方が発明したものでないことを主張立証する必要があり,これを裏返せば,相手方の当該特許発明に係る特許出願は自己のした発明に基づいてされたものであることを主張立証する必要があると解するのが相当である。

その上で、判決は、上記のような考え方が、冒認や共同出願違反といった事実が取戻請求権の積極的要件とされていることと整合する旨述べています。これは、請求を基礎づける積極的事実は原告が主張立証すべきという、上述の手続法の原則に照らした考え方です。

このように解することは,特許法74条1項が,当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者であることと並んで,特許が123条1項2号に規定する要件に違反するときのうちその特許が38条の規定に違反してされたこと(すなわち,特許を受ける権利が共有に係るときの共同出願違反)又は同項6号に規定する要件に該当するとき(すなわち,その特許がその発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたこと)を積極的要件として定める法文の体裁にも沿うものである。

コメント

冒認・共同出願違反の立証責任をめぐっては、特許無効審判において議論が重ねられてきましたが、現在は、特許権者に立証責任があるとされつつも、実質的には、審判請求人となる真の権利者に相当程度の立証責任が分配されるようになってきたといえます。

他方、本判決では、取戻請求権については、正面から原告、すなわち、真の権利者が立証責任を全面的に負担していることが明らかにされました。

無効審判における実質的な立証責任の分配についての近年の裁判例の動向とも整合する判断であり、今後の実務において参考になるものと思われます。

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(文責・飯島)