平成29年(2017年)5月26日、「民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)」が成立し、明治29年(1896年)の成立・同31年(1898年)の施行以来実に120年ぶりに、債権に関する規定の大改正が行われました。この改正法は、公布のあった平成29年(2017年)6月2日から3年以内に施行されます。

公法における基本法が憲法であるように、民法は、私法における基本法に位置づけられます。また、改正の対象である債権法分野には、契約法など、日々の事業活動に直結した法律が含まれます。そのため、企業のあらゆる活動が、多かれ少なかれ法改正の影響を受けます。

イノベンティア・リーガル・アップデートでは、対象を知的財産法分野の中でも契約に絞り、数回に分けて民法改正の影響と留意点を紹介していきます。今回は、意思表示の効力発生時期と契約の成立について解説します。

はじめに

民法改正の目的と知的財産実務への影響

上述のとおり、民法は私法の基本法であり、また、債権法は知的財産に関連する契約を包摂する分野であるため、潜在的には、ほとんどの知財契約が改正民法の適用を受けます。

しかし、企業内における日常業務へのインパクトという観点からすると、誤解を恐れずにいうならば、影響はごく小さい、といっても誤りではないと思われます。

現在、改正民法の解説書が数多く発行されていますが、それらを知財担当者の方々が手にとっても、改正内容が日々の業務にどう影響するのか分かりづらいと感じるのではないかと思います。その理由は簡単で、実質的な影響が限定的だからです。比喩的にいうならば、民法改正の知財実務への影響は、「広く薄い」もので、プラクティスの変更が必要となる事項は限られているのです。

影響が小さい理由は、民法改正の目的に由来します。今般の民法改正は、知財分野の改正にしばしば見られる法改正とは異なり、これまでにない制度を取り入れたり、従来の制度を大きく変更したりするものではなく、①民法を国民に理解しやすくすることと(透明化)、②明治時代の法律を現代の経済活動にキャッチアップさせること(現代化)を主な目的として進められました。

具体的な改正内容も、民法制定以来現在までに判例などによって築き上げられた解釈論を条文に反映させ、また、不明確であった事項を明確化することに重点が置かれています。

そのため、改正事項の多くは、これまでの確立した制度を明文化したり、明確化したりするものとなっており、実務に大きな変更をもたらすものとはなっていないのです。

また、改正項目の中には、意思能力や個人保証など、個人を対象にしたものも多いところ、知財実務は、実質的には企業間関係を対象とするため、そもそも適用される局面が少ないものも多いといえます。

知的財産実務の分野と民法改正

知財実務を①権利化、②契約、③権利行使(侵害対応)に分類すると、民法改正が大きく影響するのは、契約(②)です。

権利化(①)についてみると、出願や審判手続における特許庁と出願人との間の行政手続は、公法的法律関係となるため、私法である民法の解釈問題が表面化する局面はあまりありません。権利化に先立って、企業間で共同開発契約や共同出願契約が締結されることもありますが、これらは契約(②)に含まれます。

次に、権利行使(③)についてみると、特許権などの知的財産権の侵害は民法上の不法行為であり、また、不法行為法は債権法の一分野にあたりますので、今回の法改正に関係しそうです。

ところが、今回の法改正では、不法行為法はほとんど改正されていません。不法行為法における数少ない改正項目として、除斥期間を消滅時効化したことと、将来の損害の賠償請求における中間利息控除が定められましたが、企業間の知財紛争で20年の除斥期間が問題となることは少なく、また、知的財産権の行使に際しては、将来の侵害行為に対して差止請求がなされるため、中間利息控除も適用場面がありません。

あえていうならば、不法行為に基づく損害賠償請求権が消滅時効にかかる期間以前の侵害行為に対し、不当利得返還請求を行う場合には、今般改正された民法総則の消滅時効の規定の適用が適用されるため、この限りでは影響が生じるといえます。この改正については、今後契約との関係で取り上げていく予定ですが、権利行使との関係では、企業内実務へのインパクトは限定的といえるでしょう。

以上に対し、契約(②)は、まさに今般の法改正の中核であり、知財実務の中でも、民法改正の影響を確認しておく必要のある分野といえます。

本連載で取り上げる項目

上述のとおり、民法改正の影響は「広く薄い」ため、本連載では、網羅的に改正項目を解説するのではなく、実務に実質的影響があると思われる下記の事項を取り上げていく予定です。

  • 意思表示の効力発生時期
  • 消滅時効
  • 契約不適合責任
  • 危険負担
  • 解除
  • 定型約款

意思表示の効力発生時期と知財関連契約

意思表示とは

意思表示とは、一定の法律効果を発生させる意思を対外的に表示する行為のことをいいます。

例えば、文房具店で鉛筆を購入する場合、レジで「この鉛筆をください。」と申し出るのは、鉛筆の売買契約の成立という法律効果を発生させるための申込の意思表示で、それに対し、文房具店の従業員が代金を求めるなどの行為をすることは、売買契約の成立を承諾する意思表示といえます。

民法における意思表示の位置づけ

意思表示は、民法体系の中で、非常に重要な意味を持っています。

民法は、ある人を取り巻く法律関係は、原則として、その人自身の決定によって形成されるべきだ、という私的自治の考え方に立っています。

この点、意思表示は、法律関係を形成するために自らの決定を対外的に示す行為であるため、民法上の法律関係が生じるための中核的要素に位置づけられています。民法は、意思表示を中心に組み立てられているといっても過言ではないでしょう。

意思表示によらない法律関係

もっとも、民法上のすべての法律関係が意思表示によって生じるわけではありません。民法は、意思表示以外の原因で法律関係が生じる場合を3つ掲げていますが、知財に関連する代表的なものとして不法行為があげられます。

知的財産法の領域では、権利侵害行為は不法行為の典型例といえます。通常、権利者と侵害者との間には契約など、意思表示に基づく関係は存在しませんが(むしろ、ライセンスなどの契約がないからこそ侵害が問題となります。)、侵害行為という事実行為によって、両者間に、差止請求権や損害賠償請求権といった法律効果が生じます。これは、意思表示によらない法律関係といえます。

契約とは

意思表示による法律関係には、2人以上の当事者の意思表示が合致すること、すなわち、合意によって効果を生じるものと、合意によらずに効果を生じるものとがあります。

例えば、ライセンス契約は、ライセンサーとライセンシーの意思表示の合致によって成立しますので、合意によって効果を生じる法律関係といえます。

これに対し、ライセンシーがロイヤルティを支払わないため、ライセンサーがライセンス契約を解除する場合には、ライセンサーが解除の意思表示をすれば、不払いがある以上、ライセンシーが嫌だといっても解除の効果が生じます。つまり、解除は、合意によらずに意思表示の効果が生じる場合といえます。

このように、意思表示は単独でも効果を生じることがありますが、一般に、2人以上の当事者によって申込と承諾の意思表示がなされ、これらが合致することによって生じる法律関係を「契約」と呼びます。

意思表示の効力発生時期の原則

不法行為のような場合を除けば、民法上の法律関係は意思表示によって成立しますが、ここで問題となるのは、意思表示は、いつ効力を発生するのか、ということです。

上述の例のように、店頭で鉛筆を購入する場合には、「この鉛筆をください。」ということで意思表示の効力が生じますが、例えば、葉書で商品を注文する場合、意思表示が効力を発する時点は、注文書を書いた時点なのか、それを発信した時点なのか、相手に到達した時点なのか、といった問題が生じます。

この点、民法の一般原則は、「到達主義」と呼ばれ、意思表示が相手方に到達したときにその効力を生じます(民法97条1項)。上記の例では、商品を注文する葉書が販売店に届いた時点で注文、つまり、申込の意思表示が効力を発生することになります。

契約における従来の例外と法改正

上記の原則に対し、従来の民法では、隔地者間の契約における承諾の意思表示については、意思表示の発信時に効力が生じるとの規定が置かれていました(改正前民法526条1項)。

例えば、ある人が離れたところにいる人に注文書を送信し、それを受領した他方が注文請書を発送して注文(契約)が成立する、という方式の場合、注文書に記載された意思表示が効力を発生するのは、注文書が相手に到達した時点ですが、注文請書に記載された承諾の意思表示は、発送のためにポストに投函された時点で生じる、という仕組みになっていたわけです。

民法が定められた明治時代には、離れた土地にいる者が書面で契約をするには郵便によらざるを得ませんでしたが、今ほど郵便事情は良くなかった時代ですので、承諾の意思表示をした後、すぐに契約の履行(商品の発送など)をしたところ、契約書が届かなかった、ということも生じかねません。この場合、到達まで契約が成立しないとなると、承諾した側は、履行の対価(商品代金など)を得られず、損失を受けるかもしれません。このような承諾者のリスクを軽減することが上記規定の目的でした(ポストに投函したことをどうやって証明するか、という問題は残ります。)。

しかし、現代ではこのような問題はほとんど生じないため、承諾の意思表示においても到達主義の原則を採用することとし、上記の民法526条1項は削除されました。

実務上の留意点と準拠法規定

インターネットが発達した現代社会では、契約もネットやメール経由で行われることが増え、海外との契約でも、ファックスやpdfファイルの受渡しによって締結されることが珍しくありません。

しかし、海外と契約をするときであっても、まだまだ紙の契約書に対する信頼は厚く、郵便でのやり取りが行われることは少なくありません。この場合には郵便事情の問題が生じるのですが、実は、日本は伝統的に郵便先進国であるため、その感覚で契約書をやり取りするとトラブルの原因となります。

例えば、米国のような一級の先進国でも、国営の郵便システムの信頼性は日本に遠く及ばず、重要な文書の送信には、FedExなど民間の事業者が利用されています。要するに、国際契約が増加した現代において、契約相手の国情によっては、改正前の民法が懸念していた事情が必ずしも解消されているとはいえないわけです。

では、契約の成立時期について、外国の制度はどうなっているかというと、英米法圏、要するに旧イギリス領の国々の多くでは、承諾の意思表示について ”mailbox rule”、つまり、郵便ポストに入れたときに効力が生じるという、我が国の改正前民法と同様の発信主義を採用しています。

このように、国際的に異なる制度が混在している状況で、改正民法施行後の日本と発信主義の国との間で契約が締結された場合、その効力発生時期は準拠法によることになります。

この場合、もし、準拠法について契約書に規定を置かず、解釈に委ねると、①準拠法の指定がどうなるか、という点と、②準拠法として指定された法律の解釈がどうなるか、という点の両面において、不確実性を残すこととなります。

そのため、国際契約においては、準拠法の規定を置くとともに、契約の成立時期についても明示的規定を置き、疑義を払拭することが望まれます。特に、準拠法として指定された法律が契約の成立について望まぬルールを採用しているような場合には、契約の成立時期について、明示的な定めを置くことが必須といえます。

今後我が国が、承諾の意思表示についても到達主義で統一することとなると、上記の必要性は従来より大きくなるといえるでしょう。

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(文責・飯島)