放送法に基づく受信契約の合憲性等が争われていた事件につき、本年2017年12月6日、最高裁判所大法廷により判決が言い渡されました。(賛成14、反対1)

本件は、原告(NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者が、原告との間で受信契約しなければならないと定める放送法64条1項の規定の合憲性について最高裁の判断がされるということで注目されていましたが、判決は憲法に違反しないと判断しました。

また、受信契約の成立時期及び受信料債権の発生時期については、受信契約はその申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定時に成立し、受信料債権は、受信設備の設置の月以降に発生するとしました。

さらに、受信料債権の消滅時効は、受信契約の成立時から進行するものと判断しました。

ポイント

骨子

  • 放送法64条1項は、同法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして、立法裁量の範囲内のものであって、憲法に違反しない。
  • 受信契約は申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定時に成立し、受信料債権は受信設備の設置の月から発生する。
  • 受信料債権の消滅時効は受信契約成立時(すなわち、判決確定時)から進行する。

判決概要

裁判所 最高裁判所大法廷
判決言渡日 2017年12月6日
事件番号 平成26年(オ)第1130号・平成26年(受)第1440号、第1441号 受信契約締結承諾等請求事件
裁判官 裁判長裁判官  寺 田 逸 郎
裁判官     岡 部 喜代子
裁判官     小 貫 芳 信
裁判官     鬼 丸 かおる
裁判官     木 内 道 祥
裁判官     山 本 庸 幸
裁判官     山 崎 敏 充
裁判官     池 上 政 幸
裁判官     大 谷 直 人
裁判官     小 池    裕
裁判官     木 澤 克 之
裁判官     菅 野 博 之
裁判官     山 口    厚
裁判官     戸 倉 三 郎
裁判官     林    景 一

解説

事案の概要

本件は、日本放送協会(NHK)が原告となり、被告に対して、受信契約の申込みの承諾と受信設備設置日からの受信料の支払を求めた事件の最高裁判決です。最高裁判所の審理及び裁判のうち、憲法判断を行うものは必ず大法廷で裁判がされなければならないところ(裁判所法第10条第1号)、本件は大法廷での審理が行われました。

被告はその住居に原告の受信設備(衛星系によるテレビ放送を受信することのできるカラーテレビ)を設置していたところ、原告は被告に対して、受信契約の申込みをしましたが、被告はこれに対して承諾をしていませんでした。

そのため、原告は、被告に対し、受信契約の申込みが被告に到達した時点で受信契約が成立したと主張して、受信契約の申込みの承諾と受信設備設置日からの受信料の支払いを求めて提訴していました。

本件の争点

本件の争点は、①放送法64条1項の合憲性、②同条項に基づく受信契約の成立時期及びそれに基づく受信料債権の発生時期、③同受信料債権の消滅時効の起算点です。

放送法64条1項は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と定めているところ、争点①は、当該規定が、憲法13条から導かれる受信設備設置者の契約の自由、知る権利(同21条)、財産権(同29条)の侵害となるのではないかが争われました。

被告は、この規定は訓示規定であり、契約の締結を強制するものではないことを主張しつつ、仮に受信設備設置者に原告との受信契約の締結を強制する規定であるとした場合は、被告において憲法上保障されたこれらの権利が侵害されることになるから、放送法64条1項は憲法に違反し、無効であると主張していました。

争点②は、上記規定が有効であると解した場合に、どのタイミングで受信契約が成立し、いつから支払義務が発生するかに関するものです。原告は、受信契約は原告の契約申込書が被告に届いたときに成立し、受信料の支払義務は受信機の設置時に発生すると主張していたのに対し、被告は、受信契約が成立するのは原告の勝訴判決の確定時であり、支払義務もそこからしか発生しないと主張していました。

争点③は、受信料の支払義務が受信設備の設置時から発生する場合において、受信料債権の消滅時効はいつから進行するかという問題です。被告は、消滅時効は受信契約上の本来の履行期から進行する結果、受信料債権の一部は時効により消滅していると主張していました。

本件で問題となった憲法上の権利

本件で被告が侵害されたと主張していた憲法上の権利は、受信設備設置者の契約の自由(13条)、知る権利(同21条)、財産権(同29条)です。

このうち、まず、憲法13条は、「幸福追求権」を定めた規定であり、憲法に列挙されていない新しい人権を根拠付ける規定と解されています。被告の主張は、受信料の支払義務を生じさせる受信契約の締結が強制され、かつ、その内容が法定されていない点が、この憲法13条や個人の財産の不可侵を定めた同29条に違反するというものです。

また、憲法21条で保障される表現の自由には、情報の受け手側の自由である知る権利も含まれると解されています。この点についての被告の主張は、受信契約の締結を強制することは、金銭的な負担なく受信するこのできる民間放送を視聴する自由に対する制約になっており、被告の知る権利を侵害するというものと解されます。

意思表示を命ずる判決

ある契約の締結義務があるのに、義務者がそれを履行しない場合、どのような方法により履行の強制をするかについては法律上規定があります。

債務者が債務の履行をしない場合の強制履行の方法につき、民法414条2項は「債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。」と定めています。

また、民事執行法147条1項は「意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定したときは、債務者は、その確定の時に意思表示をしたものとみなす。」と規定しています。

本件で受信契約を締結する義務が法的義務であると解した場合、受信機を設置した者の義務は契約締結という「法律行為を目的とする債務」として、上記民法414条2項の債務となり、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができることになります。

また、その承諾の意思表示は、上記民事執行法の規定により、判決確定時にこれを行ったものとみなされます。

判示事項

憲法違反の主張に対する判断

最高裁は、放送法64条1項は、同法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして、立法裁量の範囲内のものであって、憲法13条、21条、29条に違反するものではないと判断しました。

上記にいう、「原告の目的」は、放送法15条において、「協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送を行うとともに、放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い、あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うことを目的とする。」と定められています。

最高裁は、公共放送制度の歴史的背景も踏まえた上で、原告の存立の意義及び原告の事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨は、「国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的とし、そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろうとするもの」であると述べました。

こうした点に加え、放送法の制定・施行に際しては、旧法下において実質的に視聴契約の締結を強制するものであった受信設備の許可制度が廃止されるものとされていたことも踏まえると、放送法64条1項は、原告の財政的基盤を確保するための法的な実効性のある手段として設けられたものであるとしました。

また、放送法64条1項において「受信についての契約を締結しなければならない」と規定されていることから、受信契約は、原告と受信設備設置者との間の合意により成立する(すなわち、NHKが受信契約の申込みをすると自動的に成立するものではない)と解しています。

このように、最高裁の判断は、①受信契約の締結義務は(被告の主張するような訓示規定ではなく)法的な義務であること、及び、②受信契約は、(原告の主張するように原告が申込みを通知したときに成立するのではなく)原告と受信設備設置者との間の合意により成立することを前提としています。

次に、受信契約の内容が「原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な」ものであるという点については、受信契約の内容の合理性が法的に担保されていることが根拠とされています。すなわち、受信契約の具体的な条項は、「日本放送協会放送受信規約」によって定められますが、放送法上、その契約の内容は、受信料の額が国会により承認され、また、条項は総務大臣の認可を受け、更にその認可について電波管理審議会に諮問しなければならないとされています。

最高裁は、こうした点を根拠に、受信契約の内容は、同法に定められた原告の目的にかなうものであることを予定していることから、放送法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な範囲内のものである解しています。

以上のような点を考慮し、最高裁は、放送法64条1項が憲法に違反するものではないと結論付けています。

受信契約の成立時期及びそれに基づく受信料の支払義務の発生時期

受信契約の成立時期について、最高裁は、受信契約の成立には合意が必要であることを前提に、以下のように述べて、受信契約は申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定時に成立すると判断しました。

・・・放送法64条1項が,受信設備設置者は原告と「その放送の受信についての契約をしなければならない」と規定していることからすると,放送法は,受信料の支払義務を,受信設備を設置することのみによって発生させたり,原告から受信設備設置者への一方的な申込みによって発生させたりするのではなく,受信契約の締結,すなわち原告と受信設備設置者との間の合意によって発生させることとしたものであることは明らかといえる。これは,旧法下において放送の受信設備を設置した者が社団法人日本放送協会との間で聴取契約を締結して聴取料を支払っていたこととの連続性を企図したものとうかがわれるところ,前記のとおり,旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制度が廃止されることから,受信設備設置者に対し,原告との受信契約の締結を強制するための規定として放送法64条1項が設けられたものと解される。同法自体に受信契約の締結の強制を実現する具体的な手続は規定されていないが,民法上,法律行為を目的とする債務については裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる旨が規定されており(同法414条2項ただし書),放送法制定当時の民事訴訟法上,債務者に意思表示をすべきことを命ずる判決の確定をもって当該意思表示をしたものとみなす旨が規定されていたのであるから(同法736条。民事執行法174条1項本文と同旨),放送法64条1項の受信契約の締結の強制は,上記の民法及び民事訴訟法の各規定により実現されるものとして規定されたと解するのが相当である。

また、放送法には、受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項があることや、受信設備の設置後すみやかに受信契約を締結した者とこれを遅滞した者との間で受信料の範囲に差が生じることは公平ではないことから、受信料の支払義務は、受信設備設置の月から発生すると判断しました。

受信料債権の消滅時効の起算点

最後に、受信料債権の消滅時効の起算点について、最高裁は、受信契約成立時(すなわち、受信契約の申込みに対する承諾を命ずる判決確定時)から進行すると判断しました。消滅時効は、権利を行使することができるときから進行する(民法166条1項)ところ、受信契約成立前には、原告は受信料債権を行使することができないことから、同契約成立時を消滅時効の起算点としたものです。

補足意見及び反対意見

本判決には、岡部喜代子裁判官、鬼丸かおる裁判官の各補足意見、小池裕裁判官、菅野博之裁判官の補足意見、木内道祥裁判官の反対意見が付されていますので、以下ではその概要を記載します(詳細は判決本文をご参照下さい。)

岡部喜代子裁判官は、憲法で保証されている表現の自由の派生原理として情報摂取の自由が認められていることとの関係での意見を述べています。「情報摂取の自由」には「情報を摂取しない自由」も含むと解されています。原告の放送を受信することができる地位にあることをもって経済的負担を及ぼすことになる点で、この自由に対する制約と見る余地もあるという問題意識に基づくものですが、結論としては、受信料制度の重要性や公共性から、こうした経済的負担は合理的なものであり、憲法に違反するものではないと述べています。

鬼丸かおる裁判官の補足意見は、多数意見に賛成しつつも、受信契約の具体的な内容が法律ではなく、原告の策定する放送受信規約により定められている点については、本来は法律で定めることが望ましいと指摘しています。

小池裕裁判官及び菅野博之裁判官の補足意見では、判決確定時に契約が成立するとしつつ、受信設備設置の月から受信料の支払義務が発生すると解することについての理論面からの補足説明がなされています。

最後に、木内道祥裁判官の反対意見では、放送法64条1項が定める契約締結義務については、意思表示を命ずる判決を求めることのできる性質のものではないとの見解が示されています。木内裁判官は、受信契約の締結義務を判決により強制できないものの、受信契約の締結義務がある者が契約締結をしないことは不法行為(民法709条)となり、また、このような者は法律上の原因なく「受信設備を設置し原告の放送を受信し得る状態」という利益を得ていることから、それによって原告に及ぼされる損失については、受信設備設置者の不当利得返還義務が認められると解しています。

コメント

本判決は、放送法64条1項の規定につき、最高裁が合憲であることを正面から認めた判例として、大きな意義があります。同時に、受信契約の成立時期、受信料債権の発生時期及び消滅時効の起算点(なお、本判決によれば、受信契約の締結をしない限り、受信料債権は時効消滅により消滅する余地はありません)が明確になったことにより、今後の受信料の徴収やそれを巡る紛争等の実務面においても解決が円滑に進むことが期待できます。

他方、本判決では違憲審査基準について明確に述べてはいないものの、「立法裁量」との文言を用いていることから、緩やかな基準により違憲性の判断がなされているように読めます。放送メディアが多様化し、公共放送制度の意義も変化している今日においてもなお、放送法に定められた原告の存在意義に重きを置いて緩やかな違憲審査を行うことの当否については、意見が分かれるところと思われます。

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(文責・町野)