知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、本年(2017年)11月30日、基礎出願において新規性喪失の例外の適用を求めつつ、国内優先権主張出願において書類の提出を怠った場合について、その後の分割出願においても新規性喪失の例外の適用を受けられないとの判決をしました。
ポイント
骨子
- 基礎出願において特許法30条3項(平成23年改正前特許法30条4項)所定の手続が履践されていたとしても、これを基礎出願とする国内優先権主張出願である出願において同項所定の手続が履践されていないときは、当該出願の分割出願をさらに分割出願した本願が同条1項の適用を受けることはできない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
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判決言渡日 | 平成29年11月30日 |
事件番号等 | 平成28年(行ケ)第10279号 審決取消請求事件 |
原審決 | 特許庁平成28年11月22日不服2015-10465号 |
出願番号 | 特願2013-55183号 |
発明の名称 | NK細胞活性化剤 |
裁判官 | 裁判長裁判官 森 義 之 裁判官 森 岡 礼 子 裁判官 古 庄 研 |
解説
特許要件と新規性
ある発明が特許を受けられるためには、その発明が特許要件と呼ばれる要件を充足していることが必要で、以下の5つがその内容とされています。
- 産業上の利用可能性があること(特許法29条1項柱書)
- 新規性があること(特許法29条1項各号)
- 進歩性があること(特許法29条2項)
- 先願であること(特許法39条)
- 公序良俗に反しないこと(特許法32条)
新規性とは
新規性とは、上記の特許要件のひとつで、特許出願にかかる発明と同一の発明が過去に公になっていなかったことをいいます。逆にいえば、出願前に同じ発明が公になっていれば、その発明は特許を受けられなくなります。
具体的には、特許法29条1項が、新規性が失われる場合として、以下の3つの場合(公知、公用、刊行物公知)を定めています。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明
又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
新規性喪失の例外とは
新規性が失われる上記の3つの場合に当てはまるときであっても、そのような事態が、特許を受ける権利を有する者の意に反して生じたとき(意に反する公知)や、特許を受ける権利を有する者の行為に起因して生じ、かつ、6月以内に出願をしたとき(自己行為起因公知)は、新規性は失われなかったものとみなされます(特許法30条)。
(発明の新規性の喪失の例外)
第三〇条 特許を受ける権利を有する者の意に反して第二十九条第一項各号のいずれかに該当するに至つた発明は、その該当するに至つた日から六月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第一項及び第二項の規定の適用については、同条第一項各号のいずれかに該当するに至らなかつたものとみなす。2 特許を受ける権利を有する者の行為に起因して第二十九条第一項各号のいずれかに該当するに至つた発明(発明、実用新案、意匠又は商標に関する公報に掲載されたことにより同項各号のいずれかに該当するに至つたものを除く。)も、その該当するに至つた日から六月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第一項及び第二項の規定の適用については、前項と同様とする。
意に反する公知の具体的事例としては、漏えいした技術情報が公開されたような場合が想定され、また、自己行為起因公知の具体的事例としては、学会発表や博覧会展示のほか、研究開発資金調達のための投資家への説明や、研究開発コンソーシアムにおける勉強会での口頭発表などが想定されています。
なお、特許法30条は平成23年の特許法改正により改正されており、現在の同条1項は旧30条2項に規定され、同1項及び2項には、より限定的な形で自己の行為に起因して公知となる場合に関する規定が置かれていました。その意味では、現在の30条1項は、従来の1項と3項を含め、より包括的な形で規定したものといえます。今回の事案で適用が問題となったのは、平成23年改正以前の特許法30条ですので、以下に当時の条文を引用します。
(発明の新規性の喪失の例外)
第三十条 特許を受ける権利を有する者が試験を行い、刊行物に発表し、電気通信回線を通じて発表し、又は特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもつて発表することにより、第二十九条第一項各号の一に該当するに至つた発明は、その該当するに至つた日から六月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第一項及び第二項の規定の適用については、同条第一項各号の一に該当するに至らなかつたものとみなす。2 特許を受ける権利を有する者の意に反して第二十九条第一項各号の一に該当するに至つた発明も、その該当するに至つた日から六月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第一項及び第二項の規定の適用については、前項と同様とする。
3 特許を受ける権利を有する者が政府若しくは地方公共団体(以下「政府等」という。)が開設する博覧会若しくは政府等以外の者が開設する博覧会であつて特許庁長官が指定するものに、パリ条約の同盟国若しくは世界貿易機関の加盟国の領域内でその政府等若しくはその許可を受けた者が開設する国際的な博覧会に、又はパリ条約の同盟国若しくは世界貿易機関の加盟国のいずれにも該当しない国の領域内でその政府等若しくはその許可を受けた者が開設する国際的な博覧会であつて特許庁長官が指定するものに出品することにより、第二十九条第一項各号の一に該当するに至つた発明も、その該当するに至つた日から六月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第一項及び第二項の規定の適用については、第一項と同様とする。
新規性喪失の例外を主張するための手続
現行法に基づく上記の2つの新規性喪失の例外のうち、自己行為起因公知を主張する場合には、手続要件として、出願時に例外規定の適用を受けようとすることを記載した書面を提出するとともに、出願後30日以内に、出願した発明が上記の30条2項に該当することを証明する書面を提出することが必要になります。
3 前項の規定の適用を受けようとする者は、その旨を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出し、かつ、第二十九条第一項各号のいずれかに該当するに至つた発明が前項に規定する発明であることを証明する書面(次項において「証明書」という。)を特許出願の日から三十日以内に特許庁長官に提出しなければならない。
4 (略)
なお、平成23年改正前の30条にも、同様の規定があり、意に反する公知以外の2つの場合には、これらの書面の提出が要求されていました。
分割出願とは
分割出願とは、2つ以上の発明を包含する特許出願を複数の出願に分割することをいいます。この場合において、進歩性や新規性の判断基準時は、原出願の時となります。
本来は、特許出願に含まれていながら発明の単一性の要件を満たさないために一つの出願で特許を付与できない発明に保護の道を開くことを目的としていますが、実務的には、様々な出願戦略に用いられる重要な制度となっています。
国内優先権とは
いったん特許出願した発明をより包括的な内容にして出願する場合においても、一定の条件を満たすときは、先の出願の明細書等に記載されている範囲で、新規性や進歩性の判断基準時を先の出願の時点とすることが認められています(特許法41条)。このような優先的取り扱いを求める権利を国内優先権といいます。
この制度により、基本的な発明の出願の後に、その発明と後の改良発明とを包括的な発明としてまとめた内容で特許出願をすることができ、技術開発の成果が漏れのない形で保護されるようになり、また、先の出願を優先権の主張の基礎としたPCT出願において日本を指定国に含む場合にも、優先権の主張の効果が我が国において認められることになります。
新規性喪失の例外と分割出願・国内優先権主張出願
分割出願や国内優先権主張出願があった場合の新規性の例外の規定の適用について、いずれの場合にも、30条1項及び2項の規定は、原出願ないし基礎出願の時を基準として適用されます(特許法41条2項、44条2項本文)。
他方、新規性の例外を主張するための手続要件について見ると、分割出願に関しては、下記のとおり、原出願時に必要書類が提出されていれば、分割出願時にも提出されたものとみなす、との規定があるのですが、国内優先権主張出願については、このような規定がありません。
(特許出願の分割)
第四四条 (略)
4 第一項に規定する新たな特許出願をする場合には、もとの特許出願について提出された書面又は書類であつて、新たな特許出願について第三十条第三項・・・の規定により提出しなければならないものは、当該新たな特許出願と同時に特許庁長官に提出されたものとみなす。
本件の経緯
原告は、特願2003-414258号を基礎出願として、名称を「NK細胞活性化剤」とする発明について、平成16年7月9日に国内優先権主張出願をし(特願2004-203601号)、平成22年10月13日、その分割出願をし(特願2010-230889号)、平成25年3月18日、さらにその分割出願として本願出願をしました(特願2013-55183号)。
その過程で、原告は、基礎出願の際には平成23年改正前特許法30条4項(現在の30条3項)所定の書類を提出しましたが、それに続く国内優先権主張出願の際には、同規定に基づく書類を提出する手続をしませんでした。
この流れを表で示すと、以下のとおりです。
日付 | 出願 | 書類提出 |
---|---|---|
平成15年12月12日 | 基礎出願(特願2003-414258号) | あり |
平成16年7月9日 | 国内優先権主張出願(特願2004-203601号) | なし |
平成22年10月13日 | 分割出願(特願2010-230889号) | – |
平成25年3月18日 | 分割出願(特願2013-55183号)・本願 | – |
特許庁は、この手続の欠缺を理由として、本願について拒絶査定をし、さらに、拒絶査定不服審判においても不成立審決をしたことから、原告は、その取消しを求めて、本訴訟を提起しました。
本判決
判決は、まず、基礎出願において特許法30条3項(本訴訟では平成23年改正前特許法30条4項)所定の手続が履践されていたとしても、これを基礎出願とする国内優先権主張出願である出願において同項所定の手続が履践されていなければ、当該出願の分割出願をさらに分割出願した本願が同条1項の適用を受けることはできない旨明示しました。
その理由として、判決は、まず、以下のとおり、新規性の例外を主張するために書類提出の手続が必要となる特許出願について、国内優先権主張出願など特定の出願を除外する定めはなく、原則として、すべての特許出願が対象とされていることをあげます。
平成23年改正前特許法30条4項は,同条1項の適用を受けるための手続的要件・・・を定めているが,同条4項には,その適用対象となる「特許出願」について,特定の種類の特許出願をその適用対象から除外するなどの格別の定めはない。
また、判決は、国内優先権主張出願が基礎出願とは「別個独立の特許出願」であることも示します。
平成16年改正前特許法41条に基づく優先権主張を伴う特許出願・・・は,同条2項に「前項の規定による優先権の主張を伴う特許出願」と規定されるとおり,基礎出願とは別個独立の特許出願であることが明らかである。
その上で、判決は、分割出願にみられるような、手続を免除する規定(分割出願の場合は、提出されたものとみなす規定)がない限り、国内優先権主張出願において新規性の例外の適用を受けるためには、所定の手続を踏む必要があるとしました。
そうすると,国内優先権主張出願について,平成23年改正前特許法30条4項の適用を除外するか,同項所定の手続的要件を履践することを免除する格別の規定がない限り,国内優先権主張出願に係る発明について同条1項の適用を受けるためには,同条4項所定の手続的要件として,所定期間内に4項書面及び4項証明書を提出することが必要である。
その後、判決は、手続免除の規定がないことを詳細に説明していますが、その中で、国内優先権主張出願の効果に関する特許法41条2項は、新規性喪失の例外の適用基準時は基礎出願の日としたものの、それ以上のことを定めたものではなく、手続は必要であることを、国内優先権制度の趣旨に立ち返って説明しています。
平成16年改正前特許法41条2項は,基本的にパリ条約による優先権の主張の効果(パリ条約4条B)と同等の効果を生じさせる趣旨で定められたものであり,国内優先権主張出願に係る発明のうち基礎出願の当初明細書等に記載された発明について,その発明に関する特許要件(先後願,新規性,進歩性等)の判断の時点については国内優先権主張出願の時ではなく基礎出願の時にされたものとして扱うことにより,基礎出願の日と国内優先権主張出願の日の間にされた他人の出願等を排除し,あるいはその間に公知となった情報によっては特許性を失わないという優先的な取扱いを出願人に認めたものである。
そして,平成16年改正前特許法41条2項が,国内優先権主張出願に係る発明のうち,基礎出願の当初明細書等に記載された発明の平成23年改正前特許法30条1項の規定の適用については,上記国内優先権主張出願は,上記基礎出願の時にされたものとみなす旨を規定していることは,上記趣旨(国内優先権主張出願が,基礎出願の日から国内優先権主張出願の日までにされた他人の出願等やその間に公知となった情報によって不利な取扱いを受けないものとすること)を超えるものといえるが,その趣旨は,同条1項が「第29条第1項各号の一に該当するに至った発明は,その該当するに至った日から6月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第1項及び第2項の規定の適用については,」と規定して,特許出願の日を基準として新規性喪失の例外の範囲を定めていることから,国内優先権主張出願の日を基準としたのでは,上記趣旨により基礎出願の日を基準とすることになる新規性の判断に対する例外として認められる範囲が通常の出願に比べて極めて限定されるという不都合が生じることに鑑み,国内優先権主張出願の日ではなく基礎出願の日を基準とすることを定めたものと解するのが相当である。
そうすると,平成16年改正前特許法41条2項が平成23年改正前特許法30条1項の適用について規定していることは,その趣旨に照らしても,上記規定が適用された場合には,国内優先権主張出願の日ではなく基礎出願の日を基準とする旨を規定するに止まり,これをもって,同条1項の適用について,基礎出願の当初明細書等に記載された発明については,基礎出願において手続的要件を具備していれば,国内優先権主張出願において改めて手続的要件を具備しなくても,上記規定の適用が受けられるとすることはできない。
最後に、本願は、国内優先権主張出願の後、2度の分割出願を経ているものであるところ、分割出願については、新規性の例外を主張するための手続が免除されている点について触れましたが、結論的には、分割出願の原出願となる国内優先権主張出願において手続が踏まれていない以上、新規性の例外の適用は受けられないと結論づけました。
分割出願については,原出願について提出された4項書面及び4項証明書は分割出願と同時に特許庁長官に提出されたものとみなす旨の定めがあるが,原告は,(原)出願において,その出願と同時に,4項書面を特許庁長官に提出しなかったのであるから,本願は,平成23年改正前特許法30条1項の適用を受けることはできない。
コメント
本判決において、原告は、様々な解釈論を展開して、審決に対する反論を試みていますが、判決は、いずれも法令上の根拠がないことを理由に退けています。
複雑化している特許出願手続の陥穽について留意を促すとともに、手続的な問題の厳しさを感じさせる判決です。
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(文責・飯島)