日産自動車の元従業員がいすゞ自動車に転職するに際し営業秘密を持ち出した営業秘密侵害罪被告事件において、最高裁判所第二小法廷(山本庸幸裁判長)は、本年(平成30年)12月3日、営業秘密の領得を認定した原判決を維持し、被告人の上告を決定で棄却しました。この決定により、日産自動車の営業秘密漏洩事件の有罪判決が確定します。

同決定に際し、最高裁判所は、職権で、営業秘密領得罪(不正競争防止法21条1項3号)における「不正の利益を得る目的」についての事実認定を示しました。具体的には、営業秘密に該当する情報の複製が、勤務先の業務遂行の目的によるものでなく、かつ、他に正当な目的の存在をうかがわせる事情がないという事実に基づき、営業秘密を被告人自身または第三者のために利用する目的を合理的に推認できるとし、「不正の利益を得る目的」の存在を肯定しています。

なお、適用法令は、平成27年法律第54号による改正前の不正競争防止法21条1項3号ですが、同改正は、法定刑の引き上げを目的とするもので、同規定の構成要件に変更は加えられていないため、本決定が示した解釈は、将来の同種事件における指針となると考えられます。

ポイント

骨子

  • 被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記・・・の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。

判決概要(審決概要など)

裁 判 所 最高裁判所第二小法廷
決 定 日 平成30年12月3日
事件番号 平成30年(あ)第582号
事 件 名 不正競争防止法違反被告事件
裁 判 官 裁判長裁判官 山 本 庸 幸
   裁判官 鬼 丸 かおる
   裁判官 菅 野 博 之
   裁判官 三 浦   守

解説

営業秘密とは

不正競争防止法は、「営業秘密」の意味を以下のように定義しており、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)、③公然と知られていないこと(非公知性)が要件とされています。

第二条 (略)

6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

営業秘密の保護の概要

不正競争防止法は、営業秘密について、取得、使用、開示の3つの行為を規制対象にしており、これらの行為が不正になされたときは、民事上、刑事上の責任追及の対象となります。

もっとも、これらの行為は、さらに具体的な状況によって細かく類型化されており、民事的救済の対象行為については3種7類型、刑事罰の対象行為については4種9類型が規定されています。

民事的救済としては、差止請求、損害賠償請求、信用回復措置請求が認められており、刑事罰としては、個人に対しては10年以下の懲役もしくは2000万円以下の罰金またはこれらの併科(外国への流出を伴う場合には10年以下の懲役もしくは3000万円以下の罰金またはこれらの併科)が、法人に対しては5億円以下の罰金(外国への流出を伴う場合には10億万円以下の罰金)が、それぞれ規定されています。

不正競争防止法改正と営業秘密侵害罪の厳罰化

不正競争防止法による営業秘密の保護は、GATT・ウルグアイラウンド交渉を先取りする形で平成2年の法改正によって導入され、その後、平成15年の改正で刑事罰が導入されました。さらに、平成16年改正、平成17年改正、平成18年改正、平成21年改正、平成23年改正で侵害立証の容易化、刑事罰や刑事手続の強化などが行われてきましたが、平成27年改正では刑事的保護がさらに大幅に強化され、平成28年には、関税法の改正により、営業秘密侵害品の輸出入差止制度が導入されました。

このように、近年の不正競争防止法関連の法改正は、営業秘密の保護強化や、違反行為に対する厳罰化を進めるものとなっています。

営業秘密にかかる不正競争行為の類型

営業秘密の侵害に関し、民事上不正競争行為とされるのは、①不正取得及び不正取得介在行為(3類型)、②正当に取得した営業秘密の不正使用・開示行為(3類型)、③営業秘密侵害品の譲渡等(1類型)の3種7類型に分類できます。

各類型の具体的内容は、以下の通りです(カッコ内は不正競争防止法の条文)。

不正取得行為及び不正取得介在行為
  • 不正な手段により、他人の営業秘密を取得し、または不正取得した営業秘密を使用・開示する行為(2条1項4号)
  • 不正取得行為が介在したことについて悪意重過失で営業秘密を取得し、または悪意重過失で取得した営業秘密を使用・開示する行為(2条1項5号)
  • 善意無重過失で取得後に不正取得行為が介在したことについて悪意重過失になり、その後使用・開示する行為(2条1項6号)
正当に取得した営業秘密の不正使用・開示行為
  • 正当に営業秘密を取得した者が図利加害目的で営業秘密を使用・開示する行為(2条1項7号)
  • 正当に営業秘密を取得した者からの営業秘密を不正に取得し、または不正取得した営業秘密を使用・開示する行為(2条1項8号)
  • 正当に営業秘密を取得した者が不正開示をした営業秘密を善意無過失で取得した後に悪意重過失となり、その後使用・開示する行為(2条1項9号)
営業秘密侵害品の譲渡等
  • 営業秘密の不正使用行為によって生産された物を譲渡等する行為(2条1項10号)

営業秘密侵害罪の類型

営業秘密侵害罪には下記9類型があり、法人に対する処罰が定められているほか(22条)、国外での営業秘密の使用を目的とした行為や現に国外で使用する行為について、国内犯より重い処罰をする海外重課が規定されています(21条3項)。

  • 図利加害目的で、詐欺等行為又は管理侵害行為によって、営業秘密を不正に取得する行為(21条1項1号)
  • 不正に取得した営業秘密を、図利加害目的で、使用又は開示する行為(21条1項2号)
  • 営業秘密を保有者から示された者が、図利加害目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、(イ)媒体等の横領、(ロ)複製の作成、(ハ)消去義務違反+仮装のいずれかの方法により営業秘密を領得する行為(21条1項3号)
  • 営業秘密を保有者から示された者が、第3号の方法によって領得した営業秘密を、図利加害目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用又は開示する行為(21条1項4号)
  • 営業秘密を保有者から示された現職の役員又は従業者が、図利加害目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、 営業秘密を使用又は開示する行為(21条1項5号)
  • 営業秘密を保有者から示された退職者が、図利加害目的で、在職中に、その営業秘密の管理に係る任務に背いて営業秘密の開示の申込みをし、又はその営業秘密の使用若しくは開示について請託を受け、退職後に使用又は開示する行為(21条1項6号)
  • 図利加害目的で、不正開示によって取得した営業秘密を、使用又は開示する行為(21条1項7号)
  • 図利加害目的で、不正開示が介在したことを知って営業秘密を取得し、それを使用又は開示する行為(21条1項8号)
  • 図利加害目的で、不正使用によって生産された物を、譲渡・輸出入する行為(21条1項9号)

なお、民事上の不正競争行為と刑事上の営業秘密侵害罪とでは構成要件を異にしており、民事的に不正競争に該当する行為が、直ちに刑事的処罰の対象となるわけではないことには留意が必要です。

営業秘密領得罪と図利加害目的

故意以外に一定の目的が存在することを成立要件とする犯罪を、目的犯といいます。本件で問題となった営業秘密領得罪(21条1項3号)は目的犯のひとつで、犯罪が成立するためには、「不正の利益を得る目的」または「営業秘密の保有者に損害を加える目的」が必要です。

具体的には、犯人の主観態様として、営業秘密の含まれた媒体を横領したり、複製を作成したりすることの認識・認容のほか、そうして入手した営業秘密を用いて不正の利益を得たり、営業秘密の保有者に損害を加える目的があった場合に、はじめて営業秘密領得罪が成立することとなります。

「不正の利益を得る目的」と「営業秘密の保有者に損害を加える目的」とは、併せて「図利加害目的」と呼ばれます。

「不正の利益を得る目的」とは

図利加害目的のうち、「不正の利益を得る目的」とは、公序良俗または信義則に反する形で不当な利益を図る目的のことをいい、自ら不正の利益を得る場合と、第三者に不正の利益を得させる場合とが含まれます。

退職者が情報を持ち出す場合、退職の記念や思い出のために持ち出した場合であっても、具体的な事情によっては「不正の利益を得る目的」が認められる場合があると考えられています。

事案の概要

本件の被告人は、日産自動車の従業員として、日産自動車のサーバに保管された営業秘密にアクセスすることのできるIDとパスワードを与えられていましたが、日産自動車から貸与されていたパソコンを用い、同社のサーバにアクセスして、自動車の商品企画等の秘密情報を含むファイルを複製しました。

被告人は、上記行為について、①業務関係データの整理や、退職に際して記念写真を回収することを目的としたものであって、転職先で直接または間接に参考にする目的ではなかった、②不正競争防止法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があるというためには、正当な目的・事情がないことに加え,当罰性の高い目的が認定されなければならず、情報を転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどという曖昧な目的はこれに当たらない、といった主張をしました。

判旨

本決定は、まず、弁護人の主張が上告理由にあたらないことを明らかにし、職権で「不正に利益を得る目的」にかかる事実認定を行うものであることを明らかにした上で、本件において考慮の対象となる具体的事実として、以下の各点の認定を行いました。

  • 被告人は日産自動車を退職し、競合であるいすゞ自動車において車両の開発や企画に従事することが決まっていたこと
  • 被告人が持ち出したデータファイルは、日産自動車独自の資料でアクセスが制限されたサーバに営業秘密として管理されていたこと
  • 被告人は社外からサーバにアクセスするためのPCを貸与されていたが、私物の外部記録媒体を業務上使用したり、社内ネットワークに接続したり、会社の情報を複製することは禁止されていたこと
  • 被告人は会社のパソコンから、データファイルを、私物のハードディスクを介して、私物のパソコンに複製したが、それを残務処理等で利用したことはないこと
  • 最終出勤日の翌日に会社で私物ハードディスクを会社のパソコンに接続し、サーバから、「宴会写真」以外にも、日産自動車の自動車開発の全工程が網羅された大量の営業秘密を複製したこと

以上の各点に関する決定文を引用すると、以下のとおりです。

(1) 被告人は,Aで主に商品企画業務に従事していたが,B自動車株式会社(以下「B」という。)への就職が決まり,平成25年7月31日付けでAを退職することとなった。被告人は,Bにおいて,海外で車両の開発及び企画等の業務を行うことが予定されていた。

(2) 前記1の各データファイルは,A独自のマニュアルやツールファイル,経営会議その他の会議資料,未発表の仕様等を含む検討資料等で,いずれもアクセス制限のかけられたAのサーバーコンピュータに格納される等の方法により営業秘密として管理されていた。

(3) 被告人は,Aから,パーソナルコンピュータ(ノート型。以下「会社パソコン」という。)を貸与され,会社パソコンを持ち出して社外から社内ネットワークに接続することの許可を受けていた。他方,Aにおいて,私物の外部記録媒体を業務で使用したり,社内ネットワークに接続したりすること,会社の情報を私物のパーソナルコンピュータや外部記録媒体に保存することは禁止されていた。

(4) 被告人は,同月16日,自宅において,会社パソコンに保存していた前記1(1)のデータファイル8件を含むフォルダを私物のハードディスクに複製し,さらに,同月18日,自宅において,私物のハードディスクから私物のパーソナルコンピュータ(以下「私物パソコン」という。)に同フォルダを複製した。その後,最終出社日とされていた同月26日までの間に,被告人が複製した上記データファイル8件を用いたAの通常業務,残務処理等を行ったことはなかった。

(5) 被告人は,同日,上司に対し,「荷物整理等のため」という理由で翌27日の出勤を申し出て許可を受け,同日,Aテクニカルセンターにおいて,持ち込んだ私物のハードディスクを会社パソコンに接続し,Aのサーバーコンピュータから前記1(2)の各データファイルを含む合計5074件(容量約12.8GB)のデータファイルが保存された4フォルダを私物のハードディスクに複製しようとしたが,データ容量が膨大であったため,結局3253件のデータファイルを複製したにとどまった。このうち,「宴会写真」フォルダを除く3フォルダには,それぞれ商品企画の初期段階の業務情報,各種調査資料,役員提案資料等が保存されており,Aの自動車開発に関わる企画業務の初期段階から販売直前までの全ての工程が網羅されていた。

その上で、本決定は、まず、以下のとおり述べ、自宅での複製の目的が業務遂行にあったとの主張を排斥しました。

所論は,前記・・・複製(自宅での複製)の作成について,業務関係データの整理を目的としていた旨をいうが,前記のとおり,被告人が,複製した各データファイルを用いてAの業務を遂行した事実はない上,会社パソコンの社外利用等の許可を受け,現に同月16日にも自宅に会社パソコンを持ち帰っていた被告人が,Aの業務遂行のためにあえて会社パソコンから私物のハードディスクや私物パソコンに前記1(1)の各データファイルを複製する必要性も合理性も見いだせないこと等からすれば,前記1(1)の複製の作成は,Aの業務遂行以外の目的によるものと認められる。

また、本決定は、以下のとおり述べて、会社での複製における被告人の目的がもっぱら記念写真の回収にあったとの主張も排斥しました。

前記・・・複製(会社での複製)の作成については,最終出社日の翌日に被告人がAの業務を遂行する必要がなかったことは明らかであるから,Aの業務遂行以外の目的によるものと認められる。なお,4フォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等,所論がいう記念写真となり得る画像データが含まれているものの,その数は全体の中ではごく一部で,自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上,被告人は2日前の同月25日にも同じ4フォルダの複製を試みるなど,4フォルダ全体の複製にこだわり,記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし,前記1(2)の複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。

その上で、本決定は、被告人による複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく、かつ、その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないといった事実関係から、複製が被告人自身または転職先その他の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことが合理的に推認できるとし、結論において、「不正の利益を得る目的」を認定しました。

以上のとおり,被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。

コメント

本決定は、「不正の利益を得る目的」が認められるために、正当な目的・事情がないことに加え,当罰性の高い目的が認定されなければならず、情報を転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどという曖昧な目的はこれに当たらない、という被告人の主張を排斥し、具体的事実に基づいて、正当な目的が認められないという消極的事実から自己または第三者のために利用する目的を推認する、というロジックで「不正の利益を得る目的」を認定しています。また、その前提としては、勤務先を退職する直前であったことや、同業他社への転職が予定されていたことも考慮されています。

つまり、同業他社への転職直前に重要な営業秘密を持ち出したというような背景事情のもとでは、積極的に不正な目的を立証することができなくとも、「不正の利益を得る目的」を推認することが許されることを示したものといえます。主観的事実の立証は必ずしも容易ではないため、今後の同種案件において参考になる判例であると思われます。

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(文責・飯島)