米連邦最高裁判所は、本年(2017年)5月30日、Lexmark事件において、特許権の消尽を巡る2つの重要な論点、すなわち、いわゆる販売後制限(post-sale restrictions)と国内消尽の問題、そして、国際消尽の問題について判断を示し、いずれについても、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の判断を覆しました。
この記事では、前回に引き続いてLexmark判決を取り上げ、これらの論点のうち、特許権の国際消尽の問題について解説します。
ポイント
骨子
- 適法な販売があれば、それが米国外であっても、米国内における場合と同様、特許法上の一切の権利は消尽する。
判決概要
裁判所 | 米連邦最高裁判所 |
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判決言渡日 | 2017年5月30日 |
事件番号 | Impression Products, Inc. v. Lexmark International, Inc. |
解説
特許権の消尽とは
前回の記事でも触れたとおり、特許権の消尽(the doctrine of patent exhaustion)とは、特許製品が、特許権者や実施権者などの権限を有する者によって適法に流通に置かれた後は、その製品について特許権を行使することはできない、という考え方で、米国では、コモンローにおける、譲渡制限(restraints on alienation)は無効である、という考え方を背景に、判例法によって認められています。
特許権は、特許製品の譲渡制限としての性質がありますが、特許製品が譲渡されることによってその権能が消滅し、譲渡制限を無効とする考え方が適用される、という考え方で、この状態を特許権の消尽と呼ぶわけです。
特許権の消尽は、米国では、1853年のBloomer v. McQuewan, 14 How. 539 (1853) 以来認められており、我が国でも最三判平成9年7月1日(BBS事件) 以降判例上認められているほか、多くの国で成文法または裁判例によって採用されています。
特許権の国際消尽とは
特許権の国際消尽とは、上述のような消尽の考え方を、特許製品が海外で流通に置かれた場合にも適用する考え方をいいます。
この問題は、具体的には、いわゆる並行輸入の適法性を巡って議論されます。国際消尽が認められるとすると、ファミリー特許のある外国で特許製品を購入し、国内に輸入した場合、特許権侵害の責任を問われなくなるからです。
特許権の国際消尽の適用
特許権は各国が与える権利で、その効力は原則として自国の主権が及ぶ地域にしか及ばないため、その地域外で特許製品が流通に置かれた場合にも特許権が消尽するという考え方は、一般的に認められているわけではありません。
かつて、GATTウルグアイ・ラウンドにおいてWTO設立協定(世界貿易機関を設立するマラケシュ協定)の締結交渉がなされた際、その付属協定であるTRIPs協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に国際消尽を規定しようという動きがありましたが、各国の足並みが揃わず、合意に至りませんでした。結論的に、消尽論の適用は、各国の解釈に委ねられています。
我が国では、上述のBBS事件判決において国際消尽の成否が争われ、最高裁判所は、黙示の承諾という考え方で並行輸入を適法と認めたものの、国際消尽は採用しませんでした。実質的な効果においては、一種の国際消尽を導入したものとの見解もあります。
欧州では、EU域内では国際消尽が認められているものの、域外との関係では認められていません。この点では、限定的な国際消尽といえるでしょう。
国際消尽をめぐる米国の判例
米国連邦最高裁判所は、2013年、Kirtsaeng v. John Wiley & Sons, Inc., 568 U. S. 519, 538 (2013)において、著作権の国際消尽を認めました。この判決は、消尽の考え方の背景にあるのは譲渡制限の無効であるとした上で、コモンロー上の法理は地理的な区別をしない、という理由で国際消尽を認めました。
他方、特許権については、古く19世紀まで遡ると、Boesch v. Gräff, 133 U. S. 697 (1890) において国際消尽が否定されていたものの、近年の最高裁判決はありませんでした。
本件の背景
原告(Lexmark)は、レーザープリンタ等のメーカーで、各種特許権を保有しています。
原告は、原告が販売するレーザープリンタ用に、2種類のトナーを販売しており、ひとつは、使用を1回限りに制限し、転売も禁止する代わりに価格が廉価に設定された「Return Program Cartridge」で、前回紹介したように、販売後制限の有効性が問題となりました。もう一つの製品は、こういった制限がなく、詰替や再利用が可能な「Regular Cartridge」です。
被告は、これらのカートリッジにインクを詰め替えて販売していたところ、原告が、これらの行為は特許権侵害を構成するとして訴訟を提起しました。これに対し、被告は、防御として、特許権の消尽(国内消尽及び国際消尽)を主張しました。
前回の国内消尽との関係ではReturn Program Cartridgeのみが議論の対象となりましたが、今回取り上げる国際消尽との関係では、いずれの製品も同様に問題となります。原告としても、特に制限のないRegular Cartridgeについて国内消尽は争いようがなかったのですが、国際消尽との関係では、両者を区別する必要がないからです。
下級審判決
この問題について、地裁判決も、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の大法廷(en banc)も、国際消尽の適用を否定しました。
CAFCは、使用済みのいわゆる使い捨てカメラにフィルムを詰め替えて販売する行為について特許権侵害が争われたJazz Photo Corp. v. International Trade Commission, 264 F.3d 1094 (Fed. Cir.2001) において、国際消尽を否定していました。今回の判決は、Jazz Photo事件判決の考え方に従いつつ、上記のKirtsaeng判決については、著作権に関するものであるから特許権の消尽には適用されないとの判断を示していました。
本件判決
本判決は、適法な販売があれば、それが米国外であっても、米国内における場合と同様、特許法上の一切の権利は消尽すると述べて、この論点でも連邦巡回控訴裁判所の上記判決を覆しました。
An authorized sale outside the United States, just as one within the United States, exhausts all rights under the Patent Act.
その論拠は、やはり、譲渡規制は無効であるとのコモンローの思想にあり、また、そのような考え方は国内における取引に限定されない、というところに求められています。
Applying patent exhaustion to foreign sales is just as straightforward. Patent exhaustion, too, has its roots in the antipathy toward restraints on alienation, see supra, at 6–8, and nothing in the text or history of the Patent Act shows that Congress intended to confine that borderless common law principle to domestic sales.
また、Kirtsaeng判決との関係では、特許権と著作権に相違を認めることはあまり意味がなく、むしろ両者は類似し、多くの工業製品にその双方が含まれているとの見解を示しました。
And differentiating the patent exhaustion and copyright first sale doctrines would make little theoretical or practical sense: The two share a “strong similarity . . . and identity of purpose,” Bauer & Cie v. O’Donnell, 229 U. S. 1, 13 (1913), and many everyday products—“automobiles, microwaves, calculators, mobile phones, tablets, and personal computers”—are subject to both patent and copyright protections, see Kirtsaeng, 568 U. S., at 545; Brief for Costco Wholesale Corp. et al. as Amici Curiae 14–15.
さらに、原告側が特許法の属地主義を理由に国際消尽を否定する主張をしていたところ、裁判所は、消尽は、特許権者が米国市場で独占の利益を受けたことによって生じるのではなく、何らかの対価を受けて消尽をもたらす販売行為を行うことを決意したことによって生じるものであるとの理由で、これを退けました。
Exhaustion is a separate limit on the patent grant, and does not depend on the patentee receiving some undefined premium for selling the right to access the American market. A purchaser buys an item, not patent rights. And exhaustion is triggered by the patentee’s decision to give that item up and receive whatever fee it decides is appropriate “for the article and the invention which it embodies.” Univis, 316 U. S., at 251.
かつて同じ連邦最高裁判所が国際消尽を否定したBoesch判決については、本来国際消尽が問題となる事例とは異なっていたことを理由に、本件は射程外であるとしました。Boesch事件は、ドイツで特許製品を購入し、米国内で販売したところ、米国内で特許権侵害を理由に提訴されたという事案ですが、そもそも、米国内で特許権を保有していたのは、ドイツで権利を有していた会社とは別の会社だったのです。
Boesch—from the days before the widespread adoption of electrical lighting—involved a retailer who purchased lamp burners from a manufacturer in Germany, with plans to sell them in the United States. The manufacturer had authority to make the burners under German law, but there was a hitch: Two individuals with no ties to the German manufacturer held the American patent to that invention. These patentees sued the retailer for infringement when the retailer imported the lamp burners into the United States, and we rejected the argument that the German manufacturer’s sale had exhausted the American patentees’ rights.
判決は、結論部分でも、消尽は、特許権者が有償で特許製品を販売したことで生じるものであり、特許が「コバンザメのように(remora-like)」製品にくっついている状態を許すのは、反譲渡制限の法理に反すると述べ、また、消尽は、米国内での販売で独占の利益を受けることで生じるものでもなければ、製品の買主が得られる権利の種類によって左右されるものでもない、との見解を再言して理由を締めくくっています。
The theory behind the Government’s express-reservation rule also wrongly focuses on the likely expectations of the patentee and purchaser during a sale. Exhaustion does not arise because of the parties’ expectations about how sales transfer patent rights. More is at stake when it comes to patents than simply the dealings between the parties, which can be addressed through contract law. Instead, exhaustion occurs because, in a sale, the patentee elects to give up title to an item in exchange for payment. Allowing patent rights to stick remora-like to that item as it flows through the market would violate the principle against restraints on alienation. Exhaustion does not depend on whether the patentee receives a premium for selling in the United States, or the type of rights that buyers expect to receive. As a result, restrictions and location are irrelevant; what matters is the patentee’s decision to make a sale.
なお、国際消尽の点については、Ginsburg判事が、反対意見を述べています。
コメント
本判決は、通商国たる米国らしい判決といえると同時に、通商において非常に強い影響力を持つ米国が、正面から国際消尽を認めたものとして、今後各国の国際消尽の議論に様々な影響を与えることになると考えられます。伝統的には、輸入国は輸入コストを下げるため国際消尽を認めることに積極的であるのに対し、輸出国は消極的であるといわれ、欧州は域内で国際消尽を認める一方、域外には認めないというダブルスタンダードを採用していました。
これに対し、我が国の裁判所は、TRIPs協定の3年後(1997年)のBBS事件判決で、国際消尽そのものは認めなかったものの、実質的に並行輸入を適法化していました。この意味では、日米間の相違は法律構成の相違のみとなったともいえます。
理論面では、本判決は、消尽は、特許権者が米国内で独占の利益を得ることと引き換えに生じるものではなく、何らかの対価を得て販売することで生じる、という理解を示しているのに対し、我が国のBBS事件判決は、以下のように述べ、特許による「利得」を得られるかどうかに主眼を置いている点が対照的といえます。
我が国の特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合には、直ちに右(国内消尽)と同列に論ずることはできない。すなわち、特許権者は、特許製品を譲渡した地の所在する国において、必ずしも我が国において有する特許権と同一の発明についての特許権(以下「対応特許権」という。)を有するとは限らないし、対応特許権を有する場合であっても、我が国において有する特許権と譲渡地の所在する国において有する対応特許権とは別個の権利であることに照らせば、特許権者が対応特許権に係る製品につき我が国において特許権に基づく権利を行使したとしても、これをもって直ちに二重の利得を得たものということはできないからである。
2回に分けてLexmark事件判決を解説しましたが、本判決により、今後、米国内では、販売後制限の効力が制約され、また、国際消尽が認められたことによって並行輸入にも歯止めがかけられないこととなりました。これらは、米国における価格戦略にも影響すると思われます。米国を市場とする企業は、業態如何により、従来のビジネスモデルの検討が必要になることもあるかも知れません。
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(文責・飯島)