知的財産業界では以前から有名だった「ベストライセンス株式会社」とその代表者上田育弘氏。昨年(2016年)には、この会社1社による商標出願が我が国の全商標出願の1割を占めたという特異な会社です。

この会社、昨年は、「PPAP」などの商標出願をしてエイベックス・グループと紛争を生じたことが報道され、話題になりましたが、最近では、「都民ファースト」などの商標出願もしていることがネット上で話題になっています。

ベストライセンス社は、会費滞納を理由に弁理士会から退会処分を受けた元弁理士である上田氏が運営する会社で、他社の商品名や、話題になった語を大量に商標出願しますが、出願手数料を納付しません。そのため、同社の商標出願は最終的には登録には至らないのですが、商標出願は早い者勝ちでもあるので、一旦出願されてしまうと、他社の商標登録が遅延し、商標の使用や事業活動において萎縮的な効果を生じることもあります。

このような商標出願はどのように取り扱われ、正当な商標の使用者の出願はどうなるのでしょうか。この点が話題になることが増えたため、整理しました。

ポイント

特許庁は、以下の取扱いをしており、仮に自社の商品やサービスと同じ商標の出願がなされていても、出願手数料も支払わずに他人の商標を盗用しているような例では、正当な商標の使用者による商標登録が可能になる可能性が高いため、商標登録を断念しないように呼びかけています。

  • 出願手数料を支払わない出願は、瑕疵ある出願として却下処分が行われ、また、出願手数料の支払いがあった場合でも、出願された商標が、出願人の業務に係る商品・役務について使用するものでない場合や、他人の著名な商標の先取りとなるような出願や第三者の公益的なマークの出願である等の場合には、出願は拒絶される。
  • 先願の商標出願が却下された場合、後願の正当な商標出願は、商標登録を受けることができる。
  • 出願手数料を納付しない出願が先願としてある場合、後願に手続上の瑕疵がないことが確認できれば、先願の出願が却下されるのを待つことなく、実体審査が開始される。
  • その実体審査においては、先願となる手続上の瑕疵のある出願が却下されるまでの間に、いったん拒絶理由を通知する場合があるが、今後運用を変更し、上記の拒絶理由を通知する場合においては、拒絶理由となる先願が手続上の瑕疵のある出願に該当し、当該先願となる出願の却下を確認次第、登録査定を行う旨を、拒絶理由通知に明示的に記載するものとする。

解説

商標とは

商標とは、自己の商品やサービス(役務)を他人の商品やサービスから区別するためのマークです。誰の商品やサービスか、ということを指して、商品やサービスの「出所」といいます。

例えば、私は今この原稿をアップル社の「MacBook」というパソコンで書いていますが、「MacBook」という商標を見れば、ユーザは、数あるコンピュータの中でもアップル社が出所であると識別できます。このような役割を果たす「MacBook」は典型的な商標です。

商標登録とは

商標を特許庁に登録することを、商標登録といいます。上述のとおり、商標は、自己の商品やサービスを他人の商品やサービスから区別するためのものですので、商標と、その商標に結び付けられる商品やサービスの組み合わせによって登録されます。

例えば、アップル社は「MACBOOK」という商標を、「ノートブック型コンピュータ,その他のコンピュータ,コンピュータソフトウェア,コンピュータ用周辺機器,その他の電子応用機械器具及びその部品,電気通信機械器具」といった商品と組み合わせて商標登録しています(商標第4972005号)。

商標登録が認められると、登録を受けた人には商標権が生じ、他人が、許諾なく、類似の商標を、類似の商品やサービスに使用することを排除できるようになります。このように商標登録された商標は、「登録商標」と呼ばれます。

ちなみに、ベストライセンス社は、「MACBOOK」についても、商標登録出願をしています。

商標登録出願

商標登録を受けるためには、商標出願をする必要があります。商標出願をすると、出願内容が公開され、審査を経て、登録を拒絶する理由がないと認められると商標登録されます。

また、出願人は、所定の出願手数料を支払う必要があり、これを支払わなければ、実体審査がなされることなく出願が却下されます。

商標登録を受けるための要件

商標登録を受けるためには、その商標が、出所を識別できるものであって、出願人の業務にかかる商品やサービスについて使用されるものでなければなりません(商標法3条)。

例えば、コンピュータという商品に、「コンピュータ」という商標を付しても、誰の商品かはわかりません。このような商標は登録することができません。

また、コンピュータの製造販売をしていない会社がコンピュータを指定商品として「MACBOOK」という商標出願をしても、その会社の業務にかかる商品やサービスについて使用されるものでないという理由で登録を拒絶される可能性があります。

商標登録を受けることができない場合

識別力がある商標であっても、商標登録ができない場合があります。商標法第4条は、商標登録を受けられない商標を列挙しています。例えば、国旗や国の紋章、広く知られた他人の商標などは、登録が認められません。

また、同一または類似の商標が同一または類似の商品または役務について商標出願されている場合には早い者勝ちとなり、先願がある限り、後願の出願は登録を受けることができません(商標法第8条)。

ベストライセンス社の出願の問題

ベストライセンス社の商標出願は、料金を支払っておらず、また、自社の商品や役務について使用されるものでもないため、商標登録の対象とならず、仮に登録されても取り消される可能性があります。また、出願された商標が他人の著名な商標である場合にも商標登録は拒絶されます。

しかし、実際に出願が却下されるまでには時間を要し、また、登録されると、その取消や無効化にはさらに時間と費用を要します。

自社の商標を先に出願されてしまった場合には、その間、自社の商標出願が認められるかどうかはっきりせず、また、万が一ベストライセンス社の出願が登録に至った場合には、権利行使を受ける可能性があるため、商標の使用に萎縮的効果が生じます。

また、出願手数料を支払わない瑕疵ある出願が我が国の全出願件数の1割を占めるとなると、正常な出願人が支払う手数料によって運営される特許庁の商標審査への負荷も無視できません。

特許庁の従前の対応

このような問題に対処するため、特許庁は、平成28年5月17日、「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意) 」とのタイトルにて、ベストライセンス社の出願が先行している場合にも商標登録を断念しないよう、異例のアナウンスをしました。

特許庁では、(出願手数料を支払わない)出願については、出願の日から一定の期間は要するものの、出願の却下処分を行っています。

また、仮に出願手数料の支払いがあった場合でも、出願された商標が、出願人の業務に係る商品・役務について使用するものでない場合(商標法第3条第1項柱書)や、他人の著名な商標の先取りとなるような出願や第三者の公益的なマークの出願である等の場合(同法第4条第1項各号)には、商標登録されることはありません。

したがいまして、仮にご自身の商標について、このような出願が他人からなされていたとしても、ご自身の商標登録を断念する等の対応をされることのないようご注意ください。

また、特許庁は、出願手数料の支払いのない出願があったときは、その却下に先立って瑕疵のない後願の審査を進め、瑕疵ある出願が却下され次第後願の登録を認める取扱いをしていました。

拒絶理由通知における新たな対応

さらに特許庁は、正当な商標出願人の不安を除去するため、平成29年6月21日、「手続上の瑕疵のある出願の後願となる商標登録出願の審査について(お知らせ)」を公表しました。

同アナウンスでは、まず、正当な出願については、瑕疵ある先願があっても前もって審査を行い、瑕疵ある先願が却下され次第正当な後願の登録を認める取扱いを確認しました。

特許庁では、従来から、手続上の瑕疵のある出願の後願となる商標登録出願について、当該後願となる商標登録出願に手続上の瑕疵がないことが確認できれば、先願となる手続上の瑕疵のある出願が却下されるのを待つことなく、実体審査を開始する運用を行ってきています。

もっとも、後願の審査の時点では、瑕疵ある出願が先願として存在するため、特許庁としては、いったん、拒絶理由通知、すなわち、出願を拒絶しなければならない事情があることを正当な出願人に通知しなければならない場合があります。

しかし、特許庁から拒絶理由通知を受けたのでは、後願の出願人は、商標登録を断念する可能性があります。

そこで、特許庁は、今般、このような場合には、拒絶理由通知に、先願が存在することを知らせつつも、先願が却下され次第、商標登録を認めることを記載することとし、その旨アナウンスしました。

また、今後、上記の拒絶理由を通知する場合においては、拒絶理由となる先願が手続上の瑕疵のある出願に該当し、当該先願となる出願の却下を確認次第、登録査定を行う旨を、拒絶理由通知に明示的に記載するよう、運用を変更します。
したがいまして、商標登録出願を行おうとする際に、先に手続上の瑕疵のある出願が他人からなされていたとしても、ご自身の商標登録出願について、先願となる商標登録出願が却下されるのを待つ必要はありません。

コメント

商標登録制度は、あくまで、業務として商品やサービスを提供するものの信用を保護するためにあり、他人の商標を横取りしようとする行為は排斥されるべきです。

ちなみに、本原稿執筆時点である平成29年7月10日現在、平成28年に話題になった「PPAP」の出願はすでに却下されているようですが、ベストライセンス社は、平成29年に入っても、商品や役務を変えながら「PPAP」の商標出願を繰り返しており、現時点で12件の出願が係属しています。

特許庁の取組みには若干のもどかしさも感じますが、その努力は評価されるべきものと思われます。

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(文責・飯島)